■秘密の部屋

08:似通う双子


「信じられません!」

 どこか遠くの方で、そんな声が聞こえた。

「ええ、そうでしょう。普通に地面に落ちただけならただの骨折だったでしょう。でも、この子の腕は! バキバキに複雑骨折しているんですよ!」
「〜〜〜〜」
「ええ、ええ、何があったのかは聞きません。誰か魔法が得意だと自負したいささか勘違されてらっしゃる方が魔法を使ったんでしょう。愚かにも!」
「〜〜〜〜」
「今夜はここに泊まることになりますよ。さあ、今は面会謝絶です。早くお戻りなさい」


*****


 次にハリエットが目を覚ますと、ハーマイオニーのの泣きじゃくった顔が飛び込んできた。目が合ってすぐハリエットは微笑んだが、ハーマイオニーの顔は一層苦しそうに歪むばかりだ。

「ああ、ごめんなさい、ハリエット! 痛いでしょう? 私が何もできなかったばっかりに……」
「ハーマイオニーのせいじゃないわ。私の箒が下手だったんだから」
「そんなことないわ! すごく上手に飛んでたじゃない!」

 ハーマイオニーはぶんぶん首を振った。

「箒の方がおかしいのよ! 壊れてたのかしら。だって、あの時のあなた、まるで一年生のときのハリーよ? ほら、覚えてるでしょう? 初めてのクィディッチの試合で、ハリーの箒が狂いだしたこと。あれはクィレルの仕業だったけど……」

 すんとハーマイオニーは鼻をすする。ハリエットは手を出して彼女の手を握った。

「ま、マルフォイにも、良いところがあるのね」

 唐突にハーマイオニーが言った。

「あ、あなたのこと手伝ってくれたのよ。私たちが気が動転してどうすれば良いか分からなかったときに現れて……」

 そして、魔法で担架を出してくれたという。

 しゃっくりをあげながら、ハーマイオニーは拙いながらも説明してくれた。

 担架を出した後、ドラコはいなくなったが、ハーマイオニーとロックハートは彼のおかげで我に返り、その後浮遊術でハリエットを担架に乗せ、協力して医務室まで連れてきたのだという。

「あ、あの時、私本当に驚いて、どうすれば良いか分からなかったの。本当にごめんなさい。全然役に立たなかった」
「そんな、ハーマイオニーが気にすることないのよ、本当に。それに、今はそんなに痛くないもの!」

 それからというものの、ハリエットはハーマイオニーを落ち着かせるので忙しかった。ハーマイオニーの涙はなかなか止まないのだ。

 そうこうしているうちに、医務室がバタバタと騒がしくなる。新たに患者が運び込まれたようだ。

 ハリエットは、隣にやってきた患者を見て口から心臓が飛び出すかと思った。そこには遠い目で天井を見上げるハリーがいたのだ!

「は、ハリー?」
「やあ、ハリエット」

 ハリーの口調は安らかだ。何かを諦めたような雰囲気すらある。

「ど、どうしたの? それにその格好……」

 彼は、クィディッチのユニフォームを着ていた。クィディッチの試合は土曜日だったので、丸一日自分は気絶していたのか、とハリエットは驚いた。

 しかし衝撃はそれだけに留まらない。ハリーの右腕は、ゴムのようにグニャグニャ動いていた。まるで骨が全部抜かれたかのように。

 ロンは呆れた顔でハリーとハリエットを見比べた。

「ホント双子って不思議だよね。昨日の今日で、同じ所を怪我するなんて」
「え、ええ……」
「しかも、原因も一緒。悪化させた奴も一緒。不思議なんて言葉では説明がつかないよ。はは……」

 ハリーは乾いた笑い声を上げた。様子がおかしかったので、ハリーに詳しく事情は聞けずじまいだったが、やがて医務室がグリフィンドール生で集まりだした。クィディッチの試合でまたもハリーがスニッチを取ったと聞いて、ハリエットとハーマイオニーは大層喜んだ。

「おめでとう、ハリー!」
「これで優勝に一歩近づいたわね!」

 医務室は賑やかな歓声で溢れていたが、これによりマダム・ポンフリーの我慢は限界に達した。泥だらけのグリフィンドール生はすぐさま追い出された。

 最後に思い出したハーマイオニーは、ハリエットのベッドまで近寄り、彼女の手に何かを握らせた。

「あ、あのね、私、ロックハート先生にお見舞いカードを書いてもらったの。先生もハリエットのことをすごく気にしていて、快く書いてもらったわ」
「うわあ……」

 そこには金色のメッセージカードがあった。角張った文字でハリエットを心配する旨が書かれていた。

「あ、ありがとう、ハーマイオニー! 私、大切にするわ!」
「これくらいなんてことないわ! 早く良くなってね!」
「ええ!」
「何この狂った茶番劇……」

 ロンが呆れて呟いた。


*****


 ハリーが運ばれてからしばらくして、ハリエットは退院することになった。まだ腕は吊ったままでなければならないが、大人しくしていればそのうち骨はくっつくという。

 退院する前にハリーと話していたら、マダム・ポンフリーの話し声が聞こえてきた。

「さあさ、あなたも早くお行きなさい。大した怪我ではないでしょう!」

 カーテンの隙間から顔を覗かせれば、スリザリンのユニフォームが映った。見慣れたプラチナブロンドに、ハリエットは目をぱちくりさせた。

「じゃあね」

 慌ててハリーにさよならを告げ、ハリエットはドラコの後を追った。ドラコは、医務室の前にはいなかった。しかし、階段を降りたところで後ろ姿を発見した。彼はドロドロのユニフォームを着ていた。

 声をかけようとしたところで、ハリエットはたたらを踏んで曲がり角に身を隠した。ドラコだけではなく、スリザリンのクィディッチチームキャプテンである、マーカス・フリントの姿もあったからだ。

「自分の頭の上にあるスニッチに気付かないシーカーが一体どこにいる!? ポッターに気を取られて何てザマだ!」

 ぐうの音も出ない正論に、ドラコはただじっと下を見つめ、言い返すようなことはしない。だが、彼が誰よりも己のしでかしたことを後悔していることは、その表情を見れば明らかだった。

 その後もフリントによる叱責は続いたが、ハリエットが居たたまれなくなる前に、フリントはいなくなった。

 結果的に盗み聞きする形になってしまったことに、ハリエットは若干の後ろめたさを覚えながらも、その場に立ち尽くすドラコに近付いた。

「ドラコ」
「笑いに来たのか?」

 声をかけると、ハリエットがまだ何も言わないうちにドラコはつっけんどんに口を開いた。

「どうしてそうなるの?」

 ハリエットは全く意味が分からなくて首を傾げた。

「私はただお礼を言いに来ただけだけど……。私が骨折したとき、ドラコが助けてくれたんでしょう? ハーマイオニーから聞いたわ。ありがとう」

 そして彼のクィディッチのユニフォームに目を向ける。

「ドラコの初試合が見られなかったのは残念だけど」
「あんなの、見せられるようなものじゃない」

 ドラコは吐き捨てるようにして言った。

「誰がどう見ても僕の方が有利だったのに! なのに僕は自分の頭の上にあったスニッチにすら気づかなかった!」
「ドラコはハリーを気にし過ぎなのよ」

 ハリエットはおろおろしながら、思いつく限り素直に口にした。

「もったいないわ。クィディッチが好きなんでしょう? だったら、試合中くらいハリーのことを忘れればいいのに」
「…………」
「……本当にもったいないわ。あれだけ練習してたんだもの」

 それでもなお、ドラコからの反応はない。窓の外を見れば、もう随分と日が落ちていた。もう戻らなければと思った。

「私、行くわね。助けてくれてありがとう」

 ハリエットは小さく微笑んで踵を返した。落ち込んでいるドラコのことは気にかかったが、試合に勝利したグリフィンドール生に何を言われても耳に入ってこないかもしれないと諦めることにしたのだ。


*****


 寮に戻ると、ハーマイオニーとロンが待ち受けていた。まずは退院おめでとうと言われ、ハリーのクィディッチの試合を熱を持ってしてロンが語ってくれた。狂ったブラッジャーがハリーを襲った話になったときは、ハリエットは手に汗を握って話に聞き入った。

 話は局面に移り、ロックハートの話題になった。ロンは様々な悪態や悪口を含めて、ロックハートの下手な魔法のせいで、骨折したハリーの骨が抜かれたと刺々しく説明した。

「で、ここまで話を聞いてハリエットはどうなの? ハーマイオニーは相変わらずだけど」
「うーん……」

 ハリエットは引きつった笑みを浮かべて考えた。少し冷静になって今までのロックハートの所業を思い出した。ピクシー事件、ハリーを目立ちたがり屋と言ったこと、自分やハリーの骨折を一層複雑にしたこと……。

「性格に……少し難ありだとは思うわ。ハリーが目立ちたがりだって言われるのは好きじゃない」
「性格に! 難あり!」

 ロンは大袈裟に両手を広げた。

「あいつの『難あり』はまさか性格だけだとでも思ったかい? 君の目は節穴か? よく思いだしてもみろよ。君の腕をこんな風にしたのはあいつだし、最初の授業でピクシー一匹ですら何とかできなかったのもあいつだ!」
「仕方ないわよ!」

 ハーマイオニーが声を大にして割って入った。

「先生は動転してたのよ。急に生徒が骨折しちゃって、自分が何とかしないとって」
「何とかしないとって思うのなら、二人はまず医務室に運ばれるべきだったろう!」

 ロンは身振り手振りで熱弁した。

「あいつが動転してたって、それはハリエットのときにも聞いたけど! あの先生はちょっとでも動転すると魔法を間違えるのかい? だったら今まで出してきた本の数々は何なんだろうね! 動転するような出来事ばっかりだったけど!」
「もう……一旦この話は止めにしましょう? 二人とも、私たちのこと心配してくれてありがとう。でも、そのせいで二人が喧嘩するのは嫌だわ」

 おずおずとハリエットがそう言えば、ロンとハーマイオニーは喉に何か詰まったような表情をして、黙り込んだ。その後は、ロックハートなんか存在しないかのように振る舞い、それぞれベッドに飛び込んだ。

 ベッドに入ってもなお、ハリエットはなかなか眠れなかった。

 ロンの話を聞いているうちに、憑きものが取れていくような心地になったのだ。

 ハリエットの腕はただの骨折だったのに、ロックハートが骨を粉々に砕いて余計にややこしくしたこと、クィディッチでハリーも箒から落ちたが、颯爽と現れたロックハートに魔法をかけられ、骨を抜かれたこと。

 ロックハートの魔法の腕はひどいものだ、と常日頃ハリーやロンが言っていたが、それがようやく、ハリエットの脳にきちんと届いた。

 だが、それでも譲れない部分はあった。たとえ魔法の腕が少し悪くても、彼が優れた魔法使いであることに変わりはないし、ドキドキハラハラの数々の冒険をし、そしてそれを本にしたことは事実なのだ。

 だが、その消しきれないロックハートへの情が、無残にも崩れ落ちる出来事が次の週ハリエットに訪れることとなる。ハリー達と箒で遊ぼうしたところ、箒に振り回されたことを思い出し、またもや一メートルしか飛べなくなったのだ。

 絶大なるトラウマを植え付けられたハリエットは、これを機に完全なるロックハート恐怖症に陥った。あまりにもトラウマがハリエットを苦しめるので、リドルの日記に書いてみたら、そんな胡散臭い奴は無視しろとそれまでの紳士的な口調はどこへやら、急に辛辣になったので、忠告に従うことにした。この時だけは日記と気が合ったのだ。

 翌週の金曜の午後には、またいつもの城裏へ行って、ドラコへ泣きつくこととなった。