■炎のゴブレット
05:炎のゴブレット
ここのところ、ハーマイオニーは一人で何か作業をしているようだった。勉強しているときの彼女は、声をかけるとまるで猫のように威嚇するので、ハリエットは遠巻きに彼女を見守っていたのだが、あるとき『ついにできたわ!』と喜々として談話室にやってきた。
「何ができたの?」
「これよ、これ」
ハーマイオニーはとんと机の上に箱を置いた。蓋を開けると、色とりどりのバッジか五十個ほど入っていた。
「S・P・E・W」
「スピュー(反吐)?」
「スピューじゃないわ!」
心外だと言わんばかりハーマイオニーは首を振った。
「エス・ピー・イー・ダブリュー。順に協会、振興、しもべ妖精、福祉の頭文字。しもべ妖精福祉振興協会よ」
「聞いたことないなあ」
「私が始めたばかりよ」
「へえ」
興味なさそうにロンは相づちを打った。
「メンバーは何人?」
「三人が入会すれば四人」
「僕たちが反吐なんて書いたバッジをつけると思うの?」
「エス・ピー・イー・ダブリュー!」
顔を真っ赤にしてハーマイオニーが言った。彼女はそれ以降も熱く語った。屋敷しもべ妖精の正当な報酬と労働条件の確保することを目的とし、まずはメンバー集めからすると宣言した。
入会費二シックルでバッジを買ってもらい、その売り上げでビラまきキャンペーンをするという。いつの間にか三人もメンバーの中に組み込まれており、ハリーは書記、ロンは財務、ハリエットは広報を担当することになった――ハーマイオニーの中だけで。
長々と続きそうな話を遮ったのは、ヘドウィグの登場だった。待ちに待ったシリウスからの手紙だと、双子はすぐに窓を開けた。
シリウスからの手紙は、とても短いものだった。そこにはハリーのことを心配して、すぐにでも北に向けて飛び立つと書いてあった。また傷が痛むことがあればダンブルドアに相談すること、くれぐれも用心するようにとシリウスは締めていた。
これに更なる不安を抱いたのは双子の方だった。追われる身のシリウスが、まさか傷が痛んだからと言って戻ってくるなんて誰が考えただろう。シリウスからの気持ちは嬉しかったが、それ以上に彼の身を案じる気持ちの方が強い。
ハリーは翌日、ヘドウィグに当たり散らす勢いで、傷の痛みは気のせいだという手紙を送った。ハリエットは逆に相反する内容をこっそりしたためた。ハリーの傷の痛みというのは事実だが、シリウスのことが心配なので、こっちには戻ってきて欲しくないと、何かあったら伝えるから、安全な場所にいて欲しいと。
しかし、帰ってきた返事は芳しくないものだった。帰国した旨と、安全のためふくろう便では次々に違うふくろうを使うようにと書かれていた。
*****
十月三十日に、三大対抗試合に参加するダームストラングとボーバトンの生徒がやってきた。ダームストラングは厚着で、ボーバトンは薄着だった。本当に各国からやってきたのだと理解せざるを得ない格好だった。
三大魔法学校対抗試合は、国際魔法協力部部長、バーティミウス・クラウチと、魔法ゲーム・スポーツ部部長、ルード・バグマンを交えて準備がなされたという。
三校の中から選ばれる代表選手は、『炎のゴブレット』によって公正に選ばれる。十七歳以上のものしか選手にはなれないので、ダンブルドア直々にゴブレットの近くに年齢線を引き、条件に満たないものはその線を越えることはできない。このことが説明されたときは、生徒たちからまたも残念そうな声が上がった。
それは翌日になっても変わらず、何とかして年齢線を越えようと躍起になる者がいた。フレッド、ジョージもその中の一員で、老け薬を飲んだという二人は同時に年齢線を飛び越えたが、しばらくしたらすぐに弾き出された。赤毛の双子の顔には白く長いあごひげが生えていた。
そんなこんなで色々な騒動があったものの、いよいよ代表選手が発表される時間になった。
代表選手の選出は、立候補した生徒の名前が書かれた羊皮紙がゴブレットから吐き出されることで選出されるという。生徒たちは、皆静かにしてその時を待った。
ゴブレットの炎が突然赤くなり、火花が散った。次の瞬間炎が一際燃え上がり、羊皮紙がヒラヒラと落ちてくる。
「ダームストラングの代表選手はビクトール・クラム!」
「そうこなくっちゃ!」
クラムの大ファンのロンがいち早く声を上げた。
完成に迎えられる中、クラムは教職員テーブル近くの、隣の部屋へと消えた。
続いて二枚目の羊皮紙が飛び出した。
「ボーバトンの代表選手は、フラー・デラクール!」
ヴィーラに似た美少女だった。優雅に立ち上がり、彼女もまた隣室へ入っていく。
三度目、またしても炎から羊皮紙が出てきた。ダンブルドアが声を張り上げる。
「ホグワーツの代表選手は、セドリック・ディゴリー!」
割れんばかりの拍手が鳴り響いた。特に一番大きいのはもちろん彼の所属するハッフルパフだ。セドリックは強いくらいに背中を叩かれながら、隣室へと向かった。
「結構、結構!」
ダンブルドアが嬉しそうに呼びかけた。
「さて、これで三人の代表選手が決まった」
ダンブルドアは続いて挨拶をした。これからの代表選手の武運を祈ると、そう話しているとき、炎のゴブレットが再び赤く燃え上がった。火花がほとばしりそこから出てきたのは――一枚の羊皮紙。
ダンブルドアは咄嗟に手を挙げ、羊皮紙を捕らえた。そしてそこに書かれている名をジッと見つめる。
「ハリー・ポッター」
気味が悪いほど大広間は沈黙していた。拍手もなく、歓声もなく。ただ皆がハリーを一目見ようと伸び上がっている。
ハリエットは、気づかないうちにハリーの腕を掴んでいた。行かないでとでも言うように。
「僕、入れてない」
ハリーが放心したように言った。
「僕が入れてないこと、知ってるだろ?」
ハリエットはこくりと頷いた。ハリーが入れてないと言うのなら、入れてない。もし入れるとしても、ハリエットに相談があることは確実だ。
「ハリー・ポッター」
ダンブルドアが再び呼んだ。
「ここへ来なさい」
「行くのよ」
ハーマイオニーが我に返ってハリーに言った。ハリーは無理矢理身体に力を入れて立ち上がった。その拍子にハリエットの手が外れた。
皆がハリーに注目していた。ハリーはゆっくり歩いて行く。ダンブルドアは微笑みもせず、ハリーが隣の部屋へ消えていくのを黙って見つめた。
ハリーの姿が消えると、広間は爆発したようにたくさんの音が戻ってきた。この状況が理解できない者が大半だったが、中にはどうやって年齢線を越えたんだとか、やはり目立ちたがりだったかとか、ハリーを批判する声も多々ある。大広間は混乱していた。
マクゴナガルが、生徒はもう寮に帰って休むように伝えた。今回の『騒動』については明日また連絡があると口にしていたがその場の誰もが分かっていた。
『炎のゴブレットの魔法契約は絶対』
ダンブルドアが念を押して言っていた注意事項だ。どういう経緯か、どういう状態かも分からないが、ハリーが代表選手として戦うということだけは分かっていた。
グリフィンドール塔へ向かうとき、ロンは非常に不機嫌だった。
「どうして僕たちに言ってくれなかったんだろう」
ロンの言葉を聞いてハリエットは固まった。彼の言い方はまるで。
「ハリエットは聞いてなかったの? ハリーがゴブレットに名前を入れたって」
「……ロン、本当にそう思ってるの? ハリーが自分で入れたって?」
信じられない思いでハリエットはロンを見上げた。
「だってそうとしか考えられないじゃないか! ハリー以外に誰がハリーの名前を入れるって? その人は慈善活動でもしてたのかなあ!」
「ロン!」
堪らなくなってハーマイオニーが遮った。
「私も、ハリーは入れてないと思うわ。ハリーがそんなことすると思う?」
「思うよ。だって僕なら代表選手になりたいって思うから。年齢線を越える方法があるなら僕なら名前を入れる。きっとハリーはその方法を見つけたんだ」
「ハリーはそんなことしてないわ!」
ハリエットはローブを握りしめた。
「ハリーは入れてないって言ってた。私はそれを信じる」
だからあなたも。
そう続けようとしたが、ロンは冷たく笑った。
「そりゃそうだろうさ。ハリーが黒って言ったら、君は何色でも黒って信じるんだろ?」
「ロン!」
ハーマイオニーは怒ったが、ロンは意に介さず、そのまま寝室へと向かってしまった。
グリフィンドール塔の談話室は盛り上がっていた。
どうやってハリーが年齢線を越えたのか、ハリーは優勝できるのか、話し合うのに話題は事欠かない。その中の誰も、ハリーが自分で羊皮紙に名前を書いたと信じて疑っていない様子だった。ハーマイオニーは疲れたように寝室に戻った。このお祭り騒ぎでは、ろくにハリーと話せもしないと踏んでのことだ。ハリエットは、それでもハリーのことが心配で、ずっとウロウロしながら待っていた。
だが、ようやくハリーが戻ってきても、彼はすぐに他のグリフィンドール生に掴まり、質問攻めにされる。
うんざりした様子のハリーと目があった。彼は悲しそうに肩をすくめた。明日話そう、そう言っているように見えた。
ハリーはその後すぐ寝室へと向かった。結局ハリーとは一言も話せなかった。ハリエットは、明日以降のハリーのことが心配でならなかった。