■アズカバンの囚人

03:漏れ鍋にて


 夜の騎士バスを降りたハリー達は、すぐに魔法大臣のコーネリウス・ファッジに捕まった。二人はすぐに退校処分――いや、もっと悪いことを想像したが、彼は悪いニュースを持ってきたわけではなかった。彼は、『魔法事故リセット部隊』のおかげでマージの風船事故はなかったことにされ、そして来年の夏休みはいつも通りダーズリーの家で過ごすことができると伝えにきてくれたのだ。

 最後の部分には双子は顔を顰めたが、どちらちせよ夏休みにホグワーツにはいられないので、有り難いと思わないといけないのだろう。

 そして一番大事なこと――ハリー達は、退校処分にもならないし、何か他の処罰があるわけでもないと言われた。

 これには二人とも驚いた。去年は屋敷しもべ妖精が魔法を使っただけで公式警告を受けたというのに。その時に、今度また魔法を使ったら退学させられるとも言われたのだ。

 だが、ファッジは状況は変わるとかなんとか口ごもるばかりで、正確なことは教えてくれなかった。とりあえずは今まで通り今年もホグワーツに通えると言うことで双子は納得した。

 ただ、これからの夏休みは漏れ鍋で部屋を取って過ごすことになった。双子はもちろんこれに異論は無かった。プリベット通り四番地のダーズリー家とダイアゴン横丁の漏れ鍋。どちらが楽しい夏休みを過ごせそうかと言えば、一目瞭然だ。

 漏れ鍋での生活は、素晴らしいものだった。まずヘドウィグとウィルビーがちゃんとハリー達の居場所を察知して、後を追ってきてくれた。ウィルビーなんかはヘドウィグにつつかれて急いできたようで、げっそりしていた。だが、ハリエットの顔を見るとそんな気分も吹き飛んだのか、彼女の指を甘噛みしたり機嫌良く鳴いたりと忙しいものだ。

 食事も楽しみの一つだった。両親が残してくれたお金で好きなものを好きなだけ食べた。家の手伝いもせずに、毎日ダイアゴン横丁を練り歩くのも楽しかった。雑貨を見て回ったり、買い物をしたり、すれ違う人たちを観察したり。今までの中で一番魔法界に触れられた瞬間だっただろう。

 中でも、ハリーは『高級クィディッチ用具店』の炎の雷・ファイアボルトに心を奪われていた。世界一早い箒と言われ、見た目も格好良くて素晴らしい。研究に研究を重ねた箒だということは、説明書きを見なくても分かった。ハリエットの堪忍袋の緒が切れるまで、ハリーは毎日この箒を見に通い詰めた。

 それと同時に、学用品も揃えた。教科書のリストには、ハグリッドからもらった『怪物的な怪物の本』もあって、双子は首を傾げた。なぜハグリッドは新学の指定教科書を知っていたのだろう?

 書店を出ると、ロンとハーマイオニーに遭遇した。ロンはいつも以上にそばかすだらけで、ハーマイオニーはこんがり日焼けしていた。

 四人はすぐさま手紙では伝えきれなかった近況を話した。マージを膨らませたこと、ロンが新しい杖を買ったこと、ハーマイオニーが一足早い誕生日プレゼントとしてお小遣いをもらったこと……。

 ハーマイオニーがふくろうが欲しいというので、『魔法動物ペットショップ』に行くことにした。ロンのペットのスキャバーズの体調も悪そうだったので、ついでに診てもらうことにした。

 スキャバーズを診てもらった後、男の子二人は店を出て女の子二人を待った。女の子の方は、とある猫に夢中だった。

「可愛い!」
「すごく大きいのね」
「この子はクルックシャンクスって言うのよ。猫のニーズルのハーフ」

 店員がやや疲れた顔で言った。先程まで店内を走り回るこの猫を追いかけまわしていたのだから、それも無理はない。

「とても賢そうな顔をしているわ」
「毛もフワフワしてるー!」

 女の子達を射止めたクルックシャンクスは、ハーマイオニーに飼われることになった。だが、その猫は男の子二人には不興だった。

「君、あの怪物を買ったのか? その猫、スキャバーズを食べようとしたんだぞ」
「この子、素敵でしょう、ね?」

 ハーマイオニーはロンの言葉を聞いていなかった。

 クルックシャンクスは、赤みがかったオレンジ色の毛がたっぷりとしていてフワフワだったが、気難しそうな顔がおかしな具合に潰れていた。女の子達曰く、そこが可愛いのと言い張った。猫はハーマイオニーの腕の中で幸せそうにゴロゴロ喉を鳴らしていた。


*****


 いよいよホグワーツに戻る日が明日に迫った。タクシーかウィーズリー家の車でキングズ・クロス駅に行くと思っていたハリー達は、アーサーから移動手段を聞いて目を丸くした。

「魔法省が車を二台用意してくれる」
「どうして? なぜ役所から車が来るんですか?」
「そりゃ、私たちには車がなくなってしまったし、それに私が勤めているからご厚意で……」

 何気ない言い方だったが、アーサーの目が不自然に動いたのをハリーは見た。もっと詳しく聞きたかったが、車がなくなってしまった、というのは二年生のとき自分たちが起こした事件のせいなので、これ以上追及はできなかった。自ら墓穴を掘る必要など無い。

 夜、ハリーとハリエットが部屋に戻ろうとした時、食堂の奥の方で言い争っている声が聞こえてきた。ウィーズリー夫妻の声だった。

「二人に教えないなんて馬鹿な話があるか。ハリーとハリエットには知る権利がある。ファッジには何度もそう言ったが、彼は二人を子供扱いしていた」
「アーサー、本当のことを言ったらあの子達は怖がるだけよ!」

 モリーも激しく言い返した。

「知らない方が二人は幸せなのよ」
「あの子達に惨めな思いをさせたいわけじゃない。私はあの子達に自分自身で警戒させたいだけなんだ。ハリエットはともかく、ハリーやロンがどんな子か、母さんも知ってるだろう。二人でフラフラで歩いたり、禁じられた森に入ったり! ハリエットだってハリーに影響されやすい。いらない好奇心をもたせたらどうするんだ!」

 ハリーは気まずそうにハリエットを見た。まるでハリーがハリエットを悪の道に引きずり込んでいるような口ぶりだ。ハリエットは苦笑いを返した。

「それに、あの日あの時、夜の騎士バスが二人を拾っていなかったらどうなっていたと思う? 間違いなく殺されていた!」
「でも、二人は死んでないわ――」
「シリウス・ブラックは狂人なんだ。不可能と言われていたアズカバンを脱獄した。もう三週間も経つのに誰一人ブラックの足取りさえ掴めない。奴の狙いは――」
「でも、ハリーはホグワーツにいれば絶対安全よ」
「我々はアズカバンも絶対安全だと思っていたんだよ。あいつはね、ハリーの死を望んでるんだ。奴はハリーを殺せば例のあの人の権力が戻ると思ってるんだ。ハリエットだってそのために利用されるかもしれない」

 話し合いはなかなか収束しなかった。結局、もう夜も遅いというアーサーの言葉で、話が終わった。

 双子は、足音を忍ばせながら部屋に戻った。

 ベッドの上に上がり込み、ハリーとハリエットは戸惑ったように互いの顔を見る。

 シリウス・ブラック――アズカバンを脱獄した死刑囚。マグルのテレビでも、漏れ鍋にいたときも何度も聞いた名前だ。たった一つの呪いで十三人も殺したという凶悪殺人犯。その彼が、ハリー達を狙っていると。

 ファッジが安心していたように見えたことや、キングズ・クロス駅に行くだけなのに魔法省から車が出されること、全てに合点がいった。

 ハリエットは知らず知らず震えていた。目に見えない恐怖が自分たちを取り巻き、そして絞め殺してしまうように感じられた。