マルフォイ家の娘

04  ―開かれた世界―








 大嫌いな『マグル』の少ない時間帯を選んでわざわざ早く出発したはずが、新学期のためか、マルフォイ家が揃って顔を限界まで歪めるくらいには、大量のマグルがそこかしらに発生していた。魔法の車でのんびりキングズ・クロス駅まで行くはずが、道中ひどく混み合っており、車から降りてもまず九と四分の三番線までたどり着くまでに大勢のマグルの間を縫って歩かねばならなかった。

 なんて嫌な臭いなんでしょうと言わんばかりにナルシッサは鼻をハンカチで押さえ、ルシウスもステッキ捌きが粗雑になり、ドラコはというと、すぐに周囲に気を散らして歩みを遅らせる妹の手を引いて歩かなければならなかった。しかしそれも仕方がない。ハリエットは、今までろくに外に出たことがなく、更に言えば、マグルを見ることすら初めてだったからだ。

 魔法族とマグルの差は、見ていればすぐに分かった。魔法族は誰かしら腕や鞄にローブを掛けていたし――マグル界でローブは目立つという知識は持っているのだ――マグルの方は、どう見ても珍妙な格好をしている人が多かったからだ。おそらく、マグルから見れば魔法族の方が変な格好をしていると思うのだろうが。

 足早に歩いて行くルシウスとナルシッサに対し、ハリエットが遅れなかったのはひとえにドラコのおかげだ。ようやく九と四分の三番線の壁を抜けると、ドラコはパッとハリエットの手を離す。

「全く世話が焼ける。あんな所で迷子になったらどうするつもりだ?」
「だって、何もかもが物珍しくて……」
「マグルに興味を持ったって良いことない」

 ドラコは声を潜めた。ルシウスやナルシッサに話を聞かれないための配慮だろう。それでもハリエットは後ろ髪引かれる思いだった。こんなに近くにいるのに、マルフォイ家と共にあれば、きっと一生マグルと接する機会などないだろう。

 プラットフォームでは、しばしの別れを惜しむ家族でひしめき合っていた。マルフォイ家も類に漏れず、ルシウスはドラコと右手を握り合い、ナルシッサはドラコを優しく抱き締めた。

 居住まいが悪くなって、ハリエットは視線をホグワーツ特急へと滑らせた。

 もくもくと白い煙を上げている汽車は真っ赤な機体をしている。等間隔に並べられた窓からは、ちらほら生徒の姿が見え隠れしていた。

 そのうちの窓の一つ――半分ほど開けられた窓から、丸い眼鏡の少年がこちらを見つめていた。ハリーだ。ハリエットはすぐに気づいた。

 目が合ったハリーは、何とも奇妙な表情を浮かべた。ハリエットとしても、あまり嬉しくない場面を見られたという自覚はあった。だが、ハリーがその時浮かべた表情は――同情でも慌てたような表情でもなく――ただただ困ったような顔だった。言葉で言い表すならば、そう――。

『君もかい?』

 そんな風に問いかけるような顔だった。

 ハリエットは、不思議と彼が言わんとすることが分かるような気がした。それはおそらく向こうもそうだろう。ハリエットもまた困ったような顔をすれば、ハリーは驚くでもなく、一層へにゃりと眉を垂れさせた。

『そうよ』
『お互い苦労するね』

 そんな風な会話を交わせたような気すらする。そして、それはきっとそう当てずっぽうでもない。その時にはハリエットは全て理解していた。ハリーの眼鏡が壊れかけであること、彼の身体がやせっぽちで、にもかかわらずその身体にそぐわない大きな色褪せた洋服を着ていること。窓からは上半身しか見えないが、今日の彼もまた、お世辞にもお出かけには見えない洋装をしていた。

 きっと、外見だけで見比べるのであれば、ハリーとハリエットは似ても似つかない。少なくともハリエットは、充分な食事と清潔で綺麗な洋服を着させてもらえるからだ。しかし、それでも。

 心の奧底では、きっと兄妹として育ったドラコよりもハリーの方が自分に近い。ハリエットはそう確信していた。

「ハリエット」

 幸せな家族に囲まれたドラコが、ハリエットの名を呼んだ。

「なあに?」
「もう行くぞ。そろそろ出発だ」

 一瞬ドラコへ向けた視線を再びハリーに戻せば、彼はもうこちらを見てはいなかった。何となくもの寂しい気持ちを抱えながら、ハリエットはドラコの後に続いて汽車に乗り込んだ。ハリーとまた話してみたくて、さり気なく誘導しようとしたが、ドラコはすぐに近くのコンパートメントに身を滑り込ませてしまった。どうやら、そこが目的の場所だったらしい。

「先に取っておいてもらったんだ」

 どこか自慢げに言うドラコの視線の先には、大柄な男の子が二人、肩を並べて座っていた。彼らの丸太のような太ももには、大量のお菓子が積まれている。

「まだ出発もしてないのに、もうこんなに食べたのか?」

 ため息をつきながら、ドラコはトランクを奥に詰めた。前の座席に腰を下ろし、男の子達の方を顎で指し示す。

「クラッブとゴイルだ。こっちは妹のハリエット」
「ドラコから話は聞いてるわ。よろしくね!」

 顔を見合わせてもごもご話そうとするクラッブとゴイルだが、残念ながら口に大量のお菓子が詰まったままだったので、何を言っているのかは分からない。ひとまずハリエットは笑顔で右手を差しだし、しかしドラコはというと、不機嫌そうに妹の手を自分の方へ引き寄せた。

「素手でお菓子を食べるような奴とよく握手したいなんて思えるな」
「でも仲良くしたいし」
「よ、よろしく」

 クラッブとゴイルは、緩慢な動作で手をズボンで拭った。とはいえ、ドラコの手前ハリエットに向かって握手を求めるようなことはしなかった。

「でも、マルフォイに妹がいるなんて初めて知った」
「今紹介しただろ」
「あんまり似てない」
「お前達はそっくりだけどな」

 ポンポンと交わされる会話に、ハリエットは、昔ながらの友達は違うなあとの感想を抱いた。そして同時に、ホグワーツで自分も同じような存在を見つけたいと強く思った。

 汽車が走り出してしばらくすると、車内販売がやって来た。クラッブとゴイルはそこでも大量にお菓子を買い、ゆっくり話をする間もなく口にたくさん詰め込んでいた。

 丁度お昼を過ぎた頃、コンパートメントの外が騒がしくなった。話題に上がってるのはハリー・ポッターで、何でも、最後尾の車両に乗っているらしい。ペットのヒキガエルを探しに来た男の子にも、その手伝いをしているという女の子にも全く興味を示さなかったドラコだが、ハリー・ポッターの名を耳にすると、途端にそわそわ落ち着きがなくなった。

「会いに行くか。彼も僕達みたいな魔法族と一緒にいた方が有意義だろう」
「私も会いに行きたいわ。一緒に行っても良いでしょう?」

 ハリエットももちろん立ち上がる。だが、ドラコはこれに眉根を寄せた。

「ハリー・ポッターに興味があるのか?」
「そりゃあ、初めて会った子がハリーだし……。それに、ドラコだって興味あるんでしょう? 私だって一緒よ」

 きっと、ハリエットのハリーに対する思いとドラコのそれは別物だ。薄ら分かってはいたが、何となく後ろめたい気がして、ハリエットはその差を明確にはしなかった。

「まあ良い。お前達も行くぞ」

 パチパチと瞬きをして、クラッブとゴイルは立ち上がった。両膝からポロポロとお菓子の屑がこぼれ落ちたが、ドラコは顔を顰めるだけで何も言わなかった。

 最後尾の車両につくと、ドラコはコンパートメントの窓からちらちら中を覗きながら歩いた。そして目的の場所を見つけると、ニヤリと笑ってノックをし、扉を開ける。

「やあ。この間振りだね」

 ちょっと気取った挨拶ねと思いながらも、ハリエットはドラコの肩越しにコンパートメントを覗き込んだ。そこにはやはりハリーと、そしてもう一人赤毛の少年が座っていた。

「汽車で君のことが話題に上がってたから、こっちへ来てみたんだ。ポッター君。僕達のコンパートメントに来ないかい? 君はマグル界で育ったそうだね。魔法界の常識をいろいろと教えてあげるよ」
「アー、うん、ありがとう。でも、僕はここに残るよ。ロンがいるから」

 ハリーの言葉に、ロンと呼ばれた少年の顔がポッと赤くなった。ドラコはそれをチラリと見て唇の端を歪める。

「君はウィーズリー家かい? いや、聞くまでもないね。父上が言ってた。ウィーズリー家は皆赤毛で、そばかすで、育てきれないほどたくさん子供がいるってね」

 ハッとしてハリエットが服の裾を掴んでも、ドラコは止まらなかった。

「ポッター君が付き合うには少し見劣りする魔法族だと僕は思うけど」
「僕が誰と付き合うかは僕が決めるよ。どうもご親切様」

 ドラコはハリエットの手を振りほどいた。完全に頭に血が上っている。

「僕ならもう少し気をつけるけどね。礼儀を心得ないと、君の両親と同じ道をたどることになるよ。ウィーズリー家やハグリッドみたいな下等な連中と一緒にいると、君達も同類になるだろうさ」

 ハリーとロンはいきり立って立ち上がった。

「もう一回言ってみろ」
「僕たちとやるつもりかい?」

 ドラコは笑ったが、ハリーはキッパリ言った。

「今すぐ出て行かないならね」
「止めて――止めて!」

 今にも喧嘩が始まりそうな雰囲気に、ハリエットは声を張り上げた。ドラコが手を出すようなら、意地でも止めるつもりだった。だが、動き始めたのは彼ではない。

 クラッブやゴイルは、あまりあるお菓子の山に興味があったようで、ゴイルがそのうちの一つに手を伸ばしたのだ。しかし、それを許さなかったのは一匹のネズミだ。

「スキャバーズ!」

 ペットだろうか。ロンが悲鳴を上げる中、ゴイルもまた噛みつかれたことにより唸るような叫び声を上げ、激しく腕を振るった。

「ああっ!」

 振り払われたネズミは、哀れ、地面に叩き付けられてしまった。ハリエットは慌てて拾い上げる。

「何てことするの! 可哀想に……」

 守るようにしてネズミを抱き締めながら、ハリエットはキッとドラコを睨み付けた。

「ドラコ、もう行って!」

 咎めるようにハリエットが叫べば、ドラコはいくらか怯んだが、そのままふんと鼻を鳴らしてコンパートメントを出て行った。クラッブとゴイルも慌ててその後をついていく。

「返して」

 三人が出て行ってほっと息をつく間もなく、ロンはずいっと手を伸ばし、ハリエットの手からネズミをひったくった。

「あの――本当にごめんなさい! 怪我がないと良いんだけど……」
「ロン、大丈夫?」
「……うん、寝てるだけだ」

 ハリーに聞かれては、答えない訳にはいかない。ロンは渋々答えた。ハリエットが安堵の表情を浮かべたのを見て、ロンはぶっきらぼうに尋ねた。

「君は? あいつの友達?」
「あ……いいえ、妹なの。ハリエット・マルフォイ」
「あいつが兄だなんて可哀想に」
「本当にごめんね……」

 言っている割に、ちっとも同情の響きがないそれは、ただの嫌味だろう。しかしペットを傷つけられた反応としては当たり前で、ハリエットは返す言葉もなかった。

「私、もう行くわ。二人とも、本当にごめんね」
「気にしないで」

 ハリーは苦笑したが、ロンからの返答はない。

 すっかりハリエットが落ち込んでコンパートメントから出れば、扉を閉める前に小さく声がかかった。

「アー……ハリエット?」

 声変わりもまだの柔らかいその声はハリーのもので。

「またホグワーツで」
「――ええ! またね、ハリー!」

 ハリエットは満面の笑みで手を振った。

 ――初めて名前を呼ばれた。ハリーから。友達から。

 ドラコ以外から初めて呼ばれるその名は、今のハリエットにとって、とてもくすぐったく感じられた。


*****


「全く、いつまで怒ってるんだ?」

 ホグワーツ城へ向かう船の中で、ドラコはふて腐れている様子の妹に声をかけた。ハリエットはツンとしてそっぽを向く。

「あなたがハリー達に謝るまでよ」
「どうして僕が」
「『どうして』? 本当に分からないの?」

 ハリエットはマジマジとドラコを見た。彼は確かに平気で人を見下すようなことを口にしたりする。だが、そこに罪悪感がないだけ余計にたちが悪いのだ。

「あなたは、亡くなった人や家族を馬鹿にしたのよ。あなただって、お父様やお母様を馬鹿にされたら嫌でしょう?」

 ドラコは押し黙る。ハリエットは止まらなかった。

「――私の両親だって、もう死んでるかもしれない。でも、そのことを馬鹿にされたら悲しいし、怒るわ。それが普通よ」

 ハリエットとドラコの間で、明確に血が繋がっていないことを示唆したのは今が初めてだ。しかし、ドラコはこれを否定しない。彼も、薄々気づいてはいるのだろう。――ハリエットが、少なくとも『マルフォイ家』の一員でないことには。

 今まで一度だってそのことが表面化したことはなかったせいか、ドラコは気まずそうな顔で黙り込んだ。同じ船に乗り込んでいたクラッブとゴイルも静かなままだ。――とはいえ、ぼうっとした表情なので、きちんと会話を聞いていたかどうかは怪しいが。

 船から下り、マクゴナガルの指示によりホグワーツ城の中を歩き……。新入生は、ついに大広間へと足を踏み入れた。まるで本物の夜空のように美しい天井の大広間には、にこやかに新入生を迎え入れる在校生の姿が大勢あった。

 寮を決めるのは、古びた組み分け帽子だ。アルファベット順で名が呼ばれ、ドラコの名が呼ばれたのは新入生の列が半分ほど無くなったときだった。船から降りて以降、ドラコとはほとんど会話はなかったが、スツールに足を進める前、彼はちらりとハリエットの方を振り返った。

 何故だか不安そうな顔だ。スリザリンに決まってる、スリザリン以外あり得ないなどとことあるごとに口にしていたのに、直前になって急に不安になったのだろうか。

 その表情に絆され、ついハリエットは自分達が冷戦中だということを忘れ、安心させるように微笑んでしまった。ドラコはピクリと眉を動かし、しかしそのまま何も言わずに行ってしまった。――やはり彼もまだ怒っているのだろうか。

 肝心のドラコの組み分けは、帽子が頭に触れた後、ほんの少しの間を置いて『スリザリン!』と叫ばれた。ドラコはホッと表情を緩めたが、すぐにまた顰めっ面に戻した。スリザリンのテーブルに着いたとき、彼がハリエットに視線を滑らしたので、ハリエットは妙に緊張してしまった。

 まるで、『絶対にスリザリンに来い』と言っているようで。

「マルフォイ、ハリエット!」

 いよいよハリエットの番だ。ハリエットは胃がひっくり返る思いで組み分け帽子へと足を進める。

 ハリエットは、これといって入りたい寮の希望はなかった。だが、スリザリン以外であれば、マルフォイ家からの圧力が凄いかもしれない、と思うと、やはりスリザリンの方が良いのかもという気になってくる。

「これはこれは、不思議な境遇のお嬢さん」

 マクゴナガルがハリエットの頭に帽子を載せると、帽子はすぐにしゃべり始めた。まるで脳内に語りかけてくるような不思議な感覚だ。

「通例としては、マルフォイ家の子はスリザリンには入れなければならない。ただ、両親はグリフィンドールだったし、君はハッフルパフが一番適正に合っている子だ……いやはや、難しい」
「ちょ、ちょっと待って!」

 あまりにもサラッと流されそうになった台詞に、ハリエットは慌てて待ったをかけた。

「い、今、両親がグリフィンドールだったって……本当なの? 私のお父さんとお母さんはグリフィンドールなの? 名前はなんて言うの? 今どこにいるかは分からないの?」
「一介の組分け帽子にこんなに質問してくる子は、ホグワーツの長い歴史の中でも稀だ。しかしお嬢さん、私はただの帽子。新入生の適正にあった寮へ組み分ける役目しか持たない。自分の両親のことを知りたくば、己の目で見たものを信じ、追求するより他ないだろう」
「…………」

 唇を噛みしめ、ハリエットは俯いた。だからといって、どうやって両親を探せというのだろう。マルフォイ家は絶対に頼れない。両親の名前も分からない。唯一分かったことと言えば、二人はグリフィンドールだったということ――。

「私……」

 考えがまとまる前に、ハリエットは想いを口にしていた。

「お父さんとお母さんに会いたいの。もし、生きてるなら……」

 マルフォイ家の、とても愛情深い家庭をすぐ側で見てきたからこそ、ハリエットは『家族』に、誰よりも恋い焦がれていた。

 もしかしたら自分は捨てられたのかもしれない。もう両親は死んでいるのかもしれない。

 嫌な予感は何度も頭を過ぎる。だが、それ以上にやはり知りたいという欲求が膨れ上がってしまうのだ。

「だから、グリフィンドールに行きたい。そこでお父さんとお母さんの手がかりが何か見つかるかもしれないもの」
「自分の未来よりも両親を取るのか? それで後悔はないのかね?」
「もちろん」

 それに、これはハリエット自身の意志だ。スリザリンを選んだならば、それはマルフォイ家の方針に従っただけに過ぎない。

「良かろう、ならば」

 組み分け帽子は大きく息を吸い込んだ。

「グリフィンドール!!」

 帽子が大きく宣言した後、一瞬遅れて、思い出したかのようにまばらな拍手が起こった。ハリエットは地に足つかない心地でよろよろとグリフィンドールの方へ向かった。スリザリンのテーブルからは敵意が、グリフィンドールからは不信が、他寮からは好奇の視線を強く感じた。何故だか教員席からも強い視線を感じる。特に一番大柄なハグリッドと呼ばれた森番は、おいおいと大声を上げて泣いている。ハリエットは訳が分からずギョッとしてしまった。

 今まで一度だってこんなに注目を浴びたことはなかったため、ハリエットはおろおろと席についた。そしてそう間を置かず背中を強く叩かれ、ハリエットは文字通り飛び上がった。

「まさかマルフォイ家の子がグリフィンドールに来るなんて」
「明日はスネイプが僕らに加点をくれるに違いない」
「兄弟、嫌な奴の名を思い出させてくれるなよ。今日は折角のご馳走だってのに」

 ハリエットの後ろに立っていたのは、燃えるような赤毛の双子だった。あまりに二人がそっくりなので、ハリエットは目を白黒させた。

「でもまあ、一目見たときから、俺達は君がグリフィンドールだって見抜いてたけどな」
「どうして?」

 思わずといった様子で聞き返したハリエットに、双子は同時にニヤリと笑った。

「君は誰よりもグリフィンドールが似合う髪色じゃないか! 我々と同じように!」

 軽快に笑い声を上げる双子を見て、ハリエットは呆気にとられたが、次第にじわじわと嬉しさが込み上げてきた。

「ありがとう!」
「それよりも、こっちを睨んでくるあいつとは双子かい? あいつもマルフォイだよな。君とはちっとも似てないけど」

 えっと声を上げ、ハリエットはスリザリンのテーブルへ目を向けた。こちらを睨むようにして見つめているドラコとバッチリ目が合う。

「あ……」
「君がグリフィンドールに来たことが気にくわないみたいだな。組み分け帽子が決めるんだから、仕方がないことなのに」

 それは違うと、ハリエットは反射的に心の中で否定した。組み分け帽子は、自分の意志を尊重してくれた。ハリエットは、己の意志でグリフィンドールに行くことを決めていたのだ――。

 ハリエットとドラコが見つめ合っていたのは、そう長い時間ではなかった。しばらくしてハリー・ポッターの名が呼ばれたからだ。

 彼の組み分けにはかなりの時間を要した。だが、最終的には、帽子は『グリフィンドール』を高らかに叫んだ。

 ハリエットのグリフィンドール入りを喜んでくれた双子は、もちろんハリーに対しても『ポッターを取った!』と大喜びだ。ハリエットも痛いくらいに手を叩いた。

 初めての友達が一緒の寮だなんて、こんなに素敵なことはない。

「ハリー!」

 MとPは順番が近かったため、ハリーはハリエットの斜め前の席に座った。嬉しさのあまり、はしゃいだ声を上げた。

「私、あなたと同じ寮で嬉しいわ」
「僕もだよ。これからよろしくね」
「あなた、ハリー・ポッターと知り合いなの?」

 ハリエットの隣の席に座っていた女の子が話しかけてきた。長い栗毛の少女だ。よくよく見れば、ホグワーツ特急で見たことのある顔だった。

「マダム・マルキンのお店で知り合ったの。あなたは……確かヒキガエルを探してた子よね?」
「もしかして、私達汽車で会ってる? ごめんなさい。一つ一つコンパートメントを覗いてたから、覚えて無くて……」
「ううん、いいの。私、ハリエット・マルフォイよ。ハリエットって呼んで」

 ちょっと性急過ぎかとも思ったが、口にしてしまったものは仕方がない。ついでに右手も差し出す。

「ハーマイオニー・グレンジャーよ。よろしく」

 ハーマイオニーが握手してくれたとき、ハリエットの頬はゆるっと緩んだ。記念すべき一人目の女の子の友達だ。とても嬉しかった。

 そうこうしているうちに、ハリーと同じコンパートメントにいたロン・ウィーズリーもグリフィンドールに組み分けされた。奇しくも近くに座ることになったハリエット達三人は気まずい雰囲気だった。ハリエットにはドラコという負い目があったし、ロンもまだ不機嫌そうな顔をしており、ハリーはその間に挟まれておろおろしていたからだ。

 そんな中、ダンブルドアの奇妙な音頭で歓迎会が始まった。人見知りもせず賑やかに近場の生徒と話をする新入生達の中、ハリエット達はひどく浮いていた。ハリーは取り繕ったような咳払いをした。

「アー、おいしそう。どれから食べようかな」
「ローストビーフ食べる? 取りましょうか?」
「うん、じゃあよろしく」

 ハリエットは破顔して頷いた。マルフォイ家でも、よくナルシッサがドラコに料理を盛ってあげていた。何となく母親のような気分でハリーにローストビーフがたんまり乗った皿を渡した。

「ロンも良かったら――あっ」

 ハリエットは慌てて口を閉じた。仲良くなりたいという思いが先走りすぎて、思わず名前を呼んでしまった。不躾だっただろうかと途端にハリエットは不安そうな顔になる。

「ロンって呼んでも良いかしら……?」

 一度口にしてしまったものは取り返しがきかず、ハリエットは恐る恐る尋ねた。しばらくロンは小難しい顔をしていたが、やがて観念したように頷いた。

「別に良いよ」
「ありがとう!」
「でも、君がグリフィンドールなんて意外だった。マルフォイ家の子は代々スリザリンなのに」
「家系で寮が決まることもあるの?」

 ハーマイオニーが意外そうに会話に入ってきた。

「でも組み分け帽子はその人の性質を見て適正のある寮へ入れるんだと思うわ。現に、グリフィンドールのパチルだって双子なのにもう一人はレイブンクローヘ行ったわ」
「そういう次元の問題じゃないんだよ。君はマグル生まれだろ? 代々スリザリンっていう影響力を知らないんだ」
「私がマグル生まれかどうかなんて関係ないでしょう? トロールと決闘するんだって話を信じるくらいなら、自分の目で見たものを信じなきゃ」

 バチバチと睨み合うロンとハーマイオニー。

 すっかり置いてかれたハリーとハリエットは困ったように顔を見合わせた。

「……良いじゃない、どんな寮でも。少なくとも、私達は同じ寮なんだから、皆と仲良くしたいわ」
「…………」

 ロンは納得のいかない顔だったが、ハーマイオニーはコホンと咳払いをした。

「もちろんそのつもりよ」
「ありがとう、ハーマイオニー」

 ニコニコハリエットが微笑めば、毒気を抜かれたようにロンがため息をつく。それを見て、ハリーも安心したように笑った。