■不死鳥の騎士団

02:先発護衛部隊


 フィッグは魔女だった。だが同時に、魔法使いの家系に生まれたスクイブでもある。

 そのことを、ダドリーを抱えながらハリーとハリエットは聞いた。そして、ハリー達を護衛するはずだったマンダンガス・フレッチャーが、任務をほっぽり出してどこかへ行ってしまったことも聞いた。

 無事ダーズリー家にたどり着くと、家の中に入ってじっとしていることを固く約束させ、フィッグは自分の家に戻った。これから指令が来るのを待たないといけないらしい。

 それからのダーズリー家は大変だった。大事な大事な一人息子が、正気を失った形で帰ってきたのだ。バーノンとペチュニアはカンカンになって怒った。

「息子に何をした!」
「何も」

 ハリーはすかさず答えた。しかしペチュニアはダドリーから答えを聞き出そうとしていた。

「ダドちゃん、あの子が何をしたの? あれ……ねえ、例のあれなの? あの子が使ったの?」

 ダドリーはゆっくり頷いた。ペチュニアが喚き、バーノンが拳を振り上げた。

「違うわ!」

 ハリエットは庇うようにハリーの前に立った。

「私が全部見ていたわ! ハリーはダドリーの命を救ったの! ハリーは何も悪いことなんてしてない!」
「じゃあ、一体誰がこんなことを――」

 その時、窓からふくろうが飛び込んできた。くちばしにくわえていた羊皮紙の封筒をハリーの足下に落とす。

 ハリーは緊張の面持ちで封を切った。魔法省からの手紙だった。そこには、『未成年魔法使いの妥当な制限に関する法令』の重大な違反により、ホグワーツ魔法魔術学校を退学処分となる旨が記されていた。そして同時に、魔法省の役人が杖を破壊しに行くこと、魔法省の懲戒尋問への出席が要求されることも記されていた。

 ハリーは顔を真っ青にしてハリエットを見た。ハリエットも同じような顔をしていた。崩れ落ちるハリーをハリエットは抱き締めたが、なんて声をかければ良いか分からなかった。

 だが、すぐにまた窓からふくろうが飛び込んできた。そのふくろうも手紙を抱えていた。ハリーの代わりに、ハリエットが手紙を開いた。

 手紙はアーサーからだった。ダンブルドアが何とか魔法省で収拾をつけようとしているので、これ以上魔法を使うなと書かれてあった。

 ハリー達は不安でいっぱいだった。いくらダンブルドアでも、魔法省の決定を覆すことができるのだろうか。まだ……まだ、希望はある?

 ハリーに次々といろんな考えが浮かんだ。逃亡して魔法省に捕まる危険を冒すか、踏みとどまってここで魔法省に見つかるのを待つか。

 だが、傍らで強くハリーの腕を掴む妹の存在を感じ、ハリーは何とか思いとどまった。彼女を心配させるわけにいかない。

 しばらくして、三羽目のふくろうが飛び込んできた。括り付けられた手紙には、杖の破壊が延期されることが書かれていた。八月に開廷される懲戒尋問まで杖を保持してもよいと許可されたのだ。そして、それが公式の決定になるかどうか、ホグワーツが退学になるかどうかについても、その日に判決が下されることとなる。

 双子は少しだけ安堵した。まだ決定が延期になっただけだが、少なくとも、すぐさま罪が問われるということはない。

 四羽目のふくろうがやってきた。シリウスからの手紙だった。何があろうとも決して家を離れてはならないと、ただそれだけが書かれていた。

 ひとまずは、シリウスからの手紙で頭が冷静になった双子だが、バーノン達はそうはいかなかった。状況を説明しろと喚き、ハリー達があくまで冷静に、順を追って説明したが、彼らは受け入れられなかった。双子の存在が自分たちに身の危険を及ぼしていると考え、『今すぐに出て行け!』と怒鳴り散らしたとき、またしてもふくろうが飛び込んできた。封筒が燃え上がり、恐ろしい声がキッチン中に響き渡る。

「私の最後のあれを思い出せ、ペチュニア」

 ペチュニアは真っ青な顔で目を閉じていた。両手で顔を覆い、その場に崩れ落ちる。

「ペチュニアや?」
「バーノン……この子は、ここに置かないといけません」
「しかしペチュニア……」
「私たちがこの子を追い出したとなれば、ご近所の噂になりますわ」

 そしてペチュニアは肝の据わった目でハリー達を見た。

「今すぐ二階に行って寝なさい!」


*****


 ハリー達は、手分けしてシリウス、ロン、ハーマイオニーに何が起こっているのかを問う手紙を書き、ヘドウィグ、ウィルビーに括り付けて飛ばした。しかし、返事は四日経っても来なかった。

 四日目の夜に、ダーズリー家は突然出掛けた。もちろん、自分の部屋から出るなとか、テレビを見るなとか、食べ物を盗むなとか様々な注意を受けた。むしろ彼らがいなくなるのなら万々歳だと双子は喜々として見送った。

 だが、三人が出掛けてすぐ、ガタガタと家が震えた。空っぽのはずの家がミシミシ軋む。キッチンの方でははっきりと何かが壊れる音もした。

 双子はギュッと互いの手を握った。誰かがいる。泥棒だ。

 泥棒は複数人だ。いや、そもそも泥棒だろうか? こんなタイミングで?

「ハリエットはここにいて」

 ハリーは杖を引っつかみ、ゆっくりドアに近づいた。

「ハリー、私も行くわ。それに、もう魔法を使っちゃ駄目って……。私がやる」
「駄目だよ! ハリエットまで退学になっちゃう!」
「私はまだ魔法を一回も使ってない、でしょ? 一回だけなら、注意勧告だけですむはず」
「それでも――」

 また一階で物音がした。顔を見合わせ、二人一緒に行くことにした。静かにドアを開き、わずかに開いた隙間から階下を覗き込む。二階の踊り場には何もなかった。音を立てないようにして部屋を出て、階段の踊り場に立つ。

 心臓が喉まで飛び上がるかと思った。下の薄暗いホールに人影が見えた。ざっと数えても八、九人はいる。全員が二人を見上げていた。

「そこの双子、杖を下ろせ。誰かの目玉をくりぬくつもりか?」

 低い声だった。だが、聞き覚えがあった。

「ムーディ先生?」

 ハリーが恐る恐る聞き返せば、すぐに返事はあった。

「『先生』かどうかはよく分からんな。なかなか教える機会がなかったろうが? ここに降りてくるんだ、二人ともな。ちゃんと顔が見たい」

 双子は杖を下ろしたが、警戒は解かなかった。昨年のことを思い出したのだ。九ヶ月もの間マッドーアイ・ムーディに化けていたクラウチ・ジュニアのことを。

 双子の警戒が解けないので、二番目の声が上がった。

「大丈夫だよ、ハリー、ハリエット。私たちは君たちを迎えに来たんだ」
「ルーピン先生!?」

 双子は歓喜の声を上げた。懐かしかった。だが、暗くて顔はやはりよく見えない。

「ルーモス!」

 女性の声がして、辺りに光が灯った。

 階段下に集まった面々の顔が浮かび上がる。一番手前にいたのはルーピンだ。双子と目が合うとにっこり微笑む。懐かしくて笑い返そうとしたが、緊張と不安で頬がヒクついた。

「わああ、二人とも、私の思ってたとおりの顔だ!」

 杖の掲げた女性は一番若かった。髪は短く、ツンツンしていた。

「うむ、リーマス。君の言っていたとおりだ。ジェームズとリリー……本当に生き写しだな」
「目だけが違う。それぞれ交換したみたいだ」

 マッドーアイ・ムーディは、未だ疑り深い目でハリー達双子を見つめていた。

「ルーピン、確かに本物か? 双子に化けた死喰い人を連れ帰ったら良い面の皮だ。本人しか知らないことを質問してみた方が良い」
「ハリー、君の守護霊はどんな形をしている?」
「牡鹿」
「ハリエット、君の大好きな黒犬に名付けた名前は?」
「――っ!」

 ハリーの質問は普通だったのに、自分のだけ何だか変だ。

 そう思ったが、ハリエットは気恥ずかしそうに下を向き、小さな声で答えた。

「……スナッフル」
「二人とも本物だ!」

 ルーピンの朗らかな笑みが、今は恨めしい。ハリーは慰めるようにポンとハリエットの肩を叩いた。

「スナッフルって、ハリエットが名付けたのね、可愛い!」
「シリウスも気に入っていたみたいだよ。犬のときはそう呼べとうるさいんだ」

 ハリエットは、嬉しいような、恥ずかしいような複雑な顔になった。

 皆が双子を見つめる中、二人はゆっくり階段を降りた。ポケットの中に杖を仕舞ったハリーはムーディに怒られた。

「そんなところに杖をしまうな! 火がついたらどうする? 火がついて尻をなくした奴もいるんだぞ!」
「尻をなくしたって、一体誰?」
「誰でもよかろう!」

 ハリーは慌ててポケットから杖を取り出した。尻、尻と連呼されて少し恥ずかしかった。

「今から隠れ穴に出発するんですか?」
「いや、隠れ穴じゃない。あそこは危険すぎる。本部は見つからないところに設置した」

 ルーピンはその後、一人一人ハリー達に紹介してくれた。

 若い女性がニンファドーラ・トンクスだ。ニンファドーラが『可愛い水の精』という意味なので、名字で呼んで欲しいと懇願された。背の高い黒人の魔法使いがキングズリー・シャックルボルトで、ゼイゼイ声のエルファイアス・ドージ、紫色のシルクハットのディーダラス・ディグル、エメラルドグリーンのショールを巻いたエメリーン・バンス、麦わら色の豊かな髪の魔法使いがスタージス・ポドモア、そして黒髪の魔女がヘスチア・ジョーンズだ。

「君を迎えに行きたいと名乗りを上げる人が驚くほどたくさんいて」

 ルーピンが嬉しそうに言った。

「シリウスもその中の一人だよ。危険だからすぐに却下されたけど」
「うむ、まあ多いに越したことはない。ポッター、わしらはお前達の護衛だ」
「私たちは今、出発しても安全だという合図を待ってるところだ」
「どうやって安全なところに行くんですか?」
「箒だ」

 ルーピンが短く答えた。

「それしかない。君たちは『姿現し』には若すぎるし、煙突ネットワークも見張られている。未承認の移動キーを作れば我々の命がいくつあっても足りないことになる」
「あの……すみません」

 緊張感漂う状況で、声を上げるのは勇気がいった。

「私、実は箒があまり得意じゃなくて……」

 皆の注目がハリエットに集まった。ハリエットはますます縮こまる。

「別にハリーほど早く飛ばなくても良いんだよ。普通に乗れれば、それで」

 ルーピンは優しく言ったが、ハリエットの表情は浮かない。

「あー、その」

 自分が情けなくなって俯いたハリエットの代わりに、ハリーが代弁した。

「ハリエットは、その普通もちょっと難しくて。短い間なら大丈夫だと思うんですけど、長くなると、その」
「箒も持ってないんです」

 とどめの一言だった。魔法界の子供が一番好きなことが箒に乗って飛ぶことなのに、まさか箒すら持ってないとは誰も思わなかった。そして何より彼女は、あのクィディッチの申し子、ジェームズの娘だというのに。

「じゃあ私と二人乗りをしよう。ハリエットは私に掴まっていれば良い」

 ルーピンが手を上げた。ハリエットは何度も頷いた。

「すみません……」
「うむ、そうだな。そうしよう。一人くらいぴったりついている護衛がいた方が良い」

 何とか移動方法についてはまとまった。時間まで自由時間になったが、ルーピンは双子に荷造りを指示した。

「ハリー、ハリエット、部屋に戻って荷造りした方が良い。合図が来たときにすぐ出発できるようにしておきたいからね」

 荷造りには、トンクスが名乗りを上げてくれた。部屋には勉強道具やら着替えやらが転がっていて、時間がかかりそうだったが、魔法を使えない双子の代わりに、トンクスが魔法を使って楽々荷物詰めや掃除を手伝ってくれた。

 一緒に荷物をまとめながら、トンクスは『七変化』と言われる特技を披露してくれた。生まれつき、外見を好きなように変えられるというのだ。彼女は闇祓いで、この特技をよく活かしているという。

 荷造りを終えると、ヘドウィグ達の籠やらトランクやらを両手に抱え、三人は一階へ降りていった。