■不死鳥の騎士団

06:新学期


 いよいよホグワーツへ戻る日がやってきた。例年通り朝からブラック家の屋敷はてんやわんやだった。その上、いつも通り車か何かで行くと思っていた双子は、自分たちだけ護衛付きで行くということを知って仰天した。

 詳しく聞こうと一階へ降りると、誰かが何かやらかしたのか、ブラック夫人の肖像画が喚き散らしていた。だが、もはやこの忙しいときに肖像画なぞを気にしている者は一人としていなかった。

「ハリー、ハリエット、私とトンクスと一緒に来るのよ。トランクとふくろうは置いて行きなさい。アラスターが荷物の面倒を見るわ。……ああ、シリウス。ダンブルドアが駄目だっておっしゃったでしょう!」

 モリーの叫びと共に、熊のように大きい黒い犬が双子の間に現れた。スナッフルは楽しみだと言わんばかりに尻尾を振っている。

「ああ、全く。それならご自分の責任でそうなさい!」

 双子はモリーの後に続いて家を出た。曲がり角で現れた老婆は双子に軽く挨拶をした。見た目はかなり違っていたが、すぐにトンクスだと分かった。

「急いだ方が良いかも。ね、モリー?」
「分かってるわ。アーサーが魔法省の車を借りられたら良かったんだけど……マグルは魔法無しでよくもまあ移動できるものだわ」

 しかし黒犬の方は全くもってそんなこともないようだった。嬉しそうに吠えながら四人の周りを跳ね回ったり、自分の尻尾を追いかけたりしていた。

 双子を楽しませようと猫を脅し始めたときは、さすがにハリエットも怒った。スナッフルはしゅんとなり、それを見てハリーはまた笑った。

 キングズ・クロス駅までは歩いて二十分かかった。九と四分の三番線に出てしばらく待っていたら、やがて荷物を持ったムーディと、ロン達がやってきた。

 もうすぐ汽車が出てしまうので、ハリーとハリエットは、スナッフルに最後のお別れをした。二人ともしゃがみ込み、スナッフルの顔やら首やら背中やらを、名残惜しいほどにくしゃくしゃとなで回した。スナッフルもくすぐったそうにしながらも、嬉しそうに吠える。

 時間いっぱいまでじゃれ合っていると、ふと視線を感じ、ハリエットは横を見た。すると、ドラコの姿が視界に飛び込んできた。ワシミミズクの檻を手に、まるで睨み付けるかのようにこちらを見ている。

 ハリエットは首を傾げ、彼に向き直ると、挨拶するように大きく手を振った。あまり目立ちたくなかったので、声は出さなかった。

 確実に目は合っていたはずなのに、ドラコはパカッと口を開け、顔を真っ赤にしたかと思うと、ふんと顔を背けた。そしてそのまま汽車の中に入って行く。

 何か気に触ることでもしただろうか、とハリエットは戸惑ったが、モリーの急かす声に我に返り、ハリエットは立ち上がった。

「早く乗ってちょうだい!」

 警笛が鳴った。モリーは慌てて皆を次々抱き締めた。ハリーとハリエットは、二回捕まり、その二回とも双子まとめて抱き締められた。スナッフルは、最後に後ろ足で立ち上がり、前足で双子の肩にかけた。しかしその全くもって犬らしくない仕草はモリーによって止めさせられた。

「さよなら!」

 開けた窓から呼びかけ、スナッフル達はみるみる小さくなっていった。

 無事汽車が軌道に乗ると、皆はコンパートメントを探し始めた。赤毛の双子はリーと話があるとどこかに消え、ロンとハーマイオニーは監督生の車両に行かなければと行ってしまった。

 ジニーと共に、双子はコンパートメント探しをしたが、どこも満席だ。最後尾の車両ではネビルに出会った。彼もまた席を探しているらしい。だが、丁度彼の近くのコンパートメントに空きがあった。そこには濁り色のブロンドの少女が一人座っているだけだった。見た目からして明らかに変人のオーラが漂っていた。

 彼女は同級生のルーナ・ラブグッドだとジニーが紹介した。五人は軽く自己紹介をした。それが終わると、ルーナはまた『ザ・クィブラー』という雑誌に夢中になった。

 ネビルはそれから、『ミンビュラス・ミンブルトニア』というサボテンのようなものを取り出し、興奮したようにその特性について話し出した。

「これ、本当にすごいんだ。びっくりするような防衛機能を持ってて……ハリエット、ちょっとトレバーを持ってて」

 ネビルは生き生きとトレバーをハリエットに渡し、鞄から羽根ペンを取り出した。そしてミンビュラス・ミンブルトニアのたくさんあるおできの一つを、羽根ペンの先でちくりと突っついた。すると、植物のおできというおできからドロッとした暗緑色の臭い液体がドッと噴出し、天井やら窓やらにぶち当たった。ハリーやジニーは間一髪、両腕で顔を隠したのでなんとか悲惨な目には遭わなかったが、トレバーを押さえていたハリエットはなんとも臭い液体が顔に飛び散った。ネビルは一番ひどい惨状だった。顔にも身体にもかかっている。

「うわあ……」
「ご、ごめん!」

 ネビルは慌てて謝ったが、それでこの状況が良くなるわけではない。

「僕……試したことなかったんだ……知らなかったんだ。あ、でも、心配しないで。臭液は毒じゃないから」

 そういう問題じゃない、とこの場の何人が心の中で突っ込みを入れただろう。それが実際に声になる前に、コンパートメントの戸が開いた。

「やあ、ハリー、ハリエット……ん?」

 そこから顔を出したのはセドリックとチョウだった。

「悪いときに来ちゃったかな。通りがけに見かけたから、挨拶しようと思ったんだけど……」

 セドリックはネビルを見、それからハリエットを見て苦笑した。嫌な笑いではなかったが、少し恥ずかしかった。

「スコージファイ」

 セドリックが杖を一振りすると、途端にこの場が綺麗になった。

「あ、ありがとう」
「いや、これくらい」

 セドリックは、その場に立ったままハリーとハリエットを見た。チョウがセドリックと一緒にいるので、ハリーは少し不機嫌そうに視線を逸らす。

「君たちは、あれから大丈夫?」
「何が?」
「日刊予言者新聞さ。両親はなんとか僕のことを信じてくれたけど、親戚は僕の頭がおかしくなったって思ってる。現実を見ようとしないんだ」

 セドリックは悲しそうに肩をすくめた。

「友達も、僕のことを信じてくれる子と、見放した子が半々さ。チョウは信じてくれてるんだ」
「もちろんよ。あの、私で何か力になれることがあったら言って」
「あー、うん。ありがとう」

 ハリーがぎこちなく礼を述べると、二人はそのまま去って行った。それからは、ハリーはあまり話さなくなった。車内販売でお菓子を買い、皆で分けて食べていると、ようやくロンやハーマイオニー達が戻ってきた。キツキツになって七人で座る。

「スリザリンの監督生は誰だと思う?」

 腰掛けて早々ロンが不機嫌そうに言った。

「マルフォイ」

 ハリーは即座に答えた。

「大当たりよ。それにあのいかれた雌牛のパンジー・パーキンソンが女子の監督生」

 二人が言うに、ハッフルパフがアーニー・マクミランと、ハンナ・アボット、レイブンクローがアンソニー・ゴールドスタインとパドマ・パチルらしい。

 しばらくぐちぐち監督生について言い合っていると、また唐突にコンパートメントが開いた。ノックもなしに入ってきたのはドラコ達三人組である。

「礼儀正しくだ、ポッター。さもないと罰則だぞ」

 胸元のバッジをキラリと光らせて彼は得意げに言う。

「おめでとう、監督生になったのね」
「あの趣味の悪い方のバッジは止めたのか?」

 ハリエットの後に、すかさずロンが言葉を重ねたので、何だかハリエットの祝いの言葉も嫌味ったらしくなってしまった。

「お望みなら差し上げようか、ウィーズリー? 売れば少しは金になるんじゃないか?」
「こいつ……っ!」
「ポッター、僕には君と違って罰則を与える権限がある。気をつけることだな。まあ、あの躾のなってなさそうな犬を駅まで連れてくる辺り、その辺は期待できそうもないが」

 ピンと眉を上げ、ドラコはハリーと、そしてハリエットを見た。

「野良犬は人混みには連れて行かない方が良いんじゃないか?」

 そう言い残し、ドラコは去って行った。ロンは歯をむき出しにして怒る。

「あいつ、スナッフルのこと知ってるくせに!」
「脅迫のつもりかな」
「父上に言いつけるって顔してたな!」

 ハリーとロンは口々に言う。ハリエットとしては、仮にも追われている身なのだから、衆目の場に連れてくるな、というそのままの意味かと思ったが、そう口にすれば、『お人好しが過ぎるよ!』とロンに白目を剥かれること確実なので言葉にはしなかった。