■不死鳥の騎士団

07:アンブリッジ


 新学期、ホグワーツで何か変わったことと言えば、組み分け帽子の歌が変わったことと、教授が二名赴任されたことだ。

 組み分け帽子は、例年歌詞を変更しているが、今年はいつもと趣向の変わった歌詞だった。内容は学校や生徒に警告を発するような歌で、寮同士結束することが大切だと説いていた。

 ハグリッドは姿を見せず、代わりに前任のグラブリーープランクが担当することになった。そして闇の魔術に対する防衛術の新任教授はドローレス・アンブリッジという女性だった。少女のような甲高い声で、ふんわりしたピンク色のカーディガンを纏っている。アンブリッジは長々と演説をかましたが、後にハーマイオニーが『魔法省がホグワーツに干渉するということよ』と分かりやすく要約してくれた。

 翌日、いつものように一緒に広間へ行こうと談話室で落ち合うと、ハリーの表情は暗かった。

「シェーマスが、例のあの人のことでハリーが嘘をついてると思ってるんだ」

 ハリーの代わりにロンは答えた。ハリエットとハーマイオニーは顔を見合わせた。

「ラベンダーもそうよ」
「昨日、ハーマイオニーが、『そのお節介な大口を閉じろ』って言い放ったの。ちょっとスッキリしたわ」

 ハリエットは笑って報告した。信じてもらえないのは悲しいが、それでこちらが傷つく必要はないのだ。

「例のあの人のことで、ダンブルドアはこうおっしゃったわ。『不和と敵対感情を蔓延させる能力に長けておる。それと戦うには、同じくらい強い友情と信頼の絆を示すしかない――』。要するに、寮同士の団結にもう少し努力するべきってことなのよ」
「今すぐにっていうのは無理でも、少し努力したらなんとかなるんじゃないかしら」

 ハーマイオニーの言葉に、ハリエットは頷いた。

「ほら、私たちがコンパートメントで仲良くなったルーナはレイブンクローでしょ? チョウも。セドリックはハッフルパフ。少しずつ、皆で協力していったら、団結も――」
「でも、それにはまず例のあの人が復活したってことを信じてもらわないと」

 ハリーは顎でレイブンクロー生の群れを示して見せた。群れから離れると、まるでハリーに襲われると思っているかのようにより一層周りを固めたのだ。

「そうね……」

 そして同時に、スリザリンも難しいかもしれないとハリエットは思った。一番にドラコの顔を思い浮かべたが、あまり期待できそうにない。ただでさえハリーやロンと犬猿の仲なのだ。結束なんて冗談じゃないと言い放つだろう。

 だが、目下四人が気になっているのは五年生が受けることになる『OWL』試験である。フレッドやジョージが言うには、OWLが近づくと、五年生の半数が軽い神経衰弱を起こしたという。OWLはどんな仕事に応募するかなど、将来にも影響が出てくるからとても大切なのだ。それにあわせて、今学年の後半には進路指導もあるという。

 今年は大変な年になりそうで、ハーマイオニー以外の三人は揃ってため息をついた。


*****


『魔法省がホグワーツに干渉するということよ』
 というハーマイオニーの要約を受けて、皆は闇の魔術に対する防衛術の始めの授業に緊張した面持ちで臨んだ。アンブリッジは未知数だった。介入してきたとして、良い先生なら良いが、残念ながら過去の半数以上が変な教師ばかりだったのだ。

 だが、開始十分も経たないうちに、外れの先生だということが分かった。『基本に返れ』という目的を掲げ、彼女はただ教科書を読むだけの授業をしたのだ。ハーマイオニーは、すぐにピンと手を伸ばした。

 アンブリッジは、ハーマイオニーを無視し続けた。だが、やがて数分も経つと他の生徒もハーマイオニーに注目し初め、アンブリッジが無視できない状況になった。

「この章について、何か聞きたかったの?」
「いいえ。授業の目的に質問があるんです」

 ハーマイオニーは続けざまに言い放った。

「教科書を読んでも、防衛呪文を使うことに関しては何も書いてありませんでした。でも、闇の魔術に対する防衛術の真の狙いは、間違いなく防衛呪文の練習をすることではありませんか?」
「ミス・グレンジャー、貴方は魔法省の訓練を受けた教育専門家ですか?」
「いいえ、でも――」
「それなら残念ながら、あなたには授業の真の狙いを決める資格はありませんね。あなた方が防衛呪文について学ぶのは安全で危険のない方法で――」
「そんなのなんの役に立つ?」

 ハリーが大声を上げた。

「もし僕たちが襲われるとしたら、そんな方法――」
「挙手。ミスター・ポッター」

 アンブリッジが歌うように注意した。

 だが、ハーマイオニーやハリーの行動に感化され、他の生徒も幾人か挙手し始めた。それぞれが、自分の思う疑問をぶつけたのだ。

 もし襲われるとしたら、危険のない方法なんかじゃないとディーンもハリーの肩を持ったが、アンブリッジは、このクラスで一体誰が襲われるんでしょうとにこやかに言い放った。反論は許さない笑顔だった。

 アンブリッジは、更に試験に合格するためには理論的な知識で充分足りるとも言い切った。パーバティはすかさず『闇の魔術に対する防衛術』OWLには実技はないのかと聞けば、理論を十分に理解していれば、試験下でも呪文がかけられないということはない、とのたまった。

「それでは、初めて呪文を使うのが試験場だとおっしゃるんですか?」
「繰り返します。理論を充分に勉強すれば――」
「理論は現実世界でどんな役に立つんですか?」

 ハリーも拳を挙げて追随した。

「ここは学校です。あなたのような子供を一体誰が襲うと思っているの?」
「うーん、考えてみます」

 ハリーはわざとらしく考え込んだ。ハリエットは彼のローブの袖を掴んだが間に合わなかった。

「例えば……ヴォルデモート卿とか?」

 生徒たちは皆それぞれの反応を示した。大半は恐怖によるものだ。アンブリッジはにこやかな笑みを浮かべていた。

「グリフィンドール、十点減点です」

 アンブリッジは立ち上がって皆を見回した。

「皆さんは、ある闇の魔法使いが蘇り、再び野に放たれたという話を聞かされてきました。これは嘘です」
「嘘じゃない!」

 ハリーは叫んだ。

「僕は見た。僕はあいつと戦ったんだ!」
「罰則です、ミスター・ポッター。明日の夕方、五時。わたくしの部屋で。もう一度言いましょう。これは嘘です。魔法省は皆さんに闇の魔法使いの危険はないと保証します。さて、ではどうぞ読み続けてください。五ページから」

 ハリーはなおも猛々しく立ち上がろうとしたが、ハリエットが必死にローブを引っ張って何とか持ち堪えさせた。ハリーの視線は今にもアンブリッジを殺しそうな鋭さを孕んでいた。


*****


 その夜の大広間での夕食は、ハリーにとって楽しいものではなかった。アンブリッジとの怒鳴り合いのニュースはホグワーツの基準に照らしても例外的な速さで伝わった。グリフィンドールの席で四人で固まって食事をしても、嫌でも周りの囁き声が聞こえてくるのだ。ハリー達は早々にうんざりしていた。

 大して食べてもいないが、もういっそのこと寮に戻ろうかと相談していると、多くの注目を集めながら、誰かが四人に近づいてくるのが目に映った。

「ハリー、気にするな」

 セドリックだった。他寮生がいる、というだけで既に目立つのに、ハリーとハリエット、そしてセドリックが固まると、彷彿とされるのが三大対抗試合での出来事である。

「僕も言われたよ。監督生として自覚がないって。皆をまとめるべきなのに、逆に混乱に陥れようとしてどうするって」
「セドリックでも?」
「うん。今年の……あの授業は先が思いやられるね」

 セドリックは爽やかに愚痴を吐いた。

「良かったら、ここで食べても良いかい?」
「うん、いいけど」
「ありがとう」

 セドリックはハリーの隣に腰掛けた。他寮生がテーブルに着くのは珍しく、彼は注目の的だった。

「ちょっとした抵抗さ」

 パンを頬張りながらセドリックは笑った。

「こうすることで、僕たち目立つだろ? ハリーとハリエット、僕の三人とくれば、嫌でも例のあの人のことが思い出される。もっと噂になれば良いと思うよ。それだけ信憑性が増してくる」

 セドリックのしっかりした考えに、四人は賞賛の声を漏らした。

 それから、五人はアンブリッジのことについてしばらく話していたが、やがてセドリックの友達が呼びに来て、お暇となった。

「たぶん、これからもまだまだたくさん嫌なこと言われるだろうけど、お互い頑張ろう」

 そう言い残し、セドリックは去って行った。ハリーは少しだけ胸のつかえが取れたような気がした。


*****


 第一回目の授業では、どの教科でもOWLの重要性について演説がなされた上、宿題も大量に出された。まだ一週間も経っていないというのに、早くもうんざりしていた中、嬉しい出来事もあった。温室でばったり遭遇したルーナに、『例のあの人が戻って来たことを信じる』と言われたのだ。

 ハリーが一回目のアンブリッジの罰則に行くとき、ハリエットは、ロンが『アホらしい夢日記』と称した占い学の宿題を代わりにやることを引き受けた。ハリエットも、あの宿題にあまり必要性を見い出せずにいたし、見たこともない夢を適当に想像して書くのが楽しくなってきたからだ。

 ハリーは罰則でいなくなるし、ロンも時々急に姿を消す。そんな中、ハーマイオニーは、寝室や寮でしもべ妖精のために帽子や靴下を編んでいた。自由になりたいしもべ妖精のために、グリフィンドールの談話室のあちこちに靴下を隠し、彼らが気軽に受け取れるようにしているのだ。

 ハーマイオニーは、マグル方式ではなく、うまい具合に魔法を使って編むので、ハリエットは感心してしまった。

「私、縫い物ってやったことないんだけど、私でもできるかしら?」
「私も初めてだったわよ。でも、魔法ってホント楽。慣れてきたらすぐに上達するわよ。ハリエットもやってみたら?」
「私も教えてもらっていい?」
「もちろんよ。もしあげる人がいなかったら、『S・P・E・W』寄付の会で喜んでいただくけど」
「ううん……考えておくわ」

 そもそも、うまくできるかも分からない。

 ハリエットは、ハーマイオニーに時々編み物を教えてもらいながら、忙しい毎日を過ごした。