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09:幼少の出会い
〜もしもハリエットとドラコが幼い頃に出会ったら〜



*本編前、マグル界のとある地下鉄にて*


 美しい顔を限界まで歪めた女性と、彼女のご機嫌を取り戻すのに必死なこれまた美しい男性が、大勢の『何でもない人』でごった返している駅を歩いていた。

「シシー……後もう少しでつくから」
「後もう少し? 後もう少しもマグルで一杯な人混みを歩かなければならないの?」

 ナルシッサは器用に眉間の皺を一本増やした。

「ドラコ、絶対に手を離してはいけませんよ。マグルは野蛮ですからね。迷子になったら最後、すぐにでも穢らわしいマグルがあなたを連れ去ってしまうわ」
「母上、ぼくはもう子供じゃないんだ」

 ナルシッサに、まるで幼子のような扱いを受け、ドラコは拗ねた。そしてパッと彼女の手を離す。つい先ほどまで温かかった手がひんやりと冷たい空気に晒され、ドラコは途端に寂しくなったが、すぐに気のせいだとその思いを振り切る。

「二年後にはもうホグワーツに行ってるんです。マグルでいっぱいの所でも、一人でちゃんと歩けます」
「まあ、ドラコは頼もしいわね」

 ナルシッサは、まるでからかうように褒めたが、ドラコはそのことに気づかず、エヘンと胸を反らした。

「さあ、早くこんな所お暇しましょう。マグルの空気で気分が悪いわ」

 その時、すれ違った男性ととんと肩が触れ、ナルシッサは目を見開いた。すぐさま杖を取り出し、『スコージファイ』を唱えたい衝動に駆られたが、生憎とここはマグル界。衆人環境の中で魔法を使うことなどできなかった。

「マグル風情がシシーに触れるなど……」

 ルシウスは紳士にハンカチを取りだし、パッパッとナルシッサの肩を払った。しかしそれでもナルシッサの癇癪は抑えられなかったようだ。

「私、もう行くわ。あなた、ドラコをちゃんと連れてきてちょうだい」
「シシー、一人で行くな!」

 見事に他人に触れないようにしながら、それでいて風のように素早くナルシッサは人混みを縫って歩いた。その速度が風のように速いので、ルシウスは慌てて追い掛けた。

「ドラコ! しっかり歩くんだ! シシーとはぐれてしまう!」

 ルシウスはナルシッサを目で追いながら、すぐ側にいた黒髪の男の子の腕を引っつかんだ。放してと小さく叫ぶ男の子の声など耳にも入ってない様子で、そのままルシウスは男の子と共にパタパタと歩き去ってしまった。彼の長い足の歩幅は、小さなドラコでは到底追いつかないもので、あっという間に二人の姿は見えなくなってしまった。

「父上……母上……?」

 ドラコはおろおろと辺りを見回した。そのどこにも、頼れる父と、優しい母の姿はない。

 ドラコはツンと鼻の奧が痛むのを感じた。だが、泣くのは堪えた。こんな所で無様に泣くなど、マルフォイ家嫡男の名が廃れる。――でも、やっぱり心細い。

 うじうじと下を向きながら、ドラコはあてもなく彷徨い歩いた。その駅はひどく広く、歩けば歩くほど、変なところへ迷い込んだ。いつの間にかマグルが少なくなったのは良いが、それだともちろん父や母と会える確率も低くなってくる。

 ついに心細さが頂点に達し、ドラコの涙腺が崩壊しようとしたとき、どこからか、か細い泣き声が聞こえてきた。ドラコは導かれるようにしてその泣き声の元へ行った。

 地下鉄の薄暗い階段の裏、ネズミが好みそうなその場所に、小さな女の子が蹲って座っていた。まず始めに目に飛び込んできたのは、滑らかな赤毛だ。父がいつも話している『血をうらぎるウィーズリー家』のことが一番に頭に浮かんだ。だが、魔法族がこんな所にいるわけがないと、ドラコはその考えを振り払った。

 女の子は、みすぼらしい格好をしていた。身につけているのは男物で、ひどくブカブカだし、ヨレヨレだ。大きすぎるズボンは裾が何度も折り曲げられ、トレーナーの襟口は、肩の所でゴムで結ばれていた。

 あまりにも理解不能な格好に、ドラコは言葉も失ってマジマジ彼女を見つめていた。その視線に気づいたのか、女の子は唐突に顔を上げた。

 泣き腫らした顔は、意外にも綺麗だった。ほんのりと赤い睫に縁取られたハシバミ色の瞳は、吸い込まれそうなほど透き通って見えた。

「あなたは?」

 嗚咽混じりに、女の子は高い声でドラコに問いかけた。ドラコは驚いて一瞬詰まる。明らかに彼女はマグルなのに、ドラコでも分かる英語を話した。

 初めてマグルに触れたドラコは、同じ人間だというのに、まるで珍獣を見るかのように女の子を見つめた。

「……ドラコ・マルフォイ」
「わたし、ハリエット」

 話が、通じた。

 ドラコは一瞬感激にも似た感情が込み上げてくるのを感じた。マグルは野蛮で下等なことに代わりはないが、一応話はできるのだと思うと、不思議な心地だった。

 とはいえ、遅れながらも、やはり彼女はマグルなのだと悟った。マルフォイの家名は、魔法界に広く知らしめられている。ドラコが自己紹介をすると、いつもあっと驚かれ、そして媚びるような視線へと変わっていくのを感じていた。にもかかわらず、目の前の女の子は、顔色一つ変えない。

 ――やはり、マグルなのだ。

 ドラコは、どこか残念に思う気持ちを振り払った。

「こんなところで何してる」

 尊大な態度で尋ねれば、女の子はまたポロリと涙の余韻を落とした。

「ハリーとはぐれちゃったの」

 女の子はぐすっと鼻を鳴らした。

「わたし、がっこうのえんそくでちかてつに乗ろうとしたの。でも、いつのまにかハリーがいなくなってて……」
「どんくさいやつめ」

 ドラコはふっと鼻で笑った。自分も同じ立場だということはすっかり忘れ、優越感に浸っていた。

「あなたもまいご?」

 だが、純粋なハリエットの言葉がドラコを現実に引き戻した。図星を疲れたドラコは顔を真っ赤にして否定した。

「ぼくはおまえとはちがう! 父上と母上は……どこか、その辺でローブを見てる」
「そっか……」

 ハリエットは少し心許なくなったが、ぐいっと涙を拭いた。いつまでもこんな所で泣いているわけにはいかないと思った。奇しくも、この男の子の登場で、ハリエットは少しだけ勇気が出てきたのを感じた。

「もういくね。わたし、ハリーをさがさなきゃ。はなしかけてくれてありがとう。じゃあね」

 ハリエットは手を振って歩き始めた。ここがどこなのかも分からないが、歩いていれば、そのうちハリーと遭遇するかもしれない。

 だが、しばらくして、後ろから先ほどの男の子がついてきているのに気づいた。振り返ると、男の子はパッと顔を逸らした。

「どうしたの?」
「べつに……」

 やっぱり彼も迷子なんじゃないか、とハリエットは思った。男の子にはプライドがあるんだと、この前ハリーが言っていたのを思い出したのだ。ダドリーがペチュニアと手を繋いで歩いていたのを女の子にからかわれ、顔を真っ赤にして怒っていた事件だ。

「ねえ、いっしょにハリーをさがしてくれない?」

 気づけば、ハリエットはドラコにそう話しかけていた。もし彼が自分と同じ立場なら、どれだけ心強いだろうと思ったのだ。どちらも迷子なので、戦力にはなり得ないが、少なくとも不安で一杯の心が少しは楽になる。

「しかたないな、ぼくもさがしてやる」

 ドラコも、どこかホッとした顔で言った。偉ぶってはいるが、彼も寂しいんだとハリエットは思った。

 ハリエットが少し先を歩き、その後ろをドラコが歩いた。ドラコは、ハリエットよりも少し背が小さかった。ちょこちょこ自分の後ろをついてくる姿に、ハリエットは弟ができたような気分になった。

「人が多くなってきたわ」

 ハリエットは少し足を緩めた。

「はぐれないように手をつないでもいい?」

 ハリエットは手を伸ばしたが、すぐにドラコに振り払われた。

「マグルふぜいがぼくにさわるな!」
「まぐる……?」

 ハリエットは驚いたが、それ以上にドラコの言っている意味がよく分からなかった。

「ふん、マグルはそういうことも知らないんだったな」
「まぐるって何?」
「ぼくたちみたいに、まほうが使えないやつのことをさすんだ――」

 そこまで話したとき、そういえばマグル界では、魔法のことを知られてはいけなかったのだとドラコは思い出した。だが、すぐに思い返す。迷子になるような頼りない奴に何を言ったとしても、罪に問われることなんてないと。

「まほう?」

 ハリエットは笑って良いものか分からず、神妙な面持ちになった。

 目の前の男の子は、ひどく偉ぶった態度だが、魔法を信じているらしい。なんて純粋な子なんだろうと思った。だからこそ、男の子のプライドとやらにかけて、彼を馬鹿にすることなんてできないと思った。

「あなたはまほうが使えるの?」

 困り切ったハリエットは、ドラコの話に乗っかることにした。この時、精神年齢はドラコよりもハリエットの方が何倍も大人だった。

「もちろん使える。ああ、めのまえで使って見せろなんてのは言うなよ。みせいねんはかってにまほうを使っちゃいけないんだ。見せたいのはやまやまだが」
「ふうん……すごいのね」

 ハリエットは小首を傾げた。

「でも、そういえばハリーにも昔からおかしなことが起こったのよ」
「おかしなこと?」

 ドラコが食いついてきた。ハリエットは頷く。

「かみをみじかく切られたのに、次の日にはもとどおりになってたり、おいかけられてたと思ったら、気づけばしょくどうのやねに座ってたり。ハリーもまほう使いなのかも」
「うそ言うな! マグルなんかがまほうを使えるわけがない!」

 急にドラコが怒り出し、ハリエットの目に涙の膜が張った。折角話に付き合ってあげたのに――事実、ハリエットは嘘なんか言ってない――このドラコという男の子は、ちっともハリエットに優しくしてくれない。

 ハリーだったら、にこにこ話してくれるのに。

 ハリエットはハリーが恋しくて堪らなくなった。

 ハリエットは黙り込み、黙って前を向いて歩くようにした。話に夢中になっていたら、ハリーを見つけられるのも見つけられないし、それに、この男の子は何だか少し怖かった。ダドリーのような物理的な恐怖ではないが、何で怒ってくるか分からない恐怖がある。

 しばらく二人は無言で地下鉄内を歩き回ったが、だんだんドラコの歩みは遅くなってきた。

「おなかすいた」

 そして唐突に彼は足を止めた。

「おまえ、おかねもってないのか?」
「もってるけど……」

 ハリエットは言葉を濁した。振り返ったハリエットは、ドラコの目が売店に向けられているのに気づいた。

「なら、何か買おう。おまえもおなかすいただろう?」
「そうでもないわ」

 気が進まないながらも、ハリエットは渋々ドラコの後をついて、売店を見上げた。色とりどりのお菓子はあるが、そのどれもハリエットは一度だって食べたことのないお菓子だらけだった。

「これがいい」
「そんな……高すぎるわ」

 ハリエットはすぐに言った。ドラコが指差したのは、赤いタータンチェックの箱の、ショートブレッドだ。チョコチップ入りで、イラストはおいしそうに見えたが、その分高い。ハリエットの所持金では到底手が届かなかった。

「これだったらだいじょうぶ」

 ハリエットが指さしたのは、その隣の小袋。同じショートブレッドだが、チョコチップも入っていなければ、量も少なかった。

「なんだ、おまえ、びんぼうなのか?」
「あなただって、お金もってないんでしょ? いっしょじゃない」
「ぼくはおまえとはちがう」

 ドラコはまた言った。

「ちゃんとおこづかいはもらってる。でも、ぼくのもってるおかねは、ここでは使えないんだ」

 ドラコはよく分からないことを言った。ハリエットは閉口した。だが、持ってないお金は出せないので、結局量の少ない方のショートブレッドを買った。ドラコは嬉しそうにピリピリと包装を開ける。

「マグルのおかしもなかなかいけるじゃないか」

 サクサクとした食感に、口の中に広がる控えめな甘さ。ドラコは先ほどまでの不機嫌を忘れ、すっかりご機嫌だった。そして、物欲しそうにこちらを見つめているハリエットに気がついた。

「おまえは食べないのか?」
「わたし、いい」

 ハリエットはしょんぼりして答えた。

「だって、わたしの分まで買っちゃうと、ハリーのクリスマスプレゼントを買うお金がなくなっちゃう」

 ドラコは閉口して、手の中のショートブレッドと、ハリエットの顔とを見比べた。

 僅かながら、ドラコの中に罪悪感が沸き起こった。

「しかたないな」

 ドラコはショートブレッドの最後の一つをハリエットに指しだした。

「いちおう、これはおまえのおかねで買ったものだからな。おまえにもやる」
「いいの?」

 ハリエットは窺うようにドラコを見た。ドラコは頷いた。

「ありがとう!」

 ふにゃっと顔を緩めて笑うハリエットに、ドラコは少し頬を赤らめた。ショートブレッドを渡すとき、二人の手が触れたが、ドラコはもう何も言わなかった。

「それで、おまえは、ハリーとやらに何をあげるつもりなんだ?」

 なぜか不機嫌そうにドラコが尋ねた。

「はちみつのクッキーよ」

 ハリエットは大事そうにショートブレッドを噛みしめた。

「クッキー?」

 ドラコは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「そんなものがクリスマスプレゼントなのか?」

 遠慮のない言葉をぶつけられ、ハリエットは泣きそうな顔になった。うじうじと下を向く。

「だって、お金がないんだもの……。てづくりにしようと思ったけど、たまにはちゃんとしたものをあげたいと思って」

 本当は、このお金だって、今日の遠足のおやつにと伯母であるペチュニアに持たされたものだ。今まで一度だってお金なんてもらったことはなかったが、しかし、今回は所持品の中にしっかりおやつ用のお金と書かれていたので、ペチュニアも財布の紐を緩めるしかなかったのだ。

「ちゃんとしたものとは、そういうものを指すんじゃない」

 ドラコは偉そうに言った。

「ぼくのきょねんのクリスマスプレゼントは箒だった。さいしんがたの箒だ」
「ほうき……?」

 ハリエットは目を瞬かせた。箒だなんて、ハリーと同じくらいの年の男の子が嬉しがるとは到底思えなかった。従兄弟のダドリーでさえ、ゲームが欲しいと駄々をこねていたのに。

 意外にも、この子は掃除が好きなのかもしれないとハリエットは考えた。もしそうだとすると、性格は偉ぶっているが、本当は良い子なのだろう。

 その後、すっかり機嫌を直したドラコは、いろいろと魔法界のことについて話した。ハリエットは内心驚きつつも、魔法の世界に、遠く思いを馳せていた。彼の語る魔法界の話は、あまりにも真実味を帯びていた。自分で作り上げた話にしては、完成度が高い。誰かから聞いた話だろうか。ハリエットは、夢の中でもいいから、ぜひともホグワーツという魔法学校に通ってみたいと思った。

 いつしか、ハリエットはドラコと肩を並べて歩いていた。自分が迷子だということ、ハリーを探している途中だということをすっかり忘れ、彼の話に聞き入っていた、その時。

「ハリエット!」

 ハリエットの大好きな人の声が、耳に飛び込んできた。

「ハリー!」

 ハリエットはパッと喜色を浮かべ、走り出した。そして人混みをうまくかき分けると、その中から黒髪の男の子を見つけ出し、彼に抱きついた。

 ドラコは、今の今まで楽しそうに自分の話に聞き入っていた女の子が、急に手のひらを変えて他の男の子の下へ行ってしまったことに、ひどく腹を立てた。

 その男の子はというと、冴えない壊れかけの眼鏡をかけていて、髪はくしゃくしゃ、服もハリエット同様ブカブカの汚らしい格好をしていた。

 僕の方がよっぽど良い身なりなのに、とドラコは不機嫌になった。

「ハリエット、よかった。ずっとさがしてたんだよ」
「わたしも、ずっとハリーのことさがしてたわ。でも、ぜんぜん見つからなくて……」
「ぼく、へんな人につれてかれちゃったんだ」

 ハリーという男の子は、にへらっと笑った。ハリエットは心配そうに覗き込んだ。

「そうだったの? ひどいことされなかった?」
「何でかおこられたけど、へいきだよ。すぐににげてきた。あの人がむりやりぼくをつれていったのに、ひどい人もいるんだね。ハリエット、人の多いところでは、こんどからは手をつないでようね」
「うん、ぜったいにはなさないわ!」

 ハリエットはギュッとハリーの手を握った。固く結ばれた手に、ドラコの機嫌は地に落ちる。

 ドラコは、歪んだ笑みを浮かべながら、二人に近づいた。

「そうだな、たしかにしっかりとみはっておいた方がいいと思うぞ。人目もはばからずわんわん泣いてたんだから」
「わたし、わんわん泣いてなんていないわ」

 ハリーに告げ口され、ハリエットは頬を赤くした。

「あなただってまいごでしょ?」
「ちがう!」

 ドラコはキッとハリエットを睨み付けた。ハリーは、庇うようにハリエットの前に出た。そして、彼女を振り返りながら問う。

「この子は?」
「いっしょにハリーをさがしてくれたの」
「ほんとうに?」

 この意地悪そうな男の子が? とハリーの目は語っていた。ハリエットはすぐに庇う言葉を思いつかないでいた。

「ぼくはまいごなんかじゃない!」

 ドラコは未だ反論していた。まかり間違っても『迷子なんか』と一緒にされるのは彼の沽券に関わるらしい。

「じゃあ、きみは一人でここまできたの?」

 ハリーは尋ねた。ドラコがうっと詰まったのを見て、ハリエットは何の気なしに代わりに答えた。

「ちがうわ。お父さんとお母さんといっしょに来たみたい」
「その二人は今どこにいるの?」

 ドラコはビクリとまた肩を揺らした。動揺したように瞳が揺れるので、ハリエットは可哀想に思った。

「でも、いっしょにあの子にハリーのことをさがしてもらったから、こんどはあの子がはぐれちゃったのかもしれないわ。わたしが言い出したの。いっしょにさがしてって」
「そうなの?」

 ハリーも少しだけ警戒心を解いた。偉そうな態度は鼻につくが、ハリエットが無事でいたのも、彼のおかげでもあるかもしれない。

「じゃあ、こんどはぼくたちが君のお父さんとお母さんをさがしてあげるよ」
「いらない!」

 親切心から言ったのに、ドラコは威嚇するようにハリーを睨んだ。

「だれがマグルのたすけなんかかりるか! それに、ぼくはまいごじゃない! 父上と母上は、その辺りでローブを見て――」
「ドラコ!」

 聞き覚えのある声に、ドラコはパアッと華やかな笑みを見せた。血色の悪い青白い顔に朱が差す。

「父上、母上!」

 ドラコは駆け寄ってきた父と母に、思い切りぎゅうっと抱きついた。嗅ぎ慣れた匂いに包まれ、ドラコはうっとり頬を緩ませる。

「ドラコ、良かった!」

 ナルシッサは愛しくて堪らないとでもいうように、何度でもドラコの頭を撫でた。ドラコはあまりある安心感に、少しだけ眠気を誘われた。

「あの男の人……」

 ハリーが隣のハリエットに囁いた。

「ぼくが言ってた、へんな人だよ。あの人、マグルがどうとか、ぼくのことばかにしてきたんだ」
「……! わたしも! あの子にマグルってよばれたわ!」

 ハリエットも興奮した声を漏らした。その声が聞こえたのか、ルシウスは息子を見た。

「ドラコ、まさかマグルの子と一緒にいたわけじゃないな?」

 父の言葉に、ドラコはギクリと肩を跳ねさせた。父はマグル嫌いだ。今の今まで、マグルなんかと一緒にいたなんてバレたくなくて、ドラコは必死に言い訳した。

「ちがいます! あんな奴ぼくしらない!」
「あの、ハリーのこといっしょにさがしてくれたの。わたし、ハリーとはぐれちゃって……」

 ドラコが怒られるのではないかと、ハリエットは勇気を出してルシウスに言った。ハリエットには預かり知らぬことだが、しかしそれは、ドラコにとって余計な一言だった。

「ドラコ、マグルには関わるなと言っただろう」
「ちがいます! あの子がかってにぼくについてきたんです!」

 屈んだルシウスは、息子の頬にお菓子の欠片がついているのをめざとく発見した。

「それに、何か食べたのか? マグルのお菓子を?」

 ドラコは更に身体を縮こまらせた。一瞬目を泳がせ、思いついた言い訳は。

「ぼく、いらないって言ったのに、あの子がかってにおしつけてきたんだ。すっごくまずかったけど、食べろって」

 ドラコはぐいっと口元を拭った。あんまりな言葉に、ハリエットは目を潤ませた。

「ハリー、ハリー……ちがうのよ。わたし、そんなことしてないわ!」
「うん、しんじるよ、ハリエット。あの子がうそをついてるんだ」
「うそなんかついてない!」
「息子に言いがかりをつけるのは止めて貰おう」

 ルシウスはドラコの前に立った。ハリーも庇うようにハリエットを背中に隠す。

「ただでさえ予想以上にマグル界に滞在することになって、シシーの具合は良くないというのに……」
「だって、あいつが」
「ドラコ、言い訳は見苦しいぞ」

 しゅんとしてドラコは口をつぐんだ。ハリーは少し胸がスッとした。だが、その後すぐに自分に向けられた、凍てつくようなルシウスの視線に、背筋をヒヤリとさせた。

「お前達の両親はどこだ? これ以上息子に喧嘩をふっかけるつもりなら、話をつけなければ」
「おやはいない」

 ハリーが代表して答えた。父の後ろでドラコは一瞬目を見開いたが、すぐにまたしかめっ面に戻した。

「なんと、孤児か。マグルだから躾がなってないと思っていたら、親がいないせいか。君たちも気の毒な境遇に生まれたのだな」

 ルシウスは、蔑むような目をハリー、ハリエットの服に向けた。ハリーはキッと彼を睨み返した。

「ぼくたちにおやがいるかどうかなんて、あなたにはかんけいない。ぼくは、ハリエットをきずつけるようなことを言う、その子の方がいじわるだと思う」
「ドラコになんて口の利き方を!」

 鼻に皺を寄せて黙っていたナルシッサが、急に叫んだ。ルシウスが彼女の肩に手を置かなければ、もしかしたらこちらに近寄り、ハリーの頬を引っぱたいていたかもしれないと思うほどの迫力だった。

「シシー、もう行こう。関わるだけ無駄だ」
「ええ、そうね。こんな所早くお暇しましょう。マグルの孤児の相手をしてるほど、私達は暇じゃないわ」

 ナルシッサはドラコの手を握り、ハリー達に一瞥した後、さっさと歩き始めた。ルシウスも反対側からドラコの手を握る。

 ドラコは最後、顔だけ振り返った。睨み付けてくる黒髪のの男の子と目が合って、ドラコは顔を歪めた。

「ふん! マグルはマグルらしく地べたをはいまわっていればいい!」

 ぼくは二年後にはホグワーツに行くんだ。おまえたちとはちがって。

 そう心の中で呟き、ドラコは優越感に浸った。

 この時のドラコは思いも寄らないが、三人が再び見えるのは、二年後――。

 その時は、着々と近づいていた。