■過去の旅

01:切れた鎖


 ハリー、ハリエット、ハーマイオニーの三人は、まだ動けないロンのベッドの周囲に集まり、今夜の冒険について熱を込めて話していた。マダム・ポンフリーが寝静まってからのこの夜語りなので、この場に誰も邪魔をするものはいなかった。

「へえ、これがその逆転時計ねえ」

 ロンはベッドの上で砂時計を転がした。そのたびに金の鎖が光に反射してキラキラ光る。

「でも、これで納得だよ。同じ時間に君が二つも三つも授業を受けてたの。まさか過去に戻ってたなんて」
「あなた達の目を誤魔化すの、大変だったんだから」
「でも、おかしいとは思ってたのよ。図書室へ行くって言ったのに、いつの間にか後ろから歩いてきたりするんだもの」

 ハリエットも苦笑いを返した。細かいことは気にしない男子二人と、あまりにも疲れた顔をしているハーマイオニー。三人に挟まれ、ハリエットも聞くに聞けなかったが、その裏に、まさかこんな仕掛けがあったとは。

 しばらく逆転時計を眺めていたハリエットだが、やがて異変に気づいた。逆転時計の金の鎖が、半分ほどの所で切れているのだ。

「ハーマイオニー、鎖壊れてない?」
「そうなのよ」

 ハーマイオニーは沈んだ顔で言った。

「あなた達と合流する前、実はルーピン先生と遭遇しちゃって」
「えっ!?」

 ハリーとハリエットは同時に声を上げた。遅れてロンもことの重大さに思い至る。

「大丈夫だったの!?」
「ええ。噛まれる前にまた時間を巻き戻したから。でも、その時に鎖がルーピン先生の爪に当たっちゃってみたいで切れちゃったのよ。マクゴナガル先生に叱られるわ……」

 真夜中に人狼と一人で遭遇したことよりも、逆転時計を壊してしまったかもしれないことに落ち込んでいるハーマイオニーは、なかなかの肝っ玉をお持ちのようだ。

 ハリエットは彼女の背中を優しく撫でた。

「大丈夫よ。先生も事情を話したら分かってくれるわ」
「だといいんだけど……」

 なおもハーマイオニーが調子を取り戻さないので、ハリーがポンとその肩を叩いた。

「大丈夫だよ。僕たちもちゃんと説明する。逆転時計が壊れたのは不慮の事故だって」
「あなた達は逆転時計のことを知らないってことになってるのに、どうやって説明するのよ」
「あ、そっか」

 照れたようにハリーが笑い、ハーマイオニーも落ち込んでいるのが馬鹿らしくなったのか、クスクスと笑った。ロンもホッとしたような顔になる。

「でもいいよな。僕も過去に行ってみたかったな。どんな感じだったんだい?」
「別に、普通だよ。自分と同じ人間が目の前で立って動いてるってだけ――」
「おい」

 どこからか、不機嫌な声が四人の空気に割って入った。

「得意満面に鼻の下を伸ばしてご自分の冒険譚を語るのは良いがな、ポッター、僕は眠いんだ。さっさとそのお喋りな口を閉じてくれないか」

 その声は、一つだけ閉めきられたカーテンから響いていた。ロンはあからさまに顔を顰めた。

「貴族の坊ちゃんはもうおねんねの時間らしい」
「ウィーズリー、調子に乗るなよ」

 ドラコは急にカーテンを開けた。ベッドの上に半身を起こし、彼はこちらを睨み付けていた。

「お前達の弱みを握ってるのはこの僕だ。父上にシリウス・ブラックのことを一言でも漏らしたらどうなると思う?」
「――っ」
「分かったら大人しくしてるんだな」

 せせら笑うように言うと、もうそれで気が済んだのか、ドラコは再びカーテンを閉め、静かになった。ロンが小さく悪態をつく。

「ったく、なんだよ! 絶対この先もこのこと持ち出してくるつもりだぜ、マルフォイの奴!」
「いい性格してるよ」

 ハリーも疲れた顔でそう呟いた。ハリエットは弁解するように男子二名を交互に見た。

「でも、静かにすれば黙っていてくれるってことよね?」
「だーかーら! あいつがそれだけで終わらせるはずないだろう! 一生このことをちらつかせて僕らを従わせる気なんだ!」

 『お人好しの妹のことは君に頼んだぜ!』とロンはハリエットの相手を放棄した。ハリーも困った顔で妹をチラリと見る。どうやら、ハリーもロンと同じ意見のようだ。

「あーあ、逆転時計で、マルフォイ抜きで今夜のことをやり直せたらいいのにな。ついでにスネイプも抜きで」

 ロンは恨みがましく逆転時計を見つめた。

「なんなら、もっともっと時間を巻き戻して、ピーター・ペティグリューを捕獲できたらいいのに」

 ロンは手慰みに砂時計をコロコロ転がした。途端にハーマイオニーがキッと彼を睨み付ける。

「ロン! 逆転時計をそんな風に扱わないで! 壊れたらどうするの!」
「そうよ。それに、ひっくり返したら時が戻っちゃうのよ」
「いくら鎖が壊れてるからって……」

 ハーマイオニーはなおもブツブツ言った。

 ハーマイオニー曰く、逆転時計は、金の鎖が及ぶ範囲内で時を戻すというのだ。だからネックレスのように首にかけ、ハーマイオニーはいつも時を戻して授業を受けていたという。

 ただ、今の四人は失念していた。確かに、今この場において、金の鎖の中に身を投じているものはいない。だが、逆に言えば、この場の全ての人間が鎖の範囲内にいると言っても過言ではなかった。

 金の鎖は壊れ、限定的な範囲を作り出せていないのだから。

 砂時計はコロコロとロンの指先で転がり続ける。皆は疲れた頭で、じっとその光景を眺めていた。異変に気づいたのは、しばらくしてのことだった。

 身体が後ろに引っ張られるような感覚があった。何度も同じ経験をしていたハーマイオニーは、顔を引きつらせた。

「ロン! 止めて! その逆転時計、作動してるわ!」
「えっ――どうして!?」
「分からないわ! とにかく、元に戻して!」
「元にって、どうやって――」

 訳も分からず言ったハーマイオニー自身ですら、『この状況を元に戻す』方法が分からずにいた。為す術もなく、四人は――いや、五人は――過去へと身体を飛ばされた。