■炎のゴブレット
11:生首再び
先生達もハリエットには同情的だった。授業終わりに何でもない世間話をしてくれたり、お茶に誘ってくれたり。マクゴナガルも、何かあればすぐに相談なさいと言い切り、頼もしかった。
ムーディにもお茶に誘われたのは意外だった。例外のネビルのことはあったが、彼が気軽に生徒とお茶を飲むなんて想像がつかなかったからだ。
ムーディは、最近授業で行われている『服従の呪文』に抵抗するためのコツを教えてくれたり、その件で驚くべき抵抗力を見せたハリーを褒めたりした。
話が落ち着くと、話題がなくなった。ムーディは秘密の部屋について話し出した。
「日記帳には闇の魔術がかかっていたそうだな。そういう品に限って、普通の人が抵抗するのはとてつもなく難しい。お前が自分のせいだと気に病むことはない」
「はい。ダンブルドア先生もそうおっしゃってくれました」
ムーディは頷いた。携帯用酒瓶をポンと開き、そこからグビグビ何かを飲む。
「それよりも、わしは日記が破壊できたということの方が驚きだ。ああいう品の破壊はなかなか難しい。どうやって壊したんだ? お前が壊したのか?」
ハリエットは視線を彷徨わせた。
「……誰にも話すなって言われてるんです」
ハリエットは嘘をついた。ムーディは悪い人ではないし、ハリエットのことを害する人でもない。しかし、どうしてもハリーのことを口に出す気にはなれなかった。
「いや、そうだな。悪かった。ただの好奇心で聞くような話ではないな」
幸いなことに、ムーディはすぐに分かってくれた。気を悪くした様子もなく引き下がった。
「引き留めて悪かった。また何かあれば遠慮なくここに来い。ポッターによろしくな。第二の課題頑張れと伝えてくれ」
「はい。ムーディ先生、今日はありがとうございました」
ハリエットは深く頭を下げ、ムーディの部屋を後にした。
*****
数ある授業の中で、一番しんどい思いをしたのが魔法薬学の授業だろう。よりによってスリザリンとの合同で、しかも先生はスリザリン贔屓のスネイプなので、一層気が重たくなると言うもの。
まだ授業すら始まっていないのに、ハリエットは早早速洗礼を受けた。待ちかねていたスリザリン生が、ハリエット達が教室に入ってくると同時に、一斉にバッジを光らせたのだ。今まではハリーに対してやっていたのが、今はその中にハリエットも含まれていることは分かりきっていた。
「あら、継承者さんがやってきたわよ」
「グレンジャー、その子とまだお友達やってるの? もしかして脅されてる?」
「俺たちは純血で良かったよなあ。どっかのマグル生まれみたいにビクビクして過ごす必要がないぜ」
「そもそも自分が継承者なのに、兄が疑われていたときどんな気分だったの?」
はやし立てられる声に、極力ハリエットは反応しないようにした。それはハリー達にも言ってある。もうこれ以上スリザリン生を喜ばせるようなことはしたくなかった。
一番後ろの席に腰を下ろすと、前の方で身体を反転させていたドラコと目が合った。彼はすぐに目を逸らして、また前を向いた。
唯一の救いは、彼がこの『歓迎』に参加していなかったことかもしれない。ドラコにまで何か言われたらもう耐えられないだろう。
だが、その次の日は、嬉しい出来事が起こった。シリウスから手紙が来て、ハリエットと話したいというのだ。きっと話題は記事についてだろうが、それでもシリウスと話せるというのは嬉しい。前回は寝こけてしまって、折角のその機会を逃してしまったのだから余計に。
シリウスと会う約束をしてからは、慌ただしく時間が過ぎていくような気がした。
ハーマイオニー達と厨房に行き、そこでたくさんの屋敷しもべ妖精が働く姿を見た。ハーマイオニーは直接『S・P・E・W』のことについて話そうと押しかけた彼女は、なんとそこで元気よく働くドビーの姿を見つけたのだ。ドビーは働きながらも給料や休みももらっていて、本当に生き生きとしていた。彼だけでなく、ウィンキーの姿もあった。ただ、未だクラウチに解雇されたことが心に深い傷を残しているらしく、彼女の元気はなかった。
ドビーは相変わらずハリーのことが大好きで、別れ際『また会いに言ってもいいか』とお伺いを立て、ハリーが了承すると、嬉しそうに笑って一行を見送った。
その他に、一番心配だったのが、ハグリッドのことである。偶然三本の箒で彼女と出会ったハグリッドは、そこで取材を受けたという。もともとは、日刊予言者新聞の中に毎週動物学のコラムがあり、そこで尻尾爆発スクリュートについての特集を組む、という話で取材を受けたらしい。だが、その中身と言えば、スキーターにハリーやハリエットのことばかり聞かれて、うんざりさせられたという。彼の話を聞いて、またハリエットの顔色は悪くなった。
ハリエットは、シリウスとの約束の時間一時間前には、もうすでに談話室で待機していた。そんなに緊張してるとまた居眠りしちゃうよとハリーにはからかわれたが、寝室でじっとしている方がよっぽど疲れそうだったので止めたのだ。
談話室からなかなか人気は少なくならなかったが、約束の時間十分前には何とか全員姿を消した。ハリーとハリエットだけがパチパチはぜる暖炉の前に移動した。
バチッと勢いよく炎がはぜ、驚いて目を瞬かせているうちに、突然そこにシリウスの生首が現れた。ハリーから話を聞いてはいたものの、やはり自分の目で見るのとでは大違いで、ハリエットは反射的に叫びそうになった。だが、それを想定していたさすがのハリーが彼女の口を両手で押さえたので、間一髪、悲鳴が漏れることはなかった。
「やあ、遅くにすまないな」
「そ、そんなこと……こちらこそ」
ハリエットはもごもご話した。シリウスと話すのはいつ振りだろう。そもそも、顔を見て話したのは叫びの屋敷のあの晩のみなので、実質一回だけである。急にそのことが意識され、ハリエットはどうしていいか分からなかった。
『代わりに何か話して!』という救いの視線を送ると、受け取ったハリーは仕方ないなとしばらくシリウスと対抗試合について話した。だが、それもすぐに収束を迎えた。もともとは新聞の記事についてシリウスは聞きたかったのだ。
「君たちは自分のことを充分誇って良い。まだ十二歳で闇の魔術の物を破壊し、そして無事元気な姿で帰還したんだ。それはとても幸運なことだし、もちろん君たちに勇気や力がなければできなかったことだ」
シリウスはこうも言った。
「いいね、気を強く持つんだよ、ハリエット。君は悪いことなんて一つもしてない。服従の呪いにかかった人たちが罪の有無を問われないように、君にだって何の責任もないんだ。むしろそのまま闇の魔術に飲み込まれなかったことを褒められるべきなのに、一体あの記者は何を考えてるんだ」
優しい顔をしていたシリウスが、突然忌々しげに舌打ちしたので、ハリエットは笑ってしまった。シリウスが一緒に怒ってくれるだけで、ハリエットは充分だった。
「早く君たちに会いたいな」
シリウスはポツリと呟いた。双子はすぐに反応した。
「駄目よ、見つかっちゃうわ」
「もうすぐ会えるの?」
双子の声は相反していた。ハリーは自分の欲望が心配よりも前に出てしまったので、ばつが悪そうな顔になった。
「もうすぐ北に着く。今どこにいるかは言えないが……楽しみにしていてくれ」
嬉しそうにシリウスが言うので、ハリエットもそれ以上は何も言えなかった。
「あー、その、なんだ。もし万が一、わたしと会うようなことがあれば、チキンを持ってきてくれるとありがたい」
「チキン?」
双子が揃って聞き返した。
「そう。パンやチキンだ。恥ずかしながら、最近はほとんど何も食べていなくてな」
「そんなにひどいの? 逃亡生活」
ハリーは心配そうに聞き返した。確かに、言われてみれば、前回暖炉で話したときよりも、シリウスの顔は痩せているような気がした。一定の所に留まるよりは、移動中の方が食糧の確保は難しいのだろう。
「いや、それほど悪くはない。ただ、チキンの味が恋しくなってね。最近はネズミばかり食べてるから」
「ネズミ!?」
ハリエットは目の前が暗くなるのを感じた。そして同時に強く思った。次会うときは、絶対においしいチキンをたらふく食べさせてあげようと。
「あ、そろそろ行かないと。ハリー、ハリエット、久しぶりに話せて良かった。もうおやすみ」
「おやすみなさい」
「今日は本当にありがとう。また……」
ぎこちなくハリエットが手を振ると、シリウスは目を細めて暖炉から首を消した。一気に談話室が静かになり、もの寂しい雰囲気が漂ったが、ハリエットは、シリウスと話せた嬉しさで、胸のドキドキがうるさいくらいだった。