■アズカバンの囚人
18:暴かれた真相
突然現れた小男に、生徒は皆後ずさりした。逆に一歩前に進んだのは、ルーピンとブラックだ。
「やあ、ピーター。しばらくぶりだね」
「し、シリウス……り、リーマス……」
震える声で縋り付きながらも、ペティグリューの目は油断なくドアの方に走った。
「友よ……懐かしの友よ……」
「ジェームズとリリーが死んだときのことを話していたんだよ」
ルーピンは気軽な口調で言った。
「ああ、リーマス……君はブラックの言うことを信じたりしないだろうね? あいつは私を殺そうとした」
「そう聞いていた」
ルーピンは疲れたようにため息をついた。
「二、三聞きたいことがある。君はどうしてネズミになってずっと逃げ隠れしていた?」
「こ、こいつが私を追ってくると思っていた!」
ペティグリューがブラックを指さした。
「そして、私を殺そうと――」
「ヴォルデモートの昔の仲間から逃げていたんだ」
ブラックが冷静に言い放った。
「アズカバンで色々耳にしたぞ。どうやら皆、裏切り者がまた寝返って自分たちを裏切ったと思っているようだった。ヴォルデモートはお前の情報でジェームズの家に行き、そこで破滅した。ところが、ヴォルデモートの勢力は一部アズカバン行きを逃れてその辺にいる。時を待っているのだ。もしその連中がお前がまだ生きていると風の便りに聞いたら――」
「何のことやら……」
ペティグリューは焦って視線を右往左往していた。ペティグリューは助けを求めるようにルーピンを見た。ルーピンは首を振った。
「はっきり言ってピーター、なぜ無実の者が十二年間もネズミに身をやつそうと思ったのかは、理解に苦しむ」
「わたしはお前が秘密の守人になることは、完璧な計画だと思っていた」
ブラックもルーピンに続いた。
「目くらましだ。ヴォルデモートはきっとわたしを追う。お前のような弱虫を利用しようとは夢にも思わないだろう。ヴォルデモートにポッター一族を売ったときは、さぞかしお前の惨めな生涯の最高の瞬間だっただろうな」
それからも、ブラックとペティグリューの立場は変わらなかった。どうやってアズカバンを脱獄したのかという問いについても、アニメーガスで犬に脱獄したと答えた。吸魂鬼にとって獣の感情を感じ取るのは非常に難しいことなので、吸魂鬼達は混乱したのだという。
話の流れで、ブラックは一度ハリーのクィディッチの試合を見に行ったと語った。『君のお父さんに負けないぐらい飛ぶのがうまい』と、そう言われたとき、ハリーはブラックから目を逸らさなかった。そしてそれをブラックも身に染みて感じ、向き直る。
「信じてくれ」
ブラックは縋るような目をハリーとハリエットに向けた。
「わたしは決してジェームズやリリーを裏切ったことはない。裏切るくらいなら、わたしが死ぬ方がマシだ」
ハリーは頷いた。ハリエットは堪えきれずに泣き出した。双子は何度も首を縦に振った。
「駄目だ!」
諦めきれないのはペティグリューだ。這いつくばって彼はブラックの下へ行く。
「シリウス……私だ。ピーターだ。君の友達の……まさか、君は……」
「わたしのローブは充分に汚れてしまった。この上お前の手で汚されたくはない」
ブラックは蹴飛ばそうと足を振るった。ペティグリューは怯えてルーピンの方へと向かう。
「リーマス! 君は信じないだろうね? 計画を変更したなら、必ず君にも言うはずだ」
「私をスパイだと疑ったのなら有り得る。そうだろう?」
ルーピンがブラックを見た。
「すまない、リーマス」
「気にするな、パッドフット。その代わり、私も君をスパイだと思い違いしたことを許してくれるか?」
「もちろんだとも」
そして十二年間もの空白を感じさせずに、二人は同時にペティグリューを見た。
「一緒にこいつをやるか?」
「ああ、そうしよう」
ルーピンは厳かに頷いた。
「止めてくれ……」
ペティグリューはぶるぶる首を振った。そしてロンの側に転がり込む。
「ロン……私は良いペットだったろう? 私を殺させないでくれ。君は私の味方だろう?」
「自分のベッドにお前を寝かせてたなんて!」
ペティグリューは前につんのめりながらハリエットの所まで来た。彼女のローブの裾を掴みながら見上げる。
「ああ、優しい、優しいハリエット……。私は知ってるよ。いつも可愛がって撫でてくれたね」
ひっとハリエットの顔は引きつる。歳を重ねた大人しいネズミだと思ったからハリエットはいつも気にし、そして可愛がっていたのだ。中身が両親の敵だったと知っていたら、触れようともしなかっただろう。
「ハリエットに触るな!」
ハリーはハリエットを守るようにして立った。
「ああ……ああ、ハリー、君はお父さんに生き写しだ……そっくりだ」
「ハリーとハリエットに話しかけるとはどういう神経だ?」
ブラックは鋭くペティグリューを睨み付けた。
「二人に顔向けができるのか? この子達の前でジェームズのことを話すなんて、どの面下げてできるんだ?」
そして言葉を切り、ブラックはルーピンを見た。
「早くやろう」
彼は杖を掲げた。咄嗟に叫んだのは、双子だった。
「止めて!」
「殺しちゃ駄目だ!」
懇願にも似た声に、ブラックはハッとして双子を見た。
「こいつを城まで連れて行こう。僕たちの手で吸魂鬼に引き渡すんだ。こいつはアズカバンに行けばいい」
「この人を殺したら、あなたが人殺しになっちゃう。そんなの駄目よ」
「――僕の父さんは、親友が殺人者になるのを望まないと思う」
双子は畳み掛けた。心は一緒だった。
「だが……」
何か言いかけた後、ブラックは堪えるように顔を顰めた。
「いや、君たちに決める権利がある。こいつをどうするかは。しかし考えてくれ。こいつのやったことを……」
「こいつはアズカバンに行けばいい。あそこがふさわしい者がいるとしたら、こいつしかいない」
「いいだろう、ハリー」
ルーピンが動いた。
「こいつを縛り上げる。脇に退いてくれ」
ルーピンの杖先から紐が噴き出し、ペティグリューは全身を縛られた。猿ぐつわも噛まされ、床の上に転がる。
「しかしピーター、もし変身したらやはり殺す。いいな?」
ペティグリューは死んだ目で僅かに頷いた。続いてルーピンはドラコを見る。
「ドラコ、私はマダム・ポンフリーほどうまく骨折を治すことはできないから、医務室に行くまでの間、包帯で固定しておくのが一番いいだろう」
「…………」
むっつりとしながらも、ドラコは頷いた。すっかり忘れ去られていることに腹を立てていた。
ルーピンは『フェルーラ』を唱え、添え木で固定したドラコの足に包帯が巻き付いた。ハリエットはすぐに彼に駆け寄り、肩を貸して立ち上がらせた。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃない」
「今こんなことを言う状況でないというのは分かっているが」
不機嫌なドラコの声を耳が捉え、ブラックは一層不機嫌な声を出した。
「ハリエットとそいつはどんな関係なんだ? わたしは、そいつがハリエットをいじめてると思って、恨みを込めて暴れ柳に引きずり込んだんだが」
「いじめてる?」
ハリーの暗い瞳がドラコに向く。誤解だと言わんばかりにドラコは首を振った。
「ち、違う! いじめてなんかない!」
「初めてお前と会ったとき、ハリエットは泣いていた。お前はハリエットの腕を掴んでいた」
「誤解だ!」
ブラックが冤罪だと分かった今でも、ドラコは彼のことが恐かった。髪は伸び放題で、痩せこけたこの男は、体力勝負だと数人の少年相手ならば負けるだろうことは容易に想像がつく。だが、それを感じさせないほど、ドラコを圧倒する威圧感を放っていた。伊達にアズカバンで十二年間も正気を保っていない。
「あの時は、私、別件で……」
ハリエットは言いづらそうに口を開いた。
「あの、今はそうじゃないって分かってるけど……。あの時は、初めてあなたがお父さん達を裏切ったんだって知ったから、気が動転して……」
「あ、ああ、そうだったのか」
ブラックは気まずくなって視線を逸らした。それに一層居たたまれなくなるのはハリエットだ。
気まずい沈黙を、ハリーは破ろうとしていた。だからって、どうしてハリエットがマルフォイといたの、と。
しかし、先に越されたハーマイオニーによってその疑問はついぞ口にすることができなくなった。
「スネイプ先生はどうしますか?」
スネイプは、今もなお床に気絶して伸びていた。
「こっちは別に悪いところはないようだ」
ルーピンは屈んでスネイプの脈を測った。
「モビリコーパス! 身体よ動け!」
ルーピンが叫ぶと、スネイプの身体はぐらりと宙に上がった。まるで見えない糸に操られているように、ブラブラと揺れている。
ルーピンは透明マントを拾い上げてポケットにしまった。
「誰か二人、こいつと繋がっておかないと」
ブラックがつま先でペティグリューを小突いた。
「私が繋がろう」
「僕も」
驚いたことに、すぐにロンが進み出た。拍子抜けしてハリーが彼を見ると、ロンは鼻の下を擦った。
「飼い主らしく、こいつを然るべき所に送ってやらないと」
ロンは、スキャバーズと決別したのだ。ブラックが出した手錠によって三人は繋がれた。