■賢者の石
04:プレゼント
採寸が終わると、ハリエットは浮き足立ったまま外に出た。店のすぐ入り口で、ハグリッドとハリーがアイスを食べていた。ハグリッドは申し訳なさそうにイチゴのアイスをハリエットの顔の前まで下ろした。
「あー、すまねえな、ハリエット。まさか採寸にこんなに時間がかかるとは思わねえで、一緒くたに買っちまったんだ。そのせいで大分溶けちまった」
アイスは半分以上溶けかけ、ハグリッドの手まで汚していた。ハリエットは目を瞬かせた。
「お前は気が利かねえっていつも怒られる。新しいもの買うから、少し待っちょれ」
「あ、大丈夫よ! まだ食べられるし、そんなのもったいないわ。それに、とってもおいしそう。ハグリッド、ありがとう」
捨てられては堪らないと、ハリエットは慌ててアイスを受け取った。急いで食べ、惨状を何とかマシなものにする。
「本当にすまねえな」
落ち込むハグリッドを慰めていると、ハリーが近寄ってきて小声でハリエットに尋ねた。
「ねえ、さっきの子と話した?」
「ええ」
ハリエットは元気よく頷いた。
「さっきの子、良い子ね。色々教えてくれたわ」
「良い子だって!?」
あまりの驚きに、ハリーの声は裏返った。
「どこが。ダドリーみたいな奴だったでしょ?」
「えっ? そんな風には思わなかったけど……」
「騙されてるよ。どんなこと話したの? あいつ、ハグリッドのこと召使いって言ったんだ。それに、僕に両親がいないことや、魔法使いじゃない人たちのことを見下してるように感じた」
「そ、そうなの? でも、魔法界のことはよく分からないって言ったら、これから色々教えてあげるって握手もしてくれたわ」
「握手? 本当に?」
ハリーはなおも訝しげだった。もっと詳しく聞こうとしたが、ハグリッドに急かされたので、二人は話を止めた。
それから、ハグリッドに寮やクィディッチのことを聞きながら、フローリシュ・アンド・ブロッツ書店に向かった。そこで教科書を買った後は、次々に店を変え、鍋や秤、折りたたみ式望遠鏡など様々なものを買った。
「後は杖だけだな……ああ、そうだ。まだ誕生祝いを買ってなかったな」
ハリーとハリエットは、二人揃って顔を赤くした。
「そんなことしなくていいのに……」
「折角の誕生日だ。甘えちょったらええ。そうだ、動物をやろう。ヒキガエルは駄目だ。流行遅れだからな。猫……俺は猫は好かん」
ハグリッドの言葉を受け、ハリエットは信じられないといった表情を浮かべた。
「ふくろうを買ってやろう。子供は皆ふくろうをほしがるんだ。役に立つからな。郵便とかを運んでくれるし」
ハグリッドが向かったのは、道中ハリエットが興味津々だったイーロップのふくろう百貨店だ。そこには至る所に様々な種類のふくろうがいて、散々迷って、ハリーは雪のように白い美しいふくろうを、ハリエットは、フサフサした灰色の小さな豆ふくろうを買ってもらった。どもりながらも、二人は何度もお礼を言った。
「本当にふくろうで良かったの?」
ハリーは小声でハリエットに尋ねた。
「ハグリッドなら、自分が嫌いでも、猫を買ってくれたと思うよ」
「いいの。猫も可愛いけど、この子も可愛いもの」
鳥かごの隙間に指を入れると、豆ふくろうは顔を近づけてそれに応えた。
「それに、ふくろうに手紙を持たせるなんて、魔法使いっぽいと思わない? 友達ができたら、文通ができたら良いな」
ハリエットは目を細めて笑った。
「あ、後ね、ハリーにプレゼントがあるの」
思い出したように言うと、ハリエットはゴソゴソバッグの中を漁った。そして取り出したのは、一冊の本だ。
「これ」
「これ……クィディッチ?」
表紙に書かれている文字を読んで、ハリーはあっと声を上げた。
「あの子が言ってた奴だ!」
「魔法界の、一番人気のスポーツなんだって。知っておいた方が良いって言ってたから買ってみたの。どう?」
「ありがとう! わあ、クィディッチって、本当に箒に乗るんだ! 格好いい!」
次々にページをめくっていたハリーだが、次第にとある異変に気づく。所々に差し込まれた写真に違和感があったのだ。
「――写真が動いた! ねえ、ハグリッド!」
ハリーは慌ててハグリッドを見た。しかしハグリッドは逆に不思議そうに首を傾げる。
「動くのは当たり前だろ? 動かなかったら写真じゃねえ」
「僕たちの知ってる写真は動かないよ……。動いたら写真じゃないよ」
何だかおかしな会話に、ハリエットはクスクス笑い声をたてた。ハリーは頬を赤らめて本をバッグの中に仕舞った。
「ねえ、ハグリッド。まだ時間ある?」
「あるにはあるが……どうかしたか?」
「クィディッチの本をハリエットからもらったんだ、誕生日のお祝いに。だから、僕もハリエットにお返ししたくて……。ちょっとお店見てきてもいい?」
「ああ、いいとも。今日はお前さんらの誕生日だ。何だって叶えちゃる」
「ありがとう! ハリエット、ここで待ってて。僕も何か買ってくる!」
ヒラヒラと手を振って走り、ハリーはあっという間に見えなくなった。
しばらくして、ハリーは頬を紅潮させて帰ってきた。ハリエットの所までやってくると、白い包みをすぐに差し出す。
「ありがとう。開けていい?」
「もちろん!」
そうっと包みを開ければ、中から細長い淡いピンクのリボンが出てきた。滑らかな指通りで、ハリエットは頬を緩ませる。
「時間が経つと色が変わるらしいんだ。良かったら使って」
「とっても素敵! ありがとう!」
ハリエットは何度も頷いた。今まで、ハリエットは己の長い髪を持て余していたのだ。料理のときにくくることもあるが、輪ゴムでくくるしかなかったので、それを取るときには酷い思いをした。
折角なので、ハリエットは軽く髪を結い、リボンをつけてみた。一緒に入っていたゴムで髪をくくり、リボンをつけようとそれに近づければ、不思議と勝手にリボンが結われていき、ハリエットの髪に収まった。丁度その時、リボンの色がピンクから水色に変わり、ハリーは驚きの声を上げた。
「どう?」
「可愛いよ」
「ハリー、本当にありがとう。大切にするわね」
「僕の方こそ」
笑い合う双子を、ハグリッドは眩しい思いで見つめていた。決して幸せとは言えない境遇でも、この小さな双子は互いを思いやって生きている。さすがジェームズとリリーの双子だ、とハグリッドは目頭を熱くした。
「さあ、仲が良いところ悪いが、最後にオリバンダーの店に行くぞ。杖はここに限る。最高の杖を持たにゃいかん」
魔法の杖……これこそ双子が本当に欲しかったもので、二人は嬉しそうに顔を見合わせた。
だが、しばらくしてオリバンダーの店から出てきた双子は、どうにも顔が暗かった。念願の自分だけの杖を手に入れた二人だったが、オリバンダーは、ハリーに不吉ともとれる予言じみたことを口にしたのだ。ハリーは震え上がり、ハリエットは、励ますように彼の背中を撫でた。
「皆……僕のことを特別だって思ってる」
ダーズリー家に帰るため、駅で電車を待ってると、ハリーは徐に不安を口にした。
「漏れ鍋の皆も、クィレル先生も、オリバンダーさんも。でも、僕、魔法のことは何も知らない。それなのにどうして僕に偉大なことを期待できるの? 有名だって言うけど、何が僕を有名にしたかさえ覚えてないんだよ」
「ハリー、心配するな。すぐに分かってる。皆がホグワーツで一から始めるんだ。ありのままでええ。ホグワーツは楽しい」
「そうよ」
ハリエットは力強く頷いた。
「私も、何が何だか分からないし、不安だわ。でも、ハリーは一人じゃない。少なくとも、ここにもう一人、魔法のことが全然分からない子がいるわ」
「ハリエット」
「私たちはいつでも一緒でしょ?」
ハリエットがそう言って笑えば、ハリーも安心したように笑みを見せ、頷いた。
ハグリッドとは、ホグワーツ行きの切符を受け取った後さよならをした。
「九月一日――キングズ・クロス駅発――全部切符に書いてある。困ったことがあれば、ふくろうに手紙を持たせてよこしな。ふくろうが俺のいるところを探し出してくれる。……じゃあな、ハリー、ハリエット。ホグワーツでまたすぐに会おう」
双子はハグリッドの姿が見えなくなるまで見ていたかったが、瞬きをした途端、彼の姿は消えていた。
「本当に魔法使いだわ……」
もう何度目か分からない台詞をハリエットは呟いた。
「うん。そして僕たちも魔法使いだ」
二人は顔を見合わせると、また前を向いて座り直した。