■秘密の部屋

04:退校処分?


 あっという間に夏休みが終わり、ハリー達はウィーズリー家と共にキングズ・クロス駅までやってきていた。朝早くに起きたのに、あれやこれやと出発準備をしていたら出るのが遅れ、今やあと一五分で汽車が出発するという時刻になっていた。

 ウィーズリー家が慌ただしく九と四分の三番線の壁を駆け抜け、ハリーもそれに続こうとしたとき――ガンと衝撃が走り、ハリーはその場にひっくり返った。

「ハリー!」

 ハリエットとロンが慌てて駆け寄る。ヘドウィグは苦しそうに鳴いていた。

「一体どうしたの?」
「分からない……。壁が通れなかったんだ」

 ハリエットは壁を触ってみた。トンと冷たい感触が押し返してきた。

 急に入り口が閉じてしまった原因が分からず、三人は途方に暮れた。やがて十一時になり、汽車は無情にも出発していった。ヘドウィグが苦しそうに鳴くので、ハリエットは檻の隙間から手を入れて宥めた。

 マグルのお金もないし、学校に行くこともできず。

 困り果てていたところ、ポンとアイデアを閃かせたのはロンだった。

「車だ!」
「車?」
「ホグワーツまで飛んでいけるよ! 僕たち、ホグワーツに行かなくちゃ。だろ? 半人前の魔法使いでも、本当に緊急事態なら魔法を使っても良いんだよ。なんとかの制限に関する何とか条とかで……」
「君、運転できるの?」
「任せとけって」

 男の子達はすっかり興奮していた。ハリエットとしては、不安しかなかった。魔法を一回使っただけで警告文が届いたのに、車を飛ばすなんて、それ以上のことではないだろうか?

 拙くハリーにそれを伝えるも、年相応のやんちゃ精神で彼はそれを吹き飛ばした。目の前の、空飛ぶ車でホグワーツに行くという冒険に心躍っているようだ。

 空飛ぶ車での旅路は簡単なものではなかった。汽車にぶつかりそうになったり、暴れる車から振り落とされそうになったり……。ようやくついたと思ったときには、エンジンが壊れてそのまま暴れ柳に衝突した。車に乗ったまま、暴れ柳によって上下左右に揺らされるし、ロンの杖は折れるし、肝心の車のもどこかへ走って行くしで、散々だった。

 そして極めつけは、待ちかねていたスネイプの説教だった。珍しく声を荒げ怒りを露わにする彼に、ハリー達は退学を覚悟した。

 だが、グリフィンドールの寮監マクゴナガルは、退校処分はひとまず先延ばしにし、まずは両親に宛てて手紙を書くこととした。もちろん罰則もある。

 マクゴナガルが出してくれた食事を終えると、三人はとぼとぼと寮へ帰った。そこでは怒れるハーマイオニーと拍手喝采のグリフィンドール生が出迎えた。ハリーとロンは愛想笑いを浮かべて寝室へと逃げたが、ハリエットの方は、寝室に逃げてもなおハーマイオニーからの小言が待っており、眠りにつくまでひどい罪悪感に苛まれた。

 そしてその翌日、一日経ってもグリフィンドールでまるでヒーローのように讃えられ、ハリーとロンは上機嫌だった。内心は鼻高々と大広間にやってきて朝食をとっていた二人だったが、エロールが運んできた『吠えメール』を見て状況は一変した。

 ロンが震える手でそれを開くと、とんでもない声量のモリーの怒鳴り声が広間に響いた。

「ロン・ウィーズリー! 車を盗み出すなんて、退校処分になって当たり前です! 昨夜ダンブルドアからの手紙が来てお父様は恥ずかしさのあまり死んでしまうのではと心配しました。こんなことをする子に育てた覚えはありません。お前もハリーもハリエットも、まかり間違えればもう少しで死ぬところだった……。お父様は役所で尋問を受けました。皆お前のせいです。今度少しでも規則を破ったらお前をすぐ家に引っ張って帰りますからね!」

 気がすんだ赤い封筒は炎となって燃え上がり、チリチリに灰になって消えた。次第に広間に元の騒がしさが戻った。


*****


 ハリエットがトランクの中を整理していると、黒革表紙の日記が入っているのを見つけた。ロックハートの大量の本に埋もれるようにして、その日記は微かな存在感を放っていた。

 流れでその日記を手に取ろうとして、ハリエットは固まる。
それは、彼女の持ち物ではなかった。

 いつの間に紛れ込んだのか、その日記はひどく古く、見ただけで何十年と昔のものだということが分かった。表紙をめくると、最初のページに『T・M・リドル』と名前まで書かれている。

 正直、気味が悪かった。おそらく、本を地面に落としたときに誰かの本も一緒に拾ってしまったのだろうが、今更持ち主を探すこともできない。

 捨てるのも忍びなく、かといってずっと持っているのも気が引ける。どうしたものかと本を閉じたり開いたりしていると、机の上にあったインク壺に辺り、インクがバーッと広がってしまった。ハリエットは慌てて荷物を救出した。もちろんロックハートの本が優先事項で、リドルの日記帳は一番後になってしまった。

 やってしまった、という面持ちで黒革の日記帳を取り上げたハリエットだが、すぐに不思議なことに気がついた。インクでベタベタになっているはずなのに、日記帳は何の被害も被っていなかったからだ。

 試しにペラペラとページをめくったが、どのページにも、インクの染み一つもない。これも魔法だろうか、とハリエットは誘われるように羽ペンを手に取り、そして一本の線を引いてみた。すると、書いたばかりの千はスーッと消えた。あれっと目を凝らしてみても、その線はどこにも見当たらない。おかしいなあと首を傾げていたら、今度は逆に文字が浮かび上がった。
『あなたは誰ですか?』
 確かに、そう書かれていた。だが、数度瞬きをするうちに、その文字すら薄くなっていく。ハリエットは唖然としつつも、この奇妙な魔法が解かれてしまうのはもったいないと、慌てて己の名を書いた。
『ハリエット・ポッターです』
 また文字が消えた。しばらく待ってみると、新たな名前が文字となって出てくる。
『こんにちは、ハリエット・ポッター。僕はトム・リドルです。あなたはこの日記をどんな風にして見つけたのですか?』
 ハリエットは自分が興奮しているのを感じた。この日記は生きているのだ! 生きて、ハリエットと会話しているのだ!
『分かりません。気がついたら持ち物の中に入ってたんです。本当の持ち主のことは分かりますか?』
『この日記は僕のものです。僕の記憶を封じ込めています』
 よく意味が分からなくて、ハリエットはいろいろと『会話』を交わした。それによると、トム・リドルは五十年前の生徒で、自分の記憶を日記の中に封じ込め、いつでも誰かと会話できるようにしたらしい。こんな高等技術が在学中にできるなんて、とハリエットはリドルを褒め称えた。
『明日、皆にあなたのことを紹介してもいい? 絶対に驚くと思うの』
『友達に紹介してもらえるとは光栄です。でも、僕はあまり目立ちたくはありません。あなたは僕のことを褒めてくれましたが、教授達に、僕が学生時代こういった魔法を使っていたことが知られれば、あまりいい顔はされないので』
『ハリー達なら内緒にしてくれると思うわ』
『僕はあなただけで充分です。どうか、秘密の友達ということにしてくれませんか?』
『分かったわ。誰にも言わないって約束する』
『ありがとう』
 それから、リドルとはいくつもやりとりをしたが、やがて就寝時間が来たので、ハリエットは明かりを消して毛布の中に潜り込んだ。文字でのやり取りにはなるが、新たに不思議な友達が増え、ハリエットは幸せな気持ちだった。


*****


 授業が始まったが、教室移動のとき、ただでさえ元々目立っていたハリーは、サプライズな登校方法や、吠えメールのことについて散々からかわれたり英雄視されたりした。ハーマイオニーは終始不機嫌だったが、ハリエットがロックハートの本を話題に出すと、途端にコロッと態度が変わった。目に見えて笑顔になって感想を言い合う女子を尻目に、ハリーとロンは、次の授業の闇の魔術に対する防衛術の教室へと向かった。

 曲がり角を曲がったところで、小柄な少年と鉢合わせする。一年生とみられる彼は、手にマグルのカメラのようなものを掴んでいた。

「あー、奇遇ですね。ハリー、ハリエット、元気? 僕、コリン・クリービーと言います。僕もグリフィンドールです。もし良かったら、写真を撮っても良いですか?」
「写真?」
「僕、あなたのことはなんでも知ってます。皆に聞きました。例のあの人のこととか。僕、初めて魔法の世界にやってきたんだ。パパも普通の人で、だから、動く写真を送ってあげたいんだ」

 コリンはキラキラ瞳を輝かせた。

「僕、できたらあなたと写真を撮りたいんです。友達に撮ってもらえますか? 写真にサインもできたら、あの」
「サイン入り写真? ポッター、君はサイン入り写真を配っているのかい?」

 おなじみのドラコだった。クラッブとゴイルを携え、喜々として叫ぶ。

「皆、並べよ! ハリー・ポッターがサイン入り写真を配るそうだ!」

 ドラコのせいで、興味をそそられた生徒が集まってくる。ハリエットはいい加減呆れが出てきた。

「そんなに騒ぎ立てなくっても、欲しいのならあげるわ。ハリーのサイン入り写真。ハリーに会うたびに突っかかってくるほど大好きなんだもの、きっと額縁に入れて飾ってくれるんでしょうね?」

 にっこり微笑めば、ドラコはカッと頬を赤らめて口をパクパクさせた。ハリーは驚いて隣のロンに囁いた。

「だんだん僕の妹が逞しくなってきた」
「こりゃいよいよ誰かさんに似てきたんだ」
「どうしよう……ロン」
「こうなっちゃもう手遅れだよ。君の妹はハーマイオニーの大ファンだもの」
「聞こえてるんだけど」

 腰に手を当て、ハーマイオニーはコソコソと話す二人を見下ろした。ハリーとロンは、愛想笑いを返して解散した。

「君、ヤキモチを焼いてるんだ」
「何だと?」

 コリンの言葉に、ドラコはますます怒りで顔を赤くする。あわや喧嘩が勃発するという所で、突如どこからか現れたロックハートが間に入った。

 彼のおかげでドラコは追い払うことはできたものの、教室へ向かう道中、ハリーが目立ちたがりだの、あまり良い気になってはいけないだの、ロックハートに散々言われ、ハリーの機嫌は最低レベルだった。

 そして始まった記念すべきロックハートの第一回目の授業は……なんとも酷いものだった。

 危険な生き物と戦うのだと言い放ち、彼が解き放ったのはピクシー小妖精。ピクシー小妖精は身の丈二十センチほどの生き物だったが、その数が暴力的だった。おまけに、見た目とは裏腹に暴力的で、すばしっこい。ネビルは空中に吊り上げられたし、ハリエットはたくさん髪を引っ張られた。インクを振りまいたり、写真を引っぺがしたり、ゴミ箱をひっくり返したり、もう教室は大混乱だった。ロックハートは情けなくもピクシー小妖精に杖を取り上げられ、教壇の下に潜り込んだ。

 終業のベルが鳴ると、皆いち早く教室を飛び出し、タイミング悪く出るのが遅れたハリー達四人は、これ幸いとばかりピクシー小妖精の後片付けを命じられた。ロックハートはすぐに姿を消した。