■不死鳥の騎士団
15:ハリーの見た夢
翌日、一緒に朝食に行こうとハリー、ロンを待っていたが、二人はなかなか談話室に降りてこなかった。
ハーマイオニーが焦れて、欠伸をしながら降りてきたネビルに尋ねれば、二人はもう寝室にはいないという。そして驚くべきことも教えてくれた。昨夜、ハリーがうなされていたと思ったら、飛び起きて、ロンの父親が大変だと口走ったのだという。そのまま二人はマクゴナガルと共に校長室へ向かい、それからは分からないらしい。
「すごく気が動転してたよ。ロンのパパが蛇に噛まれたって言ってた」
何のことだかさっぱり分からなかった。
が、ひとまずは大広間へ向かいながら、ハリエットとハーマイオニーは、後で一緒マクゴナガルの所へ行こうと約束した。だが、自分たちで行くよりも前に、マクゴナガルが彼女たちの元にやってきた。
「ポッターとウィーズリーについて、後で校長先生よりお話があります。食事の後校長室に来るように」
待たせるのも悪いので、二人は軽くトーストだけ囓り、すぐさま校長室に向かった。そこにはダンブルドア一人だけが待っていた。そして、昨夜起きた出来事を、簡単にだが伝えてくれた。
真夜中、ハリーがある光景を見たのだという。アーサーが巨大な蛇に襲われている場面で、ハリー自身は、その蛇の目を通してその光景を見たというのだ。――そしてそれは、現実の出来事だった。
「ロンのお父さんは大丈夫なんですか!?」
「大丈夫じゃ。今朝方連絡があった。意識も戻ったらしい。直に面会も許されるじゃろう」
「良かった……」
二人は心からの安堵の息を吐いた。あの朗らかで人好きのする笑顔が見られなくなるなんて想像もしたくない。
「二人は今どこに?」
「ウィーズリー家の子供達と一緒に、シリウスの屋敷におる。移動キーで直接向かったんじゃ」
ダンブルドアは古ぼけたヤカンをポンと叩いた。
「申し訳ないが、君たちは正式に学期が終わるのを待たねばならん。アンブリッジが警戒しておる。アーサーは、騎士団の任務中に倒れた。ハリーだけでなく、君たちまで消えたとならば、余計に勘ぐるじゃろう」
ダンブルドアはそこで一呼吸おき、ハリエットを見た。
「ハリエット、君はクリスマス休暇はどうするのかね? ホグワーツに残るのかの?」
「私もハリーのところに行きたいです。アーサーおじさんのお見舞いにも行きたいです」
「分かった。ならば、キングズ・クロス駅に人を送ろう。グリモールド・プレイスまで護衛をさせる」
「ダンブルドア先生、私もお見舞いに行きたいです。なので、一度両親のところに帰ってから、その後でシリウスのいる屋敷に行ってもいいですか?」
「もちろんじゃよ。その時は夜の騎士バスを使うと良い。安全に送り迎えしてもらえる」
「はい」
「あの」
ハリエットは恐る恐るダンブルドアを見た。ずっと気になっていたことがしこりのように胸に留まっていた。
「なぜハリーはそんな光景を見たんでしょうか? ハリーの額の傷が痛むことと、何か関係が……?」
「…………」
ダンブルドアは、考えるように目を瞑った。
「……詳しいことは、まだ何も言えん。じゃが、今一番辛く厳しい思いをしているのは間違いなくハリーじゃろう。二人が、ハリーの支えになってくれればとわしは願っておる」
「もちろんです!」
二人は何度も頷いた。むしろ、今すぐにでもハリーに会いたいくらいだった。
「さあ、あまり長い時間君たちを拘束しておるとまたアンブリッジが首を突っ込んで来るじゃろう。もう戻りなさい」
「はい。ありがとうございました。失礼します」
ダンブルドアは最後にレモンキャンディーを二つずつ渡してくれた。
休暇前で浮かれているせいか、生徒たちのほとんどはウィーズリー家の子供達とハリーが学校からいなくなったことに気づかなかった。
聖マンゴ病院へ行くために着替えが必要なようで、朝食の後、ハリエットとハーマイオニーは男子部屋にお邪魔して、授業が始まる前にハリーとロンの荷造りをした。
「パック! 詰めろ!」
その時に、ハーマイオニーの呪文は非常に役立った。教科書も服も羽根ペンもインク壺も、全部舞い上がり、トランクの中に自ら飛び込んだ。ハーマイオニーの几帳面な性格を表すように、中身は綺麗に整頓されている。次から次へとロンの私物が空を飛んだが、その中にはもちろん下着も含まれていた。
「ハーマイオニー……」
ネビルが遠慮がちに声をかけた。
「ロンのプライドのためにも、僕がロンの荷造りをするよ」
振り返れば、ネビルだけでなく、ディーンやシェーマスまで居たたまれない表情をしていた。
「あー、ええ、そうね。そうしてもらおうかしら」
急に恥ずかしくなって、ハーマイオニーは立ち上がった。
「ハリーの分も僕達がしようか?」
ディーンが遠慮がちに申し出た。ハリエットは迷ったが、結局お願いすることにした。ハリエットは特に気にしないが、妹が詰めたとネビル達から聞いたら、プライバシーも考えて欲しいとハリーから小言を食らいそうな気がしたからだ。
荷造りが済んだら、二つのトランクをマクゴナガルに預けて終了だった。二人は慌てて一つ目の授業に走って向かった。
*****
ハリー達がホグワーツにいないことを、生徒たちは気にも留めない中、彼女だけは違った。ようやく今年度最後の授業が終わったとクタクタになりながら大広間に向かう最中、今や聞き慣れてしまった『エヘン、エヘン』という咳払いで呼び止められた。
「こんにちは、ミス・ポッター?」
「こ、こんにちは、アンブリッジ先生」
ハリエットは冷や汗を流した。何を言われるのだろうと内心焦っていた。
「ちょっと聞きたいことがあるのだけど……お兄さんの居場所はご存じ?」
「はい。ロンのお父様が入院中で、お見舞いに行っています」
アンブリッジにハリーの居場所を聞かれたらこう答えろ、とダンブルドアにあらかじめ言われていたので、ハリエットはつつがなく答えた。
こういう状況は予想していなかったわけではないが、やはり一人でアンブリッジと対峙するというのはなかなかに緊張した。せめてこの場にハーマイオニーがいればどれだけ心強かっただろうが、彼女はもう一人の監督生であるロンがいない分、大忙しなのだ。
「おかしいわね、どうしてあなたは行かなかったの?」
「え、ええっと、私はハリーやロンのために、授業内容をメモしておこうと思って……五年生はOWLの試験がありますし……」
「ふうん……そうなのね」
アンブリッジは目を細めたが、何も言わなかった。
「あなたはクリスマス休暇はどうするの?」
「家に帰ります」
「一人で?」
「……そうですね。ハリーがいないので」
「でも――」
「アンブリッジ先生」
落ち着いた声が、アンブリッジの勢いを削いだ。
「……何かしら?」
「一階でフィルチさんが呼んでましたよ。糞爆弾を何とかして欲しいって」
「また?」
アンブリッジはうんざりした声を上げた。しばらくチラチラとハリエットを見ていたが、やがて諦め、ドシドシ足を踏みならしながら一階に降りていった。
「ありがとう」
ハリエットはセドリックに歩み寄ってお礼を言った。
「嘘じゃないから。フィルチさんが困ってたのは事実だし」
セドリックは苦笑いを浮かべた。その後で真剣な表情に戻る。
「リーが言ってたけと、ハリーやロンもいないんだって? どうかしたの? もしかして、アンブリッジに――」
「あっ、ううん! 違うの! ちょっと……いろいろあって。でも、元気よ。それは確か」
「なら良かった。君たちが四人揃ってないと、なんか変な感じだから」
それから、セドリックもアンブリッジに呼び出されたことを教えてくれた。彼もまた飲み物を強く勧められたらしい。
互いに、アンブリッジは要警戒だと再認識し、二人は別れた。
*****
翌日、ようやくクリスマス休暇に入った。ハリエットとハーマイオニーは朝一のホグワーツ特急で帰ることにした。ハリエットは、キングズ・クロス駅から闇祓いと一緒にグリモールド・プレイス十二番地まで直接歩いて行くらしい。ハーマイオニーは、一日だけ両親の元に帰り、その後夜の騎士バスでグリモールド・プレイスに来るつもりだという。
ホグワーツ特急では、ハーマイオニーと早々に別れた。令によって監督生はやることがあるのだ。ハリエットは一人、コンパートメントを探し歩いた。
小窓を覗きながら歩いたが、中程の車両のコンパートメントでルーナの姿を見つけ、ノックした。
「ルーナ!」
「こんにちは、ハリエット」
ルーナは、読んでいた雑誌から顔を上げた。
「ここ、入ってもいい? 後からハーマイオニーも来るんだけど」
「もちろんよ。皆どうしてかあたしを避けていくの。今日は別に変な格好してないのに」
そう言うルーナは、頭に大きな獅子の頭の形をした帽子を被っていた。
「それ、前試合で被ってたものよね?」
「うん」
ルーナは急に杖を取り出して帽子を叩いた。またも獅子頭がぐわっと口を開け、吠えだしたので、心の準備ができていなかったハリエットは盛大にビクついてしまった。
「どう?」
「格好いいけど……少しびっくりするわね」
苦笑を浮かべながら、ハリエットは席に腰掛けた。
「そういえば、しばらくジニーを見てないけど、あんた何か知ってる?」
「ええ。ロン達のお父様が怪我をして、入院中なのよ。そのお見舞いに行ってるの」
「そう……」
何となくルーナの様子が寂しそうに見えて、ハリエットは慌てて付け足した。
「私も、皆がいなくなった後に知らされたの。夜中に急にホグワーツを出発することになったみたい」
「そうなんだ」
歌うように言って、ルーナはまた雑誌に夢中になった。それからしばらく時間が経って、車内販売のカートも訪ねた。ハリエットはいくつかお菓子を買ってルーナと一緒に食べた。もうそろそろハーマイオニーが来るかもしれないと思っていた矢先、唐突にコンパートメントの戸が開いた。
「あーら、誰かと思ったら、変人ルーニーと落ちこぼれの妹じゃない」
両脇にクラッブとゴイルを携え、そこにはパンジーが立っていた。二人の大きな巨体に隠れて、ドラコの姿も見え隠れしている。
「私たちコンパートメントを探してるの。出て行ってくれない?」
「嫌よ。どうして退かなきゃいけないの?」
「こっちには監督生が二人もいるのよ? あんた達が遠慮しなさいよ」
「監督生は脅すためにあるんじゃないわ」
「――パーキンソン、行くぞ」
後ろからドラコがため息交じりに言った。
「ホグワーツ特急で騒ぎを起こすわけにはいかない」
「でも、ドラコ――」
「だが、僕としてもこのまま見過ごすことはできないな」
何を思ったのか、ドラコはクラッブを押しのけて前に出た。杖を取り出したのを見て、ハリエットは身構えた。
「エイビス」
ドラコの杖先から一羽鳥が飛び出した。金の小鳥だ。
「後は『オパグノ』……だろうな」
「――っ!」
ハリエットは咄嗟に両腕で顔を覆った。
――だが、しばらく待ってみても、何も起こらない。ハリエットがそっと隙間から覗くと、ドラコはいかにも満足そうな顔で微笑んでいた。
「もう文句は言えないな? グレンジャーにも伝えておけ。僕にまたあんな真似をしたらやり返すぞ、と」
「ロンの悪口を言うから悪いんじゃない」
ハリエットはそう言わずにはいられなかった。ドラコは不快そうに眉を上げた。
「事実を言って何が悪い?」
「あれはロンが監督生になったお祝いにご両親に買ってもらったものなのよ。それをあんな風に言うなんて、最低だわ!」
ドラコが何か言おうと口を開いた。しかしそれよりも早く、イライラした声が空気を切り裂いた。
「監督生が二人、よってたかって何してるの?」
ハーマイオニーだった。スリザリン生四人を押しのけてコンパートメントに入ってくる。
「ほらクラッブ、ゴイル。出て行ってくれたらこのお菓子をあげるわ」
ハーマイオニーは杖と蛙チョコレートを取り出し、浮遊術でチョコを浮かせた。そのまま漂って飛んでいくチョコを追って、ふらふらとクラッブとゴイルはコンパートメントから出て行く。
「ほら、あなた達も」
クラッブとゴイルの情けない所業を見たドラコとパンジーは、負け惜しみすら言う力もなく、睨み付けながらコンパートメントから出て行った。ハーマイオニーはピシャリと戸を閉める。
「全く、監督生のバッジが泣くわ」
「ハーマイオニーと比べるのもおこがましいわね」
ハリエットも頷いた。一瞬、暇を見つけては監督生の仕事をサボっているロンのことが頭を過ぎったが、今は都合良く忘れることにした。