■不死鳥の騎士団
11:囚われた通信網
会合を終えた二日後、アンブリッジによる教育令が出された。なんでも、定例的に三人以上の生徒が集まるような組織、団体、チーム、グループ、クラブなどは全て解散させられ、再結成がしたいときはアンブリッジに願い出なければならないというものだ。
ハーマイオニー以外の三人は、一体誰があの会合のことを漏らしたのだろうという話になったが、ハーマイオニーは抜け目がなかった。皆に最後に署名してもらった羊皮紙に呪いをかけたので、もし誰かが告げ口したら各自に分かるという。
この教育令がグリフィンドールだけになされたものかどうかは、大広間に行けばすぐ分かった。皆がこのことについて口々に噂していたからだ。セドリックともすぐに目が合った。他寮生と集まっていたら確実に怪しまれるので、後で、とハリエットが口パクで伝えると、オーケーと返事が返ってきた。
血相を取り乱してアンジェリーナもやってきた。チームというのはクィディッチ・チームも含まれるので、わざわざ再編成する許可を申請しないといけないのだ。彼女は、許可がもらえるように、二度とアンブリッジに癇癪を起こさないようにとハリーに念を押して去って行った。
その日の一つ目の授業は魔法史だった。ロンの予想は外れ、アンブリッジは査察に来ていなかった。
いつものように眠たい授業を受けていると、窓をコンコンとくちばしで叩く音がした。生徒はほとんど窓を見たが、ピンズは全く気づかなかった。
「ウィルビーだわ」
窓から張り出した狭い棚に、ウィルビーが停まっていた。窓をしきりに叩き、翼をバサバサさせている。
一番近いハリーは眠そうなので、ハリエットが迎えに行った。背中を丸めながら窓際に行き、静かに窓を開ける。
ウィルビーは、なかなか大人しくならなかった。ハリエットが手紙をはずそうとすると、怒ったようにハリエットの手を翼でバサバサ叩く。ハリエットは、手紙を取ることを諦め、ウィルビーを抱えて席に戻った。
「何だか様子がおかしいの」
「怪我をしてるの?」
右の翼は良く動くのに、左はそうでもないのだ。よく観察してみると、羽根が奇妙に逆立っていた。変な方向に折れているのもある。ハリエットが翼に触れようとすると、ウィルビーは小さく飛び上がって全身の羽毛を逆立てた。
ハリエットは、すぐに声を張り上げて授業の退出を願い出た。医務室に行きたいと言うと、ピンズはすぐに許可を出してくれた。
ハリエットは迷いに迷って、職員室に行くことにした。ハグリッドが不在なのは痛かったが、スネイプやグラブリー・ブランクでもきっと助けてくれるだろうと思った。スネイプの方は、きっと授業を抜け出したということでまず減点されると思ったが。
スネイプとは、丁度職員室の出入り口で出会った。思わず反射的に顔が引きつってしまったが、この際減点でも何でも良かった。
「スネイプ先生、ちょっとお願いがあるんですけど……」
「ミス・ポッター、今は授業中のはずだが?」
「はい。でもこの子、他の配達のふくろうよりも遅れて到着したんですけど、翼がおかしくて。心配で抜け出したんです」
「どんな理由であれ授業を抜けだし廊下をうろつくなど言語道断。グリフィンドール十点減点」
「それは仕方ないと思ってます。でも、この子を見ていただけませんか? 苦しそうなんです」
ハリエットがウィルビーを掲げると、スネイプは目を細めて彼女を見た。
「ついてきなさい」
「ありがとうございます!」
ハリエットは喜々としてスネイプの後に続いた。道中スネイプは無言で、時折ウィルビーがけたたましく鳴くくらいだ。ハリエットは撫でて彼女を大人しくさせたが、ウィルビーはそれでも羽根を擦って痛みを何とかしようとしていた。
スネイプの研究室は、薄暗く、壁に並んだ棚には何百というガラス瓶が置かれていた。片隅には材料がぎっしり入った薬戸棚もあり、まさしく想像していた『魔法薬学の先生』の部屋だった。
スネイプは椅子に腰掛け、くるりとハリエットに向き直った。ハリエットはウィルビーを差しだした。スネイプは怒ったウィルビーに威嚇されながら、翼を軽く持ち上げた。
「何かに襲われたようだな。この手紙はどこからのものだ?」
「え? ええっと……」
ハリエットは盛大に目を逸らした。むやみにシリウスと連絡を取るなとはダンブルドアにも言われている。分かりやすく言葉を濁していると、それだけでスネイプには分かったようだ。
「この時期に連絡を取り合うなどとあの犬は危機感というものが抜け落ちているようだ」
スネイプは唇の端を歪めた。
「噂に寄れば、あの犬は駅までのこのこ散歩に出たらしいな? きっととっくの昔に闇陣営では噂になっていることだろう」
「うっ」
ハリエットはまたも詰まったが、シリウスの心情は良く理解しているつもりなので、キッと顔を上げた。
「でも、ずっと屋敷に缶詰状態で、ストレスが――」
「そうだろう、そうだろう。きっとアズカバンに収監されるよりもストレスが溜まるのだろうな」
「…………」
ハリエットは撃沈し、もう何も言えなかった。
「このふくろうは預かろう。治ったら声をかけよう」
「あ、ありがとうございます!」
ハリエットは深く頭を下げた。スネイプは少し恐いが、その分頼りになると思った。そのまま帰ろうとしたハリエットだが、スネイプに呼び止められた。
「忘れ物だ。これがお望みではなかったのかね?」
ヒラヒラと形を変える白いそれは、間違いなく手紙。ハリエットは苦笑を浮かべて受け取った。
「ホグワーツを出入りする通信網は見張られている可能性がある。注意するように」
「はい。ありがとうございました」
清々しい気持ちでハリエットはスネイプの研究室を後にした。ウィルビーの鳴き声が聞こえてきたが、もう少しの辛抱よ、とハリエットは心の中でエールを送った。
ハリエットが魔法史の教室まで戻ると、タイミングが良いのか悪いのか、授業が終わるところだった。ピンズには見えないようにして、ハリー達に近寄る。
「ウィルビーは大丈夫?」
「ええ。スネイプ先生が見てくださってるわ」
「スネイプ!?」
想像通りハリーとロンが嫌な顔をした。
「職員室でばったり会って、でも、治ったら声かけてくださるって」
「どうせ減点されたんだろ?」
「ええ」
「だろうねえ」
「手紙にはなんて?」
「あ、待って」
ハリエットは懐からシリウスの手紙を取り出した。まだ内容は見てなかったのだ。
「『今日同じ時間、同じ場所』ですって。あ、そういえばスネイプ先生が、通信網は見張られてる可能性があるから注意しろって」
「丁度私たちも同じことを話してたんだけど」
ハーマイオニーが声を潜めた。
「もしかしたら、誰かがウィルビーの手紙を奪おうとしたんじゃないかしら? だって、ウィルビーはこれまで一度も飛行中に怪我をしたことなかったでしょう?」
ウィルビーは、ヘドウィグのように忠義に厚いというわけではないが、ハリエットに甘えたい一心で、矢の如く手紙を届けて戻ってくるのだ。その上小柄なので、飛行中他の動物に襲われる可能性は少ない。
「誰もこれを読んでないと良いんだけど」
ハーマイオニーの心配そうなため息に、皆は不安を膨らませた。
*****
その夜、四人は宿題をしながら、いつまでも談話室に居座った。ようやくの思いでフレッド、ジョージ、リーがいなくなると、皆はホッとした。ハリエットは最後まで宿題を頑張っていたが、ハリーなんかは集中力が途切れてしまったのか、早々に片付けてしまった。
その時が来たことは、ロンが寝ぼけ眼で声を張り上げたことで気づいた。
「シリウス!」
皆が暖炉に注目すると、ボサボサの黒髪の頭が暖炉の炎に座っていた。
「やあ」
四人は暖炉マットに膝をつき、暖炉の前に落ち着いた。
「どうだね?」
「まあまあ」
前回のこともあってか、少し挨拶はぎこちなかった。
「魔法省がまた強引に法律を作って、僕たちのクィディッチ・チームが許可されなくなって――」
「または、秘密の闇の魔術防衛グループかい?」
一瞬、皆が黙りこくった。ハリーが一足先に我に返った。
「どうしてそのことを知ってるの?」
「会合の場所はもっと慎重に選ばないとね。あそこにはマンダンガスが潜んでたんだ」
「あそこで一体何をしてたの?」
「君達を見張っていたのさ、当然」
このことにハリーはいたく不満げだった。
「でも、そうしておいて良かった。週末に暇ができた途端、真っ先に君達のやったことが違法な防衛グループの組織だったんだから」
淡々とした口調に、皆は黙りこくった。シリウスは更に続けた。
「ロン、君のお母さんからの伝言を必ず伝えるように言われてるんだ。伝言は、『どんなことがあっても違法な闇の魔術防衛グループには加わらないこと。きっと退学処分になります。将来がめちゃめちゃになります』。ロン以外の三人にも伝言がある。三人に指図する権限がないことを認めてはいるが、『グループをこれ以上進めないように』と。お願いだから、自分は三人のために良かれと思って言っているのだということを忘れないように、とのことだ」
「じゃあ、僕たちが防衛グループに入らないって、シリウスはそう言わせたいの?」
「わたしが? とんでもない。わたしは素晴らしい考えだと思っている」
シリウスの朗らかな笑みに、ハリーはパッと顔を明るくした。
「本当? でも、もし僕たちが退学になったら……」
「そうだな。学校にいて、何も知らずに安穏としているより、退学になっても身を守ることができる方が良い」
「そうだよね!」
「それで、グループはどういう風に組織するんだ? どこに集まる?」
それから、男子陣は和気藹々と組織についての話を続けた。だが、その途中で、シリウスは急に黙り込んだ。何があったのかと目を丸くしていると、突然シリウスの頭が消えた。
「シリウス?」
すると、そのすぐ後、炎の中に手が現れた。ずんぐりした短い指が、何かを掴もうとまさぐっている。
四人は一目散に逃げた。シリウスの無事を祈った。ドアの所でハリエットが振り返ると、未だアンブリッジの手が炎の中で蠢いていた。