04

 おじさんと双子 

おじさんは人気者






 その犬に出会ったのは、夏休み一日目のことだった。

 ダーズリー家は初日からエンジン全開で、双子をいびりまくった。これから一ヶ月以上もの間、厄介者が家に居座ることに悲観したらしく、バーノンの暴言が飛び交い、ペチュニアの小言が炸裂し、ダドリーの暴力が猛威を振るい。

 ホグワーツにはスネイプといういびりの天才がいはするものの、ダーズリー家に比べれば極めて平穏な暮らしに慣れきっていた双子は、ものの数時間も経たずに家から逃げ出した。スネイプとは比較にもならなかった。だってそうだろう。スネイプは週に何度かやってくる数時間を乗り越えればそれで良いし、いびられるのは自分達だけではなく、おまけにそのことに対して愚痴を言える同志もいる。対してダーズリー家は、一日中ずっと同じ家にいて、理不尽を受けるのは自分達だけで、愚痴を言えるのは、同じく辛い思いをしている双子の片割れだけだ。閉鎖的な環境はこれ以上耐えられなかった。

 とにかく、最低夕方までは戻らないぞという意志の下、家を出た双子は、道路でウロウロしている大きな黒犬と出会ったのだ。

 その出会いは、まるでシリウスと初めて会ったときのことを彷彿とさせた。あの時のシリウスのように、黒犬は迷子のようなな顔でうろうろ道路を行ったり来たりしていたのだ。双子が出てきたのを見ると、黒犬は驚いたように耳をビクッと動かし、そしてすぐさま辺りを見回し、すぐ近くの生け垣に身を潜める。

 人間が怖いのだろうか。観賞用の小さな生け垣では、その大きな身体は全く以て隠せていなかったが、しかしそれでも懸命に身を隠そうと縮こまっていた。生け垣からはみ出た尻尾がしゅんと垂れているのが庇護欲をそそる。

「あなた、野良犬?」

 ハリーでさえちょっと可愛いと思ったのだ、ハリエットが同じことを思わない訳なかった。

「ここにいたら駄目よ。ここの家の人達は、野良犬が嫌いなの。見つかったら大変だわ」

 ハリエットが優しく声をかけると、黒犬はのそのそ生け垣から出てきた。上目遣いで双子を見ながら、ゆっくり、ゆっくり道路へと後退する。

「この子、どこへ行くのかしら」

 明るくそう言いながらも、ハリエットはもう既に歩き出していた。黒犬の後を追って。

 ハリーも慌てて妹に続く。

「まさか、ついて行くつもり?」
「だって行く宛ないじゃない」
「そうだけど……」

 双子の会話に、黒犬はピクリ、ピクリと時折耳を動かしながらも歩みを止めなかった。ようやく彼が止まったのは、廃れた公園に到着してからだっだ。――毎日シリウスと会った、あの公園だ。

「…………」

 まだ今は午前だ。シリウスが来る時間ではない。でも、もう双子は分かっていた。シリウスは、時間になったとしても、もう絶対にここには姿を現さない。愛想を尽かしたに決まっているのだから。

 ――その日、日が沈む前に双子は家に帰った。やはりシリウスは姿を現さなかった。


*****


 どうせシリウスは来ないと分かっていても、かつての日課というのは恐ろしいもので、居づらくなって家を出ると、足は自然と公園に向かっていた。毎日そんなことを繰り返していたが、シリウスは現れなかった。代わりに、初日に出会った黒犬が、どうやら公園に住み着いているらしく、双子と遊んでくれた。大きいのに、犬は大層毛並みが良かった。家からベーコンを持ってきてあげたら嬉しそうに食べてくれたし、ボールを投げたら口にくわえて戻ってきてくれた。首輪はないが、人に飼い慣らされたように従順なので、もしかしたら捨てられてしまった元飼い犬なのかもしれない。

 黒犬と毎日遊んでいれば、それがダドリーの耳に入ってくるのも時間の問題だった。あるときいつものようにベンチに座り、足をぶらつかせていると、ダドリー軍団がやって来た。

 いつも一緒にいる怖そうなシリウス・ブラックが、何故だか今年は全く姿を見せていないことに背中を押されたらしい。

「ついにあの変な男もお前達のこと見限ったみたいだな。嫌われたのか?」
「お前には関係ない」

 ピシャリとハリーがはねのけた。その返答が気に入らなかったダドリー達は、いつものごとくハリーを殴ろうとしたし、ハリエットの髪やスカートを引っ張ろうとした。だが、彼らの手が双子に触れる前に、茂みから猛然と何かが駆けてきた。――黒犬だ。

 クマのように大きい野良犬は、わんわんと大きく吠え、ダドリー軍団を追いかけ回した。彼らは蜘蛛の子を散らすようにして散り散りに逃げていく。

 黒犬は、特にダドリーを最後まで追っかけ回していたようだが、やがてそれにも飽きると、嬉しそうに尻尾を振って双子の方に駆け寄ってきた。ハリーとハリエットは、賢く勇敢な野良犬をたくさん褒めてあげた。

「そうだわ、スナッフル。私達、明日からここへ来られなくなると思うの」

 ふと思い出したハリエットは、黒犬に優しく話しかけた。

 ハリエットは、鼻をふんふんさせる姿が可愛らしいこの犬に『スナッフル』と名付けていた。ハリーには『そのままじゃないか』と言われたが、スナッフルと呼べば、黒犬は嬉しそうに返事をしたので、なし崩し的に名前がスナッフルに決定したのだ。

「マージおばさんが来るんだよ。最悪。でも、ホグズミードの許可証のサインをもらうためには我慢しなきゃ」
「フレッドとジョージが言うには、とっても楽しい所だそうね。バタービールがおいしいって!」
「何の悪夢か、僕らの保護者はあの人達だ。サインをもらうだけなのに、なんでこんなことしないといけないんだ」
「良いじゃない。ホグズミードに行ける日のことを考えましょう」

 ハリーとハリエットは、敢えて後見人の名前を出さなかった。彼ならば、喜んでサインをくれるかもしれない――でも、どんな顔をして頼めば良い?

 そろそろマージがやってくる時間だと、双子は肩を落としてダーズリー家に戻った。幸いなことに、まだマージは来てないらしく、ペチュニアは慌ただしく彼女を迎えるための準備をしていた。

「全く、一体どこをほっつき歩いてたんだい? 早くこっちを手伝いなさい! そこも片付けて!」

 ハリエットは慌ててキッチンへ駆け込み、ハリーはダドリーが散らかしたリビングのゲーム機を片付けた。付けっぱなしだったテレビがとある脱獄囚について警告を発していた。脱獄したのは、大量殺人鬼であるピーター・ペティグリュー。小柄で鼻が尖っており、どこかネズミを彷彿とさせる外見だ。やつれているその姿からは、あまり殺人鬼という印象は受けない。それとも、見た目に反して冷酷な一面を持っているのだろうか。

 それからすぐにマージがやって来たので、ハリーも呑気にテレビを見ていることはできなかった。彼女の話に合わせて愛想笑いをしたり、あからさまに自分達を馬鹿にしてくるのを受け流さなければならなかったのだ。

 マージがダーズリー家に滞在するのは一週間だ。彼女が去る日を指折り数え、とうとう最終日になったとき、事件は起こった。マージがハリー達双子の両親を馬鹿にし、それに我慢できなかったハリーが、彼女を風船のように膨らまして宙に飛ばしてしまったのだ。

 バーノンはカンカンになったが、ハリーも同じくらいカンカンになった。トランクを手に、ハリエットと共にダーズリー家を出て、そして偶然にも夜の騎士バスに拾われ、ダイアゴン横丁へ向かった。


*****


 夜の騎士バスを降りたハリー達は、すぐに魔法大臣のコーネリウス・ファッジに捕まった。未成年にも関わらず魔法を使ったとして、ホグワーツ退学を覚悟していた双子だが、何故だか今回はお咎め無しになるという。

 だが、別れ際、彼はあまり嬉しくない言葉を残していった。

『君達の後見人にも連絡をしたからね。ダーズリーの件が落ち着いたらこちらへ来るだろう。残りの夏休みは彼の所で過ごしなさい』

 その言葉を聞いたとき、正直な所、双子はおののいた。一体どんな顔して彼に会えば良いのだろう? それに、直接頼んだって一緒に住むことを断られたのだ。シリウスはきっと、ダーズリーの家に帰れと言うだろう――。

 シリウスは、そう間を置かず漏れ鍋にやって来た。周囲のざわめきとは反して、まるで通夜のような雰囲気で三人はテーブルに着く。

「――ファッジや、ダーズリーからことのあらましは聞いた。マージは元に戻したし、記憶も操作した。来年の夏休みからは、またダーズリーの家で過ごせるようになるだろう」
「素晴らしいニュースだね」
「……残りの夏休みは、もうあそこで暮らしたくないだろうから……わたしの家に来るか?」
「あなたの?」

 ハリーは悲しげに問い返した。

「僕は――あなたのことが分からない。一緒に住めないって言ったくせに、魔法大臣に言われたら仕方なく僕らのことを引き取るの?」
「そんなつもりはない」
「あるよ」

 冷え冷えとした空気に、ハリエットはおろおろしてハリーとシリウスを見比べた。ハリーの言い方は直接的で冷たい。だが、オブラートを欠いた彼の言葉は、ハリエットの本心でもある。だからこそ、止めるに止められない。言い方を変えたとしても、結局シリウスを責めるような口調になってしまうのは明白だったからだ。

「僕らのことは気にしないで。ホグワーツまで漏れ鍋に泊まるから。もうトムにも伝えてあるんだ」
「それは――駄目だ。君達は知らないかもしれないが……脱獄囚が辺りをうろついている。危険だ」
「ピーター・ペティグリュー?」

 ハリーが聞き返せば、シリウスはあからさまにビクッと肩を揺らした。暗い表情で『ああ』と応える。

「そうだね。マグル界にいた僕らなら知りもしないことだろうけど――でも、幸運なことにマグルのニュースでもやってたし、夜の騎士バスでも聞いた。大量殺人鬼なんだってね」

 皮肉めいた言葉にもシリウスは反応しない。まるで刑の宣告を待っているかのようにじっと俯いたままだ。

「だからって、ダーズリーの家だろうが漏れ鍋だろうが、危険度は変わらない。そうでしょ?」
「ペチュニアの家ならば、君達は安全なんだ。そういう魔法が掛けられている。君達の母親がかけてくれた魔法だ」

 思いもよらない言葉に言葉を詰まらせ、双子は手を握りしめた。そんな魔法があるだなんて初めて知った。どうして――今更そんなことを言ってくるのだろう。

「奴は君達を狙ってるんだ」

 シリウスは呟くように言った。

「だから、ダーズリーの家が駄目なら、わたしの目の届く所に置いておきたい」
「……どうして僕達を狙ってるの?」
「奴は――」

 シリウスは一瞬言葉を切った。

「奴は、ヴォルデモートの配下だ。奴は狂ってる。ハリー、君を殺せばヴォルデモートの力が戻ってくると、そう考えてるんだ」
「そんな……ハリーがヴォルデモートを倒したから、ペティグリューはハリーを恨んでるってこと?」
「……そんなようなものだ。とにかく、君達を放ってはおけない」
「でも、マグル界でも知られてるような脱獄囚が、堂々とダイアゴン横丁にやってくるとは思えない。あなたの家でも漏れ鍋でも、危険度は変わらないと思う」

 遠回しな拒絶だ。シリウスは絞り出すようにして言った。

「……分かった。わたしは――しばらく会いに来られないかもしれないが、君達の周りは警護をつけておく。何かあったら、これを使ってくれ」

 シリウスは、テーブルの上に書籍ほどの大きさの包みを置いた。

「両面鏡と言って、これを覗き込んでわたしの名を呼べば、わたしと話をすることができる。どんな些細なことでも良い。危険だと思ったら、わたしを呼んでくれ」
「……分かったわ」

 いつまで経ってもハリーが受け取らないので、代わりにハリエットが包みを受け取った。ハリーは視線を落としたままだ。

「では――もう行く。ハリー、ハリエット……今年は直接祝えなかったが、誕生日おめでとう」

 ハリエットがパッと顔を上げると、寂しげに微笑んだシリウスと目が合った。『ありがとう』と礼を述べたが、例年のような覇気はなかった。

 勘定をした後、シリウスは去って行った。ハリーがようやく顔を上げたのは、シリウスの姿が完全に見えなくなってからだった。


*****


 漏れ鍋での日々は、ダーズリーの家とは比べものにならないほど快適で居心地の良い生活だった。誰にも怒鳴られず、小言を言われず、仕事を言いつけられず、殴られず。朝はゆっくりすることができたし、それどころか、一日中ずっと自由時間だ。学用品を買いそろえると、ハリーはいつも高級クィディッチ用具店の『炎の雷・ファイアボルト』の元へ足繁く通った。世界一早いと言われる箒で、ハリーは心から羨ましいと思ったが、彼には一年生の頃シリウスに買ってもらったニンバスがある。そこはグッと我慢した。

 どうやって来たのか、ダイアゴン横丁には時折スナッフルも現れた。クマのように大きな身体は、始め『グリムだ!』と言われて人々から恐れられていた。しかし、双子が喜々として構い、そして犬の方もお腹を見せて双子に懐いているのを見て徐々に慣れ始めたようで、スナッフルがひょっこり現れると、彼に餌をやる魔法使いもしばしばだ――スナッフルは美食家なのか何なのか、あまり餌には興味を示さなかったが。

 とにかく、そんな穏やかな日々を二週間ダイアゴン横丁で過ごし、いよいよホグワーツへ戻る日がやってきた。最終日の数日はウィーズリー家も漏れ鍋に泊まっていたので、双子は彼らと共にキングズ・クロス駅へやって来た。

「ハリー……その、シリウスは……」

 ハーマイオニーが言いづらそうに尋ねた。ハリーは極力気にしてない風を装って答えた。

「さあ。忙しいんじゃない? 夏休みも一度も会いに来なかったし」
「でも、その代わりこの子と仲良くなったのよ」

 ハリエットはスナッフルを撫でながら努めて明るい声で言った。スナッフルは元気よく鳴く。

「ああ、手紙で言ってた子ね。本当に大きいわ」
「グリムじゃないよね?」

 おっかなびっくりロンが聞いた。スナッフルが不機嫌そうに鼻を鳴らすと、ロンはビクッと肩を揺らす。

「グリムって?」
「死神犬だよ。見たら二十四時間以内に死ぬんだ……。ビリウスおじさんも、グリムを見てすぐに死んじゃった」
「馬鹿馬鹿しい。そんなのは迷信だわ。現に、ハリー達は死んでないじゃない」
「うん、だからその子はグリムじゃないのかもしれない……。でも、どうしてこんな所にいるんだ? 君達が連れてきたの? ひょっとして飼うつもり?」
「いや、さっきホームでウロウロしてるのを見かけたんだよ。本当に不思議な子でね。プリベット通りに現れたと思ったら、次はダイアゴン横丁にいるし、挙げ句の果てにはキングズ・クロス駅……」

 ハリーは困った様子でスナッフルを見上げた。スナッフルは円らな瞳でハリーを見上げた。

「まるであなた達についてきたみたいね。これも何かの縁よ。飼ってみたら?」
「ホグワーツって、犬はオーケーなの? それにこんなに大きいけど」
「マクゴナガル先生に一度聞いてみないと……」
「すごく大人しい子なのよ。それに賢いし。一緒にホグワーツに行けたら楽しそうだけど――」
「おや、君達は野良犬をホグワーツに連れて行くつもりかい?」

 意地悪そうな声に振り返れば、そこにはプラチナブロンドの頭が二つあった。ドラコとルシウス・マルフォイである。

「しかもそんな凶暴そうな犬を……。まさか、逃げ場のないホグワーツ特急に乗せるなんて言わないよな?」

 彼の言い方に腹が立ったが、しかし言い返せないのは事実だった。立ち上がればクマほどに大きいこの黒犬は、初めて見る生徒にしてみれば恐怖以外の何者でもないだろう。

「ドラコ、構うな。きっと彼らには、何が常識かを説いてくれるような立派な大人が周りにいなかったのだろう」

 唇の端を歪め、ルシウスは大袈裟なほど周りをキョロキョロ見渡した。

「そういえば、君達の愛する後見人殿はどうしたのかな? まさか、子供の出立の見送りにも来なかったのか?」

 咄嗟に俯いたハリエットを視界に入れ、彼はより一層盛り上がった。

「よもやそこまで後見人としての役目を放棄しているとは思わなかった……。いや、今日彼は魔法省に出勤していないと言うから、てっきりここで会えるものと……」
「話はそれだけですか」

 ハリーはうんざりした顔を隠そうともせず言った。

「僕達、もう行かなきゃ」
「ああ、そうだな。引き留めて悪かった。せいぜい楽しいホグワーツ暮らしを。今年は去年よりはうんと楽しめるだろうな……」

 明らかに嫌味としか思えない口調でマルフォイ一行は去って行った。九割九分彼らは知っているのだ。ハリー達双子がピーター・ペティグリューに狙われる存在なのだと。

 しばらくしてホグワーツ特急の汽笛が鳴ったので、四人は汽車に乗り込んだ。乗り込む段階でまたもや不思議なことに、スナッフルの姿は忽然と消えていた。案外あの黒犬も野良犬生活を楽しんでるんじゃないかと見当をつけ、探すことはしなかった。


*****


 ホグワーツ特急に乗り込んだ時点で、シリウスとは少なくとも一年間絶対に会えないと思っていた。だが、その思い込みは早々に覆されることになる。

 ことが起こったのは、汽車が走り始めてまだそれほど時間が経ってない頃だ。突然汽車が止まり、凍えるほどの冷風が漂ってきたかと思うと、黒い影のような何かがハリー達のコンパートメントに突入してきたのだ。ゾッとする冷気がその場の皆を襲った。真っ暗になる視界の中、ハリーとハリエットは、誰かの叫び声を聞いたような気がした――と思った瞬間、それを上書きする大きさで『エクスペクト パトローナム!』と懐かしい声が響き渡った。

 目を瞑っていたせいか、それからは何が起こったかハリエットはすぐには分からなかった。スーッと冷気が去り、温かみが戻ってきたと思ったら、誰かにぎゅうっと力強く抱き締められたのだ。

「大丈夫か!?」

 耳元で叫ばれ、ハリエットは思わず目を開ける。すぐ隣には、一緒になってシリウスに抱き締められているハリーがいた。彼もこの状況に驚いているようだった。

「う、うん……」
「怪我はないか!? 具合は悪くないか!?」
「大丈夫だよ」
「――っ」

 シリウスは双子の身体が冷え切っていることに気づくと、焦った顔でコンパートメントの中を見回し――あろうことか、偶然乗り合わせた乗客の鞄を勝手に漁りだしたではないか。

 止める間もなく、シリウスは『R・J・ルーピン教授』と書かれた鞄から何かを取り出した。鬼気迫る顔で何を取り出したかと思えば――その正体は、なんてことないチョコレートだった。

「ほら、これを食べるんだ」
「い、いや、大丈夫だよ。そんな子供じゃないし、それにそれはその人のものだし――」
「いや、気にせず食べた方が良い」

 つい先ほどまでぐったりと眠りこけていた男性は、いつの間にかしゃっきり目を覚まし、杖を手に立ち上がっている所だった。

「今のは吸魂鬼と言ってね。奴に襲われたときはチョコレートが効果的なんだ」

 そう言うと、彼はローブのポケットから同じチョコレートを取り出し、パキンと割ってロンとハーマイオニーにも差し出す。

「ほら、君達も」

 四人がチョコレートを口にすれば、確かにじんわりと手先にも温かみが戻ってきた。不思議な気分でハリエットが手を開いたり閉じたりしていると、シリウスは心底安心したように空を仰いだ。

「リーマスが甘党で助かった……」
「人聞きの悪いことを言わないでくれ。ホグワーツを吸魂鬼が警護すると聞いていたから、予備にたくさん持ってきただけだ」
「大義名分ができたことをお祝い申し上げる」
「全く……」

 初めて会ったにしては、随分な軽口だ。いや、そもそも名前を知っていたということは。

「あのう……二人は知り合い……ですか?」

 この場の皆の疑問をロンが代表して口にしてくれた。男性とシリウスは顔を見合わせて笑った。

「知り合いというか……」
「友人だ。ホグワーツの同級でね」


*****


 汽車で出会ったリーマス・ルーピンは、闇の魔術に対する防衛術の新任教授だった。そしてシリウスは、病弱だというルーピンの代理授業の担当教師兼、ホグワーツの護衛を受け持つのだという。

 そうダンブルドアから紹介された双子は、非常にソワソワしだした。てっきりシリウスに嫌われたと思っていたのに、吸魂鬼に襲われたときは過保護なほどに心配してくれたし、少なくとも一年間は絶対に会えないと思っていた彼に、これからも定期的に会えるのだ。『シリウスを見つめてたってお腹は一杯にならないぜ』とロンにからかわれても気にならないくらいには、ディナーのご馳走には目もくれずシリウスのことをじっと見つめていた。

 新任教授は、ルーピンやシリウスだけでなくハグリッドもだった。彼も今学期から魔法生物飼育学を担当するらしく、顔を真っ赤にして生徒たちからの拍手を喜んでいた。

 夕食が終わると、ハリー達四人はハグリッドの所までやって来た。彼の就任を祝うためでもあるが、ハリーとハリエットの本当の目的は、少しでもシリウスと話す時間が欲しかったから、というものだ。ただ、彼と喧嘩していたのは事実なので、素直に彼の元へ直行することができなかったためにそんな回りくどい行動を起こす羽目になったが。

「ハグリッド、おめでとう」
「いやあ、ありがとう。お前さんらには一番に報告したかったんだが、驚かせるのも面白いかと思ってなあ」
「一番驚いたのは、ハグリッドがあんな凶暴な教科書を送ってきたときだよ。噛まれるかと思ったんだから」
「俺の喜びを少しでも伝えたくてな。可愛い奴だろう?」
「どこが! ハリエットみたいなこと言わないでよ」

 ハグリッドと話ながらも、双子の視線はチラチラとシリウスに向けられる。痺れを切らしたのはハーマイオニーだった。

「あの、ホグワーツ特急ではありがとうございました。お二人とも教授だったんですね」
「わたしはただの代理だがな。君がハーマイオニー・グレンジャーだね? 君のことは――あー……二人から聞いている」
「私も、ブラック先生のことは二人から聞いてます。とっても優しくて面白い人だって」
「ありがとう」

 シリウスはちらりと双子に目を向けた。ハリーはその視線から逃れるようにして『変なこと言わなくて良いよ』とハーマイオニーに囁いた。

 顔見知り同士が話さないので、気まずい沈黙が流れる。ルーピンが咳払いをした。

「そろそろ君達は寮に戻った方が良い。あんまり遅れると、合言葉を聞き逃して締め出されてしまうかもしれないからね」
「はい。先生の授業楽しみにしてますね」
「ありがとう。私も気合いを入れて準備をしよう」

 大広間を出ると、ロンが早速ダメ出しをした。

「君達ったら、シリウスの前になると途端に借りてきた猫みたいになるんだから」
「ロン、ブラック先生よ、先生」
「僕達の身になって考えてもみろよ。気まずいったらありゃしない!」


*****


 それから、三度目のホグワーツでの暮らしが始まった。新任教授であるルーピンの授業は、たった一日目から大多数の生徒の心を掴んだ。今までの教授と比べるのもおこがましいくらいに分かりやすく、優しく、その上面白いともなれば、人気が出ない訳がなかった。そしてそれは、代理教授の影響もあった。

 ルーピンの旧友だというシリウス・ブラックは、本職があるので、ホグワーツには滅多に顔を見せなかったが、ルーピンの体調が悪く授業を休む日や、闇祓いが非番の日には何故か気まぐれにこちらに顔を出していた。

 彼の授業も、ルーピンとはまた違った意味で面白く、その上真面目なルーピンが駄目だと言うことでも、シリウスは悪戯っぽい笑みで許可したり素知らぬ振りをすることもままあった。おまけにハンサムで闇祓い局長ともくれば、女生徒の心を鷲掴みにすることなどいとも容易い。

 双子は、生徒に大人気なシリウスのことが大層気にくわなかった。授業終わりには生徒たちに一斉に押し掛けられ、廊下では息つく暇も無く声をかけられ、大広間では熱い視線を一身に浴び。

 正直――ヤキモチを焼かない方がおかしいというもの。

 マグル界では、ハリーとハリエット、そしてシリウスという三人だけの世界だった。それが、ホグワーツに来た瞬間どうだ。毎日毎日会っていたのが、手紙で我慢する日々に変わり、シリウスと喧嘩した瞬間ぱったりと会えなくなり、挙げ句の果てには『自分達だけのシリウス』が、『皆のシリウス』になってしまったのだ! こんなの、全く以て面白くない!

 日に日にぶすっと不機嫌になっていく双子に対し、ロンとハーマイオニーはお手上げだった。本来ならば、『もうすぐホグズミードに行けるだろ』とでも言えば途端に元気を取り戻すだろうが、しかし生憎この双子は、そのための許可証にサインをもらえていない。何とも不憫なことに。

 ロンは代わりに別の方法を思いついた。

「でも、よくよく考えれば君達、別に無理してダーズリーにサインをもらわなくても良かったじゃないか」
「どういう意味?」
「シリウスがいるじゃないか。後見人の」

 ハリーとハリエットは途端に渋い顔になった。彼とは、未だ明確な仲直りには至ってないのだ。例によって人気者のシリウスと二人きりで話せたことは相変わらずないし、いつも遠目で彼が笑っているのをじっと見つめるくらいだ。だが、授業では普通に――むしろ他の生徒よりも若干友好的に――接してくれるので、もしかしたら喧嘩したことはなかったことにしてくれるかもしれない。

 でもやっぱり不安だ、断られたらどうしよう、無視されたらどうしようと、でもでもだってを繰り返す双子を、ロンとハーマイオニーはうんざりした顔で談話室から追い出した。曰く、シリウスと話せるまで今日は戻ってくるな、とのことだ。

 仕方なしに、不安いっぱいの面持ちで、双子はシリウスの部屋を訪れた。今日は闇祓いが非番だったので、ホグワーツに遊びに来ていたらしい。

 シリウスは、突然の訪問にとても驚いている様子だった。慌てたように『紅茶はどうか』とか『少し歩くか』とかいろいろ話しかけてきたが、ハリー達が返事に戸惑っているうちに、否と受け取ったのか、唇を結んでまた椅子に座り込んでしまった。シリウスは入り口近くのソファを勧めたが、ハリーはそこには座らず、シリウスの前まで歩みを進めた。

「僕達……アー、ホグズミードに行きたいんだ」

 迷いあぐねた末、ハリーは結局単刀直入に言うことにした。今の心境では、世間話をするつもりには全くなれない。

「でも、そのためには保護者からのサインが必要で……ダーズリーが大人しくサインしてくれるなんて、シリウスも思わないでしょう?」
「ああ……そうだな」
「だから僕達、サインを頼みに来たんだ。その、つまり……後見人であるあなたに」

 ハリーは黙って許可証を差し出した。シリウスはしばらく黙ってそれを見つめる。

「シリウスならマクゴナガル先生も何も言わないと思う……だから」
「いや……わたしはこれにはサインできない。君達をホグズミードに行かせたくないんだ」

 シリウスは真剣な表情で許可証を返した。

「君達は脱獄囚に狙われてる身なんだ」
「でも、白昼堂々脱獄囚がホグズミードにやってくると思う? それに、あそこには吸魂鬼もいるんだ」
「だが、アズカバンすら脱獄したような奴なんだぞ。どんな手段を使ってくるか分からない……。わたしは、君達を危険な目に遭わせる訳にはいかない」
「……分かった」

 何かを必死に堪えている顔で、ハリーはゆっくり頷いた。ハリエットも頑張って微笑みのようなものを浮かべる。

「邪魔してごめんなさい」
「……いや」

 許可証の話が終われば、もうシリウスの部屋にいる理由もなくなる。

 双子は意気消沈しながら黙って部屋を後にした。シリウスも、引き留めてはくれなかった。


*****


 ハロウィーンの朝、双子は惨めな気持ちでロンとハーマイオニーを見送った。『たくさんお土産買ってくるから!』と言ってくれたが、残念ながら気持ちが晴れることはなかった。

 すっかり落ち込みながら校内を歩いていると、丁度三階の廊下にさしかかった所でルーピンと出くわした。扉からひょっこり顔を出し、彼はにっこり笑った。

「奇遇だね。ちょっとお茶して行かないかい?」

 断る理由もなかったので、双子は誘われるがまま彼の部屋に入った。気晴らしに誰かと話していたいという気持ちもあったからだ。

 入室してすぐの所に、大きな水槽が置いてあった。中には鋭い角を生やした緑色の生き物がいた。ハリエットは気味が悪く水槽を遠回りして椅子に座った。

「水魔だよ。次の授業でやろうと思ってるんだ」
「戦うんですか?」
「そうだね。でも、水魔はあまり難しくないから、コツを掴めば簡単さ」

 ルーピンは双子の前に入れたてのティーカップを置いた。二人は有り難く紅茶をすすった。

「浮かない顔をしていたが、何かあったのかい?」
「ホグズミードに行けないのが残念なんです」

 適当に答えてやり過ごそうと思っていたら、ハリエットが馬鹿正直に答えてしまったので、ハリーは恨ましげに妹を睨んだ。

「ああ、そうか。今日はホグズミードだったね……」

 ルーピンは懐かしむように目を細めた。

「でも、そんなに気に病むことはない。なに、常にホグワーツは吸魂鬼が警護してるし、優秀な闇祓いもちょくちょく顔を見せている。……ペティグリューもすぐに捕まるだろう」

 一瞬、彼は痛みを堪えるように顔を顰めたが、瞬きをしてる間に、元の穏やかな顔に戻っていた。気のせいだろうかとハリエットが困惑する間に、話はこの前の授業に移り、ハリーがボガートと戦わせてもらえなかったことについて、ルーピンの答えをもらった。

 ハリーがルーピンに守護霊の呪文を教えてもらう約束を取り付けていると、ノックの音と共にスネイプが入ってきた。手には悪臭を放つ怪しいゴブレットがある。

 話を聞くに、スネイプはルーピンの持病に効く薬を持ってきたようだが、ハリーはコソコソとルーピンにそれを飲まないよう必死に説得した。スネイプが毒殺してでも闇の魔術に対する防衛術教授の座を狙っているのは明白だったからだ。

 だが、ルーピンはそれを笑って受け流し、何の躊躇いもなく不味そうな薬を飲み干した。ハリーの声が聞こえていた訳ではないだろうに、スネイプは心外だと言わんばかりの表情でハリーを見た。

「ポッター、我輩に何か意見でもおありかな?」
「いいえ」
「セブルス、すまなかったね。いつも助かるよ」

 ルーピンはゴブレットを綺麗にしてからスネイプに返した。スネイプはまたハリーをチラリと見て、口元を歪める。

「後見人よりも――ルーピン、君に懐くとはな。厄介ごとから逃れられたとブラックもさぞ清々していることだろう」
「生憎と、シリウスから嫉妬をぶつけられてうんざりするくらいだよ。私達の間では、彼は後見人馬鹿と言われて名高いからね」
「そう言われるだけのことを奴がしているとは思いも寄らないがね」
「そりゃあ、君には絶対に弱みなんて見せないだろうさ」

 素知らぬ顔で言ってのけるルーピンにスネイプは苦々しい顔つきになり、そのままくるりと踵を返して出て行った。知らず知らず息を詰めていたハリエットはホッと胸を撫で下ろした。

「別に、僕達は気にしません」

 ハリーは俯きながら早口で言った。

「スネイプはいつもあんな感じだし……」
「私が嘘をついたと思っているのかい?」

 ルーピンは思わずと言ったように苦笑した。

「実はね、君達をお茶に誘うように言ってきたのはシリウスなんだ」

 えっと双子は同時に顔を上げた。表情までもがそっくりだったので、外見は似てないのに仕草はそっくりだと言うシリウスの話は本当だとルーピンは内心笑いをかみ殺した。

「今日は、君達を二人だけにさせたくないからってね。いや、別にホグズミードだからという訳じゃなくて」

 ルーピンは目を細めた。ハリーとハリエットは、彼が言わんとしている意味が分かった。今日はハロウィーン――父と母の命日だ。

「本当は自分が一緒にいたいけど、気を悪くするかもしれないからって……随分落ち込んでいたよ」
「…………」

 何と返したら良いか分からなくて、ハリーはティーカップに口を付けた。お茶はすっかり冷たくなっていた。

「少しだけ――本当に少しだけ、考えてあげて欲しい。仕事の合間を縫って、毎日――それも同じ時間にマグル界へ行くことが、もしかしたら……一緒に住むこと以上にとても大変なことなんじゃないかと……」
「でも、今年は来てくれなかった」

 言い終えてから、ハリーは拗ねているようにしか聞こえない己の言葉に焦って付け足した。

「別にいいんですけど。闇祓いは忙しいって聞くし」
「ペティグリューが脱獄した件で、この夏闇祓いは引っ張りだこだったからね。一日や二日くらいシリウスも行けない日はあるさ」
「一度も来ませんでした」
「……まさか」

 ルーピンは数度瞬きをしたあと、笑い飛ばした。

「局長が毎日同じ時間に抜け出すって、シリウスの部下が愚痴を履いてるのを又聞きしたばかりだよ」
「…………」

 双子が黙りこくったままなので、ようやく冗談ではないらしいと気づいたルーピンは、ひどく気まずそうな顔になった。

「シリウスは、ああ見えてとても臆病なんだ」

 苦し紛れにそう弁護するくらいには、他に言い訳が思いつかなかったらしい。

 ハリーとハリエットは、ちらりと視線を交わし合った。

 ルーピンの言いたいことは分かっている。だが、かといってどうすればいいのだろう。自分達が意固地になって、以前のように素直になれないというのが要因なのはよく分かっている。でも、片割れとだって喧嘩したことはないのに、絶対に嫌われたくない人との仲直りの仕方など、分かるはずもなかった。

 自分たちには会いに来てくれないのに、彼は一体どこで何をしていたのだろう。

 そう考えると、ひどく落ち着かなくなって、胸が痛いほどに締め付けられた。




*おまけ:後見人馬鹿C*



「……死にそう」
「はい?」
「ハリーとハリエットと喧嘩をした」
「どうせ君が何か怒らせるようなことをしたんだろう。聞くに、君は大層な後見人馬鹿だとか。二人は年頃なんだ。あんまり干渉しすぎると嫌われるよ」
「違う。二人が怒ったのはそこじゃないんだ。……ダンブルドアが、まだヴォルデモートの残骸が残っていると。それが二人に危害を加えるかもしれないから、ダンブルドアの保護呪文を継続させるためにペチュニアの家に二人を留まらせる――そう言っていたのは覚えてるな?」
「もちろんだよ。そのことを知ってるのは我々不死鳥の騎士団のみだけどね」
「ダンブルドアは、わたしが後見人だということを知れば、あの子達は一緒に住みたいと言うだろうと。そしてそんなことを言われれば、わたしが断ることができないからと、後見人であることを黙っているよう言われたんだ。……そしてそれが、ルシウス・マルフォイのせいでバレた」
「二人はなんて?」
「――予想通り、一緒に暮らしたいと。わたしが駄目だと言えば、中途半端に期待させるなと」
「それは……ご愁傷様……」
「あの子達を、失望させてしまった……」
「でも、こうなるのは仕方のないことだったよ」
「いや、そんなことはない。……わたしはなんて情けない後見人なんだ」
「私は、君はよく頑張ってると思うけどね」
「……そのくせ、君は良いよなあ」
「はい?」
「突然現れた新任の教師。優しく、人望もあり、授業は面白い。おまけに、聞けば両親の親友だという。なんて偶然なんだ! 僕達にもっと父さんと母さんの話を聞かせて! ――いいよ、授業終わりにおいで。お茶をご馳走してあげよう。いや、休日でも良いよ。君達のためなら、いつでも時間を空けよう――」
「ちょっと待ってくれ。それ私の真似かい? 気持ち悪いから止めてくれないかな」
「君はあの子達と共に素敵なホグワーツライフを送るんだろう……そしてわたしは一人寂しく家でグラスを傾けるんだ」
「働け働け。君は闇祓い局局長だろう」
「闇祓い……教師……そうか、そうだな」
「また碌でもないことを思いついたんじゃないだろうね?」
「学生時代、優等生で人当たりも良く、皆から慕われていた君には、唯一の欠点があった」
「急になんだい?」
「満月を見ながら、女性と語り合うことができなかったことだ」
「はあ。そんなことしようと思ったのは君ぐらいだと思うけど」
「そしてそれは今も変わらない。その欠点を知っているのは、わたしとダンブルドアだけ。ならば、サポートできるのもわたしとダンブルドアだけ。満月の日は授業はどうするつもりだ? まさか、今にも死にそうな顔で生徒たちの前に立つ訳じゃないだろうな?」
「その日は休ませてもらうとダンブルドアにも話してあるよ」
「授業は誰がするんだ? まさか休講というわけにはいかないだろう?」
「誰か代わりの先生がやってくれるだろう。たぶん第一候補はセブルスだね」
「スネイプだと!? それは駄目だ! ハリーから聞いてるぞ。あいつは魔法薬学のたびに喜々としていじめてくると! それに、スネイプのせいであの子達が闇の魔術に対する防衛術が嫌いになったらどうする! わたしは闇祓いなんだぞ!? その延長でわたしの職業まで嫌いになって、果てはわたしのことまで大嫌いになったらどうしてくれる!」
「飛躍しすぎだよ……その逞しすぎる妄想力は一体どこで培ったんだ」
「喧嘩したとは言え、二人はまだわたしのことは……嫌いでは……ないはずだ……」
「自分でもちょっと自信がないのかい? 困ったな、あれほど自信過剰だったシリウスがね。アーサーから覚悟はしておけと言われたが……シリウス、君はまるであの頃のジェームズのようだよ。ジェームズもリリー、リリーとうるさかった……」
「わたし達は魂の双子だからな……はは……ハリーとハリエットと一緒だ……」
「ちょっと壊れてきたかい? さすがに心配になってきたかも」
「そう思うのなら、ぜひ君の助手をわたしに務めさせてくれ」
「急に真顔にならないで。で、なんだって? 助手?」
「ああ。満月の日はわたしが代わりに授業をやろう。何せ闇祓いなんだ、その実力はあるだろう?」
「自分が何を言ってるのか分かってるのかい? 君は魔法省の人間だ。そんなことをしたら、魔法省がホグワーツに干渉してきたとして大きな騒ぎになるぞ」
「ホグワーツの代理教授はアルバイトみたいなものさ。なんなら、ハリーとハリエットの授業の時だけで良い……」
「欲望に忠実すぎるな。そんなことダンブルドアに言ってみろ、君の野望は打ち砕かれるだろうさ」
「いや、でも直談判して見る価値はある……なんたって、今年は危険なんだ。ホグワーツと言えども、闇祓いの護衛は必要だろう」
「吸魂鬼で充分だと思うけどね」
「あんな危険な奴らをあの子達の傍に近寄せられるか! もし万が一――あの子達が最悪な記憶を――あの夜のことを思い出すようなことがあれば、わたしは吸魂鬼を皆殺しにしてやる!」
「あのね、仮にも学び舎に勤めたいと言いだしたからにはあんまり物騒な言葉を使わないでくれるかな」
「なに、わたしを助手にしてくれるだって? さすが、持つべきものは大親友だな!」
「あの……ちょっと……」
「ようし、次はダンブルドアだ! 君のおかげで自信が湧いてきた! 絶対に認めさせてみせる!」
「私の話を……」
「リーマス、あの子達に会ったらぜひとも後見人についてフォローしておいてくれ! あとわたしの株も上げておいてくれ!」