■賢者の石
07:組み分け帽子
ハグリッドの案内に従って、ハリー達新入生は船に乗ってホグワーツ城へ向かった。夜のホグワーツ城はとても幻想的で、ハリエットは見とれた。見とれすぎて、危うく崖下を通るときに頭をぶつけそうになったくらいだ。
厳格な顔つきの女性に新入生を引き渡したところで、ハグリッドの役目は終わった。彼女はハグリッドにマクゴナガル教授と呼ばれていた。
新入生達の入学を祝ったところで、彼女はいくつか注意事項を伝えた。四つの寮についてと、得点や減点についてだ。話の途中で、新入生の列から、突然ネビルが飛び出した。
「トレバー!」
トレバーと呼ばれた彼のペットは、何故だか階段の縁にいた。ネビルの手の中でゲコッと返事をする。マクゴナガルの視線にネビルは身体を強ばらせたが、ハリエットが良かったねと声をかけると、嬉しそうに頷いた。
学校側の準備が終わるまで待機と言われ、新入生は緊張の糸を緩めて待っていた。その時、誰かの声が一際大きく響いた。
「今時ヒキガエルなんてペットにする奴がいるんだな」
ドラコだった。青白い顔が、暗がりではもっと白く見える。
「実験の道具にするために連れてきたのかい?」
「ネビルとトレバーに失礼よ」
反射的にハリエットは言い返していた。ネビルが悲しそうにトレバーを抱え直したのを見たからだ。
友達とも言える大事なペットを馬鹿にする発言は見過ごせなかった。
問題ごとが起こりそうな気配に、新入生達は自然と道を空けた。ハリエットとドラコは意図せず向かい合う形になった。コンパートメントのときと同じように、ドラコの後ろにはクラッブとゴイルがいた。
「何だ、庇うのか」
ドラコは鼻で笑った。
「まあそれも分からなくはない。君は蛙チョコレートですら食べずに頬ずりするような奴だからな」
「マルフォイ――」
カッとなってハリーが声を上げた。だが、彼の後ろに現れた教師の姿を見て、それ以上言葉が続かない。
「何事です」
幸いというべきか、運が悪いというべきか、マクゴナガルが戻ってきた。ドラコとハリエット達を中心にポッカリ空いた空間を彼女は鋭く見つめる。
「何でもありません」
ドラコは肩をすくめ、サッと元の位置に戻った。マクゴナガルもそれ以上は何も言わず、皆を見渡した。
「さあ、行きますよ。組み分け儀式がまもなく始まります」
一列になって歩く中、ハリーとハリエットは、血の気を失ったまま前に続いた。ドラコの嫌味にカッカしていたのもほんの僅かな時間で、すぐにまた緊張が舞い戻ってきたのだ。
玄関ホールを抜け、そこから二重扉を通った大広間に入った。
大広間には、不思議な光景が広がっていた。何千という蝋燭が空中に浮かび、四つの長テーブルを隅まで照らしていた。天井にはビロードのような黒い空に星が点々と光っていた。
「本当の空に見えるように魔法がかけられているのよ。『ホグワーツの歴史』に書いてあったわ」
ハーマイオニーの声が聞こえてきて、ハリエットは深々と驚嘆の声を漏らした。そこに天井があるなんてとても思えず、まさに天空に向かって開いているように感じたからだ。
マクゴナガルは、大広間の奥で足を止め、スツールの上にとんがり帽子を置いた。その帽子はひどく汚らしく、『ペチュニアおばさんなら、こんな帽子は庭の隅にすら置きたくないだろうな』とハリーは思った。
その後、帽子はまるで生きているかのように歌い出した。歌詞に詳しく四つの寮について説明があったが、帽子が歌ったことに驚きすぎて、ハリエットはあまり内容が頭に入ってこなかった。
組み分けは、帽子を被るだけで行われるらしかった。ハリーはホッと息をついたが、それでもハリエットの方は安心ができない。勇気をもらうかのように、すぐ目の前にあるハリーの服の裾をギュッと掴む。
マクゴナガルは、ABC順に名前を読み上げた。一人、二人と呼ばれる中、ドクドクとハリエットの緊張が高まっていく。ハリーの名前が呼ばれたときがおそらく最高潮だった。
「ポッター、ハリー」
ハリーの名に、広間は分かりやすくざわめいた。皆が皆ハリーを見ようと身体を伸び上がらせた。だが、なかなかハリーは出てこない。
ざわめきの中、ハリーは振り返った。ハリエットと目が合う。頑張って、とハリエットは頷いた。だが、ハリーは困ったように視線を下に向ける。ハリエットが力強くハリーの服を掴むので、彼は歩き出せなかったのだ。
「ご、ごめん!」
慌ててハリエットは手を離した。ハリーは顔を強ばらせたまま、精一杯微笑みを浮かべた。ハリエットは、まるで今生の別れかのようにじいっとハリーを見つめた。ハリーの足取りは意外としっかりしていた。妹があんまり緊張しているので、逆にしっかりしなければと思ったのかもしれない。
ハリーの組み分けは時間がかかった。ハリエットはギュッと両手を握りしめ、祈る。どこの寮が良いかはよく分からなかったが、ハーマイオニーはグリフィンドールになったし、ロンもグリフィンドールが希望らしい。きっとハリーもそこを望むだろう。なら、彼の希望通りになりますように、とハリエットは手が白くなるほどきつく握った。
「グリフィンドール!」
そう宣言された後、グリフィンドールでは大歓声だった。たくさんの拍手喝采でハリーが迎えられた。ハリーは嬉しさと安堵で、頬が紅潮していた。
席に着いた後、ようやくハリーはハリエットの方を見た。ハリエットは思わず大きく手を振った。ハリーは恥ずかしそうに振り返した。
「ポッター、ハリエット」
だが、ハリエットもうかうかしていられなかった。すぐに自分の名を呼ばれたからである。ハリーほど広間は騒がしくならなかったが、それでも普通の新入生よりは囁き声がある。こんなに注目されることは、普段なら考えられないことなので、ハリエットの心臓は死にそうなほど早くなる。もしハリエットがハリーの立場なら、きっと今頃顔を強ばらせたまま昇天していただろう。
椅子に腰掛けると、マクゴナガルはすぐにハリエットの頭に組み分け帽子をのせた。低い声が耳の中で聞こえた。
「双子の妹か」
最初に言われたのは、そんな短い言葉だった。
「ふむ、悩みどころだな。まずスリザリンではない。頭は悪いわけではないが、知識という意味では、そんなに大成もしないだろう」
ハリエットは血の気がなくなるほど唇を噛みしめた。
「勇気はあるにはあるが、控えめだ。人を思いやり、我慢強い君はハッフルパフの方が向いてるだろう」
その時、初めてハリエットは口を開いた。
「ぐ、グリフィンドールがいいの……。お願い、ハリーと同じ所が良いの」
「グリフィンドールかね? 悪くはないが……君にはちと厳しい道が待っているやもしれん。ハッフルパフの方が穏やかで真っ直ぐな道を歩んでいくことができる。優しい友人も溢れておる」
「でも、それでもグリフィンドールがいいの。私、精一杯頑張ります。ハリーほど勇気もないし、運動神経も良くないけど、ハリーと一緒なら、頑張れるから。絶対頑張るから。だから、どうかお願いします……!」
「そうか……。それも一つの勇気かもしれんな。ほんの少しの勇気で、未来が変わることもある。君がそう望むのなら……グリフィンドール!!」
高々と宣言されたとき、ハリエットはしばらく放心した。マクゴナガルに優しく背中を叩かれ、ようやく我に返った。一目散にグリフィンドールの席に行くと、ハリーの隣を陣取った。泣きそうだった。
「ポッターを取った! ポッター家の双子を取った!」
フレッドとジョージが背中を叩いて迎えてくれた。他のグリフィンドール生も、割れんばかりに拍手をしている。これほどまでに自分たちが歓迎されているのが嬉しくて堪らなかった。
『ホグワーツにいる間、寮生が学校での皆さんの家族のようなものです』
マクゴナガルの言葉が頭に響いた。
――家族。
その言葉は、ゆっくりハリエットの中に降りてきて、ポカポカと胸を温めた。
ロンもめでたくグリフィンドールに組み分けされ、ハリエットの機嫌は最高潮だった。
ハグリッドが敬愛しているというアルバス・ダンブルドアのへんてこな挨拶の後、食事が始まった。彼からテーブルへと顔を戻したとき、いつの間にやら目の前にある大皿に料理が溢れていたのだから驚きだ。
いろんな料理に手を伸ばし、ハリー達はたくさん食べ物を詰め込んだ。ダーズリー家にいた頃を思えば、信じられないほどの贅沢である。それに、ちゃんとデザートもある。列車にいたときもたくさんお菓子を食べたが、その比ではないくらいハリエットはお腹に甘い物を詰め込んだ。
「ハグリッドだよ」
「本当」
ハリーはトントンとハリエットの肩を叩いた。
「あそこが先生達の席なのね」
物珍しく、一人一人ゆっくり観察していく。知っている人といえば、ハグリッドと、マクゴナガルと、後はクィレルくらいだ。クィレルは、ねっとりした黒髪で、鉤鼻の、土気色の顔をした教師と話していた。一瞬ハリエット達は彼と目が合った気がしたが、その瞬間、ハリーの額の傷に痛みが走った。
「いたっ!」
ハリーは額に手を当てた。
「どうしたの?」
「大丈夫か?」
すぐ近くにいたハリエットと、監督生のパーシーが声をかけた。
「な、なんでもないです」
パーシーはすぐに他の生徒に話しかけられ注意を逸らしたが、ハリエットは未だ心配そうにハリーを見つめていた。
「本当に大丈夫?」
「うん……」
それから、パーシーにクィレルと話している教師のことを聞いて――彼はスネイプという魔法薬学の先生だ――その後はもうハリーの傷が痛むことはなかった。気のせいだったみたい、とハリーは笑ってハリエットを安心させた。
ダンブルドアからいくつか注意事項を受け、校歌を歌った後に歓迎会は解散になった。その場で眠ってしまいそうになるのを堪え、グリフィンドールの一年生はパーシーに続いて大広間を出た。これから生活の場となる寮に行くのだ。
ホグワーツは、廊下も騒がしかった。壁にかけられているあちらこちらの肖像画の人物が、囁いたり指を指したりするのだ。パーシーは気にする様子もなく、廊下の突き当たり、ピンクのドレスを着た太った女性の肖像画の前で立ち止まった。
「合言葉は?」
「カプートドラコニス」
彼の声で、肖像画がパッと前に開き、丸い穴が露わになった。高い位置にある穴を精一杯登った後は、談話室に出た。
階段を上り、パーシーの指示で、女子は女子寮に、男子は男子寮に続いた。その時、まるで母親に置いて行かれた子供のように寂しそうな顔をしてハリエットはハリーと別れた。
部屋には天蓋付きベッドが四つあった。ハリエットは、ハーマイオニーとラベンダー・ブラウン、パーバティ・パチルとルームメイトになった。軽く自己紹介したが、互いに疲れ切っていたため、早々にお休みの挨拶をしてそれぞれのベッドに潜り込んだ。
やがてすぐにそれぞれのベッドから寝息が聞こえてきたが、ハリエットはなかなか眠れなかった。疲れていることは確かだったが、未だ興奮が抜けきれず、眠気が来ないのだ。ハリエットは、一種の予感と共に足音を忍ばせて談話室に降りていった。
「ハリー」
暖炉の前のソファには、案の定ハリーがいた。彼も予想していたのか、驚いた顔もせず振り返った。
「眠れないの」
「僕も」
ハリエットはハリーの隣に腰掛けた。
「今日は本当に目まぐるしかったわね」
「うん、本当に。明日からもきっと大変だよ」
「でも、きっと楽しいわ」
「うん」
会話は非常に短かった。だが、しばらく二人はその場から動かなかった。深夜を越す前に、二人は静かにそれぞれのベッドに戻った。