■過去の旅

20:波乱のパートナー


 ふと気がついたときには、過去に来てからもう一ヶ月以上経っており、それに伴って吹き荒ぶ風も凍えるほどの冷たさになってきた。もうクリスマス休暇は目前で、ホグワーツ内には浮かれた雰囲気が漂っている。スラグホーンからの招待状が送られてきたのは、そんな頃だった。

「クリスマス・パーティー?」
「ええ、そう。スラグホーン先生がぜひ来て欲しいって」

 ハリエットとハーマイオニーは勉強、ハリーとロンは悪戯と、それぞれ日課が異なってくると、普段話をする機会も少なくなってくる。ハリエット達がクリスマス・パーティーの話を持ち出したのは、薬草学の実習を終え、温室を出たときだった。

「それで、そのパーティはまたスラグホーンのお気に入りだけのためだって?」
「スラグ・クラブだけ。そうね」

 ハーマイオニーは肩をすくめて言った。

「私が名前をつけたわけじゃないわ。『スラグ・クラブ』なんて――」
「『スラグ・ナメクジ・クラブ』」

 ロンはからかうように言った。

「ナメクジ集団じゃなあ。せいぜいパーティを楽しんでくれ。僕達はもっと有意義なことをするよ」
「クリスマスはお客様を招待できるの」

 ハーマイオニーは真っ赤になって言った。ハリエットは片手で額を押さえる。この先の展開が読めてしまった。

「それで私、あなたもどうかって誘おうと思っていたの。でも、そこまで馬鹿馬鹿しいって思うんだったら、どうでもいいわ!」
「僕を誘うつもりだったの?」
「そうよ。でも、どうやらあなたはスラグ・ナメクジ・クラブがお気に召さないようで」

 ハーマイオニーは、続いて鋭い眼光をハリーに向けた。

「ハリー、あなたはどう? 私とパーティーに行ってくれない?」
「えっ、僕?」

 まさか自分が誘われるとは思いも寄らなかったのか、ハリーは思いきり狼狽えて、ちらちらとロンを見た。しかし生憎とロンは拗ねたようにそっぽを向くばかり。

 ハリーは、ロンへの義理とハーマイオニーのプライドを天秤に掛け――やがて後者に傾いた。

「アー……えっと、僕でいいなら、ぜひ」
ハリーなら・・・・そう言ってくれると思っていたわ!」

 ハーマイオニーはにっこり笑うと足を速めた。努めて視界にロンが入ってこないようにしているようだ。

「私とハリエットは、リリーとメリーに小さくなってもう着られないドレスを借りる予定なの。新しく買うお金はないし……。ハリーも、ジェームズ辺りにドレスローブを借りる算段を付けておいてね。当日はドレスコードだから」
「あ……うん」
「私、もう行くわ」

 ハリーとハリエットにのみ目配せをし、ハーマイオニーはさっさと図書室へ歩いて行った。

 彼女の姿が完全に見えなくなってから、ハリーは気遣わしげな視線をロンに向ける。

「謝ってきたら?」
「どうして僕が! ナメクジ・クラブなんてこっちからお断りだ!」
「皆で行ったら楽しいと思って誘ったのよ」

 恨まし気にハリエットは言うが、ロンの態度は崩れない。ロンの向こう側から、ハリーがひょっこり顔を出した。

「ハリエットは誰を誘うの? ロンと行ったら?」
「僕は行かないよ!」
「……他の人を誘ってみるわ」

 ふと笑い声がして、ハリー達三人は外を向いた。もうすっかり冬だというのに、ほんのり曇った窓硝子の向こう側では、悪戯仕掛人の四人が大イカを魔法でからかって遊んでいる。

「この寒いのによくやるよ」

 ロンがそう言った瞬間、大イカが怒って丸太ほどの太さの足を振りかざした。わあわあ騒ぎながら四人は逃げ惑い、しかし結局逃げ遅れてしまったピーターに盛大に水しぶきがかかる。足の直撃は避けられたが、この寒い時期にある意味一番気の毒な状況に親友が陥ったのを見て、ジェームズとシリウスは遠慮なく笑っていた。我先にと安全地帯に逃げ出していたリーマスも思わずと笑みを零している。

「父さんはどう?」

 窓の外に目をやりながら、ハリーは何気なく提案した。ハリエットはポッと頬を赤らめた。

「でも……お父さんはお母さんから誘われたいって思うはずだわ。それに、お母さんは私がお父さんのこと好きだって勘違いしてるのよ。もっと誤解されちゃうわ」
「じゃあシリウスは?」
「シリウスはスラグ・クラブが大嫌いなんだ。誘われても行かないよ」

 まるでシリウスが自分の唯一の味方のように、ロンは得意げに言った。

「ルーピン先生は?」
「確かもうすぐ満月よ。最近体調悪そうだし、誘えないわ」

 ハリエットの視線の先では、リーマスが疲れたように木陰に移動するのが見えた。ぶるぶる震えながらピーターもついてきて、リーマスにローブを乾かして貰っている。

 しばらく無言が続いた。だからこそ、不意にハリーが鋭く詰問してきたことにハリエットは驚かされる。

「……ペティグリューを誘わないよね?」
「――まさか!」

 ハリエットは思わずハリーをまじまじと見た。

 ハリエットとて、ピーターに対する感情は複雑だ。今のピーターは、悪い人には思えない。だが、未来の彼は自分達の両親を裏切り、シリウスを殺人鬼に陥れる。今のピーターは悪くないとは言え、積極的に仲良くなりたいとは思わない。

 無言で見つめ合う双子に、ロンが気まずそうに咳払いをした。

「ハリー、何言ってるんだよ。あいつを誘うくらいなら、マルフォイの方がまだマシだ」
「ドラコ……」

 ハリエットは驚いたように呟く。その表情にハリーは嫌な予感がした。

「ハリエット、まさか――」
「先に談話室へ戻ってて。私、ちょっと寄る所があるから」

 身を翻したハリエットの足取りは軽かった。ハリーは慌てて追い掛けようとするが、間の悪いことに後ろから声が掛かり、たたらを踏むことになる。

「ハリー、ロン! こんな所で何してるんだい? 二人がまだ来ないってジェームズが不貞腐れてたよ」

 振り返った先には、リーマス。遠くで見るよりも、一層顔色が悪い。もしかしたら医務室に行く途中かもしれない。

「ああ――いや、ちょっと僕達用事があって――」

 ちらりとハリーが視線を後ろにやったときには、もうハリエットの姿はなかった。リーマスに愛想笑いを返し、ロンのローブを引っ張る。

「また後で!」

 おざなりに手を振り、ハリーはロンを引っ張りつつ駆け出した。目指すは地下。スリザリン寮だ――。

 だが、兄の予想を裏切り、一方のハリエットは、最近あまり良い思い出のないスリザリン生がたくさんいるであろう地下に行く勇気はなく、もしかしたらという思いで図書室へ足を向けていた。こういうときに忍びの地図があったら、とは思うものの、ないものは仕方がない。スネイプ情報では、ドラコは本を抱えている姿をよく見るという。ハリエットは祈る思いで足を速めた。

 ただ、幸運なことに、ハリエットの願望通り、ドラコは図書室にいた。ホッとすると共に、何だか無性に嬉しくなって、ハリエットは笑顔で駆け寄った。

「ドラコ! 探してたの!」
「僕を?」

 マダム・ピンスにちらりと視線を向けた後、ドラコは咎めるようにハリエットを見た。ハリエットは慌てて声を落とす。

「何だかすごく久しぶりな気がするわね。隣、座ってもいい?」
「ご勝手に」

 つれない態度はいつものことなので、ハリエットはさして気にすることなく隣の椅子に腰掛けた。

 ドラコは随分分厚い本を読み込んでいるようだ。まるでハーマイオニーみたいだとハリエットは思った。

「ドラコ……スラグ・クラブって知ってる?」
「スラグホーンのお気に入りの生徒を集めたクラブだろう。ナメクジ・クラブだなんて悪趣味な」

 ロンと同じ思考回路にハリエットも思わず苦笑いを浮かべる。口が裂けても言えないが。

「私、スラグホーン先生が開催するクリスマス・パーティーに招待されたの。そこでは、パートナーを一人連れて行っても良いことになってて……。ドラコ、もし良かったら、一緒に行かない?」
「――僕が? なぜ? 正気か?」
「そんなにおかしい?」

 信じられない者を見る目でドラコが見てくるので、ハリエットは戸惑ってしまった。

「最近、ドラコと全然話してないし、良い機会だと思って。ご馳走もたくさん出るらしいから、楽しいと思うの」
「――っ」

 ドラコは何やら口を開いた。だが、彼のその声は、ハリーの声によっていとも容易くかき消された。

「ハリエット! ちょっと話がある!」

 遠慮のない兄の声は、周りの視線を大いに集めた。もちろんその中には図書館司書マダム・ピンスもいる。彼女はピキリと額に青筋を立てた。

「ここは私語厳禁です。その旨張り紙もされているのがあなた達には見えないのでしょうか? ご学友同士お話があるのなら、どうぞ図書室の外で行って頂きましょうか!」

 有無を言わせずマダム・ピンスに追い出された四人は、しばし気まずい沈黙に包まれた。特にとばっちりを受けた形のドラコは大層不機嫌である。ギロリとハリーを睨むが、当の本人は気づきすらせずに妹に詰め寄る。

「なんでマルフォイなんか誘うんだよ!」
「ドラコは友達だし……。どうして誘っちゃ駄目なの?」
「ハリエット、やっぱり僕と行こう! もうナメクジ・クラブでも何でもいいよ! マルフォイよりはずっとマシだ」

 兄妹の会話にロンが割って入った。それに眉を上げるのはドラコの方だ。

「彼女は僕を誘った。どうしてお前が割り込んでくるんだ?」
「ハリエットは僕が断ったから仕方なくマルフォイの所に行ったんだよ。僕が一緒に行けば万事解決だ!」

 口元を引きつらせ、思い切り不愉快そうな顔でドラコはハリエットを見た。ハリエットはおろおろした。

「仕方なくじゃないわ。確かに、知らない人とは行きたくないとは思ったけど……。ドラコに断られたら、私、もうパーティーには行かないつもりで……」
「だから僕と行けばいいって言ってるんだよ」

 ロンの言葉に、ハリーもやや躊躇いながら頷いた。ドラコは小さく嘆息する。

「分かった」

 皆の視線が彼に向けられる。

「一緒に行ってやる」
「――っ、だから、ハリエットは僕と行くんだって! そうだよね?」

 ロンに詰め寄られ、ハリエットは一瞬たじろいだものの、頷くことはしなかった。

「ドラコと行くわ。ロンが私のことを心配してくれるのは嬉しいけど……でも、返事ももらえたし」
「どうしてだよ! 僕が一緒に行ってあげるって言ってるんだ!」
「見苦しいぞ、ウィーズリー」

 優越感たっぷりにドラコは笑った。

「振られたのがそんなに悔しいのか?」
「別に振られてない!」
「負け犬の遠吠えは情けないな」

 これ幸いとばかり、煽る気満々のドラコと、現状今は最も分の悪いロン。これ以上喧嘩にならないためにも、ハリエットはハリーとロンのローブを引っ張った。

「じゃあドラコ。詳しいことはふくろう便を送るわ。パートナー、引き受けてくれてありがとう!」

 談話室へ向かう道中は、ハリエットにとってひどく苦痛の時間だった。ロンだけでなく、ハリーまでも小言がうるさかったからだ。

「僕だって認めてないんだけど。どうしてマルフォイなんだ? ロンと行くか、もしくはもうパーティー不参加でいいじゃないか!」
「そうだそうだ! 寄りにも寄ってマルフォイだなんて! あいつが今まで僕達にしてきたこと、忘れた訳じゃないよね!?」

 まるで保護者のような口ぶりに、ハリエットは少々うんざりしていた。最近ジェームズ達と仕掛ける悪戯が度を過ぎてるんじゃないかとハリエットが口を挟んでも、聞く耳も持ってくれないのに。

 肖像画の穴を潜ると、まず一番に目がついたのは、ソファから飛び出した長い二本の足だ。何となく気になって三人が回り込んでみれば、ジェームズがすっかり覇気を失ってソファに寝転がっている。

「ジェームズ、どうかしたの?」

 ハリーが問いかけた先はシリウスだ。シリウスは一瞬おかしそうな顔になったが、しかしすぐに顰めっ面になった。

「虫の居所が悪いだけだよ。パーティーのパートナーに、ジェームズ自らエバンズに立候補しに行ったけど、断られるどころか、パートナーはスニベルスだって言われたから」

 ハリーも同じく苦虫を噛み潰したような顔になった。彼も彼で、ハリエットと同じような心境なのだろう。父親が母親に嫌われており、それどころか母親は別の異性の方が仲が良いだなんて!

 まるでお通夜のように皆が黙りこくっていると、件のリリーが現れ、ハリエットに駆け寄った。

「ハリエット、ドレスの件、何とかなりそうだわ。メリーが持ってるって」
「本当?」
「ええ。でも、メリーのはともかく、私のドレスは、もうかなり小さいから、サイズが合わないかも知れないわ」
「着られれば大丈夫! 貸してくれるだけで充分よ!」

 ハリエットは嬉しくなって何度も頷いた。

 ダンブルドアには、学生生活に不自由がないよう、何か入り用であればすぐに言うように言われているが、さすがにドレスを購入するためのお金を申し出ることはできなかった。

「でも、本当に楽しみだわ! パーティーってどんなものなの? ダンスはあるの? 私、踊ったことないから不安だわ」
「軽くダンスはあるとは思うけど、絶対に踊らないといけない訳じゃないから大丈夫よ。交流メインの人は、外側で眺めるだけだから。でも、もし良かったらダンス教えましょうか? ハーマイオニーと一緒に」
「いいの? ありがとう!」

 パッと花が咲くような笑みでハリエットは喜び、リリーも眩しそうに微笑む。

 その光景を、若干精神が安定してきたジェームズが、僅かに身体を起こしてぼうっと眺めていた。