■不死鳥の騎士団
12:DA
ハリエットが深く眠りについていると、誰かに揺り起こされる感覚があった。
「ハリエット・ポッター様」
甲高いキーキー声だ。ハリエットは薄ら目を開けた。
「ハリエット・ポッター様!」
「誰?」
「ドビーめが、あなた様のふくろうを持っています!」
「ドビー?」
真っ暗な寝室の中、トビーの顔は見えなかったが、声は特徴的だったのでよく分かった。ハリエット起き上がり、目を瞬かせる。ドビーのシルエットは、何だかもこもこしていた。
「ドビーめは、ハリエット・ポッターのふくろうを返す役目を進んでお引き受けいたしました!」
「ありがとう……」
まだぼんやりしながら両手を差し出すと、そこにコロンとウィルビーが転がった。今まで会えなかった分を取り返すかのように、彼女はすごい勢いでハリエットの指を甘噛みした。
「ウィルビー、元気になって良かったわ」
「……誰?」
ハーマイオニーの眠そうな声がした。
「ドビーよ。ごめんね、起こして。下に行ってくる」
「うん……」
ドビーに合図して、ハリエットは談話室に降りた。しばらく相手をしてやらないと、ウィルビーが寝そうになかったからだ。
談話室はの蝋燭はもう全部消えていた。だが、その中の一つの灯りをつけてハリエットは驚いた。暖炉の前の肘掛け椅子で、誰かが居眠りをしていたからだ。
「ハリー・ポッター様!」
ドビーの嬉しそうな声で彼がハリーだと気づいた。彼の高い声で、ハリーはビクリと目を覚ました。
「うん?」
「ハリー、こんな所で寝ていたら風邪を引くわよ」
「ああ、ハリエット?」
「ドビーめもここにいます!」
「ドビー? どうしてここに?」
「ウィルビーを連れてきてくれたのよ。もう傷が治ったからって」
「ああ、それは良かった」
ハリーはグンと伸びをした。まだ眠そうな顔でドビーを見て……目をぱちくりさせた。
「君、ハーマイオニーの置いて行った服を全部取っていたの?」
「いいえ、とんでもございません」
ハリエットは驚き、改めてドビーを見ると、ハリーの質問の意味が分かった。ドビーはスカーフを数枚巻き付けているし、数え切れないほどのソックスをはいていたのだ。
「ドビーめはウィンキーにも少し取ってあげました、はい」
「ウィンキーはどうしてる?」
「ウィンキーはまだたくんさん飲んでいます。ウィンキーも、他のしもべ妖精も今でも服が好きではありません。もう誰もグリフィンドール塔を掃除しようとしないのでございます。帽子や靴下があちこちに隠してあるからです。侮辱されたと思っているのです。ドビーめが全部一人でやっております。でもドビーめはいつでもハリー・ポッターにお会いしたいと願っているので、気にしません!」
双子は複雑な表情で顔を見合わせた。折角ハーマイオニーが夜更かししてまで服を編んでいるのに、しもべ妖精はそれを侮辱だと考えているなんて。だが、しもべ妖精の気持ちもよく分かった。ハーマイオニーがこの真実を知るときが少し恐ろしい。
「でも、ハリー・ポッターは幸せそうではありません。ドビーめはハリー・ポッターをお助けしたいのです。ハリー・ポッターがドビーを自由にしましたから」
「ドビー、気持ちは有り難いよ。でも……あっ、ちょっと待って! 助けて欲しいことがある!」
慌ててハリーが声を張り上げると、ドビーは嬉しそうに笑った。
「何でもおっしゃってください!」
「場所を探してるんだ。三、四十人くらいが闇の魔術に対する防衛術を練習できる場所で、先生方に見つからないところ」
ドビーはしばらく考えたが、やがて両耳を嬉しそうにパタパタさせ、小躍りした。――その姿が犬みたいで、ハリエットは思わずドビーの頭を撫でたくなった。
「ドビーめは、ぴったりな場所を知っています! 仲間内では、『あったりなかったり部屋』とか、『必要の部屋』として知られています!」
「どうして?」
ドビーは長々と語った。その部屋が現れるのは本当に必要なときだけだと。それが現れるときには、いつでも求める人の欲しいものが備わっていると。
「じゃあ、トイレが必要なときはトイレが現れるってこと?」
「ドビーめはそうだと思います」
その部屋を知っている者はしもべ妖精くらいで、ほとんどいないという。
「すごいな。ドビー、ピッタリだよ。部屋がどこにあるのか、いつ教えてくれる?」
「いつでも。ハリー・ポッター様」
ハリーは腰を浮かしかけた。ハリエットはすかさず睨み付ける。
「今は駄目よ」
「…………」
「もう夜遅いし、見つかったらどうするの? 気持ちは分かるけど、慎重に行くべきだわ」
「……分かった。ドビー、必要の部屋の正確な場所と、どうやって入るのかだけ教えてくれないかな?」
その日は、聞きたいことだけを聞いて就寝となった。ドビーは、また何かあればいつでもおっしゃってくださいと言い残して姿くらましをした。
*****
最初の防衛術の会合は、翌日の二十時、八階の『バカのバーナバス』がトロールに棍棒で打たれている壁掛けの向かい側で行うことにした。そこに必要の部屋があるからだ。
グリフィンドールのクィディッチチームも許可をもらうことができたのはいいが、最近は雨ばかりで練習が取りやめになることが多かった。今日もその話をしに来たアンジェリーナに、防衛術の開催をハリーが伝えると、ケイティとアリシアにも伝えると返事をもらった。
他の三人も、リストを使ってホッグズ・ヘッドに集まった生徒たちに同じ知らせを伝えようと手分けした。その傍ら、丁度スネイプの姿を見つけたので、ハリエットは彼に駆け寄った。
「スネイプ先生」
彼は鼻に皺を寄せながら振り返った。
「ウィルビー……あ、ふくろうのことありがとうございました。とっても元気そうでした」
「数日は休ませておくが良かろう」
「はい、そうします」
「エヘン、エヘン」
すっかり聞き慣れてしまった咳払いをしながら、アンブリッジがやってきた。スネイプとハリエットに目をとめると、わざわざ足を止めた。
「どうかしたのですか? 珍しい組み合わせですね」
「私のふくろうが、誰かに襲われたんです」
ハリエットは少し警戒心を抱きながらアンブリッジを見た。彼女が手紙を盗み見たことは、シリウスの暖炉の件で明白だった。
「あら……そう。そうね、この天気だものね、小さいふくろうなら、傷の一つや二つ負うのも仕方ないわ」
アンブリッジはわざとらしく悲しそうな顔をしながら言ってのけた。
「それはそうと……最近めっきり寒くなってきたわね。暖炉は毎日使ってる?」
「……はい」
「ちゃんと掃除できてると良いんだけど。時々虫が飛び込んでくることもあるでしょう? ほら、なんて言ったかしら……飛んで火に入る夏の虫?」
「はあ」
ハリエットはできるだけ平静に見えるようににっこり笑った。
「しもべ妖精が頑張ってくれていると思います」
「なら良いんだけど」
ふふんと笑うと、アンブリッジはお尻を揺らしながら大広間に入っていった。
「……まさかとは思うが」
アンブリッジの姿が完全に見えなくなってから、スネイプはギロリとハリエットを見た。
「あの馬鹿犬は煙突飛行ネットワークを使ってはないだろうな?」
何のことでしょうか、としらを切れる豪胆さが備わっていれば、とハリエットは心底そう思った。ハリエットにできる唯一の抵抗は、スネイプと視線が合わないようするくらいだろう。スネイプは深々とため息をついた。
「お前達は本当に考え無しで傲慢で……。一体誰に似たのだろうな」
苦々しい顔つきで嫌味を言い放ち、スネイプは行ってしまった。ハリエットもはあ、とため息をついた。
*****
七時半になると、四人は談話室を出た。五年生は九時半まで外の廊下に出ていても良いことになっていたが、皆神経質に辺りを見回しながら八階に向かった。
途中で忍びの地図で他の者の動向を探りながら、ついにドビーが教えてくれた場所にたどり着いた。
「ドビーは、気持ちを必要なことに集中させながら、壁のここの部分を三回行ったり来たりしろって言ってた」
四人は肩を並べて、何度か廊下を歩いた。気持ちを込めすぎて、ハリエットは目を瞑っていたが、ハーマイオニーの声にパッと目を開けた。
「扉だわ」
何もなかったはずの壁に、ピカピカに磨き上げられた扉が現れていた。ハリーが一番に中に入った。
部屋の中は広々としていた。壁際には本棚が並び、クッションや、いくつか道具もある。本は防衛術に使えそうなタイトルばかりだし、道具もかくれん防止器や敵鏡など、侵入者の存在を知らせてくれそうなものが多くある。
ハーマイオニーはしばらく本に読みふけっていたが、八時までには全員集まった。扉に突き出していた鍵を回すと、カシャッと音が響いた。
「えーっと、ここが練習用に僕たちが見つけた場所です」
「素敵だわ」
ハリーの言葉にチョウが笑った。
「ありがとう。それで、僕たちが最初にやらなければならないのは……」
「リーダーを選出すべきだと思います」
ハーマイオニーが手を挙げて言った。
「ハリーがリーダーじゃないの?」
セドリックが疑問を口にしたが、ハーマイオニーは複雑そうな顔をした。
「そうよ。でも、ちゃんと投票すべきだと思うの。それで正式になるし、ハリーに権限が与えられるもの。じゃ、ハリーが私たちのリーダーになるべきだと思う人?」
皆が一斉に挙手をした。ザカリアスも渋々手を挙げる。
「ええっと、ありがとう」
ハリーは頬を赤らめて礼を述べた。そのまま続けようとしたが、またしてもハーマイオニーが手を挙げ、このチームに名前をつけるべきだと言った。そしていろいろな案が出たが、最終的には『DA――ダンブルドア軍団』に決定した。
そしてようやくハリーに主導権が戻った。ハリーの指示で、初めは武装解除の呪文を学ぶことになった。二人一組になって、それぞれ練習を重ねた。
ハリーは、皆の間を周りながら、呪文の間違いを指摘したり、構え方のコツを教えたりした。
セドリックは完璧に武装解除の呪文をやってみせた。ハリーは少し頬を赤らめた。
「ごめん。セドリックには、やっぱり退屈だよね?」
「そんなことないよ。ここずっと理論ばっかりで身体がなまってたから、丁度いいよ」
「良かったら、セドリックにもぜひ他の人を教えてくれると有り難いんだけど……。ほら、この人数だし」
「ああ、もちろんだよ」
セドリックは苦笑した。セドリックが張り切ってハッフルパフの皆に集まりのことを伝えたので、実は『DA』の集団はかなりの頭数があったのだ。
セドリックも講師役として参入しながら、しばらく武装解除の呪文は続いた。
「二人ともさすがだね」
チョウとハッフルパフに指導した後、セドリックがハリエット、ハーマイオニーペアの元にやってきた。
「ありがとう」
「ハリーから武装解除の呪文教えてもらってたの?」
「私はそうだけど、ハーマイオニーは自力よね?」
「ええ、まあ。ハリーが第三の課題の練習をしてるときに、一緒にやってたのよ」
「ああ、あのときからか」
その後、セドリックは友達に呼ばれたので、二人の元からはいなくなった。
少し呪文は休憩して、ハリエットはハーマイオニーを見た。
「セドリックも誘って大正解ね」
「ええ。ハリーは複雑そうだけど」
ハーマイオニーが示すのはチョウの方だ。ハリーは、チョウとその友達の組を、わざと避けているように見えた。
「そのうち慣れてくれるかしら?」
「うーん、厳しいかもね」
二人は心配そうな視線をハリーに送った。
「あ、でも、そろそろ時間かしら。早く帰らないと」
練習に集中しすぎて、ハーマイオニーが気づいたときにはもうもう九時を十分も過ぎていた。
今度の練習は水曜の同じ時間だと決めてから、皆は解散した。忍びの地図を使って、三、四人の組にして順番に外に出したのだ。
最後にハリー達四人が談話室まで戻ってきて、ようやく一息ついた。皆はお疲れ様とハリーの肩を叩いた。