■炎のゴブレット

01:ワールドカップ


 とある夏休みの日曜、ハリーとハリエットは、午後の五時を今か今かと待っていた。

 クィディッチ・ワールドカップに行くために、ウィーズリー家がダーズリー家まで迎えに来てくれるのだ。バーノンは、『普通でない』相手を威嚇するために、一張羅の背広を着込んでいた。

 ようやくその時が来たということは、暖炉の中から物音が聞こえてきたことで理解した。板を打ち付けて塞いでいた暖炉の中からバンバン叩いたり、ガリガリ擦ったり、何やら盛大な音が響いていた。煙突飛行ネットワークで来たのだ、ハリエットはピーンときた。

 騒がしいウィーズリー家は、板の向こうで何とかしてくれと言っていたが、ハリー達にはどうすることもできなかった。何か他の方法を考えるでもなく、魔法使いらしく、アーサーは暖炉の板張りを吹き飛ばした。ペチュニアは悲鳴を上げた。彼女はきれい好きで、いつも部屋を清潔に保っていたのが、今や瓦礫や木っ端、埃がリビング中に舞い散ったからである。

「やあ、申し訳ない」

 アーサーは軽い口調でこの惨状を謝った。魔法一つで綺麗になることが分かっているからだ。

 その後、ハリー達の寝室からトランクを二つ持って、また暖炉の前に集まった。順々に煙突飛行粉で移動する中、最後にフレッドが悪戯に置き土産をした。ベロベロ飴を『うっかり』落としてしまったのだ。この夏ずっとダイエットをしていたダドリーがこれを無視できるわけがなく、急いで拾い食いをした彼は、舌がどんどん伸びてしまった。炎と共に消えながら、最後にハリーが見たのは、一メートルも伸びたダドリーの舌を躍起になって引っこ抜こうとしていたバーノンだった。


*****


 隠れ穴についた翌朝、皆は夜明け前に起きた。村を通り抜け、こんもりとした丘まで歩く。そろそろ手足が凍り付きそうだと思った頃、ようやく丘の頂上に着いた。『移動キー』が作動する時間までまだ十分あった。

「移動キーってどんなものなんですか?」
「目立たないものだ。マグルが拾って弄ったりしないように。さあ、探して! そんなに大きいものじゃない……」

 一行は散り散りになって探した。探し始めてそう経たないうちに声が上がった。

「ここだ、アーサー。息子や、こっちだ、見つけたぞ」

 丘の頂に、長身の影が二つ立っていた。

「エイモス!」

 彼はアーサーの知り合いらしかった。皆は二つの影の下へと向かった。

「皆、エイモス・ディゴリーさんだよ。『魔法生物規制管理部』にお勤めだ。皆、息子さんのセドリックは知っているね?」

 セドリックは十七歳くらいの青年だった。ハンサムだと皆に噂されているので、ハリエットも顔は知っていた。ハッフルパフのクィディッチチームのキャプテンでもあり、シーカーを務めている。

「やあ」

 爽やかな挨拶に、皆も同じように挨拶を返す。赤毛の双子だけは、昨年クィディッチの開幕戦でグリフィンドールがハッフルパフに負けたことを未だ根に持ち、少し素っ気なかった。

「全部君の子かね?」
「まさか、赤毛の子だけだよ」

 アーサーは子供達を指さした。

「この子はハーマイオニー。こっちがハリー……ああ、赤毛だが、この子はハリエット。ハリーの妹だ」
「ハリー? 君があのハリー・ポッター?」

 エイモスがハリーに夢中になっている中、フレッドがハリエットに顔を寄せた。

「お宅、いつからうちの子になったんだい?」
「今日からよ」

 ハリエットがツンと胸を反らしてみせれば、ジョージはケラケラ笑った。

「僕らはなんて勘違いをしてたんだ! ハリエットはロンの双子の妹だったのか!」
「ごめんよ、ハリー。君の妹を取るつもりはなかったんだけど」

 ロンも悪乗りした。

「悪く思わないでくれ」
「くだらないことやってないの! もう時間みたいよ?」

 茶番にハーマイオニーが釘を刺して、皆は移動キーとなっている古いブーツに触れた。十人がブーツの周りに集まったものだから、それはもうぎゅうぎゅう詰めである。

 時間になると、突然浮遊感を感じ、同時に両脚が地面から離れた。ブーツごと前へ前へ移動しているようだった。そして気づいたときには、地面に足がついていた。どこが上か全く分からず、ハリエットはつんのめった。

「おっと」

 地面に倒れ込みそうになったハリエットを支えたのはセドリックだった。大きな両腕で後ろから抱きかかえられている。上を向けば、後ろから覗き込むセドリックと目が合った。

「大丈夫?」
「えっ、ええ」

 顔を赤くして、ハリエットは離れようともがいた。

「ああ、ごめん」
「こちらこそ。ありがとうございます」

 ハリエットはぺこっと頭を下げた。

 しばらく荒涼とした土地を歩き、キャンプ場にテントがポツポツと並んだ場所に出た。エイモス達と別れ、アーサー達は自分たちにあてがわれたへ向かった。

 魔法使いがひとかたまりになってマグルの土地に集まっているので、魔法は許されない。なのでテントも手作りで張ることになった。

 マグル育ちだろうとアーサーからハリー達は当てにされていたが、二人は、生まれてこの方キャンプなどやったことがなかった。頭脳派のハーマイオニーと協力してなんとかテントを張った。アーサーはやけに張り切っていたが、完全に興奮状態だったので、役に立つどころか足手まといだった。

 出来上がったテントは、見た目はただの二人分のテントにしか見えなかったが、身をかがめて入り口をくぐり抜けると、魔法の存在を失念していたことを痛感した。中はぐるりと見回すほど広く、寝室とバスルーム、キッチンの三部屋がきちんと揃っていた。

 そのテントでまたもマグル式で昼食と夕食をとり、いよいよクィディッチ・ワールドカップの会場へと向かった。その道のりでは行商人が品物を広げ、客を集めようと必死だった。

 四人はいろんなものを見て回り、ロンは踊るクローバー帽子と大きな緑のロゼット、それにブルガリアのシーカー、ビクトール・クラムのミニチュア人形まで買っていた。

「わあ、これ見てよ」

 そんな中、ハリーが見つけたのは、真鍮製の双眼鏡のようなものだった。

「万眼鏡だよ。アクション再生ができる――それもスローモーションで。必要ならプレイを一コマずつ制止させることもできる。大安売り一個十ガリオンだ」
「こんなのさっき買わなきゃ良かった」

 ロンは帽子を指さしてそう言うと、羨ましげに万眼鏡を見つめた。

「四個ください」

 ハリーは店主にキッパリ言った。

「いいよ。気を遣うなよ」

 ロンは赤くなって言った。ハリー達が両親から財産を相続し、自分よりも金持ちだということで、ロンはこういったことになると敏感になるのだ。

「クリスマスプレゼントは無しだよ。しかも、これから十年分くらいはね」

 ハリーはハリエットとロン、ハーマイオニーの手に押しつけた。ロンはよくやく笑顔を浮かべた。

「いいとも」
「ありがとう。私も四人分のプログラムを買うわ」

 そんなこんなしているうちに、競技場へとたどり着いた。アーサーは特等席を確保してくれたらしく、観客席の最上階、しかも両サイドにある金色のゴールポストの丁度中間に位置していた。子供達は興奮して終始キョロキョロしていた。

「私、これでたくさんクィディッチの動画を撮って、シリウスに送るわ」

 ハリーにもらった万眼鏡を覗き込みながら、ハリエットが言った。

「シリウスに?」
「ええ。だって、ずっと隠れながら生活してるのよ? 絶対に退屈だわ。それに、シリウスってクィディッチ好きなんでしょう?」
「うん、確かに。それはいい考えだね。僕もあげようかな」

 ハリーも少し考えながら言った。『二個ももらってもいらないだろ』とロンは突っ込みたくなったが、あんまり双子が嬉しそうなのでその言葉は喉元で留めておいた。

 ハリエットと万眼鏡について話していると、ハリーは自分たちの後ろの列に、しもべ妖精が座っているのが見えた。

「ドビー?」

 しかし、顔を上げたその妖精はドビーではなかった。見た目はしもべ妖精そのものだがドビーではない。

「あたしはドビーではありませんが、あたしもドビーをご存じです、旦那様」

 声からして、そのしもべ妖精は女の子らしかった。

「あたしはウィンキーでございます。あなた様は、紛れもなくハリー・ポッター様!」
「うん、そうだよ」
「ドビーがあなた様のことをいつもお噂してます!」

 ウィンキーは、それからドビーのことを語った。しもべ妖精なのに、給料をもらおうとしているだとか、自由を求めているだとか。しもべ妖精は楽しんではいけないとも言った。

 また、ウィンキーは、高いところが好きではないが、主人の言いつけでここにいるらしい。話し終わると、ウィンキーはまた両手で目を覆ってしまった。よほど高いところが苦手らしい。

 クィディッチの始まりを待っていると、マルフォイ一家がやってきた。ハリー達の真後ろが丁度三席空いていて、そこに席を取っていたらしい。

 ルシウスとその妻ナルシッサ、そしてドラコがファッジに挨拶をした。ドラコは父親に瓜二つで、初めて見るナルシッサは、ブロンドで背の高い美人だった。

 ファッジに挨拶した後、ルシウスの視線はウィーズリー家に向いた。

「これは驚いた。貴賓席のチケットを手に入れるのに、何をお売りになりましたかな? お宅を売っても、それほどの金にはならんでしょうが?」

 アーサーの頬はピクリと動いたが、ファッジの手前、何も言い返しはしなかった。

 ハリエットもにっこり笑ってドラコに小さく手を振った。ルシウスの眼前で堂々と挨拶する勇気はなかったので、これくらいはと思ったのだ。だが、ドラコは面白いほどに口をポッカリ開けて驚くと、周りを気にするようにすぐに視線を逸らした。彼ならば、挨拶代わりに嫌味くらい返してくると思ったのに、とハリエットは拍子抜けした。

「僕の見間違いじゃなければだけど」

 マルフォイ一家に背を向けて座った途端、ロンが早口で囁いた。

「ハリエット、君マルフォイに手を振った?」
「ええ。それが何か?」
「君正気? なんであんな奴なんかに。まるで……友達みたいに!」
「友達じゃないの?」

 ハリエットはきょとんとした。

「私たち、ほら、叫びの屋敷でいろいろあったじゃない」
「そう、確かにいろいろあった。でもただそれだけだよ!」
「ドラコは黙っててくれたじゃない」
「ルーピンのことを怖がってるだけだよ。秘密を漏らせば、仕返しされるんじゃないかって」
「ルーピン先生はそんなことしないわ」
「そういう問題じゃなくて!」

 ロンはもどかしそうに頭をかいたが、丁度その時クィディッチの試合が始まったので、もう何も言えなくなった。