■炎のゴブレット
12:パートナー探し
日を追うごとに、クリスマス・ダンスパーティーのパートナー探しは熱を帯びていった。ハリーやロンは、女の子がいつも集団で歩くので、なかなか誘えないとぼやいていた。とはいえ、ハリーには明確に誘いたい女の子がいるらしく、ハリエットは心の中で応援していた。彼の視線はしょっちゅうレイブンクローのチョウ・チャンに奪われているので、ハリエットにはお見通しなのだ。
だが、ハリーは誘われないというわけではなかった。ハリエット達が一緒にいても果敢に声をかけてくる女子はいたし、一人になったときを狙ってパートナーをお願いしている子もいた。嬉しくないわけではないだろうが、やはりどうしてもチョウが気になるらしく、全員断っていた。
パーティーの日が近づくにつれ、ハリー達は本当に焦っている様子だった。いつもなら絶対にしないだろうスネイプの『魔法薬学』のときにハリーとロンとでコソコソ話をするくらいには、危機感があったようだ。
「本当にヤバいぜ僕ら」
ハリーとロンは、ハリエットとハーマイオニーの真向かいに座っているので、その会話がよく聞こえた。皆が集中してレポートを書き、その合間をスネイプが監視するように縫って歩いているので、彼が少し離れた隙に、ロンはハリーに話しかけたのだ。
「ダンスパーティーに一人だけで惨めに出席することになっちゃう」
「僕なんかもっと惨めだよ。代表選手は皆の前で一番最初に踊るんだ。パートナーがいなかったらどうすれはいいんだ? 一人でその場で回ってろって?」
「君なんか、引く手あまたじゃないか!」
ロンは非常に焦っていた。談話室でも、兄のフレッドにからかわれたばかりなのだ。さっさと相手を見つけろと言われ、じゃあ兄貴は誰と行くんだと行けば、フレッドはロンの目の前で華麗にアンジェリーナを誘い、そしてオーケーをもらったのだ。焦らないわけがない。
「ちょっと静かにして」
真面目にレポートをこなしているハーマイオニーが囁いた。今初めて気づいたとばかり、ロンはパチパチと瞬いた。
「ねえ、ハーマイオニー? そういえば、君はれっきとした女の子だ……」
「まあ、よくお気づきになりましたこと」
ハーマイオニーは顔を上げずにツンと言い返した。
「そうだ……君が僕たち二人のどっちかと来ればいい!」
「お生憎様」
ハーマイオニーはピシャリと言った。
「私、一緒には行けないわ。だって、もう他の人と行くことになってるの」
「そんなはずない!」
ロンは頭を振った。
「あなたは三年もかかってやっとお気づきになられたようですけどね、ロン。だからといって他の誰も私が女の子だと気づかなかったわけじゃないわ!」
ロンはゆっくり口角を上げた。
「オッケー、オッケー、僕たち、君が女の子だと認める。これでいいだろ? さあ、僕たちと行くかい?」
「だから言ったでしょ! 他の人と行くんです!」
ハーマイオニーは立ち上がった。ツカツカとスネイプの方へ行き、羊皮紙何巻分もあるレポートを提出した。
「あいつ、嘘ついてる」
「嘘じゃないわ」
ハリエットはすぐに答えた。さすがにハーマイオニーが不憫だった。
「じゃあ誰と行くんだい?」
「ハーマイオニーから口止めされてるの。言ったらからかわれるからって」
「なんだよそれ」
ロンはつまらなさそうに口を尖らせた。だが、それもすぐに止む。にんまりとした笑みを浮かべていた。
「ハリエット、君は大丈夫だよね?」
ロンは矛先をハリエットに変えた。
「君だって立派な女の子だ! 女の子がパートナーいないなんて惨めだよ? 置いてけぼりにして、ハリーには悪いけど……」
チラリとロンはハリーを見る。
「僕のパートナーにならない?」
「いいわよ」
ハリエットが答えると、ロンは目を瞬かせた。自分で誘っておいて、その返答が信じられないらしい。
「今……なんて言ったの?」
「オーケーって言ったのよ」
ロンが喜ぶよりも早く、ハリーはギロリとロンを睨み付けた。
「ロン、僕は許さないぞ」
「どうして! 僕が先にパートナーを見つけたから嫉妬してるのか?」
「そうじゃない!」
ハリーは信じられないと拳を握った。
「そんな……そんな誘い方があるもんか! 君は自分で何を言ったのか分かってるの? ハリエットや――ハーマイオニーを馬鹿にしたんだ!」
「そんな! そんなつもりはないよ!」
ロンは慌てて手を振った。自分の何がいけなかったのか全くもって分からなかった。
「自分の妹に置き換えて考えてみると良いよ! ジニーが『君ってよく見ると女の子だね? どうせパートナーいないでしょ? 僕と行かない?』って、そんな風に言われてほいほいついていくなんて考えたくもないだろう?」
「そりゃそうだ!」
ロンは当たり前だと頷いた。だが、ハリーの例えと自分の言動とがうまく結びつかない。
混乱している彼に、冷たい声が降ってきた。
「グリフィンドール生は、魔法薬学の授業をお喋りの時間だとでも勘違いされているようだ」
恐る恐る振り返ると、恐ろしいほどの殺気を放つスネイプが立っていた。
「グリフィンドール十点減点」
ハリー達は蒼白となった。いつの間にか彼がすぐ側にいたことに気づかなかったのだ。そしてスネイプは続けざまに言う。
「ウィーズリー、罰則だ。授業後、我輩の部屋に来るように」
「そんな!」
ロンは驚いて立ち上がった。羊皮紙がヒラヒラと床に落ちる。
「どうして僕だけ? ハリーも喋ってたのに」
というか、後半はほぼハリーの独擅場だった。ハリーが声を荒げるせいでスネイプに見つかったと言っても過言ではない。にもかかわらず、ハリーには減点だけで、なぜ自分は罰則もついてくるんだ!
首を傾げてもこの奇妙な因果の理由は分からない。その日の授業はこうして幕を下ろした。
授業が終わると、ハリーはすぐさま妹に詰め寄った。
「どうしてあんな返事をしたんだ? ロンのパートナーだなんて」
「ロンは友達よ。一緒に行ったら楽しそうじゃない」
「だからって、あいつは君を馬鹿にしたんだ」
ハリーは一旦言葉を切った。声の調子を落とし、言い聞かせるようにハリエットに言う。
「他の人からも誘われてたじゃないか。どうしてその人達は断ってロンにオーケーを?」
「エッ、ハリエットも男子から誘われてたの!? どうして断っちゃったんだ!」
ロンは驚いて声を張り上げた。自分の知らない間に、女友達が『女の子』として見られているという事実に衝撃を隠せないようだ。
「ロン、どこまでハリエットを馬鹿にすれば気が済むんだ?」
「ウィーズリー、罰則だ。ついてこい」
ロンが更に言い返そうとしたところで、スネイプが華麗に回収していった。ようやく落ち着いて話ができると、とハリーは喜んだ。
「だって、知らない人と行くのは嫌なのよ」
ハリエットは拗ねたように言った。
「知らない人じゃなかったら、ロンみたいな誘い方でもついていくって?」
「ロンに悪気はないのよ」
「僕は許さないからな! 絶対に!」
ハリーがあんまり怒るので、ハリエットもロンを諦めざるを得なかった。罰則が終わった後、ハリエットが互いに別のパートナーを探しましょうと告げたら、ロンは絶望の表情になった。
――だが、本当のところ、ハリエットはロンが友達だから、というだけでオッケーしたわけではない。ハーマイオニーが、彼のことを意識しているように見えたからだ。でも、ロンはハーマイオニーのことをなかなか誘わないし、女の子だと意識すらしていない。だから対抗心を燃やしてハーマイオニーは他の人からの誘いに頷いたのだろうし、もちろん誘われて嬉しかったというのもあるはずだ。
ロンは女の子扱いしてくれないが、この人は自分に好意を持ち、誘ってくれた――きっとハーマイオニーの目にも魅力的に映ったはずだ。
複雑なその辺りの事情を鑑みた結果、少なくとも、他の女の子がロンのパートナーになるよりは、自分の方がハーマイオニーを傷つけずに済むのではないかと思った。ハリエットであれば、ただの女友達としてパーティーに参加したことは明白だし、もちろんハリエットもロンに友達以上の感情があるわけでもない。
とはいえ、ハリーの気持ちも分かる。いくら友達だとしても、あんな失礼な言い方で返事を了承する姿は見たくないはずだ。
――どちらにせよ、他にパートナーを見つけないと。
ハリエットは、あまりの憂鬱に、ため息をついてしまった。