■過去の旅

21:パーティーの夜


 スラグ・クラブのパーティーは、クリスマス休暇目前の夜に行われる。初参加であるハリエットは、パーティーを楽しみにしていたはずが、当日の朝は打って変わって鬱々とした気分で起床した。明日からはクリスマス休暇――つまりは、ジェームズやリリーは自宅へ帰ってしまう。ようやく休暇に入って思う存分皆と遊べると期待していただけに、ハリーとハリエットの落ち込みようはすごかった。

 唯一の救いは、シリウスがホグワーツに残ってくれることだろう。だが、今までワイワイ騒がしかったメンバーが急にいなくなることを思うと、余計に気が沈む。

「これ何かしら」

 ハリエットのそんな気持ちは、ハーマイオニーの不思議そうな声で吹き飛んだ。ハーマイオニーは、見るからに怪しそうな、派手なプレゼントボックスを手に首を傾げていた。

「心当たりある?」
「全く……」
「ジェームズ達の仕業ね」

 ハーマイオニーは断言した。しかしハリエットも同じ気持ちだ。なぜなら、ハリエットのベッドの足元にも同じような箱があるのだから。

「スペシアリス・レベリオ 化けの皮剥がれよ」

 ハーマイオニーが杖を振るうが、見たところ箱に怪しい変化はない。しかしそれで学年一秀才の警戒が解けるわけがない。

 彼女はその後、思いつく限りの魔法を使ったが、それでも箱の正体を掴めなかった。散々頭を捻らせた後、どちらにせよ開けるしかないと判断したのか――恐る恐る箱を開けた。途端に何かがパッと飛び出し、ハーマイオニーは咄嗟に顔を腕で覆った。だが、傍らから見ていたハリエットにはよく分かった。中から踊るように出てきたのは、晴天を思わせるスカイブルーの布地だ。ハリエットは手を伸ばして空を舞う布を掴み取った。

「これ――ドレス?」

 手にとって見ればすぐに分かった。手触りの良いシフォン。ハリエットの声にハーマイオニーも恐る恐る顔を上げ、そして空に浮かぶ一枚のカードにも気付いた。

『ちょっと早いけど、メリー・クリスマス! 素敵なパーティーを! 悪戯仕掛人より』
「これ――えっ? ジェームズ達が?」
「今夜のパーティーのために?」

 ハリエットとハーマイオニーはまじまじと互いの顔を見た。そしてハーマイオニーは視線を滑らせ――ハリエットのすぐ横にある箱に目を留める。

 ハリエットもようやく自分の箱の存在を思い出し、はやる気持ちで開けた。中から同じように飛び出してきたのは、アッシュローズのドレス。ハーマイオニーと色違いだ。

 ハーマイオニーに小突かれ、ハリエットはドレスを腕に抱えて寝室を出た。ドギマギしながら目指すは談話室。目的の四人組は、狙い澄ましたように暖炉脇に固まっていた。

「ジェームズ……」

 ハリエットの第一声はちょっと震えていた。

「シリウスに、リーマス……ピーターも。――素敵なドレスありがとう……!」

 ハリエットの後に続いて、ハーマイオニーも微笑んでお礼を述べた。悪戯仕掛人は、互いに視線を交わし、得意げに笑った。

「初めてのホグワーツでのパーティーだろう? 良い思い出を作らないとね」
「スラグ・クラブでってのが気に入らないけどな」
「楽しんできてね」

 ハリエットとハーマイオニーは、顔を見合わせてくすぐったそうに笑った。とっても素敵なプレゼントだと思った。

「二人とも、良かったわね」

 リリーも珍しく話しかけてきた。普段であれば、ハリエット達が悪戯仕掛人と話しているときは近寄らないのに。とはいえ、その顔は複雑そうだ。

「リリー、折角ドレスを貸してくれるって話だったけど、その……」
「ああ、いいのよ。実はあらかじめポッターから聞いてたから」
「そうなの?」
「私、ちょっとポッターのこと見直しちゃったわ」

 難しい表情を崩さないリリーの後ろから、メリーがウインクして言った。パッとジェームズが笑みを浮かべる。

「そう!?」
「ええ。まあほんのちょっとなんだけど」
「メリー、行きましょう」

 これ以上図に乗らせないでとでも言いたげにリリーはメリーと共に談話室を出て行った。相変わらず思い人はつれないが、それでもジェームズは満足そうだった。


*****


 夜になり、いよいよパーティーの時間がやって来た。ハリエット達はリリーの寝室にお邪魔し、きゃっきゃと騒ぎながら身支度をした。リリーは瞳の色に合わせたエメラルドグリーンのドレスで、身体の線に合わせたピッタリとしたドレスがとても優雅で大人っぽい。普段は真っ直ぐとした髪も、しっかりと巻いて軽く結い上げている。香水も吹きかけているようで、いつものリリーとは全く違う姿に、ハリエットも思わずドキドキしてしまったくらいだ。ジェームズがリリーの姿を見たら卒倒してしまうだろうとまで思った。

 たった二歳しか違わないのに、母の圧倒的な大人の姿を見て、ハリエットは早々に自信をなくしてしまいそうだったが、悪戯仕掛人がプレゼントしてくれたドレスを見て何とか持ち堪える。ドレスなんて初めて着たが、男の子達四人で決めたドレスは、まだ幼さから抜けきれずにいるハリエットでも充分に魅力を引き出してくれている。レース生地のホルターネックは、少々背伸びしたデザインにも思えるが、ハリエットの場合、アッシュローズのカラーが雰囲気を和らげ、ハーマイオニーも洗練された知性をより際立たせている。ジェームズ達がプレゼントしてくれたということを抜きにしても、ハリエットは大層このドレスが気に入っていた。

 それに、髪型なんてリリーとおそろいだ! 髪を結ってあげるとリリーに言われたときでさえハリエットは天にも昇る心地だったが、出来上がった髪型を見てもっと気が高ぶった。

 互いを褒めちぎりながら談話室へ降りれば、想像よりも少ない顔ぶれが出迎えた。仲の良いグリフィンドール生が集まってボードゲームをする光景はいつものことだが、その中にジェームズやリーマス、ピーター、それにロンもないのだ。

「似合ってるじゃないか」

 長い足を組み、ソファにだらしない様子でもたれかかっていたシリウスは――顔が整ってるせいか、それでもとても絵になる――目線だけ上げて言った。

「さすが、俺たちの見立ては素晴らしいな」
「着心地も最高よ。とっても気に入ってるの」
「ロン達は寝室だよ。次の悪戯について話してる……」

 ハリエットの泳ぐ視線を察してか、ハリーが答えてくれた。立ち上がってこちらへ歩み寄ってくるが、どうにも様子がおかしい。

「綺麗だよ、アー……ハーマイオニー……」

 頬を赤らめ、盛大に口ごもるハリーなんて珍しい。

 ハリエットとハーマイオニーは顔を見合わせてクスクス笑い、ハリーは更に恥ずかしそうに視線を外した。

「ハリエットも、いつもと違って可愛いね」
「ありがとう」

 妹よりも先にパートナーのハーマイオニーを褒めた所は好印象だ。だが、ロンがこの場にいないのはおしいとハリエットは歯がみした。今夜のハーマイオニーは、スリーク・イージーの直毛薬を使ったためか、いつもよりぐっと綺麗だ。彼にこそハーマイオニーを見て欲しかったのだが……。

 結局、しばらく談話室にいてもジェームズやロンが降りてくる気配はなく――シリウス曰く拗ねているらしい――パーティー開始の時間も迫ってきていたので、三人は談話室を出た。

 ドラコとはスラグホーンの部屋の前で落ち合った。ここに来てハリーは一気に仏頂面になり、ドラコの方は逆に煽るように胸を張った。喧嘩が始まりそうな気配を感じ取ったハリエットは急いでドラコを教室の中に連れ込み、スラグホーンに挨拶した。

 彼の部屋には初めて入ったが、クリスマス・パーティーらしく、とても華やかな装飾が施されていた。生徒だけでなく、城外からの客も来ているようだ。ハーマイオニーは目をキラキラさせて、誰と話をしようかとハリーを引き連れてどこかへ行った。ハリエットは兄の視線を強く感じたが、気にしないことにした。

 ドラコの方に顔を戻すと、丁度こちらを見ていたらしい彼と目が合った。微笑むよりも先に視線を逸らされ、ハリエットはパチパチと瞬きする。

「今日は来てくれてありがとう。パーティーに興味があったから、参加できて嬉しいわ」
「僕を連れてくるほど素晴らしいパーティーには見えないが」
「ドラコはパーティーに慣れてるかもしれないけど、私はこういうのに参加するの初めだから、楽しみにしてたの! ドレスを着るのだって……。このドレス、お父さん達からもらったの。クリスマス・プレゼントにって。どう?」

 はにかんでハリエットはドレスの裾をヒラヒラさせた。ハリーやロンには散々自慢したが、ハリエットはもっともっと他の人にも見せびらかしたい気分だった。

「ああ……まあ……見られるようにはなってる」
「ありがとう!」

 今ならどんな言葉も褒め言葉に聞こえそうだ。ハリエットはにこにこバタービールの入ったグラスを手に取った。

「ドラコはそのドレスローブどうしたの? すごく高そうに見えるけど……」
「ふくろう便でマダム・マルキンの店に注文書を送った」
「お金はどうしたの?」
「もちろんダンブルドアから」
「…………」

 ハリエットは思わず閉口して改めてドラコのドレスローブを見た。素人目で見ても、質の良いローブだと感じる。それに、彼は値札を前にして――もしかしてドラコならばオーダーメイドだろうか――尻込みするような平凡な家の出ではない。むしろ自ら注文を足して値段をつり上げていく光景が容易に想像できる。

 事前に、ローブを借りるのならリーマスの小さくなったローブを借りようかとドラコに申し入れしていたのは断られており、てっきり知り合いから借りるものと思っていたのだが……。そういえば、ドラコは誰かからものを借りるようなタイプでなかったことに、ハリエットは今更ながら思い出した。

 ハリエットのそんな物言わぬ視線を批判と受け取ったのか、ドラコは癇に障ったように眉を上げた。

「何が悪い? もともと学校側が貸し出した逆転時計の不具合で僕達はこんな目に遭ってるんだ。逆転時計が壊れたのも僕のせいじゃないし……。むしろ、これくらい可愛い方だ」
「……そうね」

 もう何も言うまい、とハリエットは思った。確かにドラコの返答も一理あるし、返金しようと思えば未来のダンブルドアにすれば良い話なので、今この場で議論する必要性もない。――とはいえ、ドラコが殊勝にダンブルドアにお金を返すとも思えなかったが……。

「それよりも、ダンブルドアから逆転時計の修理がうまくいかないってあったが……。ウィーズリーが随分派手に壊したらしい」
「壊したのはロンじゃないわ。あー……ルーピン先生が、たぶん爪でちょっと」
「問題児だらけじゃないか……! ブラックは僕の足を折るし、ルーピンは逆転時計を壊すし、そもそもウィーズリーが逆転時計を安易に扱ったせいだし……!」

 話しながら、ドラコは近くのテーブルへ近づいた。伸ばした手が、グラスでない何かにぶつかったことに気づき、手を引っ込める。そちらへ顔を向ければ、ドラコと同じように片手を引っ込めたレギュラスの姿があった。

「――これはこれは、あなたは確かスラグ・クラブのメンバーではなかったように思いますが」
「パートナーとして呼ばれた。こういう場は慣れてるし、あまり興味もなかったが……まあ、やはり想像の通りの所だった。わざわざ来る必要もなかったかな」
「それは残念ですね。ただ、スラグホーン教授は、お眼鏡に適った見込みのある生徒のみを招待しているので……あなたのそういう所を見越してらっしゃったのかもしれませんね」

 すっかり置いてけぼりの気分で、ハリエットはドラコとレギュラスを見比べた。そして恐る恐る口を開く。

「二人、友達になったの?」
「誰が!」

 ドラコが振り返ってハリエットを見た。レギュラスの方も、声には出さないものの、ドラコと同じ気持ちであることはその表情から想像がつく。ハリエットは困って曖昧に笑う。

「そう……。でも、あの、二人って同じ寮でしょう? ブラック、良かったら三人でお話ししない?」
「お誘い頂いた所申し訳ありませんが、ミスター・ウォープルと約束しているので、僕はこれで失礼します」

 薄ら微笑んでレギュラスは身を翻した。

「いけ好かない奴」
「そう? でも私、二人って気が合うと思うの。何となくだけど、雰囲気が似てるって言うか――」
「お気楽な思考だな」

 ドラコが全く取り合ってくれないので、ハリエットは拗ねたように唇を尖らせた。

「だって、ハリーとロン以外で、ドラコがムキになって突っかかる子、初めて見たんだもの。それに、シリウスの弟さんなんだから、悪い人じゃないと思うの」
「ブラックの親友は悪い奴だったけどな」

 ハリエットは顔色を悪くして黙り込んだ。ドラコもまずい発言だったと分かってはいるのか、失言を取り消しはしないものの、何も言わない。しばらく気まずい沈黙が漂った。

 その場から離れることもせず、ハリエットは視線だけで部屋の中を見回した。ハーマイオニーはハリーの腕をしっかり掴みながら、誰か壮年の男性と話をしている。ハリーからは若干疲れた雰囲気が漂っており、時折近くを通るしもべ妖精からバタービールを受け取っている。

 視線を滑らせた先には、リリーとスネイプ。一人の女性を交えて仲良く談笑している。とはいっても、スネイプの方は少々居心地悪そうだが。

 今日のスネイプは、心なしかちゃんとしているように見えた。ドレスローブの方は、どこかの中古屋で買ったような野暮ったさがあったが、いつもはベタついている髪も、今日はなぜかサラサラだ。リリーが身支度を手伝ったのだろうか。

 ハリエットはドラコのドレスローブを引っ張って二人の方を指し示した。

「知ってる? お母さんとスネイプ先生、幼馴染みなんですって」
「あの二人が? でも……」

 ドラコが言わんとすることはハリエットにも分かった。頷いて続ける。

「私ね、あの二人が一緒にいる所、見るのが好きなの。あっ、もちろん、最後にはお父さんとお母さんで幸せになって欲しいとは思うけど……」

 ハリエットはにへらっと笑った。アルコールを口にした訳ではないのに、少々気分が高揚していた。雰囲気に酔ったというのもあるだろう。正直、ハリエットは浮かれていた。

「お母さんとスネイプ先生、本当に仲良しなの。先生のことは怖いからちょっと苦手だったけど、そう考えると不思議な気持ちで……。私、戻ったらお母さんのことちょっと聞いてみようかな」
「素直に教えてくれるとは思えないが」
「だって、お母さんの思い出話が聞けるかもしれないのよ。頑張るしかないわ」

 両親が絡んだときのハリエットは無敵だ。今ならスネイプだって怖くない。

「それにね、あの二人を見てると、グリフィンドールとスリザリンが友達でも良いんだなって思えるの。ハリーにもドラコとのこと内緒にしてたけど、打ち明けちゃっても良いのかなって思えて」
「僕は賛成しない」
「どうして?」

 すぐに切り替えされ、ハリエットは聞き返した。ドラコは長い息を吐いてグラスを置いた。

「君は本当に考えが甘い。ポッターぐらいな良いかもしれないが……スリザリンとグリフィンドールが仲良しこよしで良かったねで済む話じゃない。スネイプ先生だって、寮に戻れば肩身が狭い。君の母親と一緒にいるからだ」

 ハッとしてハリエットはドラコを見た。

「ドラコも何か言われてるの?」

 ドラコもまじまじとハリエットを見つめ返した。やがて視線を逸らしたのは彼の方からだった。

「……別に、君だけのせいじゃない。僕自身がマグル生まれ・・・・・・だから、突っかかられるだけだ」
「ごめんなさい――私、そんなつもりじゃ」

 ドラコの言葉は真実だろう。だが、少なからず、ドラコが寮で肩身の狭い思いをしているのは、マグル生まれかつグリフィンドール寮のハリエットのせいでもあるのだろう。

「どうせ僕らはもうすぐいなくなる存在だ。家名が劣ってるような奴らに何を言われても痛くも痒くもない」
「でも、しんどいでしょう?」

 不特定多数からの悪意は、自分が悪くないと分かっていても辛い。ハリエットも身をもって経験している。それに、ドラコの場合は、相手は同じ寮なのだ。起床から就寝まで、気の休まるときなどないはずだ。

 強がっているだけなのか、本当に気にも留めてないのか。とにかくドラコはそれ以降寮での出来事について口を割らなかった。ハリエットもそれ以上踏み込むこともできず、授業のことについて、取るに足りない話をすることしかできなかった。

 途中からは、ドラコと別れて他の人と話をする機会もあったが、ハリエットはもうあまり楽しむことはできなくなっていた。スラグホーンの部屋に入ったばかりの時は、あんなにキラキラしていた室内が、今ではただの虚栄の華やかさに見えて仕方がなかった。