■炎のゴブレット

16:最終的に


 ハリエットはすぐにドラコにふくろう便を飛ばした。ドラコの予定も聞かずに勝手に日時を指定し、少しの時間でいいから、と昔箒の訓練をした場所で話したいと送った。

 返事はすぐに返ってきた。こちらの都合も考えずにとか色々ぐちぐち書いてあったが、一応は了承とのことだった。その日、ハリエットはずっと憂鬱だった。

 昼食を早めに食べ終え、ハリエットはすぐに城裏へと向かった。ドラコを待つ間、ハリエットは終始落ち着きなくその場をウロウロした。今から自分が言うことを何度も心の中で練習した。ただ、そのたびにショックを受けたようなドラコの顔が脳裏に浮かび、気持ちが沈んだ。

「話って何だ」

 ドラコは首にマフラーを巻いて現れた。手はローブのポケットに突っ込まれている。もうクリスマスは近かった。

「座らない?」

 立って話しきる自信がなくて、ハリエットは壁を背に腰を下ろし、隣をトンと叩いた。ドラコはその場所にスッと腰掛けた。

 ハリエットは、なかなか話し出せなかった。マフラーに顔を埋めるようにして、どう言い出したものかと考えあぐねる。ドラコはすぐに痺れを切らした。

「僕も忙しいんだが。何か言いたいことがあるんだろ?」
「え、ええ……そうなんだけど」

 早鐘のように鳴り響く心臓を自覚しながら、ハリエットは意を決して口を開いた。

「あ、あの、ドラコ……」
「…………」
「あなたって、パートナーよく女の子達から誘われてたって言ってたけど」
「それがどうかしたのか?」

 逆に問い返され、ハリエットは動揺した。

「えっと……今も、それはそうなの?」
「そりゃ……今も誘われてるさ。僕はマルフォイ家の長男だからな。何度パートナーがいるって断ってもずっと誘ってくる子もいるし」
「そ、そう……」

 自分を律するために、ハリエットはぎゅうっと腕をつねった。

「――本当にごめんなさい!」

 突然隣から大声が発せられ、ドラコはビクついた。

「何だ、急に」
「本当に……本当に、ごめんなさい。謝っても許してくれないと思うけど……あの、ダンスパーティーのパートナーは、他の人を探してくれない?」

 ハリエットはドラコに向き直っていた。だが、その顔を見る勇気までは出ない。

「私……私、どうしても他の人と行かないといけなくなって。ドラコには本当に申し訳ないと思ってるわ。一度行くって返事をしたのに、本当にごめんなさい……」

 重苦しい沈黙が流れた。ハリエットはジッと自分の膝を見つめていた。

「なるほど」

 嘆息した後、吐かれた言葉はひやりとしていた。

「よくよく考えてみた結果、僕は君のお気に召さないってわけか。それとも、パートナーがいるのに他の人に目移りしたのか? 僕の誘いはとりあえずオッケーしておいて、もっといい人に誘われたらそっちに行こうって?」
「…………」
「いや、恐れ入った。まさか君がそんな……駆け引きの上手な奴だとは思わなかった。さすがポッターの妹だな。こっそりゴブレットに名前を入れたり、パートナーをコロコロ変えたり、意外と君たち二人はスリザリン向きなんじゃないか?」

 返す言葉もなかった。ハリエットは手のひらに爪が食い込むほど強く拳を握った。

「いいよ。開放してやる。そいつと行けばいいよ。僕も他に当てはあるし。むしろこれで良かったのかもしれないな。継承者とスリザリンが一緒にいたら、また記事が出るだろうし。まあ、目立ちたがり屋には願ってもないことかもしれないが」

 ドラコは唐突に立ち上がった。軽くローブを叩き、ハリエットを見下ろした。

 何か言いかけたようにドラコは口を開いたが、結局何も言わず、彼は無言で去って行った。ハリエットはその後もずっと顔を上げられずにいた。


*****


 ハリーやロン達男の子二人組も、ようやくパートナーが決まったようだった。ハリーはパーバティと、ロンは彼女の妹のパドマとパーティーに行くようだ。なぜそうなったかは聞かないでおいた。二人とも大層疲れた顔をしていたからだ。

 ハーマイオニーには、パートナーのことを打ち明けた。相手はジャスティンだと言うと、彼女は心底驚いたようだった。

「知らなかったわ。ジャスティンって、ハリエットのことが好きだったのね」
「そういうのじゃないと思うわ」

 ハリエットが暗い顔でそう言うと、何か勘違いしたのか、ハーマイオニーはそれ以上この件について話を聞こうとはしなかった。お互い、パーティーのパートナーについては、色々と思うところがあったのだ。

 それから、何度か魔法薬学の授業があったが、ハリエットはできるだけドラコと顔を合わせないよう努力した。ドラコの方も、面と向かって突っかかっては来なかった。とはいえ、ハリーを見かけると、チカチカとバッジを光らるのは再開したようだった。

 今年度最後の魔法薬学の授業が終わり、ハリエットは足早に教室を後にした。その後を追って、ハリー達も小走りになる。

「ハーマイオニー、君、誰と一緒にパーティーに行くんだい?」

 ロンが唐突に訊ねた。この質問は今週で十回を軽く超えている。どうも、ハーマイオニーが全く予期していないときに聞けば、驚いた拍子に答えるのではないかと思っているらしい。残念ながら、ハーマイオニーはそんなに単純ではないが。

「だから教えないって言ってるでしょう。どうせあなた、私をからかうだけだもの」
「ホント、出し惜しみしちゃって!」

 負け惜しみでロンは吐き捨てた。そして次の標的を見る。

「ハリエットは? 教えてくれるよね?」
「……言わないわ」

 ハリエットも首を振った。ジャスティンのことを話す気分ではなかった。できれば当日まで忘れ去りたい人物だった。

「たかがパートナーごときで君たちはいつも本当にうるさいな。ようやくと皆パートナーが決まったんで、お祝いでもするのか?」

 振り返ると、ドラコが立っていた。冷ややかな視線を向けている。ハリーはため息をつきたくなるのを堪えて言い返した。

「そういう君は誰と行くんだい? クラッブ? ゴイル?」
「――っ」

 一瞬、ドラコとハリエットの視線が交錯した。ハリエットは申し訳なさそうに、心配そうにドラコを見ていた。それが余計にドラコのプライドを刺激した。

「生憎と、僕は誰かさんと違って誠実だからな。もうパートナーはただ一人に決めている」

 ドラコは頑としてハリエットは見ず、代わりとばかりにハリーを睨み付けていた。

「ポッター、兄として妹の手綱は握っておいた方が良いぞ。彼女は空き教室でも平気で男についていくような女だからな」
「ドラコ――」
「僕に話しかけるな、この尻軽女め」

 爆発したようにハリーとロンは怒り始めた。杖に手が伸びているのをハーマイオニーは慌てて止めに入った。

 ハリエットは茫然とその場に立ち尽くしていた。しばらくして、ハリー達が矢継ぎ早にドラコの台詞の意味を聞いてきたが、ハリエットは一つも答えられなかった。


*****


 クリスマスの朝は、プレゼントの開封に勤しみ、午後からは校庭に出て、ウィーズリー兄弟も含めた雪合戦を楽しんだ。ハーマイオニーは遠くから眺めているだけだったが、ハリエットは身体を動かしたい気分だったので思い切り遊んだ。

 五時になると、ハーマイオニーはハリエットを呼び、パーティーの支度のために部屋に戻ろうとした。

「エーッ、三時間もいるのかよ!」

 ロンの大袈裟な言い方に苦笑いを返し、二人は部屋に戻った。男の子達は飽きずにのんびり雪合戦を続けた。

 部屋に戻ると、それからは凄まじく忙しかった。髪を整え、化粧を施し、ドレスを着、それからまた上から下まで念入りにもう一度磨き上げるのだ。

 ハリエットは、それほど支度に身が入るというわけではなかった。パートナーのことを思うと、いっそ制服で突入してやろうかと思うくらいだ。だが、のんびりと支度をするハリエットに痺れを切らしたのはハーマイオニーの方だった。早々に自分の準備を終えると、喜々としてハリエットの手伝いを始めた。まるで姉のようにあれやこれやハーマイオニーがお世話をしてくれるので、ハリエットは何だかくすぐったい気分になった。

 支度が終わると、女の子達はキャッキャと互いの格好について褒め合った。

 時間をかけてセットしたハーマイオニーの髪は、艶々と滑らかで、優雅なシニョンに結い上げてあった。ふんわりした薄青色の布地のローブで、とても女性らしい。

 ハリエットは、淡いエメラルドグリーンのパーティードレスだ。胸元はレースで覆われているが、その代わり背中がざっくり開いているので少し恥ずかしい。長い赤毛は、緩やかに巻き、後ろで軽くまとめた。余った髪はサイドに垂らし、ハリーからのプレゼントである髪留めをアクセントにして、シリウスのネックレスも身につけた。仕上げとしては、ハーマイオニーからもらった香水まで軽く振っていた。パートナーはともかくとして、普段滅多に着飾らないので、少しだけ楽しくなってきたのだ。

 談話室に降りると、圧倒的に女子よりも遅く準備をし始めたはずなのに、もうドレスローブに着替えた男子達の姿があった。さすがに今日という日に落ち着くことはできないらしく、男子達も互いの格好についてあれこれ言っている。

 ハリーは普通のドレスローブだったが、ロンの方は、襟や袖口にレースがついているので、どうしても女性っぽく見えた。試行錯誤して切断の呪文でレースを切り取ったが、呪文の詰めが甘かったのか、袖口はボロボロになっていた。処理前と処理後、どちらの方がマシだったかについては誰も考えないことにした。

 ハリエットとハーマイオニーに気づくと、ハリーが立ち上がった。

「二人とも……綺麗だね」
「ありがとう。ハリーもいつもと雰囲気が違って格好良いわ」
「そう言ってもらえるとホッとするよ」

 ロンは惨めな袖口を隠すのも忘れ、唖然としてハーマイオニーを見ていた。あまりの変わりように、声も出ないようだ。

「まだ時間あるかしら」

 談話室に興奮したコリンの姿を認め、ハリエットは三人に声をかけた。

「皆で写真を撮りたいんだけど、どう?」
「それはいいけど、どうして?」
「思い出になるかなって」

 ハリエットは誤魔化したように笑った。本当のところ、シリウスに送るつもりだったのだが、人の多い談話室で話すことは出来なかった。

 コリンに写真を撮ってもらった後、四人は大広間へ向かった。ハリーのパートナー、パーバティは寮の階段下で待っていた。

「君……あの、素敵だよ」
「ありがとう」

 ハリエットのときとは違ってハリーはぎこちなく褒めていた。妹を褒めるのと、同級生を褒めるのとでは、やはり何か違うようだ。

 玄関ホールで、パーバティはパドマを連れてきた。ロンと挨拶を交わしたが、どうもこの二人はぎこちなかった。ロンはハーマイオニーのパートナーを探してキョロキョロしていた。

 スリザリンの一群も、地下牢の寮の談話室から階段を上って現れた。ドラコが先頭だった。黒いビロードの詰め襟ローブを着た彼は、英国国教会の牧師のようだった。パンジーがフリルだらけの淡いピンクのパーティードレスを着て、ドラコの腕にしがみついていた。ドラコはすぐにハリエット達に気づいたようだが、スッと視線を外し、嫌味を言いもしなかった。

「代表選手はこちらへ!」

 マクゴナガルの声に、ハリーとパーバティ、ハーマイオニーが移動した。まだパートナーを見つけもしていないのにハーマイオニーが動き始めたので、ロンは目を細めて彼女の行く先を見つめていた。

「ハリエット!」

 名前と共に、ポンと肩に手を置かれ、ハリエットは驚いた。いつの間にかすぐ側にジャスティンが立っていた。

「見つかって良かった。この人の多さだからね。ひょっとしたら、中に入るまで見つからないと思ってた」
「ハリエットのパートナーってジャスティンだったのか?」

 ロンはちょっとツンケンした声で言った。未だにハリーとジャスティン達ハッフルパフの仲が険悪のままだからだろう。

「ええ……そうよ」
「ほら、この前あんな記事が出ただろ? 僕も何とか力になりたくって、今日一緒に、ね?」
「ふうん」

 ロンは未だ疑り深そうな顔をしていたが、ハーマイオニーのパートナー探しにまた戻った。

「綺麗だね」

 ジャスティンは屈み、ハリエットの耳元に顔を寄せて言った。

「後ろ姿だけだったら気づかなかったよ。本当、ドレスもよく似合ってる」
「ありがとう」

 やがて大広間の扉が開き、代表選手とそのパートナーを残して先に生徒たちが入場した。