■炎のゴブレット

09:第一の課題


 ハリー達とは、夜中談話室で顔を合わせた。ずっと空き教室で練習していた二人は、就寝時間があったので帰ってこざるを得なかったのだ。

 大広間で落ち合うはずが、ハリエットが姿を見せなかったので、ハリー達は大変心配していた。だが、結局スキーターのことはハリーには言えなかった。第一の課題を明日に控えているのに、どうしてこれから更に心配事を与えられるというのだろう。

 ハリエットは、スキーターのことを忘れたい一心で、ハリーの練習に付き合った。午前二時には、ハリーはなかなかに完璧な呼び寄せ呪文をやってのけることができた。


*****


 第一の課題の当日、ハリエットは胃がひっくり返る思いでハリーを見送った。自分よりも圧倒的にハリーの方が不安だろうに、ハリエットは今にも死にそうな顔をしていた。

 ハリエットは、散々迷ったが、結局ハリーから借りたままの万眼鏡を持ってきていた。ハリーの勇姿を録画し、シリウスに送りたい反面、ハリーの命がかかっているというのに、悠長に録画なんてしていられないという思いが相反していた。

 やがてホイッスルが鳴り、ハリーの順番は最後だと分かった。課題の相手がドラゴンだと分かっていても、本物のドラゴンを見たとき、ハリエットは心の臓が凍る思いだった。

 代表選手の課題は、ドラゴンを出し抜いて金の卵を盗み取るというものだった。

 セドリックやフラー、クラムの様子を、ハリエットはほとんど見ていなかった。一生ハリーの順番が来なければいいのに、とずっと願っていた。

 しかし、いよいよその時が来てしまった。ハリーの相手はホーンテール。黒々とした鱗に覆われたトカゲのような怪物だ。

 ドラゴンが棘だらけの尾を地面に激しく打ち付けるたび、観客は沸いていた。友好的でないのは明らかだった。ハリーがぶちのめされるのを期待している声だった。

「アクシオ! ファイアボルト!」

 歓声に比べると、ハリーの声はほんの僅かなはずなのに、凜としてその声は競技場に響いた。

 なかなかファイアボルトは来ない。焦れに焦れて、ハリエットが目を細めたとき、森の端からファイアボルトが風を切って飛んできているのが見えた。ハリーはすぐに箒に飛び乗った。

 まるでクィディッチの試合を見ているかのようだった。凶悪なドラゴンは確かにそこにいる。だが、箒に乗ったハリーは、何にでも勝てそうな雰囲気を醸し出していた。

 とはいえ、いくらすばしこいハリーでも、口から吐く炎に尻尾にかぎ爪に翼、ドラゴンが用いる武器はたくさんあった。そのどれもうまく交わしながら、ハリーは作戦を練っているようだった。陽動作戦はなかなかうまくいかない。しかし、ハリーが焦らすようにドラゴンの頭上をくねって飛ぶと、ようやくドラゴンは後ろ足で立った。かぎ爪のある前足が離れ、無防備になった卵めがけ――ハリーは急降下した。ファイアボルトから手を離し――そして金の卵を掴む。

 競技場全体が割れんばかりの拍手に包まれていた。

「最年少の代表選手が、最短時間で卵をとりました! これでミスター・ポッターの優勝の確率が高くなるでしょう!」

 ハリエットは、すっかり万眼鏡の存在を忘れていた。慌てて録画を始めた頃には、すでにハリーは金の卵を抱えていて、空をぐるりと回っているところだった。でも、それでも充分だった。ハリーが今日の栄光を獲得したのだ。

 ハリエットはぼうっとしながら、ハーマイオニーに手を引かれているのを感じていた。我に返ったのは、小さな影にしか見えなかったハリーが、急に目の前に現れたときだ。

「ハリー、あなた、素晴らしかったわ!」

 どうやらハリエット達は救急テントにいるようだった。マダム・ポンフリーが慌ただしく代表選手達の間を駆け回っている。

 そして更には、隣にロンがいることも気づいた。ロンは真っ青な顔で、幽霊のような顔をしていた。

「ハリー」

 ロンの声は深刻だった。

「君の名前をゴブレットに入れた奴が誰だったにしろ、僕……奴らが君を殺そうとしてるんだと思う」
「気がついたって訳かい? 随分長いことかかったな」

 頭に冷水が浴びせられるような感覚をハリエットは味わった。ハーマイオニーも心配そうにハリーとロンとを見比べている。

 ロンは口をパクパクさせていた。何となく、謝りたいのではないかとハリエットは思った。だが、それよりも早く、ハリーが口を開いた。

「いいんだ。気にしないで」
「いや。……僕、もっと早く――」
「気にするなって」

 ロンが躊躇いがちにハリーに笑いかけた。ハリーも笑い返す。

 気がつけば、女子二人は感極まって泣いていた。喧嘩が収束してくれたことも嬉しかったし、何より、ハリーが無事なことが嬉しかった。

「何も泣くことはないじゃないか」
「二人とも、本当に大馬鹿なんだから!」
「本当に! 馬鹿よ馬鹿! 信じられないくらい馬鹿!」

 ハーマイオニーは三人まとめて抱き締めた。ぎゅうぎゅう痛いくらいだった。それが終わると、ハーマイオニーはワンワン泣きながら外へ出て行ってしまった。ハリエットもその後を追った。後はお若い二人で、という心境だったのだ。

 その後、第一の課題の点数が発表された。ハリーはクラムと同点の一位だった。ロンが言うには、カルカロフがクラムに贔屓していたらしく、本物の卵を傷つけるという失態があったにもかかわらず、クラムには十点で、最短記録のハリーには四点だったという。

 ハリエットには点数はどうでもよかった。ハリーが無事なら、優勝しようがビリだろうがどちらでも良いのだ。


*****


 課題が終わってすぐ、四人はふくろう小屋に行った。ハリーが無傷でドラゴンを出し抜いたことを知らせるためだ。ヘドウィグでは目立ちすぎるため、ロンのピッグウィジョンを借りるた。ウィルビーを使うことも考えたが、いざというときのためにまだ使わない方が良いとハーマイオニーにアドバイスされた。

 ハリエットは我慢ができず、ハリーの手紙と共に万眼鏡も送ることにした。大して録画はされてないが、ハリーが金の卵を掲げている所だけでも、見る価値はあった。そして同時に、第二の課題も録画したいので、シリウスに送ったもう一つの万眼鏡は返して欲しいとも添えた。

 そして仲良くグリフィンドールの談話室に戻ると、そこは歓声の嵐だった。フレッドとジョージが厨房からくすねてきたケーキやジュース、バタービールがこれでもかというほどテーブルに載っていた。花火を打ち上げたり、旗を掲げたりと、装飾も派手だ。まさにお祭り騒ぎだった。

 ソファにぎゅうぎゅう詰めになって四人は座り、たらふくお腹に食べ物を詰めた。まだ半分も食べてないのに、皆はハリーが獲得した金の卵に興味津々だった。

「開けてみろよ、さあ、ハリー!」

 皆がワクワクして見つめる中、ハーマイオニーだけがハリーは自分一人でヒントを見つけることになっていると苦言を口にしたが、誰も気にとめやしなかった。

 ハリーが金の卵を開けると、中からとんでもない大きさのキーキー声が響き渡った。あまりにもうるさいので、一瞬気が遠くなるほどだった。

 ハリーが慌てて卵を閉じると、ようやく日常が戻ってくる。お祭り状態だった談話室が、少しだけ冷静になった。

 皆はそれぞれ卵について持論を口にしていたが、やがて興味は薄れ、また元の騒ぎに戻る。謎解きは明日にして、今日はとりあえず騒ぎたい気分なのだ。

 その日ハリーは、ここ一番の幸せな心地で眠りについた。