■過去の旅

23:素敵なものを


 ハリエットは非常に焦っていた。今日はクリスマスイブ。明日にはクリスマスがやってくる。それなのに、皆に渡すための素敵なクリスマス・プレゼントが全く以て思い浮かばないからだ。

 ハリエットは当初、プレゼントは手作りのケーキにしようと考えていた。お金も持っていないし、ケーキであればホグワーツの厨房を借りて作ることができるからだ。

 だが、つい数日前、悪戯仕掛人の四人から、あまりに素晴らしいクリスマス・プレゼントをもらってしまった。お返しがただのケーキと言うには、何とも味気なく思えてしまう。――もちろん、それはひとえにハリエットの完全なる思い込みなのだが。

 困り切ったハリエットは、頼れる親友ハーマイオニーに相談を持ちかけた。丁度、二人で大作のケーキを作り終え、厨房から談話室へと戻る途中のことだった。

「ケーキの他に渡すプレゼント?」

 甘い匂いをぷんぷんさせながら、ハーマイオニーは肖像画の穴によじ登った。ハリエットも身を屈めてその後に続く。

「ケーキだけで充分だと思うけど。気持ちがこもってさえいれば、ジェームズもリリーも喜ぶわ」
「でも、四人にはドレスをもらったのよ。お母さんにだって、普段お世話になってるし……。もっと特別なものをあげたいの」
「特別なものねえ……。そうは言っても、私達、お金はないし、手作りの物をあげるにしても時間も足りないし」

 談話室には誰もいなかった。朝食の後、男子達は迷うことなく極寒の中外に出掛け、雪合戦をしに行ったのだ。

 何か考えている様子のハーマイオニーは、そのまま寝室へと上がっていった。そうして引き出しから取り出したのは小さな箱。ハリエットの目が期待に輝く。

「それは?」
「ハリエットにも馴染みのあるものよ」

 得意げに差し出されたものを見てハリエットは固まった。確かに――馴染みはあった。現に、今まさにハリエットが身に付けているものだ。

「S・P・E・Wのバッジよ」
「ハーマイオニー……」

 悲壮を浮かべた顔で、ハリエットは必死に首を振った。いくら何でも――いくら何でも、これは駄目だ! ハリエットにだってそれくらいは分かる。これは絶対にクリスマス・プレゼントにはなり得ない!

「これだけじゃちょっと飾り気ないから、ハリエットが魔法を掛けてお洒落にすれば良いわ。そうしたらあの四人も身につけてくれるかも。悪戯仕掛人が身につけたバッジとなれば、箔もつくわ。……まあ、変に目立つのは良くないんだけど」

 いくら渡そうとしても、受け取ってくれないのよね、と漏らしながらハーマイオニーはバッジを差し出した。ハリエットはやんわりと両手を振った。

「で、でも、ハーマイオニー、四人はバッジはつけないかもしれないから……」
「分からないわよ? ハリエットからのプレゼントだったら身につけるかも。それに、これはあくまで気持ちでしょう? 観賞用でも良いじゃない」
「か、観賞用……」

 『反吐』と書かれたバッジを観賞用……。

 ハリエットにも思うことはあったが、結局押し負け、箱を受け取った。ずっしりと二十個ほどあるバッジの重みがハリエットの手にのしかかってくる。

「あ、ありがとう、ハーマイオニー……」
「最後にどんなバッジになったか見せてね」

 曇りなき眼で見送られ、ハリエットは泣く泣く寝室を出ることになった。


*****


 大量のバッジと共にハリエットが向かったのは図書室だった。バッジに装飾を施す魔法は、今のハリエットでも幾つか思い浮かぶが、装飾の果てにプレゼントするのは、学年主席達である。早々変なものは渡せない。せめて図書室で足掻いてから試してみるつもりだった。――S・P・E・Wのバッジがクリスマス・プレゼントに相応しからざることは重々承知の上だが、元来ハリエットは真面目なのだ。他に良い案が思い浮かばない以上、やるだけやってみる心意気だ。

 ホグワーツに残っている生徒は、十人にも満たない。それは、昨日判明したことでもあった。だからこそ、図書室は閑散としているだろうと想定していたが、いざ行ってみると、先客がいた。司書のマダム・ピンスはともかくとして、ドラコとスネイプが、一つ席を空けて読書をしていたのだ。クリスマス・プレゼントの先行きが不安だったハリエットは、心細さがパッと霧散していくようだった。

「奇遇ね! 二人は課題でもしてるの?」

 ドラコはすぐに神経質にマダム・ピンスの方へ目をやった。つられたハリエットも彼女の方を見、慌てて口を噤んだ。マダム・ピンスの柳眉がピンと跳ね上がったのを目撃したからだ。

 近寄りながら何気なく二人の表紙に視線を走らせたハリエットだが、スネイプの本のタイトルに思う所があり、顔を曇らせた。直接的な表現ではないが、ニュアンス的に『闇の魔術』を彷彿とさせるものだったからだ。スネイプも何食わぬ顔でさっと本を伏せ、別の本を読み始めた。少し気にかかったが、ハリエットは何も言わず、本を探しに行った。色や形を変えるなどの簡単な呪文はハリエットにもできるが、それだけだとどうも面白みがない。何せ、プレゼントするのは悪戯仕掛人なのだ。あっと驚くような仕掛け――とまではいかなくても、思わずニヤリと笑ってしまうような、そんな代物を目指したい。

 数冊手に抱え、ハリエットは当然のようにドラコの向かいに座った。

「変身術か?」
「ええ。ちょっとこのバッジをお洒落にしたくて」
「どう頑張ってもスピューが今よりもマシになることはないだろう」
「マシにするの! ジェームズやリリーにもあげるんだから」
「リリーに?」

 不意にスネイプが顔を上げ、バッジに目を留める。みる間にその顔が胡散臭いものを見る顔へと変わっていく。

「――そのバッジを?」
「スネイプも止めておけって」

 ほら見ろ、とでも言わんばかりにドラコが肩をすくめる。ハリエットはムッとして唇を尖らせた。

「お洒落にすれば問題ないわ! 要は気持ちなのよ」
「そもそも、そのバッジは何なんだ? なぜ反吐と?」
「反吐じゃないわ!」

 もう何度目か分からない訂正をハリエットは口にする。何となくハーマイオニーの気持ちが分かってきた。

「エス・ピー・イー・ダブリュー。しもべ妖精福祉振興協会よ」
「初めて聞いた」
「ハーマイオニーが作ったの。しもべ妖精の待遇改善を目指そうって。でも、あの、おおっぴらにメンバー集めはしてないの。少しでも私達の考えに賛同してくれる人が増えてくれればって。今の魔法界には、しもべ妖精が虐げられるのが普通だって人も多いし、マグル生まれには、そもそもしもべ妖精がどんな待遇を受けてるか知らない人もいるから」
「メンバー集めしてないのにバッジを? そもそも、リリーはともかく、あいつらはその考えに賛同してるのか?」

 至極真面目な顔で言うスネイプに、ハリエットはみるみる勢いを失った。向かいでドラコがしたり顔で笑っている。

「……今は、しもべ妖精の話を広めていくことに重点を置いているの。バッジは、もう作っちゃったから、どうせなら配ろうかなって……」

 悪戯仕掛人がS・P・E・Wに賛同しているかどうかは、正直不透明だ。ハーマイオニーがその話をしに行ったとき、しもべ妖精云々よりも、バッジの中央で燦然と輝く『反吐』の文字ばかりからかわれたからだ。

「す、スネイプはどう思う? しもべ妖精について……」
「……見ていて気分の良いものではない」

 スネイプは眉間に皺を刻ませたまま言った。

「ボロボロの服を着て、何かあったら殴られて。力がない訳ではないのに、自分が悪いという性根が何世代も前から染みついてるような」

 同情の色を含むスネイプの声色に、ハリエットはホッとした。賛同するしないはともかくとして、考えの方向性はハリエットと同じだ。『虐げられるのが当たり前』という考えではない。

「あいつらは仕事を取り上げられたら生きていけないんだぞ」

 本に目を落としたままドラコが口を挟んだ。

「お前達のエゴで待遇改善を図ったら、それこそ魔法界から仕事がなくなる」
「人並みの待遇を望むことがどうして悪いの? お金を払ってでも彼らの丁寧な仕事ぶりが欲しい人だって絶対にいるわ」
「ドビーは失敗続きだった。一体誰が雇うかな?」
「それは、あなた達に怯えてたからよ!」
「僕にはそんな殊勝な性格には見えなかったけどね。現に、あいつは君達に荒唐無稽な魔法を使ってばかりだったじゃないか。一歩間違えれば死んでたのに、よく庇う気になれるよ」
「そ、それはドビーの思いやりが少し変な方向へ向かっちゃっただけよ……」
「少し、ねえ?」

 ドラコは意味ありげにハリエットを見た。

「まあ、せいぜい頑張ってくれ。素敵なクリスマス・プレゼントになるといいな?」

 馬鹿にした口ぶりに、ハリエットはますますむうっと頬を膨らませた。両親へのクリスマス・プレゼントは何が良いかとドラコにこっそり相談したこともあったが、今まさにそれを後悔した所だ。こっちは真面目に考えてるのに、からかってくるなんて!

 スネイプからも些か同情の視線を感じる。ハリエットは慌てて言い訳を口にした。

「お金がないんだもの、仕方ないじゃない……。時間だってもうないし、せめて……お洒落にしてプレゼントしようって……」
「どんなものにしたいとか、イメージはあるのか?」
「わ、分からないの……。ひとまず色や形は変えたいって思うけど、他に何のアイデアも思い浮かばなくて」

 徐に手を伸ばし、スネイプはハリエットが借りてきた本をかっ攫っていった。何事かと見守る中、彼はペラペラめくって、該当ページを開いて差し出した。

「それなら、変身術と呪文学を合わせた魔法を使えば良いと思う。どこかを押すと文字が変わるとか、時間が経過すると色が変わるとか、気温によって形が変わるとか。いつもピカピカ光ってるバッジなんて、誰も普段身につけようとは思わないだろう。時と場所によってきちんと落ち着くものがいいだろう」
「な、なるほど……!」
「どう頑張ったって、普段身につけようと思わないと思うけどね」

 ドラコがボソリと呟くが、ハリエットは気にしないことにした。今はこの飾り気のないバッジを、せめてプレゼントらしくお洒落にすることが目標だ。大事なのは気持ちだ、とハリエットは必死に自分に言い聞かせる。

「ありがとう、スネイプ! 私、頑張ってみるわ!」

 ハリエットが拳を握った所で、そろそろ我慢の限界だと言わんばかりの咳払いがマダム・ピンスの方から聞こえてきたので、皆は黙ってそれぞれの読書を再開した。