02

 おじさんと双子 

おじさんは魔法使い






 それから一年が経つまで、ハリー達三人は、今までと同じように毎日公園で話し込んだ。言外に『シリウスと会うように』とけしかけたペチュニアは、やはりそれでもシリウスのことは気にくわないらしく、双子が公園から戻ってくると不機嫌そうにしていた。

 バーノンも、シリウスとのことは見て見ぬ振りを決め込むことにしたようだが、時折思い出したかのように悪口を口にした。やれ毎日公園に入り浸る情けない失業者だの、やれ碌でもないことをして稼いでいるだの、やれそのうち犯罪を犯すだの。

 あんまりな物言いに、ハリーとハリエットは大層腹を立てた。怒りのあまり、何か不幸なことが起これば良いのにと願った矢先、バーノンの持つコップがパリンと割れたのだから驚きだ。

 ハリーはあんぐりと口を開け、ハリエットはおろおろとガラスの後始末をした。そんな中、バーノンとペチュニアは血相を変えてハリーを睨み付けていた。その顔はまるで、今の現象がハリーのせいだと言わんばかりで。

「わあ、パパ凄いや! 素手でコップを割れるようになったんだね? やーい、ハリー、次にお前が僕に突っかかってきたら、パパがお前を絞め殺すぞ!」

 突っかかってくるのはどっちだ、とハリーは突っ込みたくて仕方なかったが、そこまで身の程知らずではない。ハリーは大人しく口を閉じ、ハリエットの手伝いをした。

 片付けと食事が終わると、すぐさま寝室へ上がり、ハリーは苛だたしげにベッドに寝転んだ。仰向けになり、天井を睨み付ける。

「バーノンの奴、最低だ。シリウスのこと何も知らないくせに、いい加減なことばっかり言って」
「でも、シリウスは不思議な人よね。仕事をしている様子はないのに、貧乏には見えないわ」

 いつも早々にダーズリー家団らんの場から追い出されるハリーとハリエットは、夜はいつも暇だった。そのため、気が向くといつもシリウス・ブラックという人の考察を思い思いに口にしていた。

 双子の共通の認識として、彼の職業はマジシャンだと当たりを付けていた。なぜなら、彼は手品が大の得意だし、いつもポケットに片手を突っ込んでは、何やら呟き、幻想的な光景を見せてくれるからだ。

 ポケットに何かすごい仕掛けがあるんだと考えた双子は、ことあるごとに『ポケットの中を見せて』とねだったが、彼のポケットの中には、何やら細長い棒が入っているだけで、特にこれといった仕掛けが見つかることはなかった。今日も収穫はないのだと分かるたび双子はがっかりし、そんな二人を見てシリウスはいつも軽快に笑った。

 種も仕掛けもない、本当に素晴らしい手品をするので、シリウスは決して貧乏ではないとも思っていた。これほどの実力ならば、絶対に方々から引っ張りだこのはずだ。ある時思い立って学校のパソコンでイギリス中のマジシャンについて調べてみたが、残念ながらまだシリウス・ブラックの名前は見つけられていない。もしかしたら表に出ていないだけなのかもしれないが、どちらにせよ、彼は人気があるはずだ。ハンサムだし、何より気品がある。少々服のセンスは残念だが――彼は、どこか別の世界に生まれたのかもしれないと思うほど、とんでもない服の組み合わせをすることがあった――明らかに質は上等だと見て取れるものばかりだった。

 ハンサムで、優しくて、ユーモアもあって、お金持ちで。

 こんなの、女性は放っておかないだろうと思うものの、彼はいつも双子の相手をしてくれた。

 ――『子供にも優しい』を追加だ。

 ハリーはこっそりそう呟いた。そしてハリエットにこんこんと言い聞かせた。もし結婚するなら、シリウスみたいな人とするんだよ、と。

 何を勘違いしたか、ハリエットは顔を真っ赤にしてもじもじした。
『そんな……シリウスとは何歳も離れてるわ。それに、私のこと子供だと思ってる……』
 嗚呼、なんたることか。

 妹の初恋は最高に魅力的な年上のマジシャンにかっ攫われていったのか。いや、でもこれで良かった。間違っても、初恋が従兄弟のダドリーだなんて言われなくて、心から良かった……。

 そうして、ハリーとハリエットとシリウス。三人の逢瀬は続き、双子の十一回目の誕生日がほんの目前まで迫ってきた。

 ただ、誕生日まで一週間をきっても、シリウスはいつも通り世間話をするばかりで、『何か欲しいものはないか』とか『どこか行きたい所はないか』とか言ってくれなかったので、双子は少々がっかりしていた。

 もしかしたら、彼は自分達の誕生日を忘れているのかもしれない……それとも、やっぱり赤の他人の誕生日なんか、祝うのも面倒だと思っているのかもしれない……。

 ついつい暗い顔になってしまったハリーは、バーノンに郵便受けを見てくるよう言いつかった。気乗りせずにポストを開ければ、そこには新聞とバーノン宛の手紙が数通、それに、何故だかハリーとハリエット宛の手紙が一通ずつあった。

 ハリーは、すぐにシリウスからの手紙だとピンときた。あの悪戯好きのおじさんが、僕達を驚かせようと手紙を送ってきたんだ!

 ハリーはハリエットにも手紙を渡し、急いで開封しようとしたが、寸前でバーノンに取り上げられた。

「僕達の手紙だ! 返して!」
「部屋に行け! 早く行くんだ!」

 バーノンとペチュニアは、手紙の中身を見てサーッと血の気を失った。ハリーは悔しくなって地団駄を踏んだが、ポイッと居間から追い出された。結局、シリウスからの手紙は取り戻すことはできなかった。


*****


 ただ、驚くべきことに、ハリーとハリエットへの手紙は、それ以降みるみる倍増していった。郵便が休みの休日にまで、手紙が煙突やら玄関の隙間やら窓やらから飛び込んでくるので、ダーズリー一家は疲弊していた。シリウスはマジシャンなのだから、これくらいお手の物だとハリーとハリエットは嬉しそうに笑った。

 大量に届けられる手紙を拝借し、中を覗いてみると、ホグワーツ魔法魔術学校の入学を許可する、という文言が書かれていた。

「ホグワーツ? マジシャン養成学校かしら?」
「シリウスらしいや。これに返事を返せば、面白い所に連れて行ってくれるのかな?」
「切手を買わないと!」

 ハリエットは喜び勇んで郵便局へ行こうとしたが、生憎と彼女は一文たりとも持っていないことに気づいてなかった。

 夜になり、ダーズリー家が寝静まった頃を見計らい、切手を拝借すると、翌日の朝一にポストへ投函した。シリウスの住所も知らなかったが、彼はマジシャンだ。きっとこの手紙を受け取ってくれる。

 だが、翌日になってもシリウスからの接触はなかった。それどころか、彼は公園にすら姿を現さない。一日、一日と経つごとに、双子は今までにないこの状況に不安を覚えた。

 一方で、手紙の返事をしたというのに、ダーズリー家に届けられる手紙は相変わらず大量だった。止む気配すらない。いい加減堪忍袋の緒が切れたバーノンは、引っ越しを宣言した。

 折角の誕生日当日なのに、ハリーとハリエットは、彼らに付き合わされて、なんと海の彼方の、今にも壊れそうな小屋に泊まることになったのだ。

 バーノン達がいびきを掻いて寝静まると、堪えていた涙をポロリと零してハリエットは鼻を啜った。

「シリウスに会いたいわ……。シリウスに直接祝って欲しかったのに……」
「仕方ないよ。きっと仕事が忙しいんだ。ほら、僕が誕生日ケーキを描いてあげる」

 ハリーが地面に誕生日ケーキを描き上げた頃には、もう誕生日まで五分を切っていた。寒さに身を縮こまらせるようにしながら、双子はその時を待つ。

 三十秒……二十……十……五……三……二……一……。

 カウントがゼロになったとき、唐突にガチャリと扉が開いた。鍵を掛けていたはずなのに、まるでここが自分の家だと言わんばかり、侵入者はごく自然に開けたのだ。

 困惑と衝撃で玄関を見やれば、そこに立っていたのは、いつもと変わらない朗らかな笑みを見せるシリウスだった。

「やあ、ハリー、ハリエット! 十一歳の誕生日おめでとう!」
「し、シリウス?」
「どうしてこんな所に?」
「そりゃあ、君達に会いたくて来たに決まっている!」

 シリウスは、いつも以上に上機嫌だった。ハリーとハリエット、一人ずつに特大のケーキを渡し、わしゃわしゃと頭を撫でた。二人は顔を見合わせ、くすぐったそうに笑った。

 この騒ぎに目を覚ましたダーズリー一家が、飛ぶようにしてこちらへやって来た。震えながらライフル銃を構えている。

「お、お、お前! こんな所まで何の用だ! まだ何か言いたいことでもあるのか!?」
「ああ、そうだな。言いたいことは山ほどある。だが、今日の所は勘弁しておこう。何しろ、今日という素晴らしい日に乱暴な言動は似合わない」

 そう言ってシリウスは、いつものポケットから木の棒を取りだした。軽く振るうと、まるで粘土のようにバーノンの持つライフルがぐにゃりと曲がった。バーノンは腰を抜かしてへなへなとへたり込んだ。

「うわー……」

 シリウスのマジックには見慣れているとは言え、これにはさすがの双子もびっくりだ。驚きと尊敬が入り混じった顔で見上げれば、シリウスは悪戯っぽく笑った。

「驚いたか? だが、これは手品じゃない。魔法だ」
「魔法?」
「君達はわたしのマジックに種も仕掛けもないと驚いていたな。だが、実は仕掛けがある。これだ」

 そう言ってシリウスが掲げたのは、先ほどの木の棒。ハリーは変な顔になった。

「その棒にどんな仕掛けがあるって言うの?」
「魔法を使うにはこの杖が必要だ。魔法使い、魔女であれば、誰でも魔法を使うことができる。そして君達もそうだ」
「シリウス、そのジョークはあんまり面白くないよ。僕達、もう十一歳なんだからね」
「冗談だと思うかい?」

 シリウスはニヤリと笑い、そして杖を振るった。次の瞬間、瞬きもしないうちに驚くべきことが次々に起こった。

 小屋の中がポッと明るくなり、外のうるさい轟音が止み、部屋が暖かくなり、それどころか『ハリー、ハリエット、誕生日おめでとう!』の垂れ幕がいつの間にか垂れ下がり、辺りには妖精が飛び回り、小さな犬や鹿や狼が泳ぐように宙を飛び、チキンやら糖蜜パイなどの食事がどっさりテーブルの上に置かれていた。

「あ……えっ?」
「これで信じてもらえたかい? わたしは魔法使いで、君達だってそうなんだ」

 ダドリーがそうっとチキンに手を伸ばしたのを見て、シリウスは微笑みながら眼力を強めた。ダドリーはヒッと喉を鳴らして手を引っ込めた。

「さて、食事でもしながら話をしよう。君達の輝かしい未来について」


*****


 ハリーとハリエットの両親は、魔法使いと魔女だとシリウスは語った。そしてシリウスは同級生だったので、二人のことも良く知っているという。

 魔法使いは、十一歳になると魔法学校に入学できるようになる。ホグワーツからの手紙が、その証らしい。

 シリウスは、ホグワーツの教諭ではないが、ハリーとハリエットの知り合いだったことから、引率を頼まれたのだという。『初めて会う人よりも、わたしの方が良いだろう?』と言われ、双子はぶんぶん首を縦に振った。

 たくさんの料理やケーキをたらふく食べ、朝になると、いよいよ三人はホグワーツに入学するための入学用品を買いに行くことになった。

 漏れ鍋というパブに行く前に、シリウスは杖で双子の頭をとんと叩いた。彼が言うには、『目くらまし術』というもので、他の人から姿が見えなくなるのだという。

「どうしてそんなことをするの?」
「君達は――あー、ちょっとばかり有名なんだ。漏れ鍋に行けばいろんな人から囲まれてびっくりするだろうから、特別にね。もちろん、漏れ鍋を抜けた後は術を解くから安心すると良い」

 お酒を飲み交わすパブを抜けた後、シリウスはレンガの壁をまたしても杖で叩き、そして壁はみるみる変化を見せて、アーチ型の入り口に変化した。ここまで来ると、もう何が来ても驚かないぞという心境にまでなっていた。

 ダイアゴン横丁は、不思議の塊だった。こうもりの脾臓やうなぎの目玉の樽をうずたかく積み上げたショーウィンドウや、今にも崩れそうな呪文の本の山。羽根ペンや羊皮紙、薬瓶、月球儀なんかもある。終始開いた口が塞がらなかった。ハリエットは特に、イーロップのふくろう百貨店の前からなかなか動かなかった。大小様々、色とりどりのふくろうが可愛くて仕方なかったのだ。ハリーは苦労してハリエットを引っ張ったが、シリウスは急かすようなことはせず、にこやかにそれを眺めるだけだった。

 道中、双子は入学用品を買うためのお金がないと漏らしたが、両親の財産があるとシリウスは豪語した。『もちろん、ジェームズとリリーの財産は君達の将来のために取っておくつもりだがな』とシリウスはぶつぶつ口の中で言ったが、双子の耳には届いていなかった。

 お金はもうあるとのことで、三人は魔法界の銀行であるグリンゴッツには寄らなかった。ただ、その前を通ったとき、ダンブルドアの遣いだという、とんでもなく大きいハグリッドという人にも出会った。ダンブルドアの名にシリウスが反応し、上手いことハグリッドを引っかけ、『七一三番金庫からあるものを引き出した』という返答をもらっていた。

 三人は、まずマダム・マルキンの洋装店にやって来た。なんでも、制服を仕立てるのは時間がかかるので早いほうが良いらしいのだ。

「じゃあハリー、ハリエット。採寸の間、わたしはちょっと買い物をしてくる。万が一君達の方が早く終わっても、店の前で待ってるんだ。いいね? 間違っても知らない人についていってはいけない。ここはノクターン横丁が近いし、気をつけるんだ」
「分かってるよ」
「ちゃんとここで待ってるわ」

 シリウスはにっこり笑って双子の頭を撫でて去って行った。双子は店の扉を押し開いた。

「いらっしゃい。坊ちゃんとお嬢ちゃん。ホグワーツなの?」

 出迎えたのは、マダム・マルキンだった。ハリーが頷くと、彼女は微笑んだ。

「全部ここで揃いますよ。もう一人お若い方が丈を合わせている所よ」

 店の奥を覗くと、青白い、顎の尖った少年が踏み台の上に立ち、もう一人の魔女が長い黒いローブをピンで留めている所だった。マダム・マルキンはハリエットを店の入り口近くのソファに座らせた後、ハリーを少年の隣の踏み台に立たせた。

「やあ、君もホグワーツかい?」

 少年がハリーに話しかけた。

「うん」
「僕の父は隣で教科書を買ってるし、母はどこかその辺で杖を見てる」

 少年はどこか気取った話し方だった。彼は、ハリーにいくつか質問をしたが、ハリーは一つも答えることができなかった。なんたって、ハリーは魔法界のことを知ったのがつい半日前だからだ。

「ほら、あの男を見ろよ!」

 ハリーの反応をつまらなく思い、少年が窓を見やれば、そこに見覚えのある男を見つけた。少年は意地悪く笑って窓の外を指差す。

 つられてハリーがそちらに視線を向ければ、そこには両手に三つの大きなサイスを持ったシリウスが立っていた。ハリーと視線が合ったのに気づくと、嬉しそうにアイスを持ち上げる。

「シリウスだ!」
「知り合い?」
「うん。ホグワーツの教師の代わりに、僕らの引率をしてくれてる」
「闇祓いの局長が、どうしてそんなことをしてるんだ?」
「闇祓い?」

 またしても知らない単語が出てきて、ハリーは悲しくなってきた。シリウスとはもう何年も会って話してきたのに、どうして見も知らない偉そうな男の子から彼の話を聞かないといけないのだろう。

「知らないのか? もしかして君、マグル生まれかい?」

 少年は馬鹿にしたように鼻で笑った。

「ああ、それで納得がいったよ。血を裏切る者シリウス・ブラック――落ちぶれたものだな。ホグワーツの召使いでもできるような仕事をするなんて」
「彼って最高だと思うよ」
「へえ?」

 少年はせせら笑った。

「どうして君と一緒なの? 両親はどうしたんだい?」
「死んだよ」

 ハリーは短く答えた。

「ああ、悪かったね」

 ちっとも悪く思ってない口調で、少年はあっさり謝った。

 ハリーはむしゃくしゃして踏み台から降り立った。丁度採寸が終わったのだ。

「じゃ、ホグワーツでまた会おう。たぶんね」

 ヒラヒラと手を振って少年はハリーを見送った。それにおざなりに笑みを返し、ハリーはハリエットの所までやってきた。

「ハリー?」
「シリウスと一緒に待ってる」

 多くは語らず、ハリーはそのまま店を出た。これ以上あの少年と同じ所にいたくなかった。

「さあ、お次はお嬢ちゃんの番ですよ」

 マダム・マルキンが踏み台までハリエットを案内した。ハリエットはドキドキしながら踏み台の上に立った。そしてその高揚した気分のまま、隣の少年に顔を向ける。

「こ、こんにちは。あなたもホグワーツに行くの?」
「ああ。君はさっきの子の友達?」
「双子なの。私は妹よ」
「そうなんだ。あんまり似てないな」
「よく言われる」

 ハリエットは苦笑して答えた。双子だと言えば、皆が皆いつも同じ反応を返すのだ。

「ねえ、魔法って使ったことある? 私、つい最近まで魔法なんて全然知らなかったから、とっても不安なの。あなたは――」
「悪いけど、あまり話しかけないでくれるかな。マグルの臭いが移ったら困る」
「えっ……」

 一瞬何を言われたのか分からず、ハリエットは数度瞬きをした。

「あ、ご、ごめんなさい……」

 訳も分からずハリエットは謝った。何がいけなかったのか、しばらく考えてみてもさっぱり分からない。ただ、プライマリースクールでも同じようなことを言われていたので、慣れてはいた。初めての魔法界で、友達ができるかもとワクワクしていたハリエットにとっては、彼のこの対応はとてもショックな出来事だったが。

 すっかりしょげ返り、ハリエットは以後口を開かなかった。だんまりとした沈黙が漂うこの雰囲気を居心地が悪いと感じたのか、マダム・マルキンが声を潜めてハリエットに話しかけた。

「ねえ、お嬢ちゃん。もしかしてだけど、あの子、その……」

 そうして彼女がチラリと視線を外に向けた。そこにいるのは兄だ。

「ハリーですか?」
「ハリー?」

 驚いたように隣の少年が振り返った。

「ハリーって、ハリー・ポッター?」
「知ってるの?」
「彼、本当にハリー・ポッターなのかい?」
「ええ、そうよ。どうして知ってるの?」

 ハリエットの問いには答えず、少年はニヤリと笑った。踏み台から降り立ち、ハリエットの方へ歩み寄る。

「まあ、親しくして損はないかな。君、確か双子の妹だって言ってたね。僕はドラコ・マルフォイ」

 そして彼は徐に右手を差しだした。ハリエットが目を白黒させると、少年は軽く咳払いした。

「どうだい。僕はあのマルフォイ家の嫡男だし、君達と仲良くなるのにも充分だと思う」
「…………」

 ハリエットはじっと彼の右手を見つめていた。正直、複雑な心境だった。さすがのハリエットも、『マグルの臭いが移る』が悪口だというのは分かる。話しかけるなと言ってきたくせに、一体この手のひらの返しようはどういうことだろう。

 友達は欲しい。しかし、これは少し違うと思った。

「……よろしく」

 ただ、一応は好意的に差し出されている手を、ハリエットは無碍にはできなかった。それに、第一印象が悪くても、話をするうちに仲良くなれるかもしれない。

「採寸が終わりましたよ」

 マダム・マルキンが声をかけたのはハリエットにだった。ハリエットはポンと踏み台から降りた。

「僕はこれからドレスローブの採寸もある。じゃあ、またホグワーツで会おう」
「ええ」

 軽く頷いて、ハリエットは店を出た。シリウスの顔を見ると一気に緊張感が解けて長い息を吐き出した。

「あいつ、やな奴だったでしょ?」

 開口一番にハリーが話しかけてくる。ハリエットは笑って誤魔化した。

「でも、ハリーの名前を聞いたら、仲良くしたいって言われたわ」
「僕の名前?」
「ハリーは魔法界で有名なんだ」

 シリウスはハリエットにアイスを渡してくれた。魔法がかかっているのか、溶けている様子もない。

「だが、君達の名前を聞いて仲良くしようと言ってくる輩には注意した方が良い。大抵は『生き残った男の子』に興味があるだけなんだ」

 次に向かったのは、イーロップのふくろう百貨店だ。誕生日プレゼントとして、ハリーは雪のように白いふくろうを、ハリエットはフサフサとした灰色の豆ふくろうを買ってもらった。

「ハリエットはふくろうで良かったのか? ほら、君は猫が好きだろう?」
「だって、魔法界ではふくろうに手紙を運んでもらうんでしょう? 私達がホグワーツに行ったら、シリウスとは滅多に会えなくなっちゃうから、その、手紙の交換をしたくて……」

 ごにょごにょとハリエットの声は尻すぼみに小さくなっていく。シリウスは呆気にとられたようだが、すぐに嬉しそうに笑い声を上げた。

「もちろんだ。それならわたしもふくろうを買わないとだな。ホグワーツとわたしの自宅を何度も往復しても疲れない元気なふくろうが良い」
「何度も往復しなくたって、三羽もふくろうがいれば代わりばんこにお願いすれば良いよ」
「それがいい」

 買い物の最後には杖を買った。見た目はただの木の棒だが、不思議なことに、握るだけで何でもできそうな奇妙な感覚が沸き起こってくる。早速魔法を使いたくて堪らなくなったが、未成年は外で魔法を使ってはいけないのだという。少しがっかりした。

 夕方になると、シリウスはいつも通りプリベット通りの前まで送ってくれた。玄関の所で振り返り、いつまでも名残惜しげに手を振っていたら、シリウスは仕方なさそうに笑い、辺りをちょっと見回し、そして次の瞬間にはウインクしてパッと姿を消した。バシッと凄い音をたてていたが、これも魔法なのだろうか。

 家の中に入ると、大荷物を抱え、早速自分達の部屋に駆け込んだ。そうして、採寸の間シリウスが買っておいてくれた教科書やら教材やらの包みを興奮しながら開ける。彼が渡してくれた入学用品の中には長細い包みもあって、ハリー達は気になって仕方なかったのだ。

 教科書はへんてこりんなものばかりだった。魔法薬やら変身術やらの教科書に、大鍋やクリスタル製の薬瓶、真鍮製のはかりもあった。細長い包みは何のために使うのか、箒だった。

「これで掃除をするの?」
「違うよ。箒に乗って空を飛ぶんだ」

 立ち読みした本で知識を得たハリーは得意げに答えた。

「でも、あの子言ってたよ。ホグワーツに箒の持ち込みは禁止だって」
「シリウス、勘違いしたのかしら。でも、箒に乗って空を飛ぶなんて凄いわ。本当に魔法使いみたい」

 他にも、シリウスが買ってくれた物には、新しい服や羽ペンやインク壺、どんなにたくさん物を入れてもパンパンにならない鞄などがあった。

 一気に自分達だけの物が増え、部屋は狭くなってしまったが、そんなのが気にならないくらい、双子の胸はホグワーツへの期待に膨らんでいた。魔法魔術学校への入学が、楽しみで仕方なかった。




*おまけ:後見人馬鹿A*



「ダンブルドア、あの子達の引率はぜひともわたしに任せて欲しい」
「シリウス、以前から言っておるが、それはできん。わしはハグリッドに任せようと思う」
「ハグリッドだと!? ダンブルドア、ハグリッドは――悪い奴ではないが、しかしちょっとマグル界に疎い所がある……。それに、あの乱暴なマグルの家にはこれからも厄介になるんだ。ハグリッドが――少々強引に行って、もうあの子達を預からないと宣言されたら堪らない。何よりもハグリッドは大きすぎる。ハリエットが驚くかもしれない……ぜひともわたしに」
「君はホグワーツの教員ではない。魔法省の、それも闇祓い局長に引率を任せる理由がなくての」
「理由ならいくらだってある! わたしはあの子達の後見人だし、名付け親だし、父親の大親友だし、唯一面識があるし、それに何より、あの子達も慕ってくれている!」
「わしの苦言を無視して接触した結果、じゃがのう。シリウス、あの子達に自分が後見人だということは言っておらんな?」
「言ってない……口を滑らせたこともない」
「魔法のことを漏らしてもおらんな?」
「当たり前だ! そんなことをすれば、あなたはすぐにわたしとあの子達を引き離すだろう……」
「あの子達の未来のためには、今は魔法界のことを知らずに過ごした方が良いのじゃ」
「毎度のことながら、どうしてそういう結論に至るのか、わたしにはさっぱり分からないが。しかし、今回ばかりはわたしも譲らない。あの子達の素晴らしい門出はわたしが祝うんだ! わたしに引率をさせてくれ! 迎えに行かせてくれ!」
「シリウス……再三言っておろうが、君は表だっては魔法省の人間じゃ。それをどうしてホグワーツの仕事をさせる理由になる? ハグリッドが無理なら、わしはセブルスを行かせることも考えておる」
「スネイプだと!? もっと駄目だ! あいつのことだ、リリーに瓜二つのハリエットを拉致するに違いない!」
「シリウス、それは偏見というものじゃよ。さすがのセブルスも、その辺の理性は残っておろう……」
「いいや、あいつは危険だ! そもそもあいつの魔法薬学だってあの子達に受けさせたくないのに! 絶対にあいつはハリーをいじめるに決まっている!」
「少しは静かにしておくれ。シリウス、アラベラから報告を受けてはおったが……君は……本当に後見人馬鹿としか言い様がないのう」
「何とでも言ってくれ! そしてわたしに引率の許可を!」
「ああ……もう分かった……ハリーは生き残った男の子。ある意味では、魔法省の加護も必要と言える存在じゃ。シリウス、君にあの子達の引率を任せ――」
「有り難い! 三日三晩あなたに張り付いて説得した甲斐があった!! これで入学祝いだと称してしこたまプレゼントを贈ることができる……。いや、こうしちゃいられないな。早速今からあの子達の所へ行ってこよう! もう夜は遅いが、急げば日付が変わる瞬間に立ち会うことができる……一番におめでとうを言うことができる……」
「シリウス、わしの話を――」
「ダンブルドア! 今回のことは感謝する! あの子達に会ったら、わたしの株を上げておいてくれ!」