■別視点

04:オリバンダー



*謎のプリンス『侵入作戦』中、地下牢にて*


 ヴォルデモートに拉致されてもうどれくらいになるだろうか。
 日も差さない地下牢では、時間の感覚が全くなかった。オリバンダーは、ただ定期的に届けられる食事を機械的に食べることでしか、また一日が過ぎたのだと理解することができなかった。

 杖作りのオリバンダーの店を襲撃されたばかりの頃、オリバンダーは毎日のようにヴォルデモート自ら磔の呪文にかけられ、ハリー・ポッターとヴォルデモートの兄弟杖の不思議な結びつきのことを説明させられた。ヴォルデモートが他の杖を使えば大丈夫だと説明すると、拷問の日々は終わった。代わりに、杖を失ったピーター・ペティグリューや、その他死喰い人のために杖を作らされた。オリバンダーは従順に彼らのために杖を作った。またいつ気が変わって拷問されるか分からないからだ。
 その後は、変わらない、ただ地下牢の隅に丸まって、食事が届けられるのを待つだけになった。もうここから出るのは厳しいかもしれない。
 オリバンダーは、そう思い始めていた。

 あるとき、地下牢の上で、けたたましい悲鳴が上がるのを聞いた。死喰い人が誰かを拷問するのは日常茶飯事だ。だが、この悲鳴は、いつもと違い、まだ若い少女のものだと思われた。ベラトリックスが甲高く叫ぶのが聞こえる。

「さあ、吐きな、お嬢ちゃん! 騎士団はどこにあるんだ? 愚かにも騎士団に新しく入ったのは誰だ?」

 弱々しい声が何やら答える。ベラトリックスは舌打ちした。

「ハリー・ポッター……。奴はダンブルドアと仲が良かったそうだな? ダンブルドアは何を企んでたんだ?」

 またか細い声が上がった。オリバンダーは、地下牢にいながら、上の空気が歪むのを感じた。

「嘘をつくな! 妹のくせに、何も知らないなんてあるか! お前は嘘をついている!」

 また耳を劈くような叫び声が上がった。それと共に、何かを戻すような音もする。

「うわ、汚な……。おい、ワームテール、こいつを地下牢に入れな。もう今日は遅い。私は休む」
「はい……」

 いつも食事を運ぶワームテール――ピーター・ペティグリューが、低い声で返事をした。そして一つの足音が階段を降りてくる。やがて重厚な扉が開き、何かが転げ落ちる音がする。
 オリバンダーは、この暗い地下牢にすっかり目が慣れていた。地下牢に押し込められたのが、明るい色の髪をした、小柄な少女だと気づいた。
 少女はピクリとも動かなかった。気絶しているのかもしれない。その方が幸せだ。
 オリバンダーは、少女のことが気になったが、近くには寄らなかった。気を失っている方が、この絶望の現実を見ないで済むからだ。

「おー、お帰り」

 上の階で、ベラトリックスが眠そうな声で言った。

「彼女は?」

 少年の声がした。

「地下牢だよ」
「ドラコ、どこへ行くのです!」

 ベラトリックスが答えると、別の女性の声が響いた。もみ合うような音がする。

「許しませんよ!」
「返してください!」

 杖を盗られたのだ、とオリバンダーは察した。

「ベラ、手伝ってちょうだい!」
「はいはい。ドラコもいよいよ思春期になったのかい?」

 口論するような声はその後も続いたが、やがて静かになった。戻ってきたときには、女性とベラとリックスだけだった。

「まだあの子はお嬢ちゃんにご執心なのかい?」

 女性は答えなかった。

「全く、ドラコにも困ったものだね。早く婚約者を見繕ったらどうだ」
「……ルシウスが戻ってきたら考えるわ」

 女性は疲れたように答えた。

「でも、今はまだこんなときだから……もう少し落ち着いてから考えることになるでしょうね」
「殺してやったら諦めもつくんじゃないか」

 ベラトリックスは事も無げに言った。女性は、怯み、低い声で囁いた。

「……あのお方は、彼女に利用価値があると」
「それも最初のうちさ。情報を聞き出したらもう用済みだ。グレイバックにやってもいい。あいつはあの子のこと気に入ってるみたいだから」

 恐ろしい会話は、やがて終わった。上の階の者は皆就寝したようだった。
 視界の片隅で、少女がもぞりと動くのが見えた。オリバンダーは釣られて少女の方を見る。少女は身を横たえたまま、地下牢の中を見回しているようだった。やがて、少女は隅に丸まっている老人の姿に気づく。

「……誰?」

 少し掠れた、高い声だった。

「ギャリック・オリバンダーじゃよ。楓に不死鳥の羽根の杖のお嬢さん……ハリエット・ポッターさん……」
「オリバンダーさん?」

 久しぶりに、ちゃんとした会話をしたような気がした。会話というよりも、ただの挨拶だが。
 オリバンダーは、この暗い地下牢に話し相手ができたことを嬉しく思った。だが、それは同時に彼女が日常的に拷問にかけられることを意味しており、そんな風に思ってしまったことを後ろめたく思った。
 きっと、彼女もまたこの地下牢から出ることはないだろう……まだ若いのに……おそらく成人すらしていないのに……。

「お……オリバンダーさんは、いつからここに……?」
「いつからだったじゃろう……もう一年くらいになるんじゃないかね……」

 少女は黙った。きっと絶望を感じているのだろう。自分も同じく一年以上閉じ込められるんじゃないかと。もしかしたら、一生出られないんじゃないかと。
 少女は起き上がり、ゆっくりとオリバンダーの方へ近づいてきた。暗闇からぼうっと浮き上がるようにして見えた彼女は、意外なほど朗らかな表情をしていた。

「私……オリバンダーさんに会ったら一度お聞きしたいことがあったんです」

 そして、深刻そうな声を出したかと思えば。

「杖ってお手入れが必要なんですか?」

 オリバンダーは、しばし固まった。この場にそぐわない質問だと思った。だが、長年の職業病からか、オリバンダーは流れるようにして答えた。

「箒にも手入れが必要なように、杖にももちろん手入れは必要じゃ。杖先に手垢や汚れがついていたら本来の力が出し切れん時もあるし、杖自体を長持ちさせるためにも磨かねばならん。わしの店にも杖磨きセットというのを売っておるよ。ふくろう通信でも売っているようじゃが、できればわしの店のをおすすめするのう。わしが作った杖は、わしが一番熟知しているのじゃから」
「……私、一年生の時に買ってから、一度も手入れしてないです」

 彼女は恥ずかしそうに白状した。

「時々掃除してはいるんですけど、手入れとなると、その……」
「そういう人は多い」

 オリバンダーは苦笑した。――そう、苦笑・・した。この一年ずっと恐怖か困惑か無表情を浮かべるしかなかった生活に、突如変化が現れたのだ。

「じゃが、それも仕方なかろう。ホグワーツでの毎日は、刺激が多い。多すぎるほどに」
「オリバンダーさんもホグワーツだったんですか?」

 オリバンダーは強く頷いた。

「もちろんだとも。わしはレイブンクローだった」
「想像通りですね! 何となくそんな予感がしました」

 少女がにこやかに笑った。ささくれ立っていたオリバンダーの心が、ほろほろと溶かされていくような気がした。

「私はグリフィンドールなんです」
「お嬢さんもなかなかピッタリな寮じゃないかな? でも、ハッフルパフでもうまくやっていけそうじゃ」
「そうなんです! 私、組み分け帽子にハッフルパフの方が向いてるって言われたんです。でも、どうしてもハリー――兄と同じ所が良かったから、グリフィンドールに行きたいってお願いしたら、そうしてくれたんです」
「組み分け帽子は不思議な存在じゃ……。一方的に組み分けをするときもあれば、どの寮に入れるか悩んだとき、生徒の願いを聞いてくれることもある」

 少女は、まるで思い出すかのように目を瞑った。次に目を開けたとき、彼女は年齢にそぐわない、遠い目をしていた。

「……私、ホグワーツに入学できて本当に嬉しかったんです」

 そして、彼女はホグワーツでの日常を語った。オリバンダーは、思いのほか彼女の話に聞き入っていた。彼女は話すのが上手かった。オリバンダーは、まるで自分もホグワーツにいるような気になってもいた。

 気がついたら、いつの間にか眠りこけていた。非常に珍しいことだった。いつもなら、明日をも知れぬ未来を思い浮かべながら、早く眠らなければと焦燥感に駆られながら眠りにつくのに。
 朝になると、ワームテールがやってきて、二人分の食事を床に置いた。オリバンダーと少女は、またホグワーツについて話ながら食事をした。そんな穏やかな時間が切り裂かれたのは、甲高い女の声だった。

「ほうら、お遊びの時間だ」

 ベラトリックスは少女の長い髪を掴んだ。少女は引きつったような声を上げる。

「い、いや――止めて――お願い……」

 その声が聞いてられなくて、オリバンダーは思わずよろよろ立ち上がった。

「や、止めてくれんかな……。その子はまだこ、子供じゃないか。み、みの、見逃してやって――」
「クルーシオ!」

 オリバンダーは絶叫を上げた。
 久しぶりの感覚だった。今すぐ舌をかみ切ってでも絶命したくなるほどの苦痛。
 激痛が治まると、もうそこにベラトリックス達の姿はなかった。しばらくして始まった悲鳴に、またあの少女の辛い一日が幕を開けたのだとオリバンダーは悟った。


*****


 ようやく彼女が地下牢に戻ってきたとき、息も絶え絶えな様子だった。だが、オリバンダーを見つけると嬉しそうに近寄ってきた。
 少女は、食事をしながら、昨日の話の続きをした。彼女の口から良く出てくるのが、ハリー、ロン、ハーマイオニーという名前。ハリーは、クィディッチのシーカーを務めていて、今年キャプテンに選ばれたという。

「ハリーはね、正義感があって優しいんです。小さいときはいつも意地悪な男の子から守ってくれたの」

 ロンはウィーズリー家の六男で、監督生で、かつクィディッチのゴールキーパーを務めているという。

「ロンはすぐに冗談を言うんです。でも面白いから、いつも笑わせられたわ。ちょっと調子に乗っちゃう所もあるけど、すっごく友達思いなんです」

 ハーマイオニーは、マグル生まれの優等生で、彼女の一番の大親友だという。

「ハーマイオニーは、一を聞いたら百が返ってくるんです。でも説明の仕方も分かりやすくて、ハーマイオニーは絶対に首席になるに決まってるわ。私、ハーマイオニーに魔法大臣になって欲しい!」

 スナッフルというペットらしい犬の名前も出てきた。時々、ドラコという少年の名前も出てきた。オリバンダーには、上の階で聞いた、このマルフォイ邸の一人息子の名前だとすぐに気づいた。その名を口にするとき、彼女はいつも寂しそうな顔をした。

 他にも、フレッドやジョージ、ネビル、ジニー、ルーナ……。たくさんの人の名前が出てきた。彼女が話すのは、とりとめもない日常茶飯事だったが、今のオリバンダーには非常に輝いて聞こえた。話している彼女が生き生きとしているからだろうか。こんな地下牢にはそぐわない綺麗な瞳で、楽しそうに話すからだろうか。

 翌朝、ベラトリックスに連れ出されるとき、もう少女は決して声を出したり、抵抗したりしなかった。従順にベラトリックスについていく。気遣われてるのだとオリバンダーは悟った。地下牢で怯える老人が気にしないようにと、自分を助けようとしないように、決して哀れな声は上げないのだ。


*****


 地下牢に戻ってきた後、ハリエットという少女は、自分達がホグワーツでしてきた冒険の話をした。絶対に内緒ですよ、と言いながら、透明マントで夜のホグワーツを徘徊したり、ドラゴンを運搬したり、トロールと戦ったり、車で空を飛んだり、男の子と決闘したり、仲間と結託して闇の魔術に対する防衛術の練習をしたり……この少女は、可愛らしい見た目に反して、なかなか刺激的な生活を送っているらしかった。

 冒険話の合間には、しょっちゅう昨日出てきた友達の名前が出てきた。オリバンダーは、人の顔と名前を、どんな杖を持っているかで覚えるようになっていたが、ハリー、ロン、ハーマイオニーに関しては、きっと普通のホグワーツ生よりもどんな人柄か分かってきたんじゃないかとすら思った。
 ハリーは、正義感に溢れ、勇敢で、四人組のリーダーとも言える存在だ。時々勇敢を通り越して無謀な行動を取ることもあるが、その行動の理由はいつも人のためだ。

 ロンは、自分に自信がなく、偏見に目が眩むことはあれど、他の三人をいつも笑わせてくれる。友情に厚く、友達が貶されたときは一番に立ち上がる。
 ハーマイオニーは、学年一優秀な魔女で、頭の回転が速く、この四人組の危機を救うのはいつも彼女だ。考え込みすぎたり、素直になれないせいで、時に言いすぎてしまうこともあるが、友達のためなら、規則破りも意に介さない豪胆さも持ち合わせている。

 そして、時々出てくるドラコ。彼はいつも四人組にちょっかいをかける役回りで出てきた。ハリエットの話を聞くうちに、彼は臆病で意地悪で、高慢な所があるのだとオリバンダーはその人物像を想像した。だが、ハリエットの口調は、ドラコを嫌っているようには見えなかった。むしろ、不器用なんだ、優しいところもあるんだと精一杯フォローするような話も出てきた。
 めまぐるしいハリエットのホグワーツでの冒険は、きっと立った一夜では語り尽くせなかったのだろう。ハリエットは話しながらとろんと落ちてくる瞼と戦っていたが、やがて襲い来る眠気にはあらがえず、名残惜しそうにその目を閉じた。オリバンダーは、己が子供を見るような気持ちになり、自分のローブを彼女の身体にかけてやった。


*****


 ハリエットの拷問には、時折ヴォルデモートが参加した。ヴォルデモートは、彼女を言葉で追い詰めた。ハリエットを誰も助けに来ない現状を嘲笑った。いつしか、ハリエットの叫び声は聞こえなくなっていた。なぜかは分からない。失神しているわけではなかった。確かに、上の階では彼女がもがいている物音がするのに、悲鳴は聞こえないのだ。『シレンシオ』でもかけられたのかとも思ったが、か細い声が何かを言うのが聞こえて、その可能性はなくなった。
 オリバンダーは、早く夜になりますようにと願った。

 次にハリエットが戻ってきたとき、彼女はぶるぶる震えていた。地下牢はひんやり冷たかったが、それでも夏になりかけのせいか、寒すぎるということはない。それでも、次から次へと襲ってくる悪寒にどうしようもなく小さな身体を震えさせていた。

 オリバンダーは、初めて自分から彼女に近寄った。そして杖について語った。オリバンダーの人生は、どんなときも杖が中心だった。ホグワーツでもそれなりに楽しく過ごしたが、もう遙か昔のせいか、記憶が曖昧だ。その代わり、杖の材料を探しにいろんな場所へ旅立った話や、杖を買いに訪れる客の話は、ハリエットと負けず劣らず、生き生きと話すことができた。
 ハリエットも、オリバンダーの話に聞き入っているようだった。最初の頃に比べたら、笑顔は少なかった。それでも、一生懸命楽しそうな声で相づちを打とうとしていた。それが余計に哀れだった。

「今度、杖磨きセットをプレゼントしよう」

 オリバンダーは励ますように言った。

「それも最高級のお手入れ用具じゃ。中にガイドブックがあるから、それを見たら簡単に手入れができるんじゃ」

 ハリエットは嬉しそうに頷いた。彼女のためなら、自ら彼女の杖を整備してあげたいとすら思った。


*****


「お前はこんなに辛い目に遭ってるのに、お兄ちゃんも名付け親も来てくれないねえ? もしかして見捨てられたのかなあ?」

 今や、上の階からはベラトリックスの声しか聞こえなかった。ハリエットの悲鳴は、拷問が始まってから終わるまで、一つとして上がらない。ベラトリックスはこれに苛立っているようだった。
 一度、オリバンダーは老婆心から、苦しむ様子を見せた方がいいんじゃないかと言った。あまりに反応を示さないと、ベラトリックスは惨めな声を上げさせようと対抗心を見せ、余計にしつこく痛めつけてくる。それは、オリバンダーも経験済みだった。
 ハリエットは力なく首を振った。

「ハリーが見てるんです……ハリーが苦しむんです……私は大丈夫です……」

 オリバンダーには、ハリエットが何を言っているのか分からなかった。ただ、こんなところにいても誰かを気にかけるハリエットを哀れに思った。


*****


 ハリエットはだんだん壊れていった。一人壁に向かって話し続ける時間が続いた。そのほとんどは支離滅裂な内容だった。オリバンダーが話しかけても、もう彼女は反応を示さなかった。クスクスと楽しそうに笑い声を上げるので、オリバンダーはそっとしておくことにした。我に返って、現実に直面することほど、悲しいことはない。


*****


 ある夜、オリバンダーは歌声で目を覚ました。ハリエットの方から微かに聞こえてくるのはクリスマス・ソングで、替え歌のようだった。繰り返し繰り返し、何度も同じ歌を口ずさむ。言葉も考える力も失ったかのようだった。
 誰かが階段を降りてくる足音がした。こんな時間に誰かがやってくるのは初めてだった。
 足音は、真っ直ぐハリエットの方へ向かった。一瞬助けが来たのかとオリバンダーは期待したが、その者が死喰い人を現す黒いローブを羽織っているのを見て、すぐに落胆した。

「ハリエット・ポッター……」

 現れた男は、泣いているのかとも思うほど、悲しみに満ちた声をしていた。

「このままではお前が死んでしまう……」

 彼は、ボソボソと話した。まるで、ハリエットの味方かとも思えるような話しぶりだった。彼はハリエットに、情報を吐くように説得しているようだったが、ハリエットが反応を返すことはなかった。もう遅すぎたのだ。それに、正気だった時に来たときしても、彼女は決して頷かなかっただろう。オリバンダーには分かっていた。


*****


 次の日の夜、異変が起こった。マルフォイ邸の当主である、ルシウス・マルフォイがアズカバンから戻ってきたのだ。彼は一言二言ベラトリックスと話した後、妻のナルシッサ戸ともに出ていった。しばらくして、誰かが戻ってきたと思ったら――ドラコ・マルフォイだった。彼は、ベラトリックスと口論していた。逆上したベラトリックスが死の呪文を放ったとき、オリバンダーは肝が冷える思いだった。
 その後、現れた彼の母ナルシッサとの問答から、ドラコはどうやらヴォルデモートの所に行くらしいことが分かった。

 たとえマルフォイの一人息子とて、ヴォルデモートに直談判をして、無事で済むわけがない。
 その日は、ハリエットは地下牢に戻ってこなかった。

 だが、夜が明けて、朝が来ても、ハリエットの拷問は始まらなかった。そして、ドラコも戻ってこなかった。
 何が起こったのだろうと、オリバンダーは不安に駆られた。ハリエットへ拷問がないことは嬉しいが、悲しいことに、それは同時に彼女の消息が分からないということでもある。
 一向に口を割らない彼女を、気が触れてしまった彼女を、ベラトリックスはついに手を下したのだろうか。
 不安に駆られ、その日はいつも以上に身を縮こまらせて丸まっていた、その日の夜。

 オリバンダーは、ついに救出されたのだ。ヴォルデモート達闇の魔法使いに対抗する組織――不死鳥の騎士団によって。
 彼らは、ハリエットのことも救出したのだという。オリバンダーは、彼女に会いたかった。でも、会いたくなかった。
 最後にちゃんと彼女と話ができたのはいつだっただろう。今はもう変わり果てただろう彼女に会うのが恐かった。朗らかに笑う少女のなれの果てを見るのが恐ろしかった。耳に季節外れのクリスマス・ソングが響いて離れなかった。