■別視点
05:聞こえた悲鳴
その日の空き時間も、ドラコは箒の自主練に行くつもりだった。もはや目を閉じてもたどり着けるような慣れ親しんだ場所だった。
去年は、時折現れていた練習相手も、今年はぱったりと姿を見せなかった。その原因は分かっていた。だが、ドラコにどうにかしようという思いはなかった。むしろ、清々したと思っていた。もともとドラコは練習は一人でしたい性分だし、彼女が来たら、危なっかしく箒に乗るの気を取られ、自分の練習などできない。それに、彼女は充分もう箒に乗れる。クィディッチの選手を目指しているわけでもないのだから、わざわざ練習の場に現れる必要もないのだ。
「きゃああああ!」
突然、空気を切り裂くような鋭い悲鳴が響いた。思わずとドラコの足は止まる。気のせいかもしれないが、聞いたことのある声だと思った。
悲鳴は、湖の方から聞こえてくるようだった。ドラコは無意識のうちにそちらに足を向けていた。
「ああああっ!」
続いて、尋常ならざる悲鳴が上がる。ドラコの足は更に速まった。
湖の大きな木の近くで、数人が固まっているのが見えた。一人はあのロックハートだ。おろおろした様子で杖を持って突っ立っている。もう一人はハーマイオニー・グレンジャーだった。彼女は泣きじゃくって誰かを覗き込んでいた。
「どうしたんだ?」
「あっ……あっ、マルフォイ……」
ハーマイオニーはしゃっくりをあげながら呟いた。天敵の出現だが、頭は通常通り作動しなかった。
ドラコはなぜか箒を持っていた。軽装で、ローブを腕に掛けている。クィディッチの練習をしていたのだろうか、とハーマイオニーはこの場にそぐわないことを考えた。
「ハリエットが空から落ちて腕が……ロックハート先生が魔法をかけて治そうとして、それで」
ドラコは冷たい視線をロックハートに向ける。杖を持ったままのロックハートは、サッと杖を後ろに隠した。
「あ……もしかして、骨を治そうとして、逆に砕いてしまったのかも。あ、いや、でも、心配しないでくれたまえ。骨を治すには、むしろ必要なことだから」
骨を治すのに、砕く必要がどこにあるのか。
その場の誰もがそう思ったが、口には出さなかった。それどころではなかった。
ドラコは魔法で冷静に担架を出した。そして浮遊術を唱え、ハリエットの身体を担架に乗せる。
「浮遊術くらいならかけられるだろう」
ドラコはハーマイオニーを見て言った。ロックハートが魔法をかけたら、遙か彼方まで担架を飛ばしてしまうと思ってのことだ。
ハーマイオニーは涙を拭いながら頷き、立ち上がった。
「ウィンガーディアム レヴィオーサ!」
ハリエットを乗せた担架はふわりと浮き上がった。ドラコはそのまま無言で立ち去ろうとした。
「マルフォイ!」
しかし、鋭い声が、すぐに彼を呼び止めた。
「ありがとう……」
振り返るよりも早く、その声は小さく感謝の言葉を残した。ドラコは戸惑いにたたらを踏んだが、やがてまた歩き出した。
「待って!」
まだあるのか、とドラコは苛立たしげな視線をハーマイオニーに向けた。ハーマイオニーは恥じらうように下を向いた。
「――ハリエットから聞いたの。あなたがずっと箒の練習してたってこと。……この前、シーカーにはお金で選ばれたなんて失礼なことを言ってごめんなさい」
最後には、ハーマイオニーは顔を上げてドラコを見た。その真っ直ぐな視線に耐えられなくなったのはドラコだ。
「別に……」
「ハリエットのこと、本当にありがとう」
ハーマイオニーは、最後に笑顔のようなものを見せて去って行った。彼女の少し後を、ロックハートも気まずげについていくのが見える。
「…………」
ドラコは、彼らの後ろ姿を、複雑な感情で見送った。