■小話

03:犬猿の仲



*不死鳥の騎士団『不死鳥の騎士団』、ブラック家の屋敷にて*


 言わずもがな、シリウスとスネイプは犬猿の仲だった。

 学生時代から二人は互いに憎み合っているということだったが、実際にその仲の悪さをまざまざと見せつけられたのは、騎士団の会議が長引き、子供達がお腹をすかせて厨房まで降りてきたときだ。

 まだ会議は終わらないのか、と扉を見つめていると、バタンと急に扉が開いた。

「夕食ですよ!」

 待ちに待った時間だと、子供達はわーっと厨房になだれ込んだ。ご飯のことしか頭になかった子供達は失念していた。騎士団の会議であれば、その団員でもあるスネイプがいるということに。

「間髪を入れずに飛び込んでくるとは……。卑しくもまた盗み聞きをしていた訳じゃあるまいな?」

 運の悪いことに、子供達の先陣を切っていたのはハリーだった。長身を活かして上からジトッと見下ろすスネイプに、ハリーはたじろいだ。

「そんなことしてません!」
「ハリーに言いがかりをつけるのは止めてもらおうか、スネイプ」

 互いに睨み合うスネイプとハリーの間に、シリウスが割って入った。

「聞けば、君は授業でもハリーに妙な言いがかりをつけているそうじゃないか。少しは大人になったらどうだ?」
「どの面下げて我輩にそんなことを言うのだ? ただ歩いていただけで因縁をつけてきたのはどこのどいつらだっただろうな?」
「十年以上も昔のことを今更持ち出すのか? さすが、スリザリンは記憶力も良いようで」

 シリウスはどこ吹く風でサラッと流した。スネイプの米神に青筋が立つ。

「たった十年かそこらで君の記憶は煙のように消え去ったのかね? 入院をおすすめしよう」

 シリウスとスネイプはしばしの間睨み合った。先に口を開いたのはシリウスだ。

「ダンブルドアに免職されればいいのに」
「魔法省に捕まれば良いのに」
「いい加減にしなさい!」

 モリーがイライラと一喝した。

「子供達に悪い影響が出るでしょう! 喧嘩なら外でやってちょうだいな!」

 モリーの言うことも最もだった。お騒がせなウィーズリー家の双子は、シリウスとスネイプ、どちらに軍配が上がるか大人達に賭けを持ちかけていたし、ロンはシリウスがスネイプをやり込めるよう期待した目で見つめていた。

「だが、モリー――」
「ああ、さよう。外で話でもしようか、ブラック?」

 スネイプは意地悪く唇の端を吊り上げた。

「いや、しかし君は確か、魔法省に追われているんだったな? もし庭に出る勇気があればの話だが」
「スニベルス!」

 気が短いシリウスは杖を取り出した。それとほぼ同時にスネイプも杖を構える。一触即発の雰囲気に、モリーが悲鳴に近い叫び声を上げた。

「止めなさいってば!」
「シリウス!」

 シリウスを止められるのは自分たちしかいないと、ハリーとハリエットは、必死になってシリウスを抑えた。今にも口から火でも噴きそうなシリウスの顔色に、スネイプはせせら笑いを浮かべた。

「いやはや、子供に庇われるような大人にはなりたくないですな」
「わたしとて、生きがいを知らない大人にはなりたくない!」

 シリウスが吐き捨てるように言うと、スネイプの眉間の皺が一層深くなった。

「わたしの生きがいはこの子達だ。この子達さえ生きていれば、わたしは幸せだ。君にはそんなものがあるのか?」

 スネイプは今にも射殺さんばかりの視線でシリウスを睨み付けた。そしてその殺人級の視線は、ハリー、ハリエットにまで向けられる。

 あまりにも毒々しいその視線に、双子はきゅうっと身を縮こまらせた。二人の喧嘩に自分たちを巻き込まないで欲しい、というのがハリー、ハリエットの共通の意見だった。スネイプを怒らせた結果、その矛先が向くのは間違いなく自分たちなのだから。

 そんなこととはつゆ知らず、後見人はご機嫌で双子を両側に侍らせた。ゆったりと椅子に腰を下ろすと、まずはハリエットを側に抱き寄せた。シリウスには、スネイプの苛立ちが手に取るように分かった。

「ハリエット」

 相好を崩してシリウスはハリエットの赤毛に触れた。指通りの良い髪は、するりとシリウスの指を撫でる。

「君は本当にリリーそっくりだ。可愛いよ」
「し、シリウス……」

 突然の褒め言葉に、ハリエットは顔を真っ赤にして下を向いた。スネイプの貧乏揺すりが激しくなる。

「ハリー、おいで」

 シリウスはちょいちょいとハリーを手招きし、隣に来させた。まさに今のシリウスは両手に花だった。今のシリウスは無敵だった。

「君はジェームズそっくりだ。勇敢で、正義感に溢れ……」
「躊躇いもなく校則を破る所もそっくりですな」

 スネイプが忌々しげにご機嫌シリウスに水を差す。

「傲慢で自意識過剰で。我輩の授業で自分の記事が書かれた雑誌を読んでいたこともあった」
「スニベルスの授業なんか聞く価値もないから、よくやった」

 シリウスはわしゃわしゃとハリーの頭を撫でた。鳥の巣のような頭と、照れたように下を向くのが天敵ジェームズそっくりで、スネイプは余計に口元を引きつらせる。

「ああ、わたしは世界一の幸せ者だ。ジェームズとリリーの愛し子がこの手にある。誰かさんにはこんな幸せ味わえないだろう」

 シリウスは二人まとめて抱き締めた。双子はきゃっきゃとくすぐったそうに笑う。またスネイプの眉間の皺が深くなる。

「味わえなくても結構だ」

 そして彼は嘲笑と共に言った。

「まがい物で我慢するような人生はごめん被りたい」
「なんだと?」

 双子を抱き寄せるシリウスの腕に力がこもった。

「図星で驚いたかね? 大切な親友夫婦を二人に重ねて見ているだけだろう、君は? そのことに気づいたとき、二人とて君に失望するだろう」
「黙れ!」

 シリウスは威嚇するように唸った。しかしスネイプはどこ吹く風で椅子から立ち上がる。

「せいぜい互いの傷をなめ合っていればいい」
「こいつめ!」

 再びシリウスは杖を手に立ち上がった。だが、今度はモリー達にも心の準備ができていた。シリウスとスネイプの間にモリーが立ち塞がり、ルーピンはシリウスをなだめすかせ、アーサーはスネイプを玄関まで追い出すように送っていった。

「なんて奴だ、スニベルスめ!」

 スネイプがいなくなってもなお、シリウスはじっと扉を睨み付けていた。

「気にしなくて良いんだよ、ハリー、ハリエット」

 座りもせず彼を見つめている双子の方に、ルーピンは手を置いた。

「スネイプはシリウスと君たちの仲に嫉妬してそう言ったんだ。頭に血が上ると、シリウスはジェームズとリリーが口癖みたいになるけど、シリウスも分かってる。二人のことはちゃんと二人として見てるよ」

 ハリーとハリエットは顔を見合わせ、小さく頷いた。

 ルーピンの言葉は嬉しかった。しかし彼の言葉は、他の誰でもない、シリウスに言ってもらいたかった言葉でもあった。