■炎のゴブレット

07:暖炉のシリウス


 二十二日の夜、シリウスと話ができるかもしれないと聞いて、ハリエットは嬉しかったし、その日を待ち望んでいた。ハリーの方も、それだけが僅かな楽しみだと言えただろう。

 だが、彼の些細な幸せも、すぐに打ち砕かれた。スキーターによる日刊予言者新聞の記事が出たのだ。

 三校対抗試合についての記事は、一面の大部分がハリーの写真で埋まり、記事は全てハリーのことばかりだ。ボーバトンやダームストラングの選手名は最後の一行に詰め込まれ、セドリックに至っては名前さえ出ていなかった。これだけでも一層ハリーへの当たりが強くなることは確実だった。

 だが、それ以上に悪いのが記事の内容だ。『今の僕を見たら両親は誇りに思うだろう』とか『夜になると両親を思って泣く』とか『ハーマイオニーと付き合ってる』という文章もあった。スキーターは、よほどハリーを悲劇の主人公にしたいらしい。記事が出て以降は、ハリーをからかう者が爆発的に増えた。

 ロンとの関係も相変わらずだった。ハリエットとハーマイオニーは、なんとか二人の間を取り持とうとしたが、二人は決して自分から歩み寄ろうとはしない。頑固というか、意地になっているというか、とにかく決して二人は口を利かなかった。

 そんなとき、第一回目のホグズミード行きが決まった。ハリーはロンと会うのはごめんだと言って、透明マントを被っていくことになった。

 表面上、ハリエットとハーマイオニー二人でホグズミードに行くことになった。

 そこでは、ハリーは近日中稀による開放感を味わった。誰もハリーのことには気づかないし、バッジをキラキラさせてくることもない。思う存分胸を張って歩くことができたし、相変わらず活気づいたホグズミードはハリーの心を幾分かは解した。

 三本の箒で三人がバタービールを飲んでいると、ハグリッドと共にムーディがやってきた。彼の魔法の目では透明マントをも見透かせるようで、『良いマントだな』と言い残してムーディは去って行った。彼は悪い人ではないのだとハリエットも気づき始めていた。

 ハグリッドも、マントを着て真夜中に小屋に来て欲しいと言い残し、去って行った。彼の言動には謎が残ったが、ハリーは一人で行くことを決めた。シリウスとの約束に遅れることをハリーは危惧したが、『その間私がシリウスを独り占めしておくわ』という言葉に笑ってしまってどうでもよくなった。

 バタービールも飲み終わり、もうすぐ出ようかと話していたとき、タイミング悪くドラコ達三人が入ってきた。彼は意地悪そうに目を光らせてハリエット達のテーブルにやってきた。

「ポッターはいないのか?」

 ドラコは尊大な様子でキョロキョロ辺りを見回す。片手は油断なくバッジを『汚いぞ、ポッター』の方に変えていた。

「それとも、見えないところにいるだけか? 卑怯者らしいな」
「あなたの濁った目には見えないかもね」

 ハーマイオニーがいち早く反応した。ハリエットも喜々として続ける。

「いい加減その玩具光らせるの止めてくれる? 気に入ってるのは分かるけど」
「夜中に光らせてみなさいよ。虫が集まってきてくれるわよ」

 言いたいことだけ言うと、二人――正確には三人――はさっさと三本の箒を後にした。外に出た瞬間三人とも盛大に噴き出した。久しぶりにスカッとした気分だった。


*****


 夜中、ハグリッドの所へ行き、ハリーが目撃したのはドラゴンだった。ハグリッドは、第一の課題がドラゴンを出し抜くことだと伝えたかったのだ。その気持ちは有り難かったが、ドラゴンという強敵にハリーはひどく落ち込んだ。

 急いで談話室に戻ると、ソファの上で一人ハリエットが丸まって寝こけていた。その上には毛布が掛けられ、おそらくハーマイオニーが気を利かせたのだろうことがわかった。

 ハリーは暖炉の前の肘掛け椅子に座ってシリウスを待った。どうやってシリウスは会話をしようと言うんだろう――そう思っていた矢先、シリウスの生首が炎の中に現れた。突然だ。ハリーは心臓が止まるかと思った。

「シリウス! 元気なの?」

 シリウスの顔は、最後に会ったときよりもこざっぱりして見えた。随分と若く、そして一層ハンサムに見えたので、ハリーは嬉しくなった。

「わたしのことは心配しなくてもいい。君はどうだね?」

 シリウスは真剣な表情だった。ハリーはどう言ったものか考えあぐねた。元気です――なんてのは嘘だ。シリウスにはすぐにバレる。

 そう思った瞬間、ハリーはここ数日のことが一気に口から漏れ出ていた。悔しい思いも、怒りも悲しみも、全部シリウスにぶつけた。シリウスは全部真剣に受け止めてくれた。

「それに、第一の課題はドラゴンだよ。シリウス、僕もうおしまいだ」
「ドラゴンは、ハリー、なんとかなる。後で伝えよう。でも、今は他に君に警告したいことがある」

 シリウスは、カルカロフに気をつけろと忠告した。彼はかつて死喰い人だったのだ。一度逮捕されたが、魔法省と取引をし、他の仲間の名前を吐いたことで、釈放となったのだ。

 その後もカルカロフについてや、ドラゴンの出し抜き方法についてシリウスが教えようとしたとき、螺旋階段から誰かが降りてくる足音がした。

「行って!」

 ハリーはシリウスに囁いた。

「誰か来る! 行って!」

 ハリエットによろしく――という言葉を残して、シリウスの生首は暖炉から消えた。念のため、ハリーは立ち上がって暖炉の前に立ちはだかった。階段をジロリと見ると、降りてきたのがロンだと分かった。

「誰と話してたんだ?」
「……ハリエットと」

 ハリーは咄嗟にハリエットを顎で示して見せた。

「寝てるみたいだけど」

 ロンは冷静に返した。ハリーは内心焦った。

「さっきまで起きてたんだよ」
「ふうん」

 ロンは小さく笑った。ハリーはそれが癪に障った。

「ちょっとかぎまわってやろうと思ったんだろう?」
「悪かったね」

 ロンも気を悪くしたようで、顔を赤く染めた。

「君が邪魔されたくないんだってこと、認識しておかなくちゃ。どうぞ、ハリエットとインタビューの練習をお静かにお続けください」
「ハリエットにまで当たるのは止めてくれないか。子供っぽいよ」

 鼻を鳴らして返事を返すと、ロンは足音も粗々しく階段をまた上った。その音で起きたのか、ハリエットが身じろぎをする。

「シリウス?」

 ハリエットは眠そうに目を擦った。

「シリウスは?」
「もう行ったよ」

 その言葉が理解できるまでハリエットは時間がかかったし、ただでさえ苛立っていたハリーは、妹の恨み言も最後まで聞かず、寝室に戻った。