■アズカバンの囚人

12:消えたネズミ


 その後、ハグリッドの小屋に行った四人は、そこでヒッポグリフの今後について知らされた。何とかハグリッドは処罰無しと言うことにはなったが、ヒッポグリフはそういう訳にはいかず、『危険生物処理委員会』に付託され、事情聴取が行われるというのだ。つまり、その裁判で負けてしまったら、バックビークは殺されてしまう。

 ハグリッドを精一杯慰め、四人は、裁判で勝つための資料を集めると約束した。翌日にはもう行動を開始し、図書室でバックビークの弁護に役立ちそうな本をどっさり抱えて読みあさった。

 資料集めはあまり楽しい作業ではなかったが、少なくとも本を読んでいる間はシリウス・ブラックのことを忘れられるので、双子にとって都合がよかった。

 クリスマスの朝は、少しだけ気分が浮上した。たくさんのプレゼントがあったからだ。モリーからもまた手製のセーターやケーキ、パイが届いた。

 だが、プレゼントの山の中に、一際目立つ包装の包みがあった。シックなネイビーに、金色のリボンで装飾されているものだ。興味を惹かれてハリエットはそれを手に取った。中を開けたが、どこにもクリスマスカードはなかった。細長い箱を開けると、ハリエットは思わず言葉を失った。とんでもなく高そうなネックレスが現れたからだ。ハリエットは茫然とし、また箱を閉じた。見てはいけないものを見てしまったような気分だった。

「ハリエット、ロン達の所に行かない?」

 ハーマイオニーの言葉に、ハリエットはすぐに頷いた。

 一人きりにしては可哀想だと、ハリー達の寝室には、クルックシャンクスを抱えていった。だが、それはロンのお気に召さなかったようで、スキャバーズを大切そうに懐にしまった。

 ハリーの元には、最高級と名高い炎の雷――ファイアボルトがあった。ハリーがダイアゴン横丁で通い詰めて熱心に眺めていたあの箒である。

「一体誰がこの箒を?」
「さっぱり分からない。カードも何もないんだ」
「あ……私も、変なプレゼントがあったの」

 ハリエットは寝室に戻り、あのネックレスの箱を持って戻ってきた。

「これよ」
「うわあ」

 三人は言葉を失った。輝かんばかりの宝石がふんだんに使われたネックレスが鎮座してあったからだ。

「差出人の名前もなかったから、少し恐いわ。どうしてこんなに高価なものを……」
「そうよ。その箒だって怪しいわ。マクゴナガル先生に言うべきよ」

 ハーマイオニーの意見は、クルックシャンクスがまたしてもスキャバーズを捕まえようとしたことでうやむやになった。

「そいつ、ホントに頭おかしいよ!」

 ロンは声高々に叫んだ。

「寝室に閉じ込めて一生外に出ないようにしてくれ!」
「なんてこと言うのよ! そんなことできるわけないでしょう!」
「ふ、二人とも落ち着いて……」

 ハリエットはおろおろと仲裁に入った。

「ハリエット! ロンがクルックシャンクスを閉じ込めろって言うのよ! 何もしてないのに!」
「『まだ』何もしてないだろ! 今に見てろ、そのうちスキャバーズが血だらけで見つかるから!」
「ハーマイオニー……」

 ハリエットは力なくハーマイオニーを見た。

「私も……スキャバーズのことは心配だわ。この頃本当に死にそうなんだもの。クルックシャンクスは、しばらく大人しくさせておいた方が良いと思う」
「ハリエット!」

 ハーマイオニーは泣きそうな声を上げた。

「クルックシャンクスのこと気に入ってたじゃない!」
「残念だったね! ハリエットはスキャバーズの方が大好きなんだ!」
「動物は何でも好きなんだよ」

 ハリーはよく分からない援護をした。

 とにかく、クルックシャンクスを寝室に閉じ込めるということで事態は落ち着いたが、ハーマイオニーは、ロンがスキャバーズを守ろうとクルックシャンクスを蹴飛ばそうとしたことに腹を立てていた。ロンはロンで、スキャバーズが襲われそうになったことで湯気を立てて怒っていた。

 寝室に戻ると、ハーマイオニーはすぐにハリエットに向き直った。

「マクゴナガル先生に言うべきよ」

 そして再び、猫・ネズミ騒動の前の話題をあげた。

「箒にネックレス。明らかに段違いの高級品。ブラックの罠だわ」
「ええ……そうね。その可能性は高いわ」
「箒に呪いがかけられてるに違いないわ。ハリーが箒に乗った途端、きっと一年生の頃みたいに、ハリーを振り落とすに決まってる。ネックレスだってそうよ。身につけたら、急に首が絞まるとか、そんな呪いが――」
「でも、ハリーは怒るでしょうね」

 ハリエットは憂鬱にため息をついた。

「新しい箒が来て、それもずっと憧れてた箒なのに、没収されるなんて」
「ハリーの命とどっちが大切なの!?」

 噛みつくように言われて、ハリエットは狼狽えた。

「分かってる、分かってるわ……」

 でも、ハリエットとしては、今の状態でハリーと険悪になるのは避けたかった。マクゴナガルに箒のことを告げたら、確実に箒は没収される。そして、告げ口をしたハリエット達の事を恨むだろう。

 ……辛い選択だったが、ハーマイオニーの言うとおり、ハリーの命には変えられなかった。夕食の後、二人はマクゴナガルに箒とネックレスのことを告げた。三人はすぐにグリフィンドール塔に向かった。

 そこで起こった事態は、想像通りだった。マクゴナガルは呪いがかけられているか調べるため箒とネックレスを没収した。調べるには数週間もかからないと説明したが、そのときに出てきた『分解する』という言葉にハリーはひどくお冠だった。そしてその対象は自然とハリエットとハーマイオニーに向かう。

 四人の間には、隠しきれない亀裂が走った。


*****


 それから、四人は別れて行動をするようになった。ハリーはロンと、ハリエットはハーマイオニーとだ。男の子二人組はファイアボルトの件で志を同じく結託していた。いくらシリウス・ブラックを警戒しているとはいえ、分解はあり得ないというのだ。

 ハリエットとハーマイオニーは、図書室に籠もってバックビークの資料集めをした。ただ、一緒に行動してはいるものの、以前のような気軽さは二人の間になかった。ハーマイオニーは、クルックシャンクスとスキャバーズの件で、ハリエットが味方になってくれなかったことを怒っているのだ。


*****


 時間の合間を見つけて、ハリーはルーピンと共に幾度と守護霊の呪文の練習を重ねていた。そしてルーピンの部屋からの帰り道、偶然マクゴナガルと遭遇したハリーは、彼女からファイアボルトが無事戻ってくるという朗報を受けた。スキップでもしたい気分で談話室に戻ったハリーは、浮かれて談話室に戻ってきていた。そして入って早々、ロンの絶叫に度肝を抜かすこととなる。

「スキャバーズが!! 見ろ! スキャバーズが!」

 ロンは、真っ白いシーツを手に持っていた。そこに点々と赤い染みがついていた。

「血だ! スキャバーズがいなくなった! それで、床に何があったか分かるか?」
「い、いいえ」

 ロンは今にもハーマイオニーに掴みかかりたそうな顔をした。だが、それはせずに、荒々しくハーマイオニーの膝に何かを投げつける。それは紛れもなく、数本の長いオレンジ色の、猫の毛だった。


*****


 ロンとハーマイオニーの友情は、これまでかと思われた。ロンは、これまで何度もクルックシャンクスがスキャバーズを襲おうとしていることを注意してきたのに、ハーマイオニーが一度も真剣になって考えなかったことを怒っていた。ハーマイオニーの方は、未だにクルックシャンクスの無実を信じており、ロンはクルックシャンクスに偏見を持っていると主張した。

 ハリーとハリエットは、状況証拠的にはクルックシャンクスがスキャバーズを食ってしまったように見える、とハーマイオニーに正直に言った。すると、『じゃあいいわ。ロンに味方しなさい。どうせそうすると思っていたわ!』と言い放ち、ハーマイオニーは一人、三人から距離を開けた。

 ハリエットは、ロンの味方にはならなかった。ファイアボルトが手元に戻ってきたとは言え、まだその件で男の子二人とはギクシャクしていたし、ハーマイオニーだけを一人にはできなかったからだ。