■不死鳥の騎士団
09:教師役ハリー
「これでなんでアンブリッジなんかが来たのか分かったわ。ファッジが『教育令』を出してあの人を学校に押しつけたのよ! そして今度はアンブリッジに他の先生を監視する権限を与えたんだわ!」
「全くだ」
ハリーも腹立たしい気持ちで拳を握った。だが、ロンは少し陽気そうだった。
「どうしたの?」
「ああ、いや、スネイプが査察されるのが待ち遠しいなと思って。黒いコウモリとピンクのガマガエル、どっちが勝つと思う? 考えただけで楽しくないかい?」
おどけたように言うロンに、皆は笑い出し、少し気が紛れた。
初めて査察込みでハリー達が授業を受けたのは、トレローニーの占い学のときだった。彼女はとても緊張した様子だった。アンブリッジはトレローニーにいくつか質問し、その後で自分に予言をして欲しいと告げた。トレローニーは一度は断ったものの、アンブリッジが何かクリップボードにメモし始めるのを見て慌てて予言を開始した。
「あたくし――見えますわ。何かあなたに関するものが……なんと言うことでしょう。何か感じますわ。何かくらいもの……恐ろしい危機が……お気の毒に、あなたは恐ろしい危機に陥っていますわ!」
いつもの不幸な予言だった。
「そう。まあ、それが精一杯ということでしたら……」
アンブリッジは明らかに気を悪くした様子でその場を離れた。それからはもうトレローニーはいつもの調子を取り戻したようだったが、生徒たちは皆、嫌な予感を拭えなかった。アンブリッジが何か復讐をするような気がしてならなかった。
*****
二回目のアンブリッジの授業でも、ハリーは自分を抑えていることができなかった。教科書を読むだけの授業に異論を唱えたハーマイオニーに対し、アンブリッジが減点し、それに更にハリーが食いついたのだ。結局はまたヴォルデモートについての話になり、一週間の罰則を食らってしまったのだ。
ただ、その分マクゴナガルの授業でアンブリッジが査察にやってきたのは見応えがあった。アンブリッジがお得意の『エヘン、エヘン』という咳払いでしょっちゅう授業を中断させようとするので、マクゴナガルは私語は許しませんとキッパリ言い放った。授業が終わった後にアンブリッジが質問をしようとも、マクゴナガルの対応は素っ気なく、査察の結果は十日後に送ると伝えても、『待ちきれませんわ』と嫌味を言うくらいには余裕があった。わざと足を遅らせ、二人の会話を聞いていた四人はにっこりした。
*****
罰則を終えたハリーを、三人は談話室でずっと待っていた。ハリーの手は以前よりもずっとひどく、巻き付けたスカーフが真っ赤に染まっていた。ハーマイオニーが準備してくれた黄色い液体にハリーが手を浸すと、少しだけハリーの顔が和らいだ。
「ありがとう」
「本当、あの人はひどい女ね」
ハーマイオニーは憤慨して言った。
「ね、あなたが来るまで三人で話してたんだけど、私たち、自分たちで闇の魔術に対する防衛術を自習する必要があるわ」
「いい加減にしてくれ。この上まだ勉強させるのか? ハリーも僕も、宿題が溜まってるんだ。まだ二週目なのに」
「でも、これは宿題よりもずっと大切よ! 自分を鍛えなきゃいけないの。外の世界で私たちが確実に自己防衛できるようにするためにも」
「僕たちだけじゃ大したことできないよ」
ロンは諦めたように肩をすくめる。
「確かにそうね。本から学ぶって言う段階はもう通り越したと思う。私たちに必要なのは先生よ。呪文の使い方を教えてくれるちゃんとした先生」
「でも、そんな人いる? ルーピン先生は……」
「いいえ、ルーピン先生じゃないわ。分からない? 私、あなたのことを言ってるのよ、ハリー」
一瞬皆は押し黙った。ハリーは目をぱちくりさせた。
「僕の何のことを?」
「あなたが闇の魔術に対する防衛術を教えるって言ってるの」
「それ、いいじゃない」
しばらく考えてみて、ハリエットは頷いた。
「私はハリーに習いたいわ」
「うん、僕も良いと思う」
ロンもその提案に乗っかった。ニヤリと笑う。
「面白そうだ」
「ハリー、あなたは闇の魔術に対する防衛術で学年トップだったわ」
「僕が? 僕はどんなテストでも君に適わなかったじゃないか」
「実はそうじゃないのよ。三年生のときあなたは私に勝ったわ。あなたがこれまでやってきたことを考えて!」
「どういうこと?」
物わかりの悪いハリーに、ロンは偉ぶるように咳払いをした。
「まず一年生。君は例のあの人から賢者の石を救った」
「あれは運が良かったんだよ。技とかじゃないし――」
「二年生。あなたはバジリスクをやっつけて、リドルを滅ぼしてくれたわ」
ハリエットがロンの後を引き継いだ。
「三年生のときは、君は百人以上の吸魂鬼を一度に追い払った」
「あれは、だってまぐれだよ。もし逆転時計がなければ……」
「去年!」
ロンはまた叫んだ。
「君はまたしても例のあの人を撃退した――」
「僕のいうことを聞けよ!」
もはやハリー以外の三人はニコニコと笑っていた。駄々をこねる子供を見るようにハリーを見つめる。
「黙って聞けよ。いいかい? そんな言い方をすれば、何だかすごいことに聞こえるけど、みんな運が良かっただけだ。ほとんどいつも何かに助けられたし、自分が何をやったかなんて、これっぽっちも分かってなかった――笑うなって!」
ハリーは立ち上がって怒鳴った。急に怖い顔になったので、三人は笑うのを止めた。
「君たちには分からないんだ! 君たちは――皆だ、皆あいつと正面切って対決したことなんてないじゃないか。本当にその場になったら、ほんの一瞬しかないんだ。殺されるか、拷問されるか。ヴォルデモートが僕を必要としていなかったら、そうなっていたかもしれない――そんな僕が、どうして偉そうに教えられる!?」
「なあ、ちょっと落ち着けよ。ごめん、僕たち君がそんな風に思ってるなんて思ってなかったからさ……軽く考えて欲しくて」
ロンは助けを求めるように女子二人を見た。
「ハリー」
ハーマイオニーがおずおずと言った。
「分からないの? だから……私たちにはあなたが必要なの。私たち、知る必要があるの。本当はどういうことなのかって……あの人と直面するってことが……ヴォ、ヴォルデモートと」
そのとき、ハーマイオニーは初めてヴォルデモートと名前を口にした。そのことが他の何よりもハリーの気持ちを落ち着かせた。ハリーはまた椅子に座った。
「ハリー、私、悔しいのよ」
ハリエットはハリーと視線を合わせようとした。
「あのとき、私何もできなかった。ハリーが苦しめられてるのに、ただ見ていることしかできなかった。私だって、戦えるようになりたいのよ」
ハリーはじっと下を見つめていた。
「ハリーにはね、自信を与えて欲しいの。もし私たちが敵と戦うことになっても、精一杯訓練してきたんだって思えるような自信を」
ハーマイオニーも頷いた。
「ねえ、考えてみてね。いい?」
ハリーはしばらく何も答えなかった。が、小さく頷いた。
「じゃあ、私たちは寝室に行くわ」
「ああ……うん、おやすみ」
ロンも立ち上がった。
「行こうか?」
「いや、後で行くよ。もう少しここで……」
「うん、分かった。じゃあお休み」
三人は寝室に消えていった。ハリーはしばらくその場で微動だにしなかった。
*****
闇の魔術に対する防衛術をハリーが教えるという提案をした後、まるまる二週間四人はその話題に触れなかった。だが、丁度四人集まって図書室でレポートを書いているとき、ハーマイオニーによって口火が切られた。
「どうかしら。ハリー、あれから考えてくれた?」
「……少し考えてみたよ」
ハリーは居住まいが悪そうに視線をあちこち向けた。
「間違いなく、あなたは闇の魔術に対する防衛術に優れているわ。先学期、あなただけが服従の呪文を完全に退けたし、守護霊も作り出せる。一人前の大人の魔法使いにさえできない色々なことがあなたにはできるわ」
学年主席のハーマイオニーの言葉だからこそ説得力があった。
「ねえ、どうなの? 教えてくれるの?」
「……三人だけ。君たちだけだ。いいね?」
「うーん」
待ちに待った返事だったが、ハーマイオニーの期待していたものとは違ったようで、言葉を濁した。
「ねえ、私、習いたい人は誰にでも教えるべきだと思うの。問題はヴォルデモートに対して私たちが自衛するってことなんだもの。こういうチャンスを他の人にも与えないのは公平じゃないわ。十月の最初の週末はホグズミード行きでしょ? 関心のある人はあの村で集まることにして、そこで討論したらどうかしら?」
「でも、君たち三人以外に僕から習いたいなんて思う人はいないと思う」
ハリーはそう言葉を濁したが、結局ホグズミードで討論をするというところまでは了承してくれた。ハーマイオニーは喜々として声かけを頑張るわと宣言した。? 関心のある人はあの村で集まることにして、そこで討論したらどうかしら?」 「でも、君たち三人以外に僕から習いたいなんて思う人はいないと思う」 ハリーはそう言葉を濁したが、結局ホグズミードで討論をするというところまでは了承してくれた。ハーマイオニーは喜々として声かけを頑張るわと宣言した。