■秘密の部屋

03:サイン会


 ルシウスに連れられて、ハリエットはノクターン横丁を抜けだし、ダイアゴン横丁までやってきた。先に教科書を買っていろと言いつけてルシウスは姿を消し、ハリエットとドラコは書店までやってきた。店に入ろうとしたところで、ハリエットは呼び止められた。

「ハリエット!」
「ハリー?」

 振り向かずとも声の主は分かった。ハリエットはパッと笑みを浮かべる。妹と顔を合わせて、ハリーはホッと息をついた。

 実はハリーも煙突飛行粉に失敗し、ノクターン横丁の、ハリエットと同じ暖炉から出ていたのだ。その時はまだドラコ達が来ていなかったので身を隠すことができたのだが、しばらくしてハリエットも暖炉から出てきてハリーは心底驚いたものだ。やはり双子、と悲しくも嬉しく思った。

 ハリエットがドラコといるので、ハリーはなかなか出るに出れなかった。ハリエットがルシウス達と共に移動し始めたときは仰天した。大人しく、従順なハリエットを欺し、人買いに売るんじゃないかとすら思ったハリーは、急いで三人の後をつけた。だが、予想を遙かに裏切って、彼らは本屋にやってきた。ハリーは拍子抜けの思いだった。とにかく、ようやく見慣れたダイアゴン横丁にやってきたので、もう恐いものはないと、ハリエットに声をかけたというわけだ。

「ああ、良かった。ハリーも無事だったのね。ハリーはどこに行っちゃったの? 私はね、ノクターン横丁っていう所に行っちゃったの」

 僕も同じ所だよ、とは言えなかった。ドラコの前では。

「さすが双子は息もピッタリだな。シーカーなんて身に余ることやってないで、煙突飛行粉の使い方でも練習したらどうだ?」

 『競技用の箒を買ってもらえるからって、やけに威勢が良いね?』とは、さすがにハリーも言えなかった。ハリーは、ノクターン横丁の店で、ドラコ達親子の会話を盗み聞きしていた。ドラコは、父親に箒を買ってもらえると喜んでいたのだ。そして同時に、クィディッチの選手として選ばれたハリーを妬んでいた。

「ロン達はどうしてるのかしら。絶対に教科書は買いに行くはずだし、ここで待っていれば会えるわよね」
「そうだね」

 ハリーはチラチラとドラコを気にした。早くどこかに行ってくれないかな、と思ったが、その願いと反してドラコはしぶとかった。

「ウィーズリー達と来ていたのか。ミス・ポッターは自分が赤毛なせいで、家族をお間違えではないかな?」
「お生憎様、私はそんなに目は悪くないわ」
「マルフォイこそ、パパはどうしたんだ? 迷子にでもなった?」
「お前達に言われたくない!」
「とりあえず、中に入りましょう……」

 店先でこんな口喧嘩をしているわけにいかない。

 ハリエットはさっさと店の中に入ろうとして……窓の大きな横断幕に目をとめた。
『ギルデロイ・ロックハートサイン会。自伝『私はマジックだ』
 その文字をみたとき、ハリエットは小さくキャッと声を上げた。

「モリーおばさん、サイン会があるなんて言ってなかったわ!」
「そりゃそうよ。びっくりさせたかったもの」

 突然の声に振り向けば、ふくよかなモリーがウインクして立っていた。

「おばさん!」
「ああ、ハリー、ハリエット、心配したわ。今までどこに行ってたの?」
「ちょっとノクターン横丁に……」
「まあ、ノクターン横丁!」

 やんややんやと騒ぎながらも、ようやくウィーズリー家と再会した。ハーマイオニーも合流したようで、懐かしい顔を緩めていた。

 書店では、もうすぐサイン会が始まるところだった。日刊予言者新聞の写真撮影の時間で、背筋をピンと伸ばし、ロックハートは人垣の中央で歯を見せて笑っていた。

「ああ、ハリー、信じられないわ……」

 ハリエットの呟きを耳にし、ロックハートが顔を上げた。まずハリエットを見て……それからハリーを見た。彼は目を大きくして叫んだ。

「もしや、ハリー・ポッターでは? そして隣にいるのは双子の妹のハリエット・ポッター?」

 他でもないロックハートに名前を呼ばれ、ハリエットは飛び上がった。モリーやハーマイオニーが羨ましそうに彼女を見た。ハリーの顔はげっそりしていた。

「二人ともこちらへ!」

 ロックハートは人混みをかき上げ、彼自らハリー達を迎えに来た。そして二人の腕を掴み、正面に引き出す。双子は拍手で迎えられた。ロックハートは双子の肩に手を回し、にっこり歯を見せて笑った。パシャパシャとシャッター音が鳴る。

「うえー、ハリエット、笑顔の無駄遣いしてるよ」

 うんざりした顔を見せるハリーとは対照的に、ハリエットは輝かんばかりに笑っていた。ロンはご愁傷様、とハリーに呟いた。

 そしてその後、ロックハートがホグワーツで教鞭を執ると宣言をして、この騒ぎは収束となった。ハリーとハリエットには、彼の自伝を無料で二人分もらった。ハリエットはそれを嬉しそうに胸に抱え、ハリーは気分が悪そうにジニーにプレゼントした。

「僕のは自分で買うよ」

 ハリエットが隠れ穴でよく好んでロックハートの本を読んでいるのは知っていた。全ての著作の表紙にデカデカとロックハートの写真があり、胡散臭い笑みを貼り付けながら笑っているのを見ていつもムカムカしていたが、こうして実物に会ってもその気持ちは変わらなかった。むしろ余計に苛立ちが増す。目立ちたくないのに、わざわざ呼びつけて問答無用で写真を撮るなんて。

「良い気持ちだっただろうな、ポッター?」

 ハリーの行く先にはドラコあり。

 彼は、教科書をさっさと買った後も、ハリーに嫌味を言いたいがために今まで書店に残っていた。その執念は尊敬に値する。

「有名人のハリー・ポッター。ちょっと書店に行くのでさえ、一面大見出しかい?」

 ドラコの嫌味は続く続く。

「君達もさぞ鼻が高いだろうねえ。あのさも有名な何ちゃらロックハートと写真を撮るなんて」
「ええ、本当に夢みたいだったわ。まさか本人に会えるなんて。しかも、サインももらったわ」

 ドラコの口ぶりから、ロックハートのことを好いていないことは分かったが、夢見心地なハリエットはそれに気づかなかった。

「写真も撮ってもらったし。ああ、日刊予言者新聞を買わなくちゃ!」
「…………」

 ハリーは何も言えず、死んだような目で妹を見つめた。ドラコですら、信じられない者を見る目で彼女を見ていた。珍しくハリーとドラコの心境が一致した瞬間だった。

「用がないならさっさと行ってくれないかな? 僕たちは君と違って暇人じゃないんだ」

 ロンがやってきた。ドラコは唇の端を歪める。

「ウィーズリー、驚いたな。そんなにたくさん買い込んで、君の両親はこれから一ヶ月は飲まず食わずだろうね」

 あわや子供達で喧嘩が勃発するという所で、アーサーが現れた。彼は救世主ともなり得たが、同時にルシウスもやってきていたので、その可能性はかき消えた。

「これはこれはアーサー・ウィーズリー」
「ルシウス」

 アーサーは顔を顰め、ルシウスは逆に機嫌が良さそうだった。

「騒がしいところにウィーズリー家あり、ですな」
「その言葉、丁重に返すぞ、ルシウス。どうやらあなたの倅が喧嘩をふっかけていたようだったが?」
「教科書を買いに来たのに、魔法界の英雄とやらの写真撮影を見る羽目になった息子の身になって考えてみたまえ」
「僕だって好きで撮影をしたわけじゃない!」

 ハリーは思わず口を挟んだ。好き好んで撮影されたなんて思われたくなかった。ルシウスは気にする様子もなく肩をすくめた。

「ミス・ポッターの方はそうでもなかったようだが」

 ハリエットが両腕に抱えた本の山から一冊手に取り、ルシウスは笑った。その表紙には、もれなくでかでかとロックハートのサインがある。

「――っ」
「ミスター・ポッター、こんな連中と付き合っているようでは、君も妹も毒されるぞ」

 ルシウスの視線はゆっくりグレンジャー夫妻とウィーズリー一家に移る。アーサーは動いた。彼はルシウスに飛びかかり、馬乗りになった。ルシウスの腕が当たり、ハリエットは持っていた本を地面に落としてしまった。ああっと叫んで慌ててかき集める。折角ロックハートからもらった本に傷がついてはいけない。

 しばらく大人二人はもみくちゃになって殴り合いをしていたが、やがて現れたハグリッドによって二人は引き離された。遺恨を残しながらもルシウスとドラコは去って行く。まるで嵐の中に突っ込んだかのようにアーサーはひどい格好になっていた。


*****


 教科書を買った後は、ちょっとした自由時間があったので、ハリエットとハーマイオニー、ハリーとロンで別れてダイアゴン横丁を楽しんだ。

「私ね、ずっとあなたに可愛い服を着せたいって思ってたの!」

 ハーマイオニーは勢い込んで言った。

「手紙がずっと届かなかったから、きっとプレゼントも届かないんじゃないかって思って、それなら、直接買おうって思ったのよ!」

 ハーマイオニーは戸惑うハリエットを連れ回し、色々な洋裁店に連れて行った。そして悩みに悩んだ挙げ句、ハーマイオニーがこれと決めた服を上下買ってもらった。質の良い無地のブラウスにカーディガン、シフォンスカートだ。嬉しくなったハリエットは、その服を着たまま帰ることにした。

「私、制服以外で初めてスカートをはいたわ」

 しかも、制服は固い生地でプリーツスカートだったので、このようなフワフワとした柔らかいスカートを履くと何だか女の子らしい気分になれた。ローブを着ていないので、足下はスースーと心許なかった。

「似合うわ、ハリエット」
「ありがとう、ハーマイオニー」

 気恥ずかしく笑いながらも、やはり嬉しかった。

 その後はハリー達とも合流し、アイスクリームを食べたところで家に帰る時間になった。また新学期に、と挨拶をしてハーマイオニーと別れ、ハリー達は隠れ穴へ煙突飛行粉を使って戻ってきた。夕食の時間まで、ハリーとハリエットはロンの部屋で顔を合わせていた。

「じゃん」

 そして、示し合わせたように互いの前にプレゼントの包装を置く。

 十一歳になるまで、ろくにお小遣いももらえなかったので、互いに大したプレゼントは用意できていなかったが、今年は違う。去年と違って慌ただしく購入することもなかったし、あり合わせの手作り品でもない。手作りが嫌だという訳ではないが、要送る側としての気持ちの問題だった。ちゃんと購入したもので、きちんと片割れの誕生を祝いたいと思うのは当然のことだった。

 ハリーへのプレゼントは、クィディッチの置物だ。箒に乗って十センチほどの空中を自由自在に動いてくれる。小さく収納したり、動きを止めることもできるので、うまくポケットに忍ばせて、ダーズリー家の寝室にも持ち込めるかもしれないと思って購入した。

 ハリエットへのプレゼントは、可愛い写真立てだ。動物がモチーフになっていて、時々本物のように飛び出した。

「ハグリッドから父さん達の写真ももらったし、部屋に飾ってよ」
「ええ、そうするわ」

 思う存分プレゼントを眺めた後は、夕食までたくさん話して時間を過ごした。今年はウィーズリー一家からも誕生日プレゼントをもらったので、ハリー達は大満足だった。