■別視点

01:ザビニの賭け



*炎のゴブレット『ザビニの誘い』後、スリザリン寮にて*


 その日、スリザリンの談話室は、いつも以上に粗野な笑いで包まれていた。そこに女子の影はほとんどなく、あるとすればポツリ、ポツリと隅で会話している女子数名しか見られない。
 男尊女卑――とまではいかないが、スリザリンでは、男性は女性を紳士に扱い、女性は男性をたてるという風潮が一般化していた。だからこそ、公共の場ではあるが、談話室ももっぱら男子が利用することが多い。その日も、スリザリンの談話室で、一番人気の暖炉前は、男子達でたむろしていた。

「賭けは俺の勝ちだな」

 テーブルの上に集まったガリオン金貨をブレーズ・ザビニは両手一杯かき集めた。

「やられたな。まさか落ちるとは思わなかった」
「結構手強かったのか?」
「いいや」

 ザビニはわざとらしく肩をすくめた。

「むしろ簡単だったさ。男に慣れてないの丸わかり。ちょっと優しくしてやったらすぐにコロッといった。あいつ、狙い所だぜ。結構可愛いし。連れ歩くには充分だろ」

 話題の中心は、ハリー・ポッターの双子の妹、ハリエット・ポッターだった。二年前秘密の部屋を開いた継承者が彼女だと日刊予言者新聞で明らかになり、ここ最近学校中の注目の的だった女生徒だ。普段はあまり目立たず、ハリーの影に隠れているような少女で、予言者新聞の記事の通り、『地味な生徒』と言われれば誰もが納得する。
 彼女が賭けの対象になったのは、スリザリンの寮生全員が、ハリー・ポッターが嫌いだということ、にもかかわらず対抗試合の第一の課題で活躍したことが気に食わず、なんとかして彼をこきおろしたかったこと、そして最後の理由は、当の妹が意外と可愛い少女だったから、ただそれだけである。
 ドラコ・マルフォイは賭けには参加せず、ただ黙って同級生のやりとりを聞いていた。気だるそうに足を投げ出し、ぼうっとどこか遠くを見つめる様は、むしろ聞いているのかすら怪しい。

「そういやマルフォイ、君はどっちに賭けたんだい?」
「僕は賭けに参加してない」
「意外だな。こういうの好きそうなのに」
「そもそも、なぜポッターの妹なんかを? 趣味が変わってるな」

 ドラコは面倒くさそうに問いかけた。
 ハリー・ポッターのことが嫌いなことは大前提として、そうすると、いつも一緒にいる妹のことだって嫌いになるのが普通だろう。現に、ドラコはいつも自分につっかかってくるハリエットには苛立ちしか湧かない。いつも一方的に怒ったり、突然泣いたりして、彼女はドラコの調子を崩してばかりだ。彼女の前では、ドラコは自分らしくいられないので、正直言って嫌い――いや、苦手だった。

「変わってるのはお前の方だろ」

 何を言ってるんだ、といわんばかりの調子でザビニは言い返した。

「大事な妹を取られたときのポッターを想像してみろよ。こんなに胸がすくことないぞ」

 そう言われて、ドラコは想像してみた。――ああ、確かにポッターは忌々しげな顔だ。
 だが、その前提として、まずは妹の方を口説く必要があるだろう。そもそも、ドラコには自分がハリエットを口説く姿が想像できなかった。たとえ賭けのためだとしても、ドラコには彼女を口説くことはできないだろう。それがなぜかは分からない。

「お前、クリスマスには食うつもりか? いつもそういう手はずだろ?」

 金貨を数えているザビニに、一人の生徒が話しかけた。

「当然。これから時々会う約束も取り付けたし。ゆっくり慣らしていくつもりさ。ああいう子は絆されやすいタイプだ。クリスマスには嫌って言わせない自信がある」
「手慣れてるなあ」
「こういうのはパパッとやるのが一番さ。明日も会う約束したしな」
「だったら、明日やるってのは、さすがのお前でも無理か?」
「明日?」

 ザビニの動きが止まった。考えるような顔つきになる。

「ああ。もし明日やれたんなら、掛け金二倍にしてやってもいいぜ」
「……無理矢理でも?」
「もちろん。無理矢理じゃなかったらむしろ驚きだぜ」
「なら乗る。正直結構自信あるんだぜ。あれはやれる」

 その場の生徒は皆笑った。ドラコの表情は動かなかった。

「例の部屋でやるのか?」
「もちろん。あそこ以外に良い場所なかなか見つからないしな」
「じゃあ、午後はずっと近寄らない方が良いな」
「助かる」

 ザビニは金貨をこれでもかとポケットに詰め込んだ。

「証拠写真も持って来いよ」
「ああ、分かった」

 唐突にドラコは席を立った。皆の視線が彼に集まった。

「もう寝るのか?」
「気分が悪い」

 それだけ言うと、ドラコはさっさと寝室へ向かった。特に彼の行動に注意を向ける者はおらず、また賭けの話へと話題は戻った。
 ベッドに横になったドラコは、眠れず、胃がムカムカしていた。低俗な会話に吐き気がした。
 件のハリエット・ポッターにイライラもしていた。話を聞く限り、彼女は警戒心がなさ過ぎる。賭けがうまくいったのも当然だと思った。
 彼女がもしザビニにやられたのなら、確かに憎きポッターは荒れるだろう。それはきっと随分と爽快なはずだ。だが、その原因がハリエット・ポッターが悲惨な目に遭うことが前提なのだ。そう考えると、落ち着かないし、むしろ苛立ちが増した。ポッターへの爽快感以上に不快な気持ちだ。
 ――そもそも、ポッターが嫌いなら、直接ポッターに嫌がらせをしたらどうだ。妹に矛先を向ける意味が分からない。
 ――明日、午後、例の部屋。
 三つの単語がドラコの頭の中を巡る。
 話の途中で出た『例の部屋』がどこにあるのかを、ドラコは知らなかった。もともとドラコはそういうことには興味がなかったし、もし校内でそういうことがしたいと思ったとしても、皆がそれ目的で使っている場所を使うのは抵抗がある。ドラコは潔癖症気味だった。
 ――明日、午後、例の部屋。
 ドラコは、頭の中でそれを繰り返しながら、眠りに落ちていった。