■小話
11:感謝を込めて
20.11.30
リクエスト
イースター休暇も終わりが近いともなれば、大量の課題を残した生徒達が焦って談話室に籠もりきりになるのは毎年のことだった。ただ、ハリエットはというと、ハーマイオニーと共に無理のない勉強計画を立て、コツコツと課題をこなし、数日前には全てのレポートを終わらせていたのだから余裕綽綽だ。
レポート相手にうんうん唸っているハリーやロンを尻目に、ハリエットはソファでカタログを読みふけっていた。ホグワーツの生徒御用達のプレゼント用カタログだ。
魔法界には、通信販売ならぬふくろう便販売がある。カタログの取り寄せから注文、配達まで全てふくろうでまかなえる事業だ。最近でこそホグズミードで自由に買い物ができるようになったが、ハリエットは四年生になるまで自由に外出もできなかった。そんな時活躍したのがふくろう便販売で、ハリエットはちょっとした時間が空くと、よくペラペラとカタログを捲っていたものだ。
今でこそホグズミードに行けるとは言え、やはり一度にたくさん見比べることができるカタログも手放せない。
ハリエットが頭を悩ませていたのは、ドラコの誕生日プレゼントだった。
今までも何度かプレゼントを贈る機会はあったが、何せ、互いにちょっと相手をからかう意味合いのプレゼントばかりだった。素直になれなかったというのもあるし、どういうものを渡せば喜んでくれるのかが分からなかったというのもある。
だが、今年はさすがにそんなわけにもいかない。何しろ、今年はハリエットはドラコに多大な恩や負い目があった。ザビニに襲われそうだったのを助けてもらったり、ダンス・パーティーのパートナーを承諾したにも関わらず、すんででそれを取り消したり、かと思えば、ジャスティンとのことを心配してもらってついてきてくれたり。
一つ、今年こそは、真面目にプレゼントを考えようと思い立った次第である。とはいえ、折角のカタログがあるにもかかわらず、良いプレゼントは思い浮かばず、先ほどからハリエットは何度もため息をついてばかりである。観念したようにロンが顔を上げた。
「そう何度もため息をつかれちゃ気になって仕方ないじゃないか! こっちはレポート中だぞ」
「ああ、ごめんね」
「何をそんなに悩んでるんだよ」
羽根ペンを放り投げ、ロンが腕を組んだ。自分のせいでロンの課題が止まってしまうと思ったハリエットは慌てた。もしかして課題に飽き飽きして現実逃避したいだけなのかもしれないが、レポートが進んでいなければ図書室から戻ってきたハーマイオニーに怒られるのはロンである。ハリエットはそわそわした。
「うーん、えっと」
「それ、プレゼント用のだろ? 誰かの誕生日?」
「ああ、まあ……」
「誰の? 男用のカタログだろ?」
意外に鋭いロンにハリエットは閉口した。咄嗟に視界に映ったのは。
「ええ、まあ……ハリーの」
急に話題に名が上がったハリーは驚いたように顔を上げた。
「まだ二ヶ月以上先なのに……」
そう言って再び課題に目を戻したハリーだが、嬉しそうにほんのり口元が緩んでいたのを目撃してしまったハリエットは罪悪感を抱いた。――これが終わったらちゃんと考えるから!
「兄貴の誕生日に普通そこまで悩むか?」
素っ頓狂なロンの言葉に、更にハリーが顔を俯ける。ハリエットは居たたまれなくなって立ち上がった。
「お邪魔しちゃ悪いから、私行くわ」
ロンはまだ話したりなさそうな顔をしていたが、これ以上は精神が持たなかったので、逃げ込むようにして寝室へ戻った。
ベッドに寝転がると、ハリエットは再びカタログを開いた。
今のところ、考えているのはクィディッチに関するものだ。だが、シーカー就任祝いに父親からチーム全員の最新型の箒をプレゼントされたドラコのことだ、クィディッチ用品もさぞこだわりの高級品を使いたいに違いない。おいそれとプレゼントすることはできない。
以前、ハリーにプレゼントしたゴーグルは雨の日でもよく見えるとハリーのお墨付きだ。値段はともかくとして、性能は文句なしなので、プレゼントしても――と思ったが、ハリーと同じものをプレゼントしたと知れたら、ドラコの機嫌がどうなるかは想像に容易い。名残惜しいが、これも却下だ。
最終的に残ったのは、替えはいくらあっても困らないタオルだ。練習の時に使っても良いし、さすがにタオルにこだわりのメーカーはない――だろう。
とはいえ、一言にタオルと言っても、さすがは魔法界。目を見張るようなものが山ほどある。選り取り見取りで、逆にどれにしようか迷ってしまったくらいだ。やっとのことでこれだというものを決めると、そのままウィルビーに注文書を持たせて品物が来るのを待ち、ひいてはドラコの誕生日待ちということになった。
*****
来る誕生日当日。ハリエットは、ふくろう便の時間がやって来ると早速自分の選択を後悔して止まなかった。
いつもはふくろう便で渡す所を、今年は手渡しで渡してみようと思ったはいいものの――ドラコの元を訪れるふくろう便の多いこと。
両親からのプレゼントはもちろんのこと、校外の知り合いだろうか、バサバサと大量のふくろうがドラコの元を訪れている。そうなってくると、自分のプレゼントが、それらの中で見劣りするのではないかという点が不安になってくる。わざわざ呼び出して手渡しだなんて、さぞ立派なものだろうと思われないだろうか?
ハリエットの不安を余所に、ウィルビーは真っ直ぐドラコの方へ飛んでいく。その上、ドラコのペット、ワシミミズクが手ずから餌をもらっている所に無理矢理割り込み、早く手紙を開けろとばかりせっつく。
ハリエットは見ていられなかった。ドラコの元に届けられるプレゼントの数々よりも自分の手紙が優先されるべき理由なんてないのに!
なのにそんな主人の心境などいざ知らず、ウィルビーは無事ドラコに手紙を開けさせることに成功した。ようやく役目が終わったことを理解すると、彼女はいそいそとハリエットの元へ飛んできた。さあ撫でて、と頭をすり寄せて来るので、なんとも言えない気持ちで撫でてあげれば、ウィルビーは至極嬉しそうに鳴き声を上げた。
手紙を読み終わったのか、ドラコが視線を上げた。ハリエットは咄嗟に下を向いた。どんな顔をすれば良いか分からない。
手が止まっているぞとウィルビーから顰蹙を買ったので、再び撫でる手を再開させる。
やはり、誕生日当日にいきなり約束を取り付けるなんて、非常識だっただろうか。誕生日ということは、友達がパーティーを開いてくれるのかもしれないし、それでなくとも、クィディッチの練習などがあったかもしれない。
――やっぱり、今からでもプレゼントを送って、直接渡すのはなしにしようか?
「……ウィルビー、もう一度行ってきてって言ったら、行ってきてくれる?」
愚問だった。ウィルビーは聞こえない振りでもするかのようにハリエットの手にぐりぐり頭を押しつけた。ハリエットはため息をついた。
*****
結局、あれからドラコから断りの返事はなかったので、了承したとみて問題はないだろう。とはいえ、それでもちゃんとドラコが来てくれるかどうかは不安だった。もちろん、彼はなんだかんだ約束を反故にするような人ではないと分かっているし、日常の雑多に約束自体を忘れてしまう奔放さも持ち合わせてはいない。こうした不安は全てハリエットの自信のなさから来るものだということは分かっていたが、それでも、いざ待ち合わせ場所にドラコが来てくれたとき、ハリエットは心からの笑顔を浮かべてしまった。
「来てくれてありがとう」
「今日は僕もいろいろと約束があったんだ」
開口一番、ドラコはそんなことを言った。ハリエットはすぐに笑みをなくしてしゅんとする。
「ごめんね……すぐに終わると思うから」
「僕を呼び出すほどの用事が何か、是非とも聞いてみたいものだね」
勝手にハードルを上げていくドラコに、ハリエットは怖じ気づいた。だが、渋れば渋るほど出しにくくなってしまうのは明白だったので、ここは一つ、ぐっと堪えてプレゼントを差し出す。
「あの――お誕生日、おめでとう」
もしかしたら、ちょっと声が震えていたかも知れない。友達の誕生日を祝うのはこれが初めてではないのに――。
「どうしても今年は直接お祝いしたくて。忙しいのにごめんなさい」
「別に……」
目を逸らし、ごにょごにょドラコは何かを言う。しかし最後の方はあまりにも声が小さくて何も聞こえなかった。
「今年は、本当にいろいろありがとう。たくさん助けてもらったし、迷惑をかけたわ。ザビニのことも、ジャスティンのことも、とっても感謝してる。その気持ちと言ってはなんだけど、今年は真面目に誕生日プレゼント考えたの――もちろんいつも真剣だけど、どういうものが嬉しいかなって真剣に考えて……あの、気に入ってくれると良いんだけど……」
次第に小声になりつつ、ハリエットは押しつけるようにドラコにプレゼントを渡した。
一方のドラコはというと、まるで危険物でも渡されたかのように恐る恐る包装紙を破っていた。今までとてさほどおかしなものは渡していないというのに、もしかして、いつもこんな風におっかなびっくり開けられていたのだろうか、とハリエットは少し悲しくなった。
包装を開けきり、そのまま平たい箱を開けると、中から勢いよく飛び出したのはモスグリーンのタオルだ。
「うわっ!」
タオルはまるで生き物のようにうごめき、ドラコの顔全体を覆った。突然視界を覆われてドラコは大慌てだ。しばらくタオルと奮闘した後、ようやく顔を出すと、真っ赤になって叫んだ。
「なんだこれは!」
「み、見ての通り、タオルよ……」
「タオルはこんな生き物みたいに動かない!」
奮闘したせいか汗が滲み出たようで、そんな彼の汗を必死になって拭くタオル。ドラコの怒りがこれ以上大きくならないようハリエットは必死に説明した。
「汗を拭いてくれるのよ。遠くに置いてても、呼べば来てくれるの。可愛いでしょう?」
「可愛くない!」
「気に入らなかった……?」
「当たり前だ!」
ふんと鼻を鳴らしそう宣言するドラコに、ハリエットばかりか、タオルまでもがしゅんとしてしゅるしゅるドラコから離れていく。見ていられなくて、ハリエットが「おいで」と呼べば、タオルはまるで今にも泣き出しそうな雰囲気でハリエットの身体に巻き付いた。
「ごめんなさい……。きっと気に入ると思って買ったんだけど」
「主人を窒息死させそうなタオルに頼まなくても、僕は自分で汗を拭ける」
「……そこまで言わなくたって良いじゃない。きっとショックを受けてるわ」
ハリエットの言葉を肯定するかのように、タオルはぐるぐる縮こまってハリエットのローブの中に引っ込んだ。ドラコはピクピク頬を動かす。
「ほ、本当になんだそれは……! まるで生き物みたいじゃないか!」
「さすがに生き物じゃないと思うわ」
「そんなことくらい分かってる!」
真面目に返すハリエットにドラコは叫んだ。
そういえば、とドラコはいつだったかの魔法生物学の授業を思い出した。あの森の番人ハグリッドの初授業で、怪物的な怪物の本を大人しくさせるには撫でれば良い、と照れっとした様子で答えた彼女。その後の授業でも怪物的な怪物の本は度々取り入れられたが、その都度「可愛いわ」と正気じゃないことを言いながら教科書を撫でていた――。
「気にしないで良いのよ。ドラコには嫌われちゃったかもしれないけど、大丈夫。ハリーにプレゼントしてみるわ。ハリーだったら、あなたのこと大切にしてくれると思うの」
本当? とでも言いたげな雰囲気で、タオルがひょっこりローブから顔を出した。ハリエットは笑顔になる。
「ええ、ハリーもクィディッチの選手なの。きっと出番は――」
たくさんあるはずよ、と続くはずが、ドラコがグッとタオルを引っ張ったので、それ以上言葉にはならなかった。
「ど、どうしたの?」
「別に、使わないとは言ってない」
「……使ってくれるの?」
「……ああ」
「ありがとう!」
なぜかハリエットがお礼を言う羽目になったが、そんなこと全く気にも留めなかった。気に入ってはくれなかったようだが、ひとまずは使ってくれそうなので、誕生日プレゼントとしてはまずまずかもしれない。
「来年はもっと気に入りそうなのを考えるわね」
「――ぜひそうして欲しいね」
ふん、と鼻を鳴らしながらドラコは言った。
「これで用は終わりか?」
「ええ。時間とらせてごめんね」
「全くだ」
僕はもう行く、と宣言してドラコは一足先にホグワーツへ戻っていった。大して汗も出ていないのに、そんな彼に好かれようとタオルは必死になって汗を拭こうとし、ドラコに邪険に扱われている。
やっぱりプレゼント選びを間違えてしまっただろうか、とすっかりしょげ返ってその場を後にしたハリエットだが、その時の機嫌が持ち直したのは、次の年のクィディッチの試合でだった。スリザリン対レイブンクローの試合で、休憩中、スリザリンのキャプテンと何か言葉を交わすドラコの横で、必死になって汗を拭いているタオルの姿を目にして、今年のプレゼント探しも頑張ろうと思ったのは当然のことだった。