■秘密の部屋

26:罰則処分


 マクゴナガルに呼び止められたハリー達三人は、空飛ぶ車で登校をした罰則が今夜行われると告げられた。ハリエットとロンはフィルチと共にトロフィー室で銀磨き。そしてハリーは、ロックハートのファンレターに返事を書くのを手伝わなければならないという。

 罰則にしてもくだらない罰則に、ハリーの顔は正直だった。

「えー……先生、僕もトロフィー室の方ではいけませんか?」
「ロックハート先生が特にあなたをご指名です」
「でも、ハリエットの方がロックハート先生のファンなんです」

 妹にかこつけてなんとかロックハートから逃れようとしたが、マクゴナガルはそんなことお見通しだった。

「これは罰則です、ポッター。サインをもらうための時間ではありませんよ」

 何だか自分もついでに怒られたような気がして、ハリエットは少し納得がいかなかった。

 罰則のことを聞いたとき、ハーマイオニーはハリーにだけツンツンしていた。ロックハートの手伝いという仕事を、ナメクジを吐きまくったロンのような顔をして伝えてきたからだ。

「あなた達は校則を破ったの。楽しいことでも嫌なことでもしっかりやらなきゃ」

 ハリーは、土曜日の夜にロックハートの部屋までやってきた。ファンレターの手伝いということで、彼は封筒に宛名を書くこととなった。

 すぐ隣でロックハートが甘い声で自慢話をする中、ハリーは早く終われと、ただひたすらに宛名を書き続けた。宛名書きのリストの中に、『ハリエット・ポッター』の名前を見つけたときは地獄だった。

「ああ、君の可愛い妹さんだね」

 ロックハートはパチンとウインクした。

「手紙の内容も随分と可愛らしかったよ。私のことを知ったのはごく最近だが、著作は全部読んでくれたと。彼女のお気に入りは、一番初めに読んだ『雪男とゆっくり一年』だそうだよ! ハリー、君はもう読んだろうね?」

 ハリーは愛想笑いを浮かべた。そして気づかれないようにごく小さめの文字で『後で話がある。君の兄より』とその宛名の所に伝言を残した。

 ナメクジを吐きたくなる時間も終盤にさしかかったとき、ハリーの耳がふと何かの声を捉えた。氷のように冷たい声だった。

「来るんだ……俺様の所へ……引き裂いてやる……八つ裂きにしてやる……」

 その声は、気のせいなどではなかった。ハリーは飛び上がってロックハートに今の声が聞こえたか訊ねたが、彼は驚くばかりだった。動揺したハリーにロックハートは更に怯え、早く寮に帰るよう急かして部屋から追い出した。

 ベッドの上で三十分も待つと、ロンが帰ってきた。散々トロフィー磨きについて愚痴った後、ハリーにも宛名書きはどうだったか聞いた。

「うん……もう最悪だったよ。何百通とファンレターはあるし、ロックハートの自慢話はうるさいし。いや、でも、問題はそこじゃないんだ」

 ハリーは声を潜めた。そしてロックハートの部屋で聞いた不思議な声のことを言った。ハリーにだけ聞こえた声について話し合い、疲れてきた二人はベッドに横になった。

「そういえば、ハリエットが途中で医務室に行ったんだ」
「えっ」

 ハリーは飛び起きた。

「なんでそれを早く言わないんだよ!」
「わ、忘れてたんだよ……結構最初の方だったし。そのせいで、僕はハリエットの分も磨かなくちゃならなかったんだ」
「それは悪かったと思うけど……でも、体調の方が大切だろ? ハリエットはどうして医務室に?」
「分かんない。すごく顔色が悪かった。さすがのフィルチも医務室に行ってこいって言うくらいには」
「大丈夫かな……」
「明日になったらお見舞いに行こう」

 ハリーが心配そうに言うので、自分の配慮のなさが克明になり、ロンは罪悪感からそう言った。ハリーもこれに頷き、その日は眠りについた。


*****


 翌朝すぐにお見舞いに行ったハリーとロンだったが、ハリエットの姿はなかった。彼女はすぐに元気になったとマダム・ポンフリーが言うので、拍子抜けした気分で大広間へ向かった。なるほど、確かに彼女はハーマイオニーと共に楽しそうに朝食を食べていた。ロンを見つけると、彼女はすぐさま申し訳なさそうな表情になった。

「ロン、ごめんなさい。昨日は私のせいで大変だったでしょう?」
「ううん、そんなことないさ」

 夜を挟むことで、ロンの機嫌も良くなっていた。いつもの調子で気軽に言う。

「それよりも、体調は大丈夫?」
「ええ、今はもうすっかり」
「あの時の君、本当に死にそうな顔してたからさ」
「本当に大丈夫?」

 心配性の兄がハリエットの顔を覗き込んだ。

「ええ。心配してくれてありがとう」
「ああ、ほら、心配しなくてもお二人とも、ハリエットの気分がすぐに回復するものが来たわよ」

 ふくろうがハリエットの前に落とした手紙を見て、ハーマイオニーがにっこり言った。

「え……あっ、これ!」

 ハリエットはすぐに分かりやすいほど顔を赤くした。まるで恋をしているかのように口をパクパクさせて手紙を見る。

「またラブレター?」
「違うわよ、違う。まあ、私たちにとっては似たようなものかもしれないわね」

 ハリエットとハーマイオニーは仲良く顔を見合わせて笑う。ロンは伸び上がってハリエットの手紙を見て……ゲッと眉根を寄せた。

「何だよ、それ……。ロックハートって書いてあるけど」
「ロックハート先生からファンレターの返事が来たのよ」

 ハリエットは宝物を扱うかのように手紙を裏表と何度も返して見つめた。そして気づく。見慣れた文字に。
『後で話がある』
 ハリエットは恐る恐る兄を見た。ハリーは恐いくらいにっこり微笑んでいた。ハリエットは手紙で顔を隠し、見なかった振りをした。


*****


 全ての授業を終え、寮に戻ると、ハリエットはすぐにベッドに倒れ込んだ。最近疲労がすぐに溜まりやすかった。そして寝ても寝ても疲れは一向に取れない。

 毎日の日課になっていた日記を開き、サラサラと書く。
『今日はロックハート先生からファンレターが届いたわ』
『…………』
 リドルは沈黙を返した。ハリエットにはそれがわざとだということが分かっていた。

 最近、リドルはロックハートの話になると大人しくなる。リドルはロックハートのことが嫌いなようだ。
『でも、ファンレターを送ったことが兄にバレちゃったの。小言の嵐でひどかったわ』
『兄って、ハリー・ポッター?』
 リドルは喜々として軌道修正してこようとした。ハリエットはまたかと思って思わず肩をすくめた。

 最近、リドルはハリーのことばかりだ。

 それというのも、リドルは、五十年前の記憶だからか、最初の頃から最近のことばかり質問してきた。今は平和なのか、危険な闇の魔法使いはいないのか等など。

 ハリエットはしばらく迷ったが、それがリドルにもバレて追求された。ハリエットはヴォルデモートのことと、ハリーのことを簡単に伝えた。

 それからだった。ハリーのことばかり聞きたがるようになったのは。

 これは、日常的にもよく起こった出来事だったため、ハリエットは身に染みてよく分かっていた。愛想良くハリエットに近づいてきて、それとなくハリーのことを聞いてきたり、伝言を頼もうとしたり、秘密を探り出そうとしたり。ハリーは良い意味でも悪い意味でも人気だが、そのため話しかけにくいので、大人しいハリエットを隠れ蓑にして聞き出そうとするのだろう。

 リドルがそれとなくハリーの話に持って行こうとしていることに気づいてからは、ハリエットはあまり日記を開かなくなった。リドルに悪気がないのは分かっていた。日記に閉じ込められた記憶なのだから、今はハリエットからでしか情報を得られる手段はない。リドルがたくさん質問をしてきても仕方のないことだとは思う。だが、ハリエットにとって、ハリーとヴォルデモートの話は、面白半分に聞かせられるような話題ではなかった。ハリーの話をすれば、自ずと亡くなった両親に繋がっていくからだ。

 おまけに、最近はただでさえ調子があまりよくない。夜更かしして日記を書いているからだろうか。よくよく記憶を遡ってみると、日記を書き始めてからだ。

 そこまで考えて、ハリエットはなんて馬鹿なことを、と自分で自分に呆れた。体調が悪いのと日記の存在、どこがどう繋がっているというのだろう。