■炎のゴブレット

22:帝王と死喰い人


 ハリエットは足が地面を打つのを感じた。その瞬間、力が抜け、手から何かが落ちた。ガシャンと盛大な音を立てて、優勝杯が落ちたのだと理解した。

「な、何……えっ?」

 ハリーは困惑した表情でハリエットを見た。ハリエットもぼうっとしてハリーを見る。

「今、何したの?」
「私? 私が?」

 ハリエットが困惑して聞き返す。

「だって……優勝杯……それに、ここはどこ?」
「優勝杯?」

 指を指されてハリエットは優勝杯を見、そしてキョロキョロと辺りを見回した。

「わ、私、よく分からない……。何となく、優勝杯に触らないといけない気がして、それで、触ったら……」
「優勝杯が移動キーになってたの?」
「分からないわ……」
「――誰か来る」

 ハリーが突然言った。

 暗がりでじっと目を凝らすと、墓石の間を間違いなくこちらに近づいてくる人影があった。ハリーは杖を少し下ろした。

 その影は、三人からわずか二メートルほど先の墓石のそばで止まった。その時、何の前触れもなしに、急にハリーがうめき声を上げた。ハリーは杖を取り落とし、地面に座り込む。ハリエットは慌てて駆け寄った。

「ハリー、どうしたの? 大丈夫?」

 ハリーは応えなかった。前方で杖灯りが点された。ハリエットが顔を上げるのと、『インカーセラス』が唱えられるのはほぼ同時だった。

 ハリエットの身体は縄で縛られ、何の抵抗もできずにその場に転がった。

「――ハリエット!」

 フードを被った小男が近づき、ハリーを大理石の方に引きずっていった。ハリーは無理矢理後ろ向きにされ、首から足首まで墓石にぐるぐる巻きに縛り付けられる。

「お前だったのか!」

 ハリーが怒気の籠もった声を上げるのが耳に飛び込んできた。しかしハリエットにはフードの男の正体は分からなかった。

 ハリーを縛り終えると、男は荒い息づかいでハリーの前まで石の大鍋を運んできた。大人一人が入れそうなくらい大きな鍋だ。

 セドリックのことが気になり、ハリエットはちらりと視線を向けるが、フードの男は全く反応を示さなかった。辺りが闇に包まれている中、墓石の影に隠れ、セドリックが倒れていることに彼は気づいていないようだった。男から少し離れて、優勝杯も転がっている。

 墓のすぐ近くには、ローブにくるまれた何かがあった。その時、シューシューと鳴きながら墓の周りを何かが這いずり回っているのが見えた。――蛇だ。巨大な蛇が、草むらを這っている。

 鍋の中の液体はすぐに沸騰し始めた。

「準備ができました。ご主人様」
「さあ……」

 甲高く、冷たい声が男に言った。男は地上に置かれた包みを開き、中にあるものが露わになった。彼が抱えているのは、縮こまった人間の子供のようなものだった。ただし、そんなに純粋なものではない。髪の毛はなく、鱗に覆われたような赤むけのどす黒いものだ。その顔はのっぺりと蛇のような顔で、赤い目がギラギラしている。

 男はその生き物を大鍋に入れた。ジュッという音と共に、その生き物がどっぷり液体に浸かったのをハリエットは感じた。恐怖と嫌悪感でハリエットの顔は引きつる。

 男は何か言葉を発していた。

「父親の骨、知らぬ間に与えられん。父親は息子を蘇らせん!」

 ハリーの足下の墓がぱっくり割れ、そこから飛び出した細かい塵や芥が静かに鍋の中に降り注いだ。

 続いて男はヒーヒー鳴きながら短剣で己の右手を切り落とした。痛みにあえぐ絶叫が暗闇に響き渡る。直にそれを目撃してしまったハリエットは声もなくその場に蹲った。何もないはずなのに、己の右手がキリキリと痛んだ。

 男は、苦痛に喘ぎながら、ハリーに近づいた。手には短剣を持っている。

「ハリー! ハリー!」

 ハリエットは為す術もなく叫ぶことしかで着なかった。それはハリーも同じだった。精一杯もがいていたが、縄から抜け出すことができない。そのまま、銀色に光る短剣がハリーの右腕を貫いた。鮮血が、切れたローブの袖に滲み、したたり落ちる。男はポケットからガラスの薬瓶を取り出し、ハリーの傷口から滴る血を受け、そしてそれを大鍋の中に注いだ。

 大鍋はぐつぐつと煮え立ち、四方八方にダイヤモンドのような閃光を放っている。突然、大鍋から出ていた火花が消え、その代わり、濛々たる白い蒸気がうねりながら立ち上ってきた。

 靄の中から、何かがゆっくりと立ち上がる。骸骨のように痩せ細った何かだ。

「ローブを着せろ」

 甲高い冷たい声が命令した。男は慌てて地面に置いてあった黒いローブを拾い、ご主人様の頭から被せた。痩せた男は、ハリーをじっと見つめていた。その顔は、骸骨よりも白い顔、細長い、真っ赤な不気味な目、蛇のように平らな鼻をしていた。

「ワームテールよ、腕を伸ばせ……」

 痩せた男は静かにに言った。

「おお、ご主人様、ありがとうございます……」

 ワームテールは血の滴る腕を突き出した。

「ワームテールよ、別の方の腕だ」
「ご主人様、どうか……それだけは……」

 男は屈み込んでワームテールの左手を引っ張り、ローブを肘の上までまくり上げた。その肌に、生々しい赤い入れ墨のようなものがあった。クィディッチ・ワールドカップで見た闇の印と同じものだ。

 男は長い人差し指をワームテールの腕の印に押し当てた。ワームテールがまた新たに叫び声を上げる。

「これを感じたとき、戻る勇気のある者が何人いるか。そして、離れようとする愚か者が何人いるか」

 男は落ち着かない様子でハリーとワームテールの間を行ったり来たりし始めた。

「ハリー・ポッター、お前は今俺様の父の遺骸の上にいる。母親はこの村に住む魔女で、父親と恋に落ちた。だが、正体を打ち明けたとき、父は母を捨てた……。そして母は俺様を産むと死んだ。俺様はマグルの孤児院で育った……しかし、俺様は奴を見つけると誓った……復讐してやった。俺様に自分の名を与えた、あの愚か者に……トム・リドル……」

 その時、墓と墓の間に――暗がりの合間を縫って、魔法使いが次々に姿現しをした。全員がフードを被り、仮面をつけている。――クィディッチ・ワールドカップで見た姿と同じだ。

 死喰い人は、皆が皆、男の前に跪き、黒いローブの裾にキスをした。ハリエットは嫌でも男の正体が分かった。――ヴォルデモート卿。トム・リドルという本名を持ち、ハリーの血を以てして、今夜蘇った闇の魔法使い――。

「よく来た。死喰い人達よ。最後に我々が会ってから十三年だ。しかしお前達はそれが昨日のことのように俺様の呼びかけに応えた……」

 ヴォルデモートとハリー、ハリエットを囲むようにして、死喰い人はずらりと円になった。確実に三十人以上はいる。物々しい雰囲気にハリエットは呼吸が細くなるのを感じた。

「しかし俺様は失望している。お前達全員が無傷で健やかだ。そこで俺様は自問する……この魔法使いの一団は、ご主人様に永遠の忠誠を誓ったのに、なぜそのご主人様を助けに来なかったのか、と」
「ご主人様! お許しを! 我々全員をお許しください!」

 死喰い人が悲鳴のような声を上げた。ヴォルデモートは、ローブから取り出した杖を振り上げた。

「クルーシオ! 苦しめ!」

 その死喰い人は地面をのたうって悲鳴を上げた。耳をつんざくような絶叫だ。

 ヴォルデモートが杖を下げると、拷問された死喰い人は、喘ぐような呼吸を残し、静かになった。虚ろな瞳と目が合い、ハリエットはおののきながら目を逸らした。

「起きろ、エイブリー。許しを請うだと? 俺様は許さぬ。十三年分のつけを払ってもらう必要がある。ワームテールは既に仮の一部を返した。こやつが俺様の元に戻ったのは、忠誠心からではなく恐怖心からだが……。ワームテールよ、この苦痛は当然の報いだ。分かっているな?」
「はい、ご主人様……しかしどうか、ご主人様、お願いです……」
「しかし、貴様は俺様が身体を取り戻すのを助けた。虫けらのような裏切り者だが、ヴォルデモート卿は助ける者には褒美を与える」

 ヴォルデモートは杖を上げ、空中でくるくる回した。すると溶けた銀のようなものが一筋浮かび上がり、それはみるみる人の手の形になり、ワームテールの手首に嵌まった。ワームテールは泣き止み、囁いた。

「我が君。ご主人様……ありがとうございます……」
「ワームテールよ、貴様の忠誠心が二度と揺るがぬよう」
「我が君、決してそんなことは……」

 ワームテールは立ち上がり、新しい右手を見つめながら輪の中に入っていく。ヴォルデモートは次にワームテールの右側の男に近づいた。

「ルシウス、抜け目のない友よ。世間的には立派な体面を保ちながら、お前は昔のやり方を捨ててはいないと聞き及ぶ。今でも先頭に立ってマグルいじめを楽しんでいるようだな? クィディッチ・ワールドカップ然り、俺様の持ち物然り……。今宵は証人も連れてきてもらった。見事二年前秘密の部屋を開いたハリエット・ポッターだ」

 ヴォルデモートは唇を歪めながら、地面に転がっているハリエットの所まで歩み寄った。

「まみえるのを楽しみにしていた。純血でもサラザール・スリザリンの末裔でもないお前が継承者とはおかしな話だが。その上、マグル生まれをただ一人として殺せていないという……」

 ルシウスは深く頭を垂れた。

「事件はハリー・ポッターが解決したそうだが、日記はどうなったのだ?」

 ヴォルデモートがハリエットに尋ねた。ハリエットは真っ青な顔で首を振った。

「僕が壊した! バジリスクの牙で!」
「お前には聞いていないぞ、ハリー・ポッター……。しゃしゃり出てくるな」

 ヴォルデモートはハリーを一睨みし、そしてルシウスを見下ろした。

「俺様の日記は壊れ、そしてそれが同時に、お前の忠誠心のなさの証明となってしまった」
「我が君、日記に関しては、完全に私の落ち度でございます。秘密の部屋が開かれれば、マグル生まれだけがホグワーツから追放され、我が君の権威が戻るのではと、そう早合点いたしました。ですが、私は常に準備を怠りませんでした。あなた様の何らかの印があれば、あなた様のご消息がちらとでも耳に入れば、私はすぐにお側にはせ参じるつもりでございました」
「それなのにお前はこの夏、忠実なる死喰い人が空に打ち上げた俺様の印を見て、逃げたというのか?」

 ルシウスは突然口をつぐんだ。

「そうだ。ルシウスよ、俺様は全てを知っているぞ……お前には失望した……これからはもっと忠実に仕えてもらうぞ」
「もちろんでございます、我が君……お慈悲に感謝いたします……」

 ヴォルデモートはそれからマクネア、クラッブ、ゴイル、ノットと言葉を交わした。後者の三人は、いずれもハリエット達と同級生の父親である。

「ご主人様……我々は知りたくてなりません……どのようにしてあなた様は我々の元にお戻りになられたのでございましょう?」

 ルシウスが恭しく頭を下げた。

「ああ、それは長い話だ。ことの始まりはここにおられる若き友人……」

 ヴォルデモートは長い指でハリーに触れた。ハリーは痛みで顔を歪める。

「我が朋輩よ、俺様の誤算だった。認めよう」

 そして彼は語った。リリーの守りの呪文によって、あの夜、ヴォルデモートは肉体から魂を引き剥がされ、霊魂にも満たないものになった。死を克服しようとヴォルデモートはかつて色々な実験をしていたが、それが功を奏し命を取られるまでには至らなかったのだ。しばらく森の中に住み着いていたが、その時にクィレルと遭遇し、彼の身体に取り憑いた。クィレルの肉体が失われたとき、ヴォルデモートは再び元の隠れ家に戻った。そこでワームテールと出会ったのだ。ワームテールは、シリウスやダンブルドアを恐れ、ヴォルデモートにもう一度与しようとしたという。

 ワームテールは、立ち寄った旅籠で魔法省の魔女バーサ・ジョーキンズに出会った。彼女から三対抗試合がホグワーツで行われることを聞き出したヴォルデモートは、己の肉体復活を計画した。そこで必要になるのが、しもべの肉と、父親の肉、そして敵の血だ。失脚の時より更に強力になって蘇るため――リリーがかつてハリーに与えた護りの力を得るために、何としてでもハリーの血が欲しかった。

 『忠実な死喰い人』によって、ハリーの名前は炎のゴブレットに入れられた。そして優勝杯を移動キーに変え、ハリーが最初に優勝杯に触れるように取り計らった……。

「この小僧が我が手を逃れたのは、単なる幸運だったと、今宵はそれを証明する。誰の心にも絶対に間違いがないようにしておきたい」

 ヴォルデモートはゆっくり進み出て、ハリーの方に向き直った。徐に杖を上げる。

「クルーシオ!」

 けたたましい叫び声が上がった。目を見開き、ハリーは墓石に縛り付けられたままもがき苦しむ。

「ハリー!! 止めて!」

 ハリーのうめき声と、ハリエットの叫び声は、死喰い人達を楽しませる余興にしかなかった。やがて呪文は止み、息も絶え絶えなハリーとすすり泣くハリエットが残される。

「見たか。この小僧がただの一度でも俺様より強かったなどと考えるのは、何と愚かしいことだったか。……さあ、縄目を解け、ワームテール。そしてこやつの杖を返してやれ」

 ワームテールが死喰い人の輪を抜け、ハリーの杖を拾った。そしてハリーの縄を解くと、その手に杖を押しつける。

「ハリー・ポッター、俺様と決闘だ。お前が負けたら妹も死ぬぞ」

 ハリーの血走った目と、ハリエットの赤い目が交錯した。

「万に一つも、お前が勝つことなどあり得ないがな。ハリー・ポッター、決闘のやり方は学んでいるな? お辞儀をしろ」

 ヴォルデモートは軽く腰を折った。だが、ハリーは頭を下げなかった。ヴォルデモートは無理矢理魔法でお辞儀をさせると、満足そうに微笑んだ。

「よろしい。さあ――決闘だ」

 ヴォルデモートは杖を上げ、ハリーがまだ身動きすらできないうちに、またしても磔の呪文を唱えた。

 ハリーの痛みにもだえる悲鳴が、耳に張り付いて離れない。ハリーはその場にふらりと崩れ落ちる。

 呪文がやんでも、ハリーの身体はぶるぶる痙攣していた。

「ハリー、一休みだ。痛かっただろう? もう二度として欲しくないだろう?」

 ヴォルデモートは一歩近づいた。

「嫌だと言うのだ。そうしたら止めてやろう」
「――僕は言わないぞ!」

 怒鳴るようにしてハリーは叫んだ。水を打ったようにその場は静かになる。

「ハリー、従順さは徳だと、死ぬ前に教える必要があるな……。もしお前が従順になれば、救われる命があるのだぞ?」

 ヴォルデモートはちらりとハリエットに視線を向けた。ハリエットはビクリと身体を揺らす。

 ハリーとハリエットの視線が交わった。

「ハリー……逃げて……」

 掠れた声がハリエットの口から出た。玩具のようにハリーが痛めつけられるのを見るのは堪えられなかった。ハリーだけでもここから逃げて欲しかった……。

 ヴォルデモートを見据えながら、ハリーが杖を向けて立ち上がった。燃えるような目をヴォルデモートに向けている。

 ヴォルデモートも用意ができていた。杖を振り上げ、同時に叫んだ。

「エクスペリアームス!」
「アバダ ケダブラ!」

 互いの杖からそれぞれ赤、緑の閃光が飛び出し、そして空中でぶつかった。二本の閃光は細い一筋の光になり、まばゆい濃い金色へと色を変えた。そして驚くべきことに――ハリーとヴォルデモートは、空中に浮き上がっていた。二人はヴォルデモートの父親の墓石から離れて、滑るように飛び、墓石も何もない場所に着地する。

 死喰い人は口々に叫び、ヴォルデモートに指示を仰ぎながら、二人の元へと移動した。再び二人を囲うようにしながら、何人かの死喰い人が杖を取り出す。

「フィニート!」

 誰かの囁くような声がしたと思ったら、ハリエットの身体を拘束していた縄が解けた。茫然としていると、その誰かに身体を抱き起こされる。

「早く、こっちに!」

 言われるがままハリエットはセドリックの後についていった。

「手を出すな! 命令まで何もするな!」

 ヴォルデモートが叫ぶのが聞こえた。ハリエットとセドリックは、一つの墓石の裏に隠れた。

「『例のあの人』? あの人が復活したの?」

 セドリックは混乱したように尋ねた。ハリエットは何度も頷く。

「ハリーの血を使って復活して……全部罠だったの」
「優勝杯が移動キーって本当? 触れずには持ってきた」

 その時になって初めて、ハリエットはセドリックのすぐ側を輝く優勝杯が浮かんでいることに気づいた。

「でも、ハリーが……」
「近くまで行こう」

 幸いなことに、死喰い人はハリー達の決闘に釘付けだった。

 ハリーとヴォルデモートの杖から出た閃光は、未だ繋がったままだった。どこからか歌声のようなものが響き、そしてヴォルデモートの杖先から濃い影のような頭部が出てきた。その後すぐに腕と胴体が続いた。

「こっちだ」

 チラチラとハリー達の方を気にしながら、ハリエットはセドリックの後を追って、墓石の間を移動した。その合間にも、ヴォルデモートの杖からは次々とゴーストのようなものが出てきた。髪の長い若い女性のような煙が出てきたとき、ハリエットの足は止まった。

「お、お母さん……?」
「えっ?」

 写真でしか見たことのなかったリリー・ポッターが、ハリーに何やら囁いた。たおやかに微笑み、そしてハリエットのそばに流れるようにやってくる。

「泣かないで……ハリエット」

 リリーが静かに言った。

「もうすぐお父さんが来ますよ……私達が時間稼ぎをします。天使の像……あそこに向かって走るのよ。あそこで三人で移動キーに触るの……」

 そしてヴォルデモートの杖から父親がやってきた。最初は頭が、それから身体が……背の高い、ハリーと同じくしゃくしゃな髪。彼は、ハリーに向かって囁いていた。

「で、でも、お母さんは? お父さんは?」

 リリーは優しく微笑んだ。

「杖の繋がりが切れると、私達はほんの少しの間しか留まっていられない……私達はいつもあなた達のことを見守っているわ」

 ジェームズがハリエットの方を見て、頷いた。ハリーにそっくりだった。もっと話したいのに、そんな状況じゃないと分かっていても、それでも――。

「さあ、走る準備をして……今よ……」
「行くぞ!」

 ハリーが叫んだ。ハリーが杖を上にねじ上げると、金色の糸が切れた。同時に歌声も止んだが、しかしヴォルデモートの杖から出た影は消えていなかった。ハリーの姿をヴォルデモートの目から隠すように、ヴォルデモートに迫っていく。

「奴を失神させろ!」
「小娘はどこだ!」

 ハリエット達は駆け出し、大理石の天使の像の影に駆け込んだ。

 ハリーはまだ走っていた。死喰い人と呪いとを躱しながら、墓石の間をジグザグになって駆ける。赤い閃光が危うくハリーの頭をかすった。

「どけ! 俺様が殺してやる! 奴は俺様のものだ!」

 ヴォルデモートが金切り声を上げた。もはやハリーとヴォルデモートとの間には墓石一つしかなかった。ハリエットはハリーに向かって必死に手を伸ばす。――手が届いた。

 ハリエットは渾身の力を振り絞ってハリーの腕を引っ張った。そして三人同時に、優勝杯に触れる。移動キーが作動し、ハリエットは内側から引っ張られるのを感じた――。