■炎のゴブレット

17:聖なる夜


 大広間はクリスマス・ダンスパーティーのために様変わりしていた。各寮の長テーブルは消えてなくなり、その代わりに十人ほどは座れそうな丸いテーブルが百ほど置かれていた。クリスマスらしく壁は銀色に輝く霜で覆われ、星の瞬く黒い天井の下には何百という宿り木やツタの花綱が絡んでいた。

 ハリエットは、頑なにロンから離れなかった。ロンの後をピッタリついて回り、彼とパドマが席に座ると、自分とジャスティンもすぐ隣に腰掛けた。

 テーブルの上にはメニューが置かれていた。そこに書かれている料理名を呟くと、金色の皿に料理が出現したので、ハリエットは驚いた。

 食事の後は、『妖女シスターズ』による演奏が始まった。スローなもの悲しい曲調に合わせ、代表選手達がパートナーと共にダンスフロアに進み出た。

 ハリーは、なかなかしっかりと踊っていた。パーバティがリードする形ではあったが、彼女の足も踏まず、緩やかに踊っている。やがて他の生徒たちもダンスフロアに出てきた。

「僕たちも踊ろう」
「……ええ」

 まだ踊ろうという気分にならないのか、疲れたような顔で座っているロンとつまらなさそうなパドマを残し、ハリエットは立ち上がった。

 中央に進み出ながら、ハリエットはいくつもの視線が自分たちに集まってくるのを感じていた。それもそうだろう。継承者と暴露された生徒とその被害者がダンスをしようとしているのだ。気にならないわけがない。

「僕たち、注目されてるね」

 視線はもちろんジャスティンも感じていたようだ。

「明日の新聞は楽しみだね。きっと、『継承者と被害者、和睦か!?』ってのが出るよ」
「だといいわね」

 自分たちの立場をはっきりさせたいのか、それとも気を遣い方を間違えたのか、ダンス中、ジャスティンは終始、秘密の部屋を話題に挙げてきた。ハリエットは顔には出さないものの、うんざりしていた。ついこの間までは、スキーターやら周りの視線やらが気になっていたが、今のハリエットは吹っ切れていた。今夜で全てを終わらせるつもりだったので、もうジャスティンのことは気にならなくなっていた。

 中央でターンしながら踊っていると、やはりいろんな人が視界に飛び込んでくる。ハーマイオニーがクラムと踊っていたり、ネビルとジニーが踊っていたり。マダム・マクシームとハグリッドのワルツは、身長のせいもあってかなり目立っていた。

 途中でパーバティがボーバトンの男子生徒と踊っているのも見かけた。ハリーは誰と踊っているんだろうと思った矢先、彼女の姿は見えなくなった。

 一曲だけ踊ると、ハリエット達は休むことにした。ジャスティンはまだ踊り足りなさそうな顔をしていたが、一旦休憩しましょうとハリエットが押し切った。次の曲は、今までよりずっとテンポの速い曲だった。皆は身体を揺らしながらその曲に乗って踊り出す。邪魔にならないよう隅へ行こうとハリエットは足を速める。視界の隅に、フレッドとアンジェリーナが元気を爆発させて踊っている姿も飛び込んできた。二人とも本当に楽しそうな笑顔で、見ている方が心が晴れやかになってくるほどだ。ただ、あまりにも元気なので、側にいたら怪我でもさせられそうな勢いだ。周りの生徒はザザッと距離を開け、そしてそれは、まるで一本の道のようにハリエットに続いていた。二人は華麗にターンを決めながらハリエットの方に近寄ってきて――。

「ごめんよ!」

 逃げ遅れたハリエットは、フレッドとぶつかってバランスを崩した。二人はまたすぐに人混みに紛れて見えなくなった。

 ハリエットは、その場に尻餅をつきそうになったが、すんでのところで後ろの人に抱き留められた。反射的に顔を上に向けると、色素の薄い髪色が目に飛び込んできた。二人はしばしそのまま見つめ合った。

「ハリエット!」

 ジャスティンの声で、ハリエットはようやく我に返った。そしてそれは相手も同じなようで、ドラコはしかめ面でハリエットの肩をぐいと押しやり、そのまま無言で人混みをかき分けて行ってしまった。

「マルフォイ? あいつと何か話したのか?」

 ジャスティンは不機嫌そうだ。ハリエットは首を振った。

「助けてくれただけ」
「ふうん。あ、じゃああそこの席に座ろうか」

 ジャスティンは会場の隅のテーブルを指さした。

「私、あっちに座りたいわ。ハリー達もいるし。ちょっと話したいの」
「……まあ、いいけど」
「ありがとう」

 断られるかと思ったが、ジャスティンは承諾してくれた。

「じゃあ僕飲み物とってくる」

 ただ、さすがにハリーやロンと一緒の席に座るのは気まずいようで、ジャスティンは足早に飲食コーナーの方へ行ってしまった。

 ハリーとロンは、隅の席でブツブツと会話していた。不機嫌そうなロンの視線の先は、クラムと踊っているハーマイオニーだった。

「楽しんでる?」

 なんて声をかけたらいいか分からず、ハリエットはひょっとしたら嫌味ともとれかねない挨拶をした。パーティーの隅で男二人で座っている姿のどこに楽しむ要素があるのだろう。

「まあね」
「ハーマイオニーは敵と満喫してるようだけどね」

 二者それぞれの返答が返ってきた。

「敵? クラムのこと?」
「他に誰がいる?」
「それじゃ、他校とダンスしてる人が皆悪いってこと? フラーと踊ってるデイビースはどうなるの?」
「ハリーの友達として! ハリーの敵とベタベタしてるのがおかしいって言ってるんだ!」
「ロン……」

 ハリエットは、呆れたような、悲しそうな目をロンに向けた。

「ロン、ハリーを引き合いに出しちゃ駄目よ。自分が何に苛立ってるのかよく考えた方が良いわ」

 結局、ハリエットはハリー達の席には座らなかった。その前にジャスティンが迎えに来たからだ。

「喧嘩したの?」

 ジャスティンはハリエットの背中に手を当て、小声で聞いた。ロンが不機嫌そうな顔を前面に出しているので、丸わかりだった。

「まあ……」
「じゃあ外に行かない? ここ、ちょっと暑いくらいだろ?」
「ええ、いいわ」

 ハリエットも頷き、ハリー達に挨拶をしてから外に向かった。背後からは、なおもロンが悪態をつく声が聞こえてきた。


*****


 ドラコは壁にもたれかかりながらちびちびとグラスを傾けていた。パートナーだったパンジーはとっくの昔にダームストラングの生徒に押しつけてきた。パンジーはそれでもドラコに追いすがったが、ダームストラング生が下手な英語で必死に自分に話しかけようとしている姿にやられたようで、ドラコを追いかけるのは止めたようだ。

 ぼうっと細められたグレーの瞳は、目の前のパーティー会場のどこも映していなかった。脳裏に蘇るのは、突然腕に飛び込んできた一人の少女。近くで見た彼女の顔は薄ら化粧を施していて、色づいた唇がやけに鮮明に記憶に残っていた。

 何の香りかは分からないが、ふわっと花の香りも漂っていた。匂いが記憶を呼び起こすとはよく言ったものだ。まだ微かに自分から漂う残り香が、先ほどの光景を嫌というほど頭の中で再現していた。

「やあ」

 二本のグラスを片手に、男子生徒がドラコの前に立った。その顔は見覚えのあるもので、ドラコは口角を上げた。

「劣等生のハッフルパフが僕に何の用だ? 気軽に話しかけられるほど僕たちは親しくもなかったはずだが」

 ジャスティンはにこやかに笑いながらも、頬をピクピクさせた。だが、嫌味は無視する方向で続けることにした。

「ハリエットから聞いたよ。もとは君がハリエットのパートナーだったんだろ?」
「…………」
「目の前でかっさらわれて、もしかしたら君が惨めな思いをしてるんじゃないかって思ってね」

 ドラコの表情は変わらなかった。ジャスティンは勢いづいた。

「でも良かったよ。あれからちゃんとパートナーも見つけられたみたいで」

 ジャスティンは勝ち誇った笑みを浮かべた。

 ハッフルパフの自分が、スリザリンの、しかもあのドラコ・マルフォイに一太刀浴びせられたことに胸がスッとしていた。

「パーキンソンによろしくね」

 余裕ぶってそう言うと、ジャスティンは去って行った。

 ドラコはその後ろ姿を、まるで射殺さんばかりに睨み付ける。言いたいことは山ほどあったはずなのに、ハリー・ポッター相手なら勝手に動き出す己の口が、今はてんで役に立たなかった。

 奴は迷いなくハリエットの側に行った。そして彼女のざっくり開いている背中に手を当て、ハリエットの注意を引く。

 二言三言言葉を交わし、二人は連れだって会場を出ようと入り口まで歩き始めた。ドラコは信じられない思いで小さくなっていく二人を睨み付けた。

 まだ寮に戻るには早すぎる時間だ。そもそもあの男がそう易々と寮に戻すわけがない。十中八九散歩でもしないかと誘ったのだろう。

 ――学習しないのか、あの女は!

 はらわたが煮えくりかえりそうだった。ジャスティンにか、ハリエットにか、それは分からない。ふつふつとこみ上げる熱くドロドロした感情に、ドラコは己の足が勝手に動き出すのを感じていた。