■小話

07:ふくろう便事情


マリー様
リクエスト

 夏期休暇というものは、長いようで短い。旅行へ行けば気づけば半月近くが経過しているし、膨大な量の課題をこなす傍ら、クィディッチの練習に身を入れていれば、あっという間に月日が流れる。

 そんな忙しい毎日を送る中、ふとしたときに『夏休みに手紙を送ってもいい?』というハリエットの声が幾度となくドラコの中で反芻されるのは、彼にとって、酷く不愉快なことだった。

 まず第一として、手紙が来ない。

 『気が向いたら返事返してくれると嬉しいわ』などとほざいておきながら、手紙を送らないなんてことがあって堪るか。来ない手紙にどう返事すれば良いというのか。そっちが送ってこいという意思表示なのか。

 第二として、手紙が来ないという、ただそれだけの事柄の、日に日に頭を占める割合が多くなっている事実に苛立って仕方がない。別に、ハリエットからの手紙を楽しみにしているわけではないし、来ないなら来ないでそれで構わないし、別に、来たら来たで返事だって適当に書こうと思っていたし――とにかく、ドラコは彼女と文通がしたかったわけではない。その絶対的な事実があるのに、来るのだろうと思っていた手紙が、なぜか届かないことにモヤモヤする。非常に。

 要は、自分だけがモヤモヤしているだろう事実が腹立たしいのだ。きっと彼女は、今頃呑気に休暇を謳歌しているに違いない。ロンやハーマイオニーと遊ぶのに忙しくて、ドラコへの手紙にも頭が回らないのかもしれない。どちらにせよ自分だけがヤキモキしているこの状況には我慢ならない。

 重苦しいため息をついて、ドラコは日刊予言者新聞をテーブルに置き、天井を仰いだ。新聞の端の方に『生き残った男の子の誕生日』という記事が載っていた。ドラコにしてみれば、だからなんだという思いだが、しかし、生き残った男の子の誕生日ということは、その双子の妹の誕生日でもあるということだ。

 何かしら反応をした方がいいか、とドラコは悩んでいた。

 クリスマスには、ハリエットからお菓子の詰め合わせをもらった。おそらく、箒の練習に付き合ってもらっている感謝も含まれているのだろうが、礼儀として、誕生日くらいは何かした方が良いかもしれない。

 迷いに迷って、ドラコは蛙チョコのセットを送ることにした。箒の指南書も考えたが、先学期ではダンブルドアに褒められたのだ、もう必要あるまい――寮杯獲得の目前でグリフィンドールに優勝をかっさらわれたことを思い出し、ドラコはまたも不機嫌になった。

『蛙チョコくらいもう食べられるようになってるだろう』

 手紙と言うにはあまりにも短い文面。それに、これだけ見ても誕生日の祝いとは誰も思わないだろう。しかしこれがドラコの最大の譲歩だった。もしもハリエットがちゃんと有言実行していれば、ドラコももう少しマシな対応をしてあげようと思っていたが――ああ出てくるのだから仕方がない。

 ここまでやれば、さすがに向こうも何かしら返事をするだろうとドラコは楽天的に考えていた。まさか、待てども待てども返事が来ないなんて、一体誰が予想できただろうか!

 すっかりへそを曲げたドラコは、もし新学期、彼女と顔を合わせることがあっても絶対に無視をしようと考えていた。話しかけてきても無視一択だ。――いや、でも、気にしていると思われるのも癪だ。できれば、手紙が来なかったことなんて全然気にしてない風を装いながらも、無視をするのが一番良い。だが、やはり無視はあからさますぎるだろうか。逆に気にしていると言っているようなものだ。普段通りを装った方が良いだろうか。でも、普段通りというのもやっぱり嫌だ。何かしらの意趣返しはしたい――。

 今日も今日とて、結局ドラコの頭を占めるのは『ハリエットからの手紙が来ない』事実で。

 茹だるような夏の日、頭をこねくり回して、次にハリエットに会ったときにどういう対応をすべきかについて考えていたにも関わらず、意外にもその再会は思ったよりも早く、いざ顔を合わせれば、あんなに綿密に考えていたことが全て吹っ飛び、ぐだぐだな対応になってしまうとは、ドラコは予想だにしていなかった。


*****


 まさか二度目の夏季休暇も同じ思いをするだなんて、一体誰が想像しただろう!

 もう五週間近くも経つのに、ハリエットからの手紙は来ず、ドラコはまたもイライラを募らせていた。去り際『また手紙送るね!』と輝かんばかりの笑みと共に告げたくせに、あれから何の音沙汰もない。これは一体どういうことだ。

 ハリエットの誕生日も近づいていたが、ドラコはもう何の反応も返してやるものか、と思っていた。どうせまた『いろいろあって』手紙を送れない事情が出てきたのかもしれないが、ドラコにはそんなこと知るよしもない。また無駄にヤキモキするのはごめんだ。

 そう思っていたものの、いざ自室の窓から、知り合いのふくろうではない、小柄でフサフサした灰色のふくろうが飛び込んできたとき、少々気が高ぶったのは、焦らしに焦らされたせいに違いない。丸みを帯びた字を見ただけでハリエットからの手紙だと確信したのも、決して期待していたとか、待ち望んでいたとかそういう類いの理由ではない。将来有望な魔法使いとしての直感が働いただけだ。

 ふくろうから手紙を受け取ったドラコは、すぐに返事をするか否か迷った。あまりにも早く返信するのも、まるで手紙を待っていたかのように思われたら嫌だ。ここは一週間くらい焦らしてから送るのでも良いかもしれない。

 そう思って、主人に命の危険でも迫っているのかと言いたくなる速度で羽ばたくハリエットのふくろうを見送ろうとしたが――不意に思い直し、ピシャリと窓を閉めた。当然、ふくろうは窓に強かに身体をぶつけ、へなへなと地面に落ちていく。

「あっ」

 咄嗟の行動だったため、もちろんドラコにも悪かったという感情はある。だが、ドラコの言い分も聞きもしない態度で――ふくろうに言葉を理解しろと言う方がおかしいのだが――彼女はドラコの指を激しく突きだした。ドラコは思わず身もだえする。

「止めろ! 返事も持たずに行こうとするからだろう! ちょっとそこで待ってろ!」

 部屋に備蓄しているふくろうフーズで懐柔しようとするも、そんなもので絆されるふくろうではなかった。よっぽど魔法でも使ってやろうかとドラコは思ったが、たかだかふくろう一羽ごときに校則を破るのは本意ではない。

 仕方なしに我慢していれば、ようやく気が済んだのか、ふくろうは拗ねたように窓際に止まった。その目は、自由を望むかのように煌々と夜空に向けられている。部屋に閉じ込められる時間なんて、せいぜい返事を書くうちの数十分程度だろうに、このふてぶてしさは何なのだろうか。

 ドラコはふくろうを激しく睨み付けながら、ようやく床に落ちてしまった手紙を手に取った。封を切れば、宛名と同じく丸っこい字が覗く。

『手紙遅れてごめんなさい! 本当はもっと早くに出す予定だったんだけど……ふくろうで手紙のやり取りしないようにって伯父に言われて、どうしようもなかったの。ようやくこっそり夜に出せたわ!

 なんだかんだ、私がドラコに手紙を書くのはこれが初めてよね。去年の夏季休暇、私もちゃんと手紙を書いてはいたんだけど、いろいろあってドラコには届かなかったと思うから……』

 だからいろいろってなんだ――そうドラコは思ったが、今はひとまず頭から疑問を追いやった。

『それはそうと、ドラコは夏休み、どんな風に過ごしてるの? 魔法族の夏休みって、あんまり想像つかなくて! 去年ロンの家に泊まったときは』

 ウィーズリーの家に泊まるくらい夏休みを謳歌していたくせに、なぜ手紙くらい出せなかったのか、とまたモヤモヤがドラコの胸の内でとぐろを巻く。

『クィディッチをしたり、魔法界の料理を習ったりしたの。兄弟が多いって良いわね! とっても素敵な夏休みだったわ。ドラコも、何か楽しい話があったら教えて欲しいわ。友達からの手紙くらいしか、魔法界との繋がりがないから寂しいから。――あ、もし返事をくれるならって話なんだけど!

 今のところ、私の夏休みはこれといって凄いことは起こってないから、このくらいにしておくわ。課題もまだまだたくさん残ってるし……。またホグワーツで会えるのを楽しみにしてるわ。楽しい夏休みを!

 追伸 私への手紙は、できれば夜に送ってくれると嬉しいわ。私の家の周りはマグルばかりだから、ふくろうが目立っちゃうの。本当に、気が向いたらで良いんだけど……』

 低姿勢ではありつつも、文面では全く隠し切れていない期待。

 もともと返信するつもりではあったが、こうも期待を寄せられると、何だかむず痒い心地だ。ドラコはどことなくソワソワしながら羽根ペンを手に取った。

 ――思案すること五分少々。その間、ドラコは書きたいことをまとめていた。ドラコの昨年の手紙はハリエットの元に届いてないようなので、彼女の言う通り、ドラコの方も初めてハリエットに手紙を書くということになる。当たり前の教養として、どういう書き出しが適切か頭を悩ませたが――早々に諦めた。早く書けと言いたげにハリエットのふくろうが突いてきたからだ。

『まず第一に聞きたい。ふくろうの躾をちゃんとしているのか? あまりにも凶暴だ。傷が残ったらどうしてくれる。どうせ甘やかしてばかりいるんだろう。君のふくろうが危険生物の対象になる前に躾けた方がいい。

 それはそうと、別に君からの手紙は期待していなかった。去年のこともあるし、いろいろな事情・・・・・・・があったんだろう。マグルは頭が固いだろうから、ふくろう便を許容しないというのも予想がつく。君達の夏休みもさぞ窮屈だろう。お察しする。

 僕は、今年はイタリアに行ってきた。父上がイタリア魔法省の上級次官と懇意でね。ちょっとしたパーティーに招待されたんだ。魔法大臣とも挨拶した。なかなか有意義な時間だったよ。

 パーティーの後は、一週間ほど首都に滞在して観光した。イギリスほどではないが、イタリアもクィディッチが盛んだから、ショップも観光地もまあまあ楽しめた。残りの休みも少ないが、僕は計画的だからもう課題は終わってる。君も早く終わらせることだな。新学期早々減点されたいのなら別だけど。

 追伸 そういえばまた箒が苦手になったとか何とか言っていたことを思い出した。君はもはや初歩からやり直した方がいいくらいの実力だと思って、最適な本をプレゼントすることにした。先学期は……まあ……いろいろとあったから、詫びというか、誕生日プレゼントというか、そんなようなものだ』

 ペンを置くと、ドラコは包装された分厚い本と手紙とをハリエットのふくろうにくくりつけようとして――止めた。豆ふくろうとはよく言ったもので、その体躯はドラコのふくろうに比べて、二分の一にも満たない。さすがにそんな身体に本を運ばせるのは気が引けて、ドラコはワシミミズクに本を任せた。

 自分の仕事がないことに気づくと、もうここに用はないとばかり、ハリエットのふくろうは飛び立つ。何ともまあ自分の欲望に素直な鳥だった。


*****


 三度目の夏季休暇は、ドラコがヤキモキすることもなく、むしろ驚くくらい早くに手紙が届いた。封を開ければ、いつものように、此度の手紙事情について長々と書かれている。それによれば、シリウス・ブラックの名を使って、文通くらいは自由にできるよう、伯母一家に交渉したのだという。冤罪を晴らすことができなかったシリウスの肩書きが唯一役に立った瞬間だろう。

『――それでね、シリウスとも文通してるの。魔法界って本当に不思議なところね。宛名を書くだけで常に移動してるシリウスの居場所を突き止めて手紙を送ってくれるんだもの! シリウスは今南国にいるみたい。手紙を届けてくれたの、ふくろうじゃなくて赤とか緑とか、すごくはっきりした色合いの鳥だったの。イギリスじゃまず見ない鳥だから、窓から飛び込んできたのを見て、ダドリーが驚いてお皿をひっくり返したんだけど……でも、怒られなかったのよ! 何か言いたそうに私たちの方を見てきたけど、伯父も伯母も、シリウスが私達の後見人だって知ってから、強く出られないの! ちょっとおかしかったわ!』

 ドラコは思わず眉間に手をやった。

 ――手紙の半分以上がシリウス・ブラックについてだ。いくら自分の夏季休暇について書くことがないからといって、これはひどい。ドラコは別に、シリウスについて詳細を聞きたい訳ではない――かといって、ハリエットの休暇事情について聞きたいのかと問われると、そういう訳でもないのだが、とにかく、シリウスについて書いてくるのはおかしいということだけは分かる。

『とにかくね、シリウスに会うのがとっても楽しみだわ。一体どれくらい先になるかは分からないけど……いつか冤罪が晴れたらって思うの。その時はダイアゴン横丁を一緒に歩きたいわ!

 ……改めて言うけど、私達がこうしてシリウスと文通できているのも、ドラコのおかげよ。本当にありがとう。今年の誕生日プレゼントは、感謝を込めて、とっておきのものをプレゼントするから、楽しみにしておいてね!』

 ――前言撤回だ。最初から最後まで、ほとんどシリウス・ブラックの話で終わった。これのどこが手紙だ。これをそのままシリウスに転送したとしても違和感なくやり取りができるくらい、シリウスのことしか書かれていない。ドラコはしばし頭を抱えたが、ハリエットのふくろう――ウィルビーというらしい――にせっつかれ、慌ててペンを取った。

『後見人とのこと、うまくいっているようで良かった。しかし、脱獄囚にも関わらず文通とは、些か警戒心が欠けていると思わないでもないけどね。南国バカンスを謳歌しすぎて捕まらないことを祈るよ。

 それはそうと、今年はどうやらホグワーツで面白いイベントがあるらしいね。僕はもちろんエントリーするつもりさ。ホグワーツ代表というのは些か不満だけど……。本当のところ、僕はダームストラングに入学するはずだったんだ。あそこは闇の魔術を授業に積極的に取り入れてる素晴らしい魔法学校だからね。でも、あそこは遠いから母上が嫌がられたんだ――。

 ああ、でも、そういえばこのことは一部の人しか知らない情報だった。君もまだ知らないだろう? 君のご友人の伝手を使ったとしても、きっと知り得ない情報だろうしね……。何せ、魔法省の高官しか知らない情報だ。箝口令が敷かれているから、僕の口から説明できないことが歯痒くて仕方ないね。ドレスローブを用意してヤキモキしながら待つと良い。せいぜい今年の夏休みも楽しめることを願うよ。

 追伸 君のふくろうは相変わらずだな。突かれるなんてまだいい方で、最近は思い切り噛まれるようになってきた。そろそろ危険生物処理委員会に連絡を取ろうと考えてる』


*****


『お返事ありがとう! 追伸だけど、そんなこと言わないで! ウィルビーは、懐いてくると甘噛みしてくるのよ。ようやくドラコに慣れてきたのね。ふくろうフーズを手ずからあげるとすごく喜ぶの。たくさん可愛がってあげて!

 シリウスだってちゃんと考えてるのよ。手紙が誰か他の人に渡る可能性も考えて、居場所は絶対に書かないし――でも、まだ南国にいるみたい。前とは違う真っ赤な鳥が手紙を運んできてくれたの。突かれそうになって、ダドリーは悲鳴を上げて逃げ回ってたわ。

 それにね、私達の誕生日には、綺麗な貝殻と、大きなバースデーケーキをプレゼントしてくれたの! とっても素敵! 貝殻は窓際に飾ってるし、ケーキは非常食としてとっても役立ってるわ。前に話したかしら? 従兄弟のダドリーが最近ダイエットを始めて、私達もそれに付き合わされてるの。この前なんて、朝食はグレープフルーツ一切れだったのよ。どうしてデザートから食事が始まるのか、すごく混乱したのを覚えてるわ。いつまで経ってもメインは出てこないことを知って、部屋に戻ってケーキでお腹を膨らませたんだけど。

 ちょっと変なこと話しすぎちゃったわ。本題だけど、ドラコの話、いつも以上に何を言ってるのかよく分からなかったわ。ダームストラングって魔法学校? どこにあるの? 私、イギリスにはホグワーツしかないのかと思ってたわ。それに、今年ホグワーツで何が起こるの? 教えられないのに勿体ぶって書いてくるなんて……。ドレスローブって、ダンスパーティーでもあるの? 私、ダンスの練習しておいた方がいいかしら? ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ教えてくれると嬉しいわ!

 追伸 私達、今度のクィディッチ・ワールドカップを見に行くことになったの! ロンとハーマイオニーも一緒に行くのよ。とっても楽しみ! もしかしてドラコも行くの?』


*****


『君の後見人は本当に脱獄囚か? 一体どうやってバースデーケーキを頼んだって言うんだ? 追われる身の自覚はあるのか? ケーキ屋から出た瞬間に捕まったら笑い話にもならないぞ。次は一体どこに出没するつもりだ。君からも一言自重するよう言った方がいい。

 それはそうと、君はお金はあるだろう――両親が遺した――それを使って食料を溜め込んでおけば良いじゃないか。少しは頭を使うんだな。

 ダームストラングのことも知らないのか? これだからマグル育ちは……。ダームストラングは、由緒正しい魔法学校の一つだ。外国の学校だけど、詳しい場所は誰も知らない。情報が秘匿されてるんだ。たぶん北の方にある。あそこの校長と父上はお知り合いで、僕もぜひともと入学を勧められたんだが……。今となってはそうならなかったことが残念でならないよ。マグル贔屓のホグワーツで過ごすことを思えば、少しくらい離れた学校でも有意義に過ごせたはずなのに。

 まあ、秘密にされているとは言え、ちょっとくらいなら話してあげてもいいかな。今年のクリスマスには、どうやらダンスパーティーがあるらしい。君の言う通り、ダンスの練習はしておいた方がいい。いざとなったとき恥をかくのは君達の方だからね。僕は昔からそうした場には慣れているし、今更練習なんて必要ないけど。

 クィディッチ・ワールドカップの件だけど――まさか君達も行くとは思わなかった。よくチケットが取れたものだね。僕の方は、父上が聖マンゴ病院に多額の寄付をしてるから、魔法大臣自らのご招待さ。残念ながら、君達とは会うこともないだろうね。何しろ僕達は貴賓席だから――』


*****


『シリウスのこと心配してくれてありがとう! でも、ケーキについては多分大丈夫よ。ふくろう便で頼んでるみたいだから。

 ただ、私も心配ではあるの。私達にすぐに返事を返してくれるけど、逃亡中の身でしょう? 食べ物とか寝る所とか大丈夫かしら。聞いてみてもはぐらかされるのよ。ひもじい思いをしてないと良いんだけど……。

 外国にも魔法学校ってあるのね。何だか不思議な気分。でも、私はドラコがホグワーツで良かったと思うわ。そうじゃなかったら、こうして文通することも、箒を教えてもらうこともなかったんだもの。ドラコは……まあ、どこの学校でもうまくやれそうな気はするけど。でも、他人に突っかかるのはもう少しこらえた方がいいと思うけどね!

 今年はホグワーツでダンスがあるのね。教えてくれてありがとう。私、ダンスなんてやったことないから、今から心の準備ができたわ。ちゃんと練習したいけど、残念ながら知識も相手もないから無理そうだわ。ハリーと一緒に練習したって、素人が変に知識を身につけて、悲惨なオリジナルダンスを踊る未来しか思い浮かばないもの。ホグワーツでそういう講義をしてくれることを祈ってるわ。

 追伸 わあ、ドラコもワールドカップに行くのね? 奇遇だわ! 私達も貴賓席なのよ! ロンのお父様がチケットを譲ってもらったらしくて。向こうで会ったらよろしくね。本当に楽しみ!』

 ――ウィーズリーごときが貴賓席だと?

 すっかりへそを曲げたドラコは、珍しく長く続いたやり取りに、返事を返さないことに決めた。明日はいよいよ待ちに待ったクィディッチ・ワールドカップだ。釈然としないが、貴賓席だというのなら、向こうで遭遇する可能性は高いだろう。


*****


 真っ白な羊皮紙を前に、宙を見つめながら、ドラコは微動だにしなかった。

 ――ヴォルデモートが復活した。

 ハリー、ハリエット、そしてセドリックの証言で、そのことが明らかになった。始めは虚言として取り合わなかったホグワーツ生も、ダンブルドアがそれについて明言することで信じる者と信じない者、半々に分かれた。ドラコは後者だ。そもそも、父親からそのことを聞き及んでいたために、始めから嘘だと決めつけることはなかったのだ。

 ヴォルデモートの復活。それは、ドラコにとってあまりに現実味の薄い出来事だった。父親や、寝物語に聞いていた闇の魔法使い。もし彼が凋落していなければ、マルフォイ家は今よりもずっと純血の名家として敬われていただろうことを思うと、ドラコにとって、彼は憧れの、悔やむべき人物として、過去の人となっていたはずが。

 それがどうして、再び俗世に舞い戻ることができたのか。

 マルフォイ家としてみれば、もちろん彼の復活は喜ぶべきものだ。彼に追随していれば、更なる上へ跳躍することができるだろう。だが、それでもドラコの中には、隠しきれない畏怖があった。

 ヴォルデモートの記憶が閉じ込められた日記。一見はただの古びた日記が、一人の少女を操り、そしてホグワーツを混沌に陥れたことは記憶に新しい。ただの記憶の欠片が、どうしてそんな強大な力を持つに至ったのか。血肉を持たずとも人の生き死にを操り、死後の世界から蘇ったヴォルデモートは、尊敬よりも先に恐怖が先立つ。

 彼の恐ろしさは本物だ。ヴォルデモートは、マグルに傾きつつある魔法界を正しい姿に戻すための救世主となり得るだろう。だが、そこには必ず恐怖がある。たとえ忠実な死食い人であっても、彼の機嫌を損ねれば、磔の呪いで仕置が行われるのは有名な話だ。そんな彼が、宿敵ハリー・ポッターを見逃すとは到底思えない。彼が積み上げてきた栄光を、一夜にして台無しにした少年だ。復活の場に立ち会ったハリーをみすみす取り逃がしてしまったことも、ヴォルデモートの癇に触れたに違いない。ハリー・ポッターだけではない。おそらくは、その妹だって命を狙われるだろう――。

 いつの間にか羊皮紙を握り込んでいたことに気づき、ドラコは慌てて皺を伸ばした。

 ハリエットからの手紙には、ヴォルデモートのことについては全くと言っていいほど書かれていなかった。いつも通り近況を説明したり、ドラコの宿題の進み具合を問うたり。ただ、追伸で、魔法界がどうなっているか知りたいと書かれていた。もし可能であれば、読み終わった日刊預言者新聞をくれないかとも。

 スリザリンの寮の特質か、裏を読む癖のついているドラコは、この手紙が見聞される恐れもあると考えていた。ドラコからの返信に有用なことが書かれていれば、もしかしたらハリエットはそれを周りの人に見せるかもしれない、と。

 ハリエットが、ドラコとの関係を黙っているメリットはない。現に、ハリエットはルシウスが死食い人だと知っているのだ。にもかかわらず、こうして何もなかったかのように手紙を送ってくること自体が怪しい。噂によれば、不死鳥の騎士団という、ヴォルデモートに対抗する団体が再結成されたと聞く。とあれば、普通に考えて、周囲の大人に今までのドラコとの関係を明かし、そして手紙のやり取りで得た情報を流す――そう考えた方が自然だ。

 本当は、頭のどこかでは彼女にそんな器用なことはできないと分かっていた。だが、もうそんな楽観的思考ではいけないのだ。ヴォルデモートが復活した以上、今までのようにはいかない。一瞬の油断が命取りになることだってあるのだ。

 父ルシウスが、死食い人でありながら、服従の呪文のせいだと弁解し、アズカバン行きを逃れたことは有名だ。ヴォルデモートの私物であった黒革の日記帳をドラコが破棄しようとしたのだって、彼にバレたら一体どうなることだろう。

 目をつけられてはいけないし、歯向かってもいけない。ならば、彼女との積極的な交流は控えるべきだ。

 ドラコの視界に、磨き上げられたバッジが飛び込んでくる。監督生だけが身につけられるバッジだ。ドラコは、名誉なことに、この度監督生に選ばれたのだ。本当ならば、誰かに――特にハリエットに――自慢したくて仕方なかったが、我慢した。ホグワーツに行けば、嫌でも会える。文通なんて親密な交流をせずとも、見せびらかしに行けばいい。彼女の隣にハリー・ポッターがいるのであれば尚いい。

 そう思い直すと、ドラコはペンを置き、立ち上がった。本棚から一冊の本を選び取ると、軽くページをめくり、いつもの場所へハリエットの手紙を挟み込む。

 これが以降文通がぱったり止むとも知らずに、ドラコは静かに本を閉じた。


*****


 彼宛に手紙を書くのは、一体どれくらい振りだろう。

 冷静に思い返した所で、おそらく三年近くは書いていないような気がする。

 改めて年数にすると、あまりに久方ぶりなので、ハリエットは少々緊張してしまって一旦羽根ペンを置いた。

 かつての自分が、一体どんな出だしでドラコに手紙を書いていたのか、さっぱり思い出せない。変なことを書いてはいなかっただろうか。彼に手紙を書くときは、大抵夏季休暇中になるので、ダーズリーの家に帰っていたハリエット自身に何か面白おかしい出来事が起こる訳もなく――むしろ悲惨な目に遭うばかりだ――それならば、一体何の話をしていたんだろう。

 ドラコからの貴重な手紙は、箱に入れて保管してある。おそらくそれを見れば、何となくやりとりは思い出せるだろうが――それでは味気ない。

 聞きたいことは、山ほどある。両親の裁判は順調か、家に閉じこもってばかりで息苦しくないか、辛い目に遭ってないか、ホグワーツの復学はどうするのか――。

 だが、そんなにたくさんの質問攻めをして、果たしてドラコの気が休まるだろうか。

 ハリエットは、かつてドラコとの文通を楽しんでいた。自分自身の夏季休暇について何も書くことがなく、大した話題も提供できない中、ドラコはつまらないと正直に書いてくることはなかった。代わりに彼が書いてきたのが、自分はどこどこに行っただの、誰と知り合いになっただの、僕はこんなことを知っているだの――その大部分が自慢話に分類されるものだったが――ハリエットは割とそんな話を聞くのが好きだった。マグル育ちのハリエットの世界は狭いが、ドラコは魔法界のいろんなことを知っている。聞いていてためになる話ばかりで、話に聞くだけでも自分の視野が広がる気がしてとてもワクワクした。

 ――手紙でくらい、息抜きできるようなことを。

 そう思って、ハリエットは素直な気持ちで羽根ペンを手に取った。

『ドラコ、久しぶり。元気にしてるかしら。こうして手紙を書くのも随分久しぶりな気がするわ。私はとっても元気よ。シリウスと一緒に暮らしていたら、嫌でも元気になっちゃう。信じられる? シリウスったら、事あるごとに悪戯を仕掛けてくるのよ! 廊下ですれ違っただけでも遠慮なく魔法をかけてくるから、気の休まるときがないわ。でも、まだ私はマシな方。ハリーなんか、歩いても歩いても扉にたどり着かない魔法を掛けられて、寝起きなのに朝からげっそりしてたわ。

 それにね、シリウスったら、突然寂しくなるときがあるのか、夜中に私達を招集して、お父さん達の思い出話をしてくる時があるの――まあ、私達もお父さん達の話を聞くのは好きだから、それは全然いいんだけど――問題は、それが朝まで続くってこと! シリウスの体力が信じられないわ! 私達はもう半分寝てるのに、シリウスったら一番生き生きしてるの! 次の日が仕事でも遠慮なくよ。私達よりもよっぽど元気みたい。

 この前はロンの家に遊びに行ったの。煙突飛行で繋がってるからひとっ飛びだったわ。ただ、丁度フレッドとジョージが帰省してるときと被っちゃったみたいで、更にグレードアップしたらしい惚れ薬を試されそうになって大慌て。何とかモリーおば様に助けてもらったわ。ドラコも、もし二人に会うことがあったら気をつけてね。あの二人、ドラコの反応が良いからって次に悪戯を仕掛けるの楽しみにしてるみたいなの。心配だわ。

 ゴドリックの谷に行ったり、外国へ旅行に行ったり、マグル界へ遊びに行ったり、この夏はいろんなことをしてたんだけど、長くなりそうだからこの辺りで。ドラコが手紙で自慢したくなる気持ちがよく分かったわ。楽しいことがあると、書く手が止められないのね。次からはもうちょっと綺麗にまとめられるように頑張るわ。

 追伸 シリウス達と時々箒に乗ってるおかげか、随分飛ぶのが上手くなったの。またドラコと一緒に乗りたいな』

 ふっと一息つくと、ハリエットは、今の今まで流れるように動かしていたペンを止めた。考え込むように宙を見上げ、そしてまた羊皮紙に目を留める。悩んだのは、ほんの僅かな時間だった。

『愛を込めて ハリエットより』

 そんな一言を添えるだけで、ハリエットの胸はとくとくと温かいもので溢れてくる。へにゃり、と嬉しそうに笑んでしまった自覚はある。それから急に恥ずかしくなって、慌てて羊皮紙を折り畳み、封をした。

「ウィルビー、お願いね」

 甘えたがりのふくろうは、ハリエットと離れる合図――足に手紙を括り付けられることだ――を受け、大層不服そうに鳴き声を漏らしたが、ハリエットに宥めるように羽を撫でられ、渋々飛び立った。

 小さな灰色の羽が見えなくなってしまうまで、ハリエットは窓の傍に立っていた。

 ドラコとは、あと何回文通できるだろう。

 でも、たとえそれがなくなったからと言って、繋がりがなくなる訳ではない。むしろ、わざわざ手紙でやり取りせずとも一緒にいられることの証でもある。

 一人照れくさそうに笑うと、ハリエットは窓を閉めた。今はただ、ドラコからの返事が待ち遠しかった。