マルフォイ家の娘

05 ―目まぐるしい日々―








 ホグワーツでの生活は忙しなかった。今までハリエットの世界はマルフォイ家と屋敷しもべ妖精だけで形成されていたが、それが急に大勢のグリフィンドール寮生と共に暮らすことになったのだから。

 一人部屋で、自分のペースで暮らしていたハリエットは、突然四人部屋になったこともなかなか慣れなかった。とはいえ、嫌という訳ではない。朝起きればおはようと挨拶をする相手がいて、夜寝る前にはちょっとした雑談もできる同室生がいるというのは幸せなことだった。

 ただ、万事うまくいくという訳ではなかった。

 マルフォイ家の娘がグリフィンドールに入ったとして、スリザリン生からは敵視されるし、もちろんナルシッサにも手紙で報告するのが怖かった。ポルターガイストのピーブズにはまるで玩具か何かのように追いかけ回されるし、特に教授の一人、スネイプは、ハリーに対し当たりがきつく、ハリエットはあまり好きになれなかった。

 スネイプは贔屓がひどく、彼が寮監を受け持つスリザリンと合同の魔法薬学では、寮の扱いの差が顕著に見て取れた。スネイプは、ハリーだけでなくグリフィンドールのことも大嫌いなようだ。ことあるごとに難癖を付けて減点するし、提出した課題だって、ハーマイオニーが一番良くできているのに及第点を与えたりする。ただ、不思議なことに、グリフィンドールでありながら、ハリエットにだけは、特にそういったこともなく、あくまで客観的な採点がなされた。お気に入りの生徒であるドラコの妹だから、ということで幾分か気を遣われているのかもしれない。

 そう――問題はそのドラコだ。

 ハリエットは、組み分けの日以来、ドラコと全く話していなかった。寮が違うので、彼の姿を見るのは大広間か合同授業しか機会がなかったが、ハリエットが彼に目配せしても、ドラコはすぐに目を逸らす。敵視されているグリフィンドールが堂々とスリザリンに近づくこともできず、ハリエットは困り果てていた。

 ドラコが、ハリエットがグリフィンドールに行ったことを怒っているのは明白だった。

 彼はスリザリン至上主義で、ハッフルパフなど論外、ましてやグリフィンドールならば自ら退学するだろう程の信念を持っている。まだレイブンクローであれば及第点かもしれないが――現実はグリフィンドールだ。

 もしかしたら、裏切り者だと思っているのかもしれない。

 あれから、ドラコはハリエットを避けている。彼がハリーやロンに嫌味を言ってる光景は時々見かけるが、しかしハリエットが近づくと、途端に逃げるように身を翻すのだ。声をかける暇も無い。ハリエットがグリフィンドールに行ったことへの苛立ちか、単にハリー達が気にくわないのか、とにかくドラコはことあるごとにハリーとロンに突っかかっていくので、二人からの苦情を受け取るのは主にハリエットだった。要は『お前の兄貴の手綱を取ってくれ』と言いたいようだが、ハリエットがどうこう言った所でドラコが考えを改めることなどあるのだろうか。今まで何度『穢れた血』と口にするのは止めて欲しいと言っても、ルシウスを尊敬するドラコにとって、妹の非難など痛くも痒くもないのだ。

 ハーマイオニーは読書に夢中で、ハリーとロンは対ドラコでピリピリしている。ハリエットの気の休まる場所はウィルビーのいるふくろう小屋くらいだ。

 手ずからふくろうフーズを啄むウィルビーを撫でながら、ハリエットは小屋の奥へと歩みを進めた。『彼』はすぐに見つかった。家族の一員になってからというもの、ハリエットはよくウィルビーと共に彼の元へ突撃していたのだから。

 小屋の奥まった場所で、一羽凜々しい顔つきで羽繕いしているワシミミズク。言わずもがなドラコのふくろうである。

 ハリエットが手を伸ばせば、ワシミミズクはパチリとハリエットを見据え、やがて撫でやすいように身体を傾けた。

 ドラコのふくろうは、決して人懐こいふくろうではないが、それでもこの夏ずっとハリエットが彼に構っていたために、最近はすっかり慣れてくれたようだ。手ずからに餌を食べてくれることもある。

 餌に夢中になっていたウィルビーを制止し、今度はワシミミズクに餌を向けた。お腹が空いていたのか、彼は特に抵抗することなく大人しく餌に嘴を向けた。

 賢く、凜々しいこのふくろうのことを、ハリエットは大層気に入っていた。何となくドラコに似ているというのもその一端を担っている。賢いと言えば、ハリーのふくろうであるヘドウィグもだ。ただ、彼女は警戒心が強いのか、まだハリエットの餌を食べてくれたことはない。何度か撫でさせてはもらえたのだが、やはりハリーが第一のようで、彼が呼ぶとすぐに飛んで行ってしまう。

 兄妹で飼われているふくろうとはいえ、ハリエットの気が他のふくろうに向けられるのは気に入らなかったのか、ウィルビーが怒ったようにハリエットの手をつつく。ウィルビーの凶暴さはもう慣れたもので、ハリエットはくすぐったそうに笑い声を立てた。

 自身の笑い声と、何百といるふくろうの鳴き声。それらに混じって階段を上る音がしていたことに、ハリエットは気づかなかった。

 ようやくその人物を認識したのは、彼が階段を上りきり、日の当たる場所まで来た時だ。ほぼ同時にお互いの存在を認識し、一瞬その場の全ての音が消えてなくなったような錯覚に陥る。

「――最近妙に太ってきたと思ったら、お前が餌付けしてたのか」

 先に我に返ったのはドラコの方だった。思い当たる節は多分にあったため、ハリエットも反射的に謝罪を述べる。

「……ごめんなさい」

 これには返事を返さずに、ドラコはハリエットの横を通り過ぎ、ワシミミズクの足に手紙を括り付けた。ワシミミズクはドラコに言われるまでもなくすぐに飛び立った。

 そのままドラコはこの場を去ろうとしたが、みすみすそれを見逃すハリエットではない。久しぶりに彼に話しかけられたことに勇気をもらったおかげでもある。

「……ドラコ、怒ってる?」

 私がグリフィンドールに入ったこと、と続ければ、ようやくドラコの足が止まった。

「……別に、お前がスリザリン向きじゃないことは分かってた」
「じゃあどうして私のこと避けるの?」
「ポッターなんかと仲良くして」

 ドラコは視線を落としたまま吐き捨てるようにして言った。

「あいつはマルフォイ家に釣り合う人間じゃない」
「ドラコだって、最初はハリーと友達になろうとしてたじゃない。どうして仲良くしちゃいけないの?」

 ドラコの頬がパッと血色良く色づいた。まずいとハリエットは思ったが、もうその時には既に遅く。

「誰があんな奴! 哀れに思って手を差し伸べてやっただけだ。それをあいつが振り払った!」
「それは、ドラコがロンの家族の悪口を言うからよ」
「ハッ、『ロン』だと? ウィーズリーとも友達になったのか? あの血を裏切る者と? 父上に言われたのを覚えてないのか? マルフォイ家にふさわしい振る舞いをするようにと!」
「ドラコは言われたかもしれない。でも、私は言われてないわ。グリフィンドールに入ったのに、お父様からは何の怒りの手紙も来てない。私がホグワーツでどう過ごそうと、お父様は気にしないのよ。マルフォイ家にふさわしい振る舞いを求められるのは、ドラコだけよ」

 グリフィンドールに組み分けられてからずっと考えてきたことだったせいか、ハリエットは一息に言ってのけた。

 別段、自分の境遇を認めるような発言をしても、ハリエットは傷付きはしなかった。もうずっと前から、それは嫌というほど経験していたのだから。

 だが、ドラコは違った。ハリエットの言葉に、まるで自分の方が傷ついたとばかり、ガツンと衝撃を受けた顔をする。

 それを見たハリエットもまた戸惑った。なぜ彼がこんな顔をするのだろうか。――いや、その答えはハリエットも充分理解していた。彼は、一度懐に入れた人物はとても大切にする人だからだ。

 結局、ドラコは何を言うでもなく、逃げるようにしてその場から走り去った。ハリエットも、今度こそ引き止めることはできなかった。


*****


 ハリーがクィディッチ・チームのシーカーに選ばれたり、そのクィディッチの試合で彼の箒が暴れ出したり、三頭犬に出くわしたりと、ホグワーツの毎日はなかなかに刺激的だ。中でも特に度肝を抜かれたのは、トロールと遭遇したことだ。妖精の呪文の授業を受けた後、ロンの言葉にひどく傷ついたハーマイオニーは、女子トイレに籠もってしまった。ハリエットが一生懸命慰めていると、そこに突然四メートル以上はあるトロールが現れたのだ。

 あわやここまでかと思われたとき、ハリーとロンが駆けつけた。二人は、時に無謀とも思われる行動を取りながらも、必死になってトロールと戦い、そして勝利した。決定打となったのは、ロンとハーマイオニーの間に亀裂が走ることとなった浮遊呪文だった。

 素直にお礼を言うこともできず、謝ることもできず、ただただ気まずい沈黙が漂う中、バタバタと駆け込んできたのは三人の教師と、そしてドラコだった。

 マクゴナガルは、教師の指示に従わず、トロールの現場にいる四人をカンカンになって怒った。だが、『トロールを退治しようと思った自分を三人は止めようとしてくれたのだ』と嘘をついたハーマイオニーにより、マクゴナガルの怒りは少しだけ収まった。ハーマイオニーに五点減点し、ハリー達三人に五点加点をしてくれたことがその表れだった。

「それに、あなた達は運が良かった。野性のトロールと対峙し、生き残るなどと……。いいですか、こういった場合は、マルフォイのように教師にまず知らせるのが正しい選択です。それが例え、友人の危機であったとしても! 一歩間違えれば、あなた達はみんな殺されていました!」
「マルフォイが先生を呼んだの?」

 『僕らのために?』と言外にロンが嫌そうに言っていた。表情だけでドラコはそれを悟ったのか、彼は限界まで顔を歪める。

「誰がお前達のことなんか」
「ミス・マルフォイが見当たらないと私に報告したのです。もしかしたらトロールのことを知らないかもしれないと」

 険悪な雰囲気が漂うロンとドラコをジロリと睨み付け、マクゴナガルはパンパンと手を叩いた。

「さあ、怪我がないのならもう帰ってよろしい。生徒達が先ほど中断したパーティーの続きを寮でやっています」

 想定していたよりも随分呆気なく尋問が終わってしまったので、ハリエット達は拍子抜けしてしまった。

 ぞろぞろトイレから出て早々、ドラコとスネイプは階段とは反対側へと歩き始めた。彼らの部屋は地下にあるのだからそれも当然だ。だが、まさか挨拶もなしに行ってしまうとは思いもよらなかったハリエットが慌てて駆け出す。

「ドラコ! あの……ありがとう」

 ちょっと驚いたような瞳がハリエットに向けられる。どう言ったものか考えあぐね、しばしハリエットは逡巡する。

「探しに来てくれてありがとう。すごく嬉しかった」
「……あまり心配をかけさせるな」
「うん」

 照れくさい心地でハリエットは笑った。いつもは扱いの難しい友達のように感じていたが、今のドラコは、ほんの少しだけお兄ちゃんぽいとハリエットは思った。

 
*****


 ハリエットは、談話室の掲示板に張り出された、クリスマス休暇居残りのリストと睨めっこをしていた。リストには、一番にハリー・ポッターの名が書かれており、そのすぐ下には、ウィーズリー四兄弟の名が乱雑に書かれている。明日が休暇に迫った今、以降他の寮生の名は書かれていないので、グリフィンドール寮生の中でホグワーツに残るのはこの五人だけになるのだろう。

「リストがどうかしたの?」

 あまりに長い間ハリエットがリストを見つめているので、ハリーがソファから声をかけた。

「ちょっとね……。ハリーもロンもホグワーツに残るのね」
「うん。強制的に家に帰れなんて言われなさそうで良かったよ」
「僕のとこは、パパとママがチャーリーに会いにルーマニアに行くからね。でも、ホグワーツのクリスマスのご馳走は凄いらしいじゃないか。今から楽しみなんだ」
「そう……」

 ハリエットはなおも悩んでいたが、やがてうんと大きく頷くと、思い切ってロンの名前の下に『ハリエット・マルフォイ』と書き足した。ロンが驚いたような声を上げる。

「えっ、ハリエットも残るの? なんで?」
「何となく……?」

 ハリエットも特に明確な答えがある訳ではなく、困ったように首を傾げた。

 間違いなくドラコはクリスマス休暇は家に帰るだろう。ハリエットも家に帰りたくない訳ではないが――何となく気後れする。家族と過ごせる折角のクリスマスに、居候の自分はいない方が良いのでは、とそんな考えが頭を過ぎってしまったのだ。

 幸いなことに、休暇中であってもホグワーツに残ることは許容されているし、それにハリーもロンも残るのだ。マルフォイ邸で申し訳ない思いで部屋に引きこもるよりは、ホグワーツで友達と過ごした方が気が晴れるに決まっている。それに、グリフィンドールに入ったことも負い目に感じていた。グリフィンドールに入ったことは後悔していないが、自分の娘でなくても、育てている子供がスリザリンでないことに、ルシウスは確実に気を悪くしただろう。

 一度名前を書いてしまうと、ハリエットはスッキリしてしまった。その勢いのまま寝室から羊皮紙を持ってきてナルシッサへ手紙を書いた。クリスマス休暇はホグワーツに残るので、心配しないで欲しいという旨だ。気を遣わせたと思わないように、友達もホグワーツに残るので、一緒に遊びたかったというのも付け足しておく。

 手紙を書き終えたのは、丁度ハーマイオニーが図書室から戻ってきた頃だった。

「あなた達、またこんな所でのんびりして! ニコラス・フラメルについて調べなきゃいけないこと、お忘れではないでしょうね?」
「君が毎日僕らにそう言うから、忘れる暇も無いよ」
「だったら図書室に行かなきゃ! 私がいなくても、休暇中ちゃんと調べてね」
「分かってる分かってる。僕らだけじゃなく、ハリエットも残るみたいだから、百人力だよ」
「ハリエットも? 家に帰らないの?」

 ハーマイオニーの顔がくるりとハリエットに向けられる。ハリエットは手紙に封をしながら頷いた。

「ホグワーツのクリスマスも楽しそうだと思って」
「マルフォイは? まさか、あいつも残るの?」

 ロンは思い出したとばかり思い切り顔を顰めた。ほとんどの生徒が帰省するのであれば、それだけドラコと顔を合わせる確率も増えることを想像したのだろう。彼の思いが手に取るように分かり、ハリエットは苦笑した。

「たぶん残らないと思うわ。家に帰ると思う」
「なら良かった。折角の休暇中に、マルフォイから嫌味なんて聞きたくないし。……でも、ますます不思議じゃないか。どうして家に帰らないの? 家族と喧嘩でもした?」

 あくまで心配そうな顔でロンが尋ねる。ハリーが脇腹を小突いているのにも気づいてない様子だ。

「……皆もうっすら気づいてるかもしれないけど」

 手紙をテーブルの上に置き、ハリエットはどこから話したものかと考えあぐねた。

「私はマルフォイ家とは血が繋がってないの」
「エーッ、何だよそれ!」

 一番に反応を返したのはロンだ。あんぐり口を開け、おまけに両目が零れそうなほど見開かれている。

「君……えっ、マルフォイと兄妹じゃないの!?」
「ロン、気づいてないのはあなたくらいよ」

 ハーマイオニーが静かに返した。それでもロンは驚き冷めやらぬ様子だ。

「確かに似てないとは思ってたけど……。でも……いや、ちょっと待って。つまりは、血も繋がってないのにマルフォイなんかと一緒に暮らしてるってこと? 一体どんな罰ゲームだよ!」
「ロン、あなたちょっと言い過ぎよ。あれでもハリエットの兄として一緒に育ったんだから」

 何気にハーマイオニーもひどいことを言っているが、彼女が自覚している素振りはない。ただ、ハリエットも否定できるだけの証拠を持っていなかったので、似たり寄ったりかもしれない。

「もしかしたら、遠い親戚なのかも。でも、少なくとも私はお父様とお母様の娘ではないと思うの。全然似てないから」
「はあ……そっか……。いや、でもこれで納得かな。何がどうあって、マルフォイとハリエットが兄妹として生まれ落ちたんだろうって不思議で堪らなかったから」
「あの……本当のご両親のことは……?」
「それが、分からないの」

 躊躇いがちに尋ねるハリーに、ハリエットはきっぱり答えた。

「皆からすれば信じられないかもしれないけど、私、本当の両親のことは一度もお父様とお母様に聞いたことがないの。物心ついたときには、二人との間には距離があって聞きづらくて……。自分だけ血が繋がってないんじゃないかっていうのも、勝手に私が予想を立ててただけだった」

 それでも、その予想は間違いではなかった。

「そんな時、組み分け帽子に言われたの。私のお父さんとお母さんはグリフィンドールだったって」
「えっ!」
「グリフィンドールってことは……じゃあ、マルフォイとは」
「――そう、そうなの。マルフォイ家は、代々スリザリンでしょう? だから、私はマルフォイ家の親戚ですらないの」

 言いながら、ハリエットは、自分のことなのに何も知らないのだと改めて思った。そもそも『ハリエット』という名前すら本物かどうかも定かではない。

「今からでも、両親のことを聞いてみようとは思わないの?」
「怖いの、聞くのが。私は家に住まわせてもらってる身だし、お父様は……私のこと嫌ってる」

 思わずと呟いた弱音は、他の面々の言葉を無くすには充分だった。ハリエットは慌てて明るい顔で三人を見回す。

「でもね、両親がグリフィンドールだったってことは、ホグワーツに通ってたってことでしょう? だから、休暇中にお父さんとお母さんのことを聞いてみようと思って。先生達も何人か残るみたいだし、それこそ肖像画も何か知ってるかもしれない」
「……うん、いいね。僕も協力するよ!」

 ハリーは笑顔で頷き、ロンも手を叩いた。

「僕だってパパとママに何か知らないか聞いてみるよ! マルフォイが親戚なままじゃ可哀想だし」
「そうね。マクゴナガル先生に聞くのも良いかも。ハリエットのご両親が在学中にホグワーツに勤務してたかは分からないけど……歴代のグリフィンドールの寮監を辿っていけば、何か分かるかもしれないわ」
「ありがとう、三人とも」

 ハリエットは破顔した。心からホグワーツに来て良かったと思った。何せ、こんなに素敵な友達が三人もできたのだから!

「そうと決まれば、休暇中はホグワーツに残ること、手紙で知らせてくるわ」
「僕も行くよ。そろそろヘドウィグが寂しがってるかもしれないから」

 ハリーも立ち上がり、二人は連れだって談話室を出た。ハリーがついてきてくれたことが嬉しくて、ハリエットは道中はしゃいでいた。ふくろう小屋へ続く階段でドラコと鉢合わせしなければ、だが。

「ポッター、君、休暇中はホグワーツに残るんだって?」

 ハリエットと二人きりの時のドラコは世話焼きで優しいが、ハリーと出くわしたときのドラコはひどく嫌味っぽく、意地悪になる。タイミングが悪いとハリエットは閉口し、ハリーは顔を顰めた。

「それが何だ?」
「いいや。ただ可哀想にと思っただけさ。家に帰ってくるなと言われて、クリスマスなのにホグワーツに居残る子がいるなんて」
「私もホグワーツに残るつもりよ」
「何だって?」

 ドラコは素っ頓狂な顔で聞き返した。

「なんでわざわざ残るんだ? 父上に何か言われたのか?」
「ううん。ハリーとロンも残るって言うし、だったら私も残ろうかなって。ホグワーツのクリスマスも素晴らしいらしいし」

 ドラコは忌々しげにハリーを睨み付けた。まるで、ハリエットがホグワーツに残るのがハリーのせいだと言わんばかりに。――いや、今の言い方だと、確かにハリーに影響を受けて残るという意と同じだ。

「それに、ホグワーツに残って他にもやりたいことがあるの。お母様にはこれから知らせるつもりよ。ドラコはもちろん帰るんでしょう?」
「……ああ」
「なら良かった。家族水入らずのクリスマス、楽しんできて!」

 笑顔で手を振り、ハリエットはハリーの腕を掴んだままドラコとすれ違った。これ以上ここに留まれば、またも口喧嘩が勃発するかもしれないと危惧してのことだ。

 しかし。

「お前なんか――もう知らない!」

 鼓膜が震えるほどの大声に、ハリエットは目を白黒させた。我に返る暇も与えず、ドラコは荒々しい足音を立てて階段を降りていく。

「え――えっ!?」

 何か怒らせるようなことを言ってしまったのだろうか。

 ハリエットは慌てて階段下まで追い掛けたが、もうドラコの姿はどこにもなかった。すっかり肩を落としてハリーの元に戻る。

「私、何か不味いこと言った?」

 ハリーは洞察力が鋭いことがある。思わず彼に問いかければ、ハリーは困ったような顔で目を逸らした。

「よく分からないけど……寂しかったんじゃないかな?」
「寂しい? 何が?」
「うーん……」

 言葉を濁したまま、ハリーはそれ以上教えてはくれなかった。

 結局、ドラコとまた仲違いのようなことになりながら、クリスマス休暇に突入してしまった。