■不死鳥の騎士団

04:不死鳥の騎士団


 シリウスが言うには、肖像画の老女は彼の亡くなった実の母だという。純血主義で、グリフィンドールに入ったシリウスを生きている頃から毛嫌いしていたという。この屋敷は代々ブラック家の屋敷で、今や最後の生き残りになったシリウスが受け継いでいるのだ。そして同時に、不死鳥の騎士団の本部として提供され、今に至る。

 厨房にたどり着くと、シリウスは双子に向き直って両手を広げた。

「さあ、おいで。久しぶりだね。顔をよく見せてくれ」

 ハリーは喜々としてその胸の中に飛び込んだ。

「ハリエットも」

 シリウスは優しい光を湛えた瞳でハリエットを見た。ハリエットはもじもじとその場から動かない。

 途端にシリウスは悲しそうな顔になって、隣のルーピンに小声でごにょごにょ相談した。

「やっぱりハリエットのような年頃の女の子にハグは嫌がられるだろうか?」
「いやあ、多分そういう理由ではないと思うけど」
「だが、しかし」

 恥ずかしくて素直にシリウスの元に行けないだけなのに、何やら勘違いされてしまっている。

 ハリエットは恥ずかしさを押し殺しておずおずシリウスの元へ行った。

 シリウスの両腕で包まれると、安心する匂いに包まれた。落ち着く男性の香りだ。横を見るとハリーと目が合って、理由もなく思わず笑ってしまった。

「夏休みは楽しかったか?」
「ううん、ひどかった」

 ハリーはすぐに答えた。

「だが、吸魂鬼を追っ払ったと聞いたが?」
「まあね」

 ハリーは少し得意げだった。

「格好いい牡鹿だったわ」
「ハリエット!」

 茶化すようにハリエットが付け足せば、これは恥ずかしかったのか、ハリーは肘で妹を小突いた。

「ぜひともわたしも近くで見たかったな。きっとパトローナスはジェームズのアニメーガスにそっくりだったことだろう」
「…………」

 双子は驚いたように顔を見合わせた。そんなこと、一度だって考えたことがなかった。今度パトローナスを出したら、もっとよく見てみようと双子は思った。

「――さあさ、早くテーブルを片付けなさいな! こういうものは会議が終わったらすぐ片付けないといけません」

 モリーの声に、ビルは慌ててテーブルに散らばっていた巻紙を消し去った。皆は順々にテーブルに腰掛ける。

 それから、シリウスとは近況を話し合った。魔法省がシリウスを探しているし、ヴォルデモートはもうシリウスがアニメーガスだということを知っているので、ここずっとこの屋敷に缶詰状態だったこと、その間、屋敷の大掃除をしていたことも語った。

 夕食時、厨房は詰め詰めになったが、その分とても騒がしくなった。トンクスは七変化で鼻の形を変え、ハーマイオニーとジニーを楽しませていたし、アーサーとビル、ルーピンはゴブリンについて話していた。特に盛り上がっていたのがフレッド、ジョージ、ロン、マンダンガスの四人だ。マンダンガスの商売の話が三人のツボにはまったらしい。

 夕食が終わると、モリーによって寝室に追いやられそうになったが、それはシリウスによって阻止された。彼曰く、ハリーやハリエットはマグルの家に一月も閉じ込められていたのだから、真実を聞く権利があるという。

 まだ若すぎるという理由で反対するモリーだったが、二人も事実を知るべきだというルーピンの後押しもあって、質問を許されることになった。心配性のモリーが反対するので、ジニーだけ寝室に行かされ、後の面々は同じように同席を許可された。

 ハリーは矢継ぎ早に質問したが、分かったことと言えば、ヴォルデモートが復活したとき、双子とセドリックが生き残り、すぐにダンブルドアに知らせたことで、不死鳥の騎士団を呼び集めることができたこと、そしてその騎士団は、ヴォルデモートは死喰い人だけでなく、闇の生物たちも仲間に引き入れると予測し、何とか阻止しようとしていること、その一方で、肝心の魔法省の頂点ファッジが、ダンブルドアが彼の失脚を企んでいるのだと勘違いをし、頑なにヴォルデモートの復活を信じようとしないことくらいだ。

 特に魔法省は日刊予言者新聞にも圧力をかけ、ヴォルデモートの復活については一切報道しないようにさせ、ダンブルドアの権力を奪おうとしていた。ただ、騎士団もただ黙って手をこまねいている訳ではない。魔法省内に味方を作り、スパイを潜ませているのだ。

 長くなった話し合いは、ヴォルデモートがある武器を探しているという所で打ち切られた。あまりにも知りすぎだとモリーが割って入ったのだ。

 もっとたくさんのことを知り、ヴォルデモートに対抗したい、騎士団に入りたいとハリーは叫んだが、まだ未成年だということで却下された。ハリーは意気消沈したまま寝室へ向かった。


*****


 朝起きると、ハリエットは軽く身支度を整え、ハーマイオニーと共に厨房に向かった。扉を開けると、既にテーブルに着き、朝食をとっているシリウスの姿が見えた。ハリエットは慌てて髪をなでつけた。

「やあ、おはよう」
「おは、おはよう、シリウス」

 ハリエットはドギマギしながらシリウスの隣に腰掛けた。広いテーブルなのに隣に腰掛けて嫌がられないだろうかと思ったが、シリウスは気にしていないようだった。

「今日は忙しくなるぞ」
「何かするの?」
「大掃除だ。ハーマイオニーはもう飽き飽きだろうけどね」
「ハリエットも覚悟しておいた方が良いわ。この屋敷、普通じゃないから」

 トーストをかじりながらハーマイオニーは愚痴を零した。

「代々続く凝り固まった純血主義の家だからな。それはそれは曰く付きの品がたくさんあるのさ。さて、わたしは先に行くよ」
「え、ええ」

 食べ終わったシリウスは、バックビークに餌をやりに行ってしまった。ハリエットは少ししょんぼりした。

「前から思ってたんだけど」

 ハーマイオニーはハリエットに顔を近づけた。

「ハリエットって、シリウスの前だと恋する乙女みたいね?」

 からかうように言われ、ハリエットは顔を真っ赤にして怒った。

 朝食を食べ終えた後は、いよいよ大掃除が始まった。始まる前まではただの掃除と侮っていたハリエットだが、そんな柔なものではなかった。ハエのようにそこたら中に蔓延るドクシー・キラーを退治したり、奇妙なものが雑多に詰め込まれている飾り棚を掃除したりして昼食まで忙しく働いていると、部屋にしもべ妖精が入ってきた。クリーチャーという名で、ひどく年寄りだった。ブツブツ独り言を言いながら部屋を通り抜けようとしていた。

「――ドブ臭い、おまけに罪人だ。あの女も同類だ。嫌らしい血を裏切るもの。哀れなこのクリーチャーはどうすればいいのだろう……それに二人新顔がいる。ここで何をしているのか?」

 クリーチャーは初めて気づいたかのようにチラチラとハリーとハリエットを見た。

「こちら、ハリーとハリエットよ、クリーチャー」

 ハーマイオニーが紹介すると、クリーチャーは穢れた血めとぶつぶつ侮辱し始めた。皆が怒ったが、ハーマイオニーは一人悲しそうにそれを押さえる。

「いいのよ。正気じゃないのよ。何を言ってるのか、自分でも分からないんだから」

 ハーマイオニーは、ある意味一番ひどいことを言っていた。ただ、彼女に悪気はない。未だ『S・P・E・W』の活動について諦めていないだけだ。

 やがてシリウスがやってきたが、クリーチャーは彼のことをアズカバン帰りと称するし、シリウスもシリウスで心底クリーチャーのことを嫌ってるようだ。

 皆がサンドイッチを食べている間、シリウスはハリー達双子に、壁一面にかかっているタペストリーを見せてくれた。そこには金の刺繍糸で縫い取りがしてあり、ブラック家の家系図が広がっていた。そこにシリウスの名はなかった。

「かつてはここにあったがな」

 シリウスはタペストリーの小さな丸い焼け焦げを指さした。

「お優しい我が母上が、わたしが家出した後に抹消してくださってね」
「家出したの?」
「十六の頃だ。君の父さんの所に行った」

 双子はピクンと反応する。

「君のお爺さん、お婆さんは本当に良くしてくれた。わたしを二番目の息子のように扱ってくれた。だから学校が休みになると君の父さんの所に転がり込んだものだ」
「だけど……どうして」
「家出したか? ……なぜなら、この家の者全員を憎んでいたからだ。両親は狂信的な純血主義者だった。愚かな弟は軟弱にも両親の言うことを信じていた」

 シリウスは『レギュラス・ブラック』と書かれた名前を指さした。生年月日の下には、死亡年月日が書かれている。

「亡くなったの?」
「そう。馬鹿な奴だ……。死喰い人になったんだ」
「まさか! ご両親も死喰い人だったの?」
「いや。だが、ヴォルデモートの考えを支持していた。似たようなものさ」
「弟さんは闇祓いに殺されたの?」
「いいや。ヴォルデモートの命令で殺されたんだ。死んでから分かったことだが、弟はある程度まで入り込んだ後に、自分がやっていることに恐れをなし、身を引こうとして殺されたそうだ。ヴォルデモートに一度仕えたが最後、一生涯仕えるか、さもなくば死だ」

 シリウスは無表情だったが、その瞳の奥に悲しみの炎がちらついて見えた。

 それから、話題は魔法省での尋問についてに移った。

「ダンブルドアに、君の尋問について行くことはできないかと聞いたみた――もちろんスナッフルとしてだが――君を精神的に励ましたいんだが、どう思うかね?」

 ハリーは、しばらく無言だった。掃除に夢中になっていたときは考えないようにしていたが、もし退学になってしまったらという恐怖がまたこみ上げてきたのだろう。

「シリウス、私が証人になることはできないの?」

 ハリエットは堪らなくなって声を上げた。

「私は、すぐ側で何が起こるのかを全部見てたわ。吸魂鬼がダドリーを襲おうとしてたのも!」
「残念だが、ハリエット、君は未成年だ。それに、ハリーの家族でもある。証言台には立てないんだよ」
「そんな……」
「心配するな」

 シリウスは双子の肩を叩いた。

「無罪になるに決まっている。『国際機密保持法』にも自分の命を救うためなら魔法を使っても良いと間違いなく書いてある」
「でも、もし退学になったら、ここに戻ってシリウスと一緒に暮らしてもいい?」
「そんな、ハリーだけずるいわ!」

 ハリエットはシリウスの後ろから顔を出した。

「それなら、私もわざと退学になって、一緒に暮らす!」
「ハリエットが言うと、冗談に聞こえないよ」
「冗談じゃないわ」

 ハリエットは拳を握った。

「三人で暮らすの、とっても楽しそう!」

 屈託のない笑みに、ハリーも思わず同じ笑みを返した。

「考えてみよう」

 シリウスは寂しげに笑って、そこで話は終わった。