■賢者の石

03:ダイアゴン横丁


 翌朝、ハグリッドと双子の三人は、ダイアゴン横丁という所へ向かった。その道中、双子はこれまで抑圧されていた『質問したい』という感情を一気に解放され、交互にハグリッドに魔法世界のことを訪ねた。それこそ、ハグリッドが息つく暇も無いくらいに。

 入学用品と聞いて、第一に思ったのは、自分たちにはこれっぽっちのお金もないということだ。恥ずかしそうにそれをハグリッドに言えば、自分たちの本当の両親が、グリンゴッツという銀行にお金を残してくれてるという。

 三人は、ロンドンを通り、漏れ鍋という薄汚れたパブへ入っていった。道中の都会の景色ですでに心躍っていたというのに、双子は漏れ鍋でも非常に驚かされた。聞かされること全てが真新しいというのに、なんとそこにいた人々は、皆ハリーのことを知っていたのだ。まるで、昔ながらの知り合いのように。

 ハリーは、皆に握手をせがまれた。握手の順番待ちをしている人々が、ハリエットにまで握手を求めることがあった。知らない人が自分たちのことを知っているということは不思議でならなかったが、こんなに友好的にされたことは生まれて初めてだったので、双子は喜んで握手に応じた。

 ホグワーツで働いているというクィレルとも話した後は、パブを抜け、ダイアゴン横丁に向かった。行き止まりだと思ったレンガの道が、ハグリッドが傘の先で三度叩くだけで、あっという間にアーチ型の入り口に変化したのは本当に驚きだった。

 ダイアゴン横丁は、不思議の塊だった。こうもりの脾臓やうなぎの目玉の樽をうずたかく積み上げたショーウィンドウや、今にも崩れそうな呪文の本の山。羽根ペンや羊皮紙、薬瓶、月球儀なんかもある。終始開いた口が塞がらなかった。ハリエットは特に、イーロップのふくろう百貨店の前からなかなか動かなかった。大小様々、色とりどりのふくろうが可愛くて仕方なかったのだ。ハリーは苦労してハリエットを引っ張った。

 グリンゴッツにつくと、トロッコに乗り、両親が残したという金庫へ向かった。そこには山のように金貨や銀貨、銅貨があって、双子は目をクラクラさせながら、それぞれのバッグにお金を詰めた。

 ハグリッドは、ホグワーツ校長ダンブルドアのお使いで、七一三番金庫にあった茶色の包みも一緒に引き出していた。ハリーが興味津々でその中身について訊ねたが、ハグリッドは頑なに教えてくれなかった。

 グリンゴッツを出た後は、トロッコに酔ったらしいハグリッドとマダム・マルキンの洋装店の前で別れた。ハリー達がここで制服を採寸する間に、『元気薬』とやらを飲んでくるらしい。双子は一緒に洋装店に入った。

「いらっしゃい。坊ちゃんとお嬢ちゃん。ホグワーツなの?」

 出迎えたのは、マダム・マルキンだった。ハリーが頷くと、彼女はにっこり微笑む。

「全部ここで揃いますよ。もう一人お若い方が丈を合わせている所よ」

 店の奥を覗くと、青白い、顎の尖った少年が踏み台の上に立ち、もう一人の魔女が長い黒いローブをピンで留めている所だった。マダム・マルキンはハリエットを店の入り口近くのソファに座らせた後、ハリーを少年の隣の踏み台に立たせた。

「やあ、君もホグワーツかい?」

 少年がハリーに話しかけた。

「うん」
「僕の父は隣で教科書を買ってるし、母はどこかその辺で杖を見てる」

 少年はどこか気取った話し方だった。

「これから競技用の箒を見に行くんだ。一年生が自分の箒を持っちゃいけないなんて理由が分からないね。父を脅して一本買わせて、こっそり持ち込んでやる。君は自分の箒を持ってるのかい?」
「ううん」
「クィディッチはやるの?」
「ううん」

 何が何だか分からなくて、ハリーの返事は短かった。

「僕はやるよ。君はどの寮に入るかもう知ってるの?」
「ううん……」

 次第に情けなくなりながら、ハリーは答えた。

「まあ、本当のところは入ってみないと分からないけど。だけど僕はスリザリンに決まってるよ。僕の家族は皆そうだったんだから。ハッフルパフなんかに入れられてみろよ。僕なら退学するな。そうだろう?」
「うーん」
「ほら、あの男を見ろよ!」

 少年が指さす先――窓の外には、ハグリッドが立っていた。にっこり笑いながら、手に持った三本の大きなアイスを持ち上げている。

「ハグリッドだ!」
「知り合い?」

 この子が知らないことを自分が知っている、とハリーは嬉しくなった。

「うん。ホグワーツで働いてるんだ」
「聞いたことがある。召使いだろ?」
「森の番人だよ」

 全てハグリッドから聞いたことだが、少年の嫌味な言い方にハリーは眉を顰めた。ますますこの子が嫌いになった。

「言うなれば野蛮人だって聞いたよ。掘っ立て小屋に住んでいて、しょっちゅう酔っ払って魔法を使おうとして、自分のベッドに火をつけるんだそうだ」
「彼って最高だと思うよ」
「へえ?」

 馬鹿にしたように少年は笑った。

「どうして君と一緒なの? 両親はどうしたんだい?」
「死んだよ」

 ハリーは短く答えた。

「ああ、悪かったね」

 ちっとも悪く思ってない口調で、少年はあっさり謝った。

「でも、君の両親も僕らと同族なんだろう?」
「魔法使いと魔女だよ。そういう意味で聞いてるんなら」
「他の連中は入学させるべきじゃないと思うよ。そう思わないか? 入学は昔からの魔法使い名門家族に限るべきだと思うよ。君、家名はなんて言うの?」

 ハリーが答える前に、採寸が終わった。喜々としてハリーは踏み台からポンと降り立った。

「じゃ、ホグワーツでまた会おう。たぶんね」

 ヒラヒラと手を振って少年はハリーを見送った。それにおざなりに笑みを返し、ハリーはハリエットの所までやってきた。

「ハリー?」
「ハグリッドと一緒に待ってる」

 多くは語らず、ハリーはそのまま店を出た。これ以上あの少年と同じ所にいたくなかった。

「さあ、お次はお嬢ちゃんの番ですよ」

 マダム・マルキンが踏み台までハリエットを案内した。ハリエットはドキドキしながら踏み台の上に立った。そしてその高揚した気分のまま、隣の少年に顔を向ける。

「こ、こんにちは」
「やあ」

 長い採寸に、少年は疲れているようだった。会話の内容までは聞こえなかったが、ハリーとこの少年は随分長いこと話しているようだったので、ハリエットも世間話をしたいと思っていた。九月から暮らすホグワーツに不安があったし、できることならば、ホグワーツに行く前に友達ができれば、と思っていた。

「あなたもホグワーツに行くの?」
「ああ。君はさっきの子の友達?」
「双子なの。私は妹よ」
「そうなんだ。あんまり似てないな」
「よく言われる」

 ハリエットは苦笑して答えた。双子だと言えば、皆が皆いつも同じ反応を返すのだ。

「君たちはなんて家名だい? 君のお兄さんに聞いたんだけど、答えずにさっさと行ってしまったから」
「あ……ごめんなさい。もしかして疲れたのかも。今日は初めてのことがたくさんあったから」

 まごつきながらハリエットは謝った。

「私達……あの、ポッターよ。私はハリエット・ポッター」
「ポッター? あの? さっきの子は、もしかしてハリー・ポッター?」
「ええ、そうよ。あなたもハリーのこと知ってるのね」
「ああ、もちろんだ。生き残った男の子として有名だからね。そうか、君たちが……」

 そう言うと、それきり少年は黙った。窓の外に視線をやり、チラチラハリーを見ているようだった。意を決してハリエットは話しかけた。

「ねえ、魔法って見たことある?」
「君はないのか?」

 少年は驚いたように問い返した。ハリエットは小さく頷く。

「私、自分が魔法使いだってこともついこの間知ったばかりなの。今まで、えっと、魔法が全然ないところで生活してたの。だから今日は驚きの連続で」
「坊ちゃん、採寸が終わりましたよ」

 もっと話していたかったが、生憎と少年の方の採寸が終わってしまった。このまま行ってしまうのかと思ったが、少年は踏み台を降りた後、ハリエットの前まで来た。

「僕はドラコ・マルフォイだ」

 青白く細い手を差し出した。ハリエットはドキドキしながらゆっくりその手を握る。

「まさか君たちが……マグルの世界で生活していたことは残念だが、まあ事情が事情だし、仕方ないことなんだろう」

 戸惑いながら、ハリエットは言葉を待った。

「魔法界のことは全然知らないんだろう? だったら、僕が教えてあげよう。僕は由緒正しい純血の家系だし、君たちと付き合うにも充分だと思う。どうだい?」
「いいの?」

 目を丸くしてドラコを見れば、彼は笑みを浮かべて頷いた。

「ありがとう。今まで本当に不安だったの。そう言ってもらえると嬉しいわ。改めて、私はハリエット・ポッター。これからよろしくね」
「ああ。スリザリンで待ってるよ」
「スリザリン?」
「ああ、こういうことも知らないのか」

 ドラコは軽く咳払いをした。

「ホグワーツは寮が四つあってね。スリザリンとレイブンクロー、あー、ハッフルパフとグリフィンドールっていうのもある。ハッフルパフには劣等生が多いし、グリフィンドールは血の気の多いやつがたくさんいる。スリザリンをおすすめするよ。僕もそこに行くつもりだ」

 あまりよく分からなかったが、ハリエットはとりあえず首を縦に振った。後でハグリッドに詳しく聞こうと思った。

「クィディッチのことも教えてやるって、さっきの子に言っておいて」
「クィディッチ?」

 兄の方のポッターと同じ反応に、少年は苦笑した。

「魔法界のスポーツさ。一番人気なんだ。知らないと恥をかくから、今度会ったら教えてあげるよ」
「ありがとう」

 ハリエットはホッとしてドラコを見送った。ちょっと偉ぶった所はあるが、初対面の自分に色々教えてくれるなんて、なんていい人なんだろうと思った。