■賢者の石
05:ホグワーツ特急
バーノンに車で送ってもらって、双子はキングズ・クロス駅まで来ていた。だが、ハグリッドにもらった切符にある『九と四分の三番線』という文字を見て途方に暮れる。九の札が下がるプラットホームの隣には、当たり前だが十と書かれた札しかない。
「新学期をせいぜい楽しめよ」
にんまり笑うと、バーノンはそう言い捨てて去って行った。ハリー達は、駅員を呼び止めたり、その辺りをウロウロしたりしたが、どうにも目的地は見つからない。このまま置いてけぼりになってしまうのでは、と大きなトランクを抱えたまま二人は大いに慌てた。
だが、そんな中、『マグル』と最近知ったばかりの言葉が耳に飛び込んできた。振り返ると、真っ赤な赤毛の数人が集まって歩いている。皆揃いも揃って同じ赤毛なので、すぐに彼らが一つの家族だと分かった。
胸をドキドキさせ、ハリー達はカートを押してその家族についていった。彼らが立ち止まると、慌てて自分たちも足を止める。
「パーシー、先に行ってちょうだい」
一番年上の少年が、プラットホームの九と十の間に向かって進んでいった。壁にぶつかる――と思ったときには、もう既に彼の姿は消えていた。何が起こったか分からず、ハリエットは何度も瞬きをした。
「フレッド、次はあなたよ」
「フレッドじゃないよ。ジョージだよ。全く、この人ときたら。これでも俺たちの母親だってよく言えるよな。俺がジョージだって分からないの?」
「あら、ごめんなさい、ジョージちゃん」
「冗談だよ。俺はフレッドさ」
赤毛の双子が笑って壁に向かって走り出した。二人は本当によく似ていて、ハリエットは驚いた。ハリーとハリエットも双子だが、あそこまで似てはいない。そもそも髪も目の色も性別も違うのだ。あれだけ似ていたら、今の生活もちょっと楽しくなったかもしれないとハリエットは思った。
双子が消えたところで、ハリーはふっくらした女性に話しかけた。
「すみません」
「あら、こんにちは。あなた達もホグワーツへ? 初めてなの? ロンもそうなのよ」
女性は末息子と見られる少年を指さした。背が高くひょろっとした少年だが、人好きのする笑みを浮かべている。
「お嬢ちゃんも赤毛なのね。何だか親近感が湧くわ。私たち、皆赤毛なのよ」
「先に行ってるよ」
母親に一言声をかけ、ジョージと見られる少年がカートを押しながらまたも壁の向こう側へ消えた。
「僕たち、九と四分の三番線への行き方が分からなくて」
「心配しなくて良いのよ。九番と十番の間の柵に向かって真っ直ぐ歩けば良いの。立ち止まったり、ぶつかったりするんじゃないかって怖がったりしないこと、これが大切ね。恐かったら少し走ると良いわ。ほら、行ってみて」
「はい」
怖々とハリーは頷いた。
「先に行ってるね」
「頑張って」
まるで戦場へ行くのを見送るかのように、ハリエットはギュッと手を握って応援を送った。ハリーは早足で壁に向かって進んだ。ハリーは、先の少年達のように、壁にぶつかる寸前で消えた。
「さあ、次はお嬢ちゃんも」
「は、はい」
ハリーが先に行ってくれたおかげで、それほど恐怖はない。でも緊張する。もし壁にぶつかったら、なんて嫌な想像を首を振って隅に追いやり、ハリエットも歩き出した。やがて、だんだん恐くなって、いつの間にか目を瞑って走っていた。嫌なことは早く終われば良いと思った。
あとどれくらいしたらホームに着くんだろうと、とハリエットは目を瞑りながら考えていた。そんなとき、慌てた声でハリーが己を呼び止めるのを聞いた。
「ハリエット!」
ついで、ガクンと身体に衝撃が走る。ハリーが力尽くでカートを止めた音だった。
「びっくりした。危ないよ、走ってきたの?」
「ええ……だって恐かったから」
ウィルビーと名付けた豆ふくろうが、驚いたように鳴き声を上げた。慌てて宥めながら、ハリエットは顔を赤くした。目を瞑れば恐くないが、その代わりいつ到着するのか分からないのだから、むやみに走ったりするのは言語道断だった。
九と四分の三番線には、大きな汽車が停泊していた。二人は空いた席を探して、カートを押しながらホームを歩いた。カエルがいなくなった男の子や、大きい蜘蛛を友達に見せている子もいた。
やっと最後尾の車両近くに空いているコンパートメントの席を見つけると、二人は列車に乗り込んだ。
ハリーは、ヘドウィグと名付けたふくろうを先に入れ、列車の階段からトランクを押し上げようとしたが、片側すら持ち上がらなかった。入学用品がたくさん詰まっているのだから、それも当然だ。ハリエットが手伝おうとしたとき、声がかかった。
「手伝おうか?」
振り返れば、先ほど駅のホームで出会った赤毛の双子のどちらかが立っていた。
「お願いできる?」
困ったようにハリーは言った。
「任せろよ。おい、フレッド! こっち来て手伝えよ」
双子の手を借りて、ハリーのトランクはやっと客室の隅に収まった。ついでとばかり、ハリエットのトランクもあげてくれた。
「ありがとう」
額の汗を拭ってハリーが礼を述べれば、双子の一人は稲妻の傷に気づいた。
「それ、なんだい?」
「驚いたな、君……」
「何が?」
ハリーは短く聞き返す。
「ハリー・ポッターさ」
「ああ、そのこと。うん、そうだよ。僕はハリー・ポッターだ」
丁度その時、窓の外から、赤毛の母親の呼ぶ声があった。双子はそれに返事をして、颯爽と列車から降り立った。
ハリーとハリエットは座席に腰を下ろし、窓から外の景色を眺めた。そこからは、丁度赤毛の家族が見えた。
「ロン、お鼻に何かついてるわよ」
母親がハンカチを手に少年の鼻をこすろうとしたが、少年は顔を真っ赤にしてそれを拒否した。
「あらあら、ロニー坊や、お鼻になんかちゅいてまちゅか?」
双子がそう言ってからかうので、少年はますます顔を赤らめて怒る。
賑やかな家族だった。微笑ましく、そして羨ましい光景に、ハリエットはずっと彼らを眺めていた。
出発のときが来ると、赤毛の子供達は母親からお別れのキスを受けていた。
列車が出発し、しばらくすると、コンパートメントの戸が開いた。先ほどの赤毛の少年――ロンという子が入ってきた。
「ここ開いてる?」
少年はハリーの向かいの席を指さした。ハリーとハリエットは隣同士に腰掛けていたので、もちろんと頷いた。
「ありがとう」
特に会話もないままなので、ハリエットは少々気まずかったが、唐突にまた戸が開いた。
「おい、ロン」
そこから顔を出したのは、赤毛の双子だった。
「俺たち真ん中の車両まで行くぜ。リー・ジョーダンがでっかいタランチュラを持ってるんだ」
「分かった」
「誰かと思えば」
双子はハリーを見て笑った。
「自己紹介したっけ? 俺たち、フレッドとジョージ・ウィーズリーだ。こいつは弟のロン」
「その子はもしかして双子の妹?」
続けざまにジョージは訊ねた。
「ハリエットだよ」
「ハリエット・ポッターよ。さっきは荷物を入れてくれてありがとう」
「どうってことないさ。よろしく。同じ双子のよしみだ、また困ったことがあればいつでも言えよ」
ヒラヒラと手を振り、双子は慌ただしく姿を消した。ロンとポッター家の双子の三人きりになった所で、ロンはマジマジとハリーを見た。
「君、本当にハリー・ポッターなの? また二人がふざけてるんだと思った。じゃあ、君、本当に……その」
ロンは額を指さした。ハリーは前髪をかき上げ、稲妻の傷跡を見せた。
「わあ。じゃあ、これが『例のあの人』の……」
「でも、何にも覚えてないんだ」
「何にも?」
「うん。緑色の光が一杯だったってことくらい」
「うわあ……」
それから、ハリーとロンはいろんなことを話していた。魔法使いの家のこと、マグルでの生活のこと、クィディッチのこと。クィディッチの話になると、ハリーは特に嬉しそうで、荷物からクィディッチの本を取り出した。
「うわあ、それ、最新号じゃないか。マグル育ちなのに、よくすぐに買えたね?」
「そうなの? これ、ハリエットが誕生祝いに買ってくれたんだ」
「僕にも見せてくれない?」
「もちろん」
ハリーはロンの隣に移り、仲良く本を読み始めた。早速気の合いそうな友達ができたようで、ハリエットは嬉しくなった。