■秘密の部屋

15:祝席


 ダンブルドアがドアを開けると、彼を吹き飛ばす勢いでルシウス・マルフォイが入ってきた。彼の後ろには、居住まい悪そうにハリー、そしてしもべ妖精のドビーも立っている。

「こんばんは、ルシウス」

 ダンブルドアはルシウスの怒りも何のその、朗らかに挨拶をした。

「それで! お帰りになったわけだ。理事たちが停職処分にしたのに、まだご自分がホグワーツに戻るのにふさわしいとお考えのようで」
「はてさて、ルシウスよ。今日あなた以外の十一人の理事がわしに連絡をくれた。ハリー・ポッターの妹が殺されたと聞いて理事たちがわしに、すぐ戻ってきてほしいと頼んできた。皆は聞かせてくれての。元々わしを停職処分にはしたくなかったが、それに同意しなければ、家族を呪ってやるとあなたに脅された、と考えておる理事が何人かいるのじゃ」

 ルシウスの顔が一層蒼白になった。しかしまだ怒りは冷めない。

「すると――あなたはもう犯人を捕まえたのかね?」
「捕まえた」
「それで、誰なのかね?」

 ルシウスは意地悪そうに笑った。

「その犯人には然るべき処分を受けてもらわねば」
「おお、おお、ルシウス。確かにわしもそう思う。こんなことをしでかした者にはそれ相応の処罰を与えねば……しかし、証拠がない。残念なことに」
「先ほど、あなたは犯人を捕まえたとおっしゃった。現行犯なのだろう? 厳罰は免れん」
「じゃが、その者――ハリエット・ポッターは操られていた。今回の事件は、前回と同じく、ヴォルデモート卿がしでかしたことじゃよ。彼はこの日記を利用したのじゃ」

 ルシウスは、ダンブルドアが掲げる日記を鋭い視線で睨み付けた。

「その日記を持っていた者こそが、犯人だという証拠に私は思えるが?」
「勘違いしないでほしいのじゃが、ルシウスよ」

 ダンブルドアは冷たい微笑を浮かべた。

「この日記はあくまでもハリエットが無実だという証拠にはなり得るが、犯人だと関連づけるものにはなりはせんよ」

 ダンブルドアは日記を持つ手を下ろした。

「狡猾な計画じゃ。この日記の存在、仕組みが明らかにならねば、ハリエットが犯人扱いにされたことじゃろう。わしが思う犯人はルシウス、この日記をハリエットの手に渡るように仕組んだ者の方だと思うがの」

 ルシウスの後ろで、ドビーがハリーに必死に示していた。日記を指さし、ルシウスを指さし、そして最後に彼は自分で自分の頭にパンチをする。

 ハリーは彼の言わんとすることが分かった。

「マルフォイさん。ハリエットがどうやって日記を手に入れたか、知りたいと思いませんか?」
「興味もないな」
「いいえ、そんなはずありません。あなたは知らなくちゃいけない」

 ハリーは大きく息を吸い込んだ。

「あなたがハリエットに日記を与えたんです。フローリシュ・アンド・ブロッツ書店で、ハリエットの教科書を拾い上げて、その中に日記を滑り込ませた、そうでしょう?」
「何を証拠に」
「ああ、誰も証明はできんじゃろう。しかし忠告しておこう。ヴォルデモート卿の昔の学用品をばらまくのはもうやめにすることじゃ。罪もない人の手に渡るようなことがあれば、今度は確実にわしが入手先があなただと突き止めるじゃろう……」

 ルシウスはピクピクと頬を動かし、そして叫んだ。

「ドビー、帰るぞ!」

 ルシウスはドアをこじ開け、すぐさま出て行った。閉じられたドアの向こうでは、ルシウスがドビーを蹴飛ばす音がした。ドビーは痛々しい叫び声を上げている。

「ダンブルドア先生」

 いても立ってもいられずハリーは声を上げた。

「その日記をマルフォイさんにお返ししてもよろしいでしょうか」
「よいとも、ハリー」

 ハリーは日記をわしづかみにし、部屋から飛び出した。つんのめりながら靴を脱ぎ、ドロドロに汚れた靴下の片方を脱ぎ、日記をその中に詰める。

「マルフォイさん。これお返しします」

 ルシウスは靴下をはぎ取り、中の日記を取り出し、靴下を投げ捨てた。

「君もそのうち親と同じに不幸な目に遭うぞ。ハリー・ポッター。ドビー、来るんだ」
「――ご主人様がドビーめに靴下をくださった」

 ドビーは夢見心地で呟いた。

「何だと? 今なんと言った?」
「ドビーは靴下の片方を頂いた。ご主人様が投げて寄越した。ドビーがそれを受け取った。だからドビーは、ドビーは自由だ!」

 ルシウスはしもべ妖精を見つめ、凍り付いたように立ちすくんだ。

「小僧め、よくも私の召使いを!」

 ルシウスはハリーに掴みかかったが、ドビーは早かった。

「ハリー・ポッターに手を出すな!」

 バーンと音がして、ルシウスは吹っ飛んだ。階段を転げ落ちて床に倒れ込む。ハリーは胸のすく思いだった。

「すぐ立ち去れ」

 ドビーはルシウスに指を突きつけた。

「ハリー・ポッターに指一本でも触れさせはしない。早く立ち去れ!」

 ルシウスは従うしかなかった。忌々しそうに二人を睨み付け、マントを翻して去って行く。ドビーは輝かんばかりの笑みを浮かべた。

「ハリー・ポッターがドビーを自由にしてくださった!」
「ドビー、これくらいしかしてあげられないけど。でも、もう僕たちの命を救おうなんて、二度としないって約束してくれ」

 ドビーはへにゃっと笑った。

「ハリー・ポッター。ハリエット・ポッターにもよろしくお伝えください。お怪我が早く治りますように。さようなら!」

 バチッという大きな音がして、ドビーは消えた。


*****


 秘密の部屋事件を解決したとして、ハリーとロンは「ホグワーツ特別功労賞」が授与された。そして一人につきグリフィンドールに二百点ずつ与えられた。そのおかげで寮対抗優勝杯を二年連続獲得することができ、二人はグリフィンドール生たちから大層感謝され、そして褒め称えられた。

 おまけに、学校からのお祝いとして期末試験がキャンセルされた。ハーマイオニーはひどく残念そうだったが、もちろん彼女以外の生徒たちは皆喜んだ。

 ロックハートが記憶喪失になり、学校を去ることもダンブルドアによって告げられた。幾人かの女生徒が残念そうな声を上げ、そして大半の生徒は歓声を上げた。

 その日の夕食には盛大なパーティーが催された。継承者のもたらす不安も、試験勉強の心配もなくなり、皆は豪華な食事に舌鼓を打った。ハリーたち三人もいろんな人たちに肩を叩かれ、会話を交わしながらも、胸にはハリエットへの心配がしこりのように残った。

 豪華で楽しいその祝席にハリエットの姿がないことは、ハリーたち三人、そしてドラコしか気づかなかった。