■過去の旅

25:ホグズミードへ


 クリスマス休暇が明けたホグワーツは、どこかまだ浮かれた雰囲気だった。ハリエットもいまいち授業に身が入らない。というのも、もうすぐホグズミード休暇がやってくるからだ。

 ハリエットもホグズミードに行ったことはあるが、透明マントを被っての、たった一度きりだけだ。それが、今回はどうだ。ダンブルドアが保護者代わりとなり、透明マントも被らずに堂々と行けるではないか!

 今回ばかりは、さすがに無一文で乗り越えることなど拷問に等しく、ダンブルドアに、未来で必ず返すからと少々お金を借りた。返さなくても良いとは言われたが、そんな訳にはいかない。ハリエットは、今回のホグズミード行きに大いなる目的を掲げていた。それこそ、父ジェームズから一緒にホグズミードを見て回らないかと誘われたとき、断腸の思いで断るくらいにはやる気満々だ。

「何を買うかは決めてるの?」

 温かなコートのポケットに手を突っ込み、ハーマイオニーが尋ねた。街に待ったホグズミード当日は生憎の曇り空だったが、そんなことでハリエットの興奮は下がらない。ハリエットは軽い足取りで頷いた。

「形に残るものが良いなとは思ってるの。最初は髪飾りもどうかと思ったんだけど、リリーのクリスマス・プレゼントと被っちゃうし……」

 此度のハリエットの目的は、一月下旬に訪れるリリーへの誕生日プレゼントを買うことだ。クリスマス・プレゼントはともかくとして、誕生日は気合いを入れなくてはならない。ハイストリートを歩きながら、ハリエット達はショーウィンドウを見て回る。

「写真立ても良いかなって思ってるの」

 ハリエットは照れくさそうに微笑んだ。

「お母さんと、できればお父さん達とも一緒に写真を撮って、それを飾ってもらったらって……。私もお母さん達の写真欲しいし、もし持って帰ることができればって」
「写真……」

 ハーマイオニーは言い辛そうに口ごもった。

「あの、ハリエット……。写真は駄目だと思うわ。もちろん、あなた達が持ち帰る分には良いとは思うけど、ジェームズ達の元に残すのは良くないと思うの。未来ならともかく、これからどう転ぶか分からない過去に、あなた達が来たっていう証拠の写真を残すのはまずいと思うわ。記憶はいつかは風化するものだけど、写真はいつまでも残っちゃうから……」
「あ……」
「……ごめんなさい」

 思わずピタリと足を止めたハリエットに、なぜかハーマイオニーは申し訳なさそうに謝罪を口にする。ハリエットは慌てて首を振った。

「謝らないで。私、ここに来てから浮かれすぎてる自覚はあるの。……ハーマイオニーはいつも冷静に私達のことを止めてくれるから、本当に助かってるわ」

 そう、自覚はあったのだ。ただ、それでも時折理性が働かないときがあって。

 そんなとき、ハーマイオニーは立派なストッパー役だった。ハリーやハリエットが思わず『お父さん』と口走ってしまっても、彼女はいつもフォローしてくれる。ハーマイオニーがいなければ、今頃大きく未来は歪んでいただろう。

「嫌な役をさせちゃってごめんなさい。でも、本当にありがとう」
「私も――私だって、あなた達の気持ちは痛いほど分かるの」

 俯いたまま言うハーマイオニーは、言葉通り痛ましく表情を歪めている。

「でも――証拠は残しちゃ駄目だから……。だって、何がきっかけであなた達が生まれなくなってしまうか分からないんだもの」
「ええ、分かってる。ハーマイオニー、ありがとう」
「…………」

 ハーマイオニーの表情は晴れない。ハリエットはわざと明るい声を出した。

「私、髪飾りにすることにしたわ! ねえ、一緒に選んでくれない? 私、デザインセンスに自信がないから……」
「……センスが悪いのはネーミングだけだと思ってたけど」

 ハーマイオニーも乗ってくれて、からかうようにハリエットを見上げた。まだ少し声は固いが、調子が戻ってきている。

「あ、ひどい! 私、ネーミングは自信あったのに、ハリーみたいなこと言うのね!」
「だって、スナッフル鼻をふんふんさせるって、そのままじゃない。せめてスナッフルズとか、もうちょっと捻りを入れれば良かったのに」
「でも、読みは可愛いじゃない?」
「読みが可愛くても、普通は意味だって大切にするものなのよ」
「……?」

 呼び方さえ可愛ければ何でもいいハリエットと、呼び名に込められた意味も重視するハーマイオニーでは、そもそもネーミングの気が合う訳がなかった。


*****


 ハイストリートを歩くうちに、雑貨店は幾つか見つかった。ハリエットはそのうちの一つで、花びらが舞うバレッタを購入した。季節が移ろうと共に花の種類が変わる、とても素敵なバレッタだ。ハーマイオニーお墨付きのため、ハリエットは自信を持って買うことができた。

 ハーマイオニーは、リリーへのプレゼントはお菓子セットにすることにしたらしい。ハニーデュークスで新商品のお菓子がたっぷり詰められているものを購入していた。ハリエットの方は、自分用として、古い方のお菓子セットを購入した。新商品は、この時代の人へのプレゼントには最適だが、ハリエット達からして見ると、未来でもよく見かけるお菓子ばかりだったのだ。むしろ、人気のなさそうな古いお菓子の方が、見たことのないものばかりだったため、どんなものか想像もつかず、談話室で皆で食べたら盛り上がりそうだと思ったのだ。

 ハニーデュークスで温まった身体は、外に出た瞬間、再び冷たい風に晒され、二人はぶるりと身体を震わせた。

「三本の箒でも行く?」
「そうね。バタービールで身体を温めたい気分だわ」

 二人の意見は見事に一致し、ホグズミード休暇とは思えない足取りで真っ直ぐ三本の箒へ向かった。

 お茶するタイミングとしてはバッチリだったが、だからこそお店も人混みで溢れていた。バタービールを購入したは良いが、席が空いていない。でも、この寒い中、外で飲むという選択だけは避けたい。

 うろうろとひとまず端の方へ移動していれば、ポンと誰かに肩を叩かれる。振り返るとリーマスの鳶色の髪が視界に映った。

「やあ、もしかして席を探してる?」
「ええ、リーマスも?」
「いや、僕達はもう席を取ってるんだ。良ければ二人もと思って」
「いいの?」
「もちろん、こっちだよ」

 リーマスに案内されたのは六人掛けのテーブルだった。ハリーとロンもいて、半分ほど飲み干したジョッキ片手に軽く手を上げている。

 ジェームズとシリウスが見当たらなかったので、ハリエットは無意識のうちにキョロキョロした。リーマスが『あっちだよ』と親切にも教えてくれた。

 ジェームズとシリウスは、そう遠く離れていないテーブルにいた。リリー含めた女の子のグループにちょっかいをかけているようだ。リリーは迷惑そうな顔だが、他の面々はそうでもない。ジェームズの話におかしそうに笑い声を立てている。

「気にしないで座ってよ。たぶん僕達がここを出るまで戻ってこないと思うから」

 ジェームズの普段の様子を見ていれば、確かに納得だ。ハリエットとハーマイオニーは有り難く席についた。

「皆はどんな店に行ったの?」
「見ての通り、悪戯専門店さ」

 ロンが懐から細々した物を取り出した。色とりどりの、さっぱり用途が分からないものから、見るからに危険そうなものまで。ハーマイオニーは呆れたため息をついた。

「悪戯もほどほどにしないと。あなた達、ただでさえマクゴナガル先生に目を付けられてるのに」
「ハリーとロンは、僕らのとばっちりを受けてるね。実際に悪戯を計画して実行してるのは僕達だから」
「計画を知ってて、でもそれを止めてないのなら共犯だわ」

 おそらくマクゴナガルも同じことを言うだろう。

 厳格なハーマイオニーに、ロンは肩をすくめてハリーと視線を交わした。さすが優等生だぜ、と瞳は語っている。

「でも、君達もホグズミード楽しめてるようで良かったよ」

 ハニーデュークスの紙袋を提げている二人を見て、リーマスがにこりと笑った。

「迷子にはならなかった?」
「ええ、大丈夫よ。案内板もあったし」

 平然としてハーマイオニーが答え、ハリエットもこくこくと頷く。

「これから二人は予定あるの?」
「しっかりした予定はないけど……。私達、もう買い物の目的は果たしたから、あとはちょっとブラブラしようと思って」
「だったら一緒に行こうよ。僕らもホグズミード案内できるし」

 底をついたジョッキを脇に寄せ、ピーターが言った。

「あー、でも、皆は悪戯系統のお店ばっかり行くんじゃない?」
「もう僕らも行きたい店は行ったし。後はハリー達に案内する予定だったんだ」
「それはいい考えだね!」

 いつの間にかジェームズが近くにいた。リリーに追い払われたらしい。

「ホグズミードにはまだまだ魅力的な場所がたくさんあるんだよ。便利な抜け道や知る人ぞ知る骨董品店、内緒話にはうってつけの寂れたパブ、恋人ができたら一度は連れていきたい絶景スポット……」

 ジェームズに話しかけられた途端、へにゃっと情けない音が鳴りそうなくらい表情が緩むハリエット。ハーマイオニーは観念したように何度も頷いた。

「オーケー、分かったわ。ぜひともお願いするわ」
「そうこなくっちゃ!」

 すっかりやる気に満ちあふれたジェームズにせき立てられ、ハリエットとハーマイオニーは急いでバタービールを飲み干して吹き荒ぶ外へと足を踏み出した。

  魅力的な場所としてジェームズはいろんな場所を挙げていたが、実際の所、彼に連れて行ってもらったのはホグズミード初心者でも楽しめるようなオーソドックスな場所だった。それでも、一年間しかホグズミードを楽しめていなかったハーマイオニーが知らないような場所でもあった。

 ぐるぐると色々な所を回っているうちに、いつの間にか村の外れに行き着いていた。次第に近づいてくる大きな屋敷は、今ではもうすっかり馴染みのある叫びの屋敷である。リーマスはそのまま通り過ぎようとしたが、悪戯っぽい笑みを浮かべたシリウスが薄気味悪い家の前で足を止めた。

「叫びの屋敷だ」

 知ってるよ、とはもちろん言わず、ハリー達は黙って成り行きを見守った。

「知ってるか? 夜になると、唸り声やら悲鳴やらが響き渡る。ここらでも有名な幽霊屋敷なんだ」
「そうなんだ……」
「あれ、こういうのは平気な方か?」
「まあね」

 横目でちらりと屋敷を盗み見るリーマスは複雑そうな表情だ。ハリーは徐に歩き出した。

「もう行こう」
「まだ屋敷の逸話はあるのに」
「うん。でも、皆とまだホグズミードを歩きたいから。回ってない店はあるでしょ、ジェームズ?」
「よくぞ聞いてくれた! 女の子達は興味ないかもしれないけど、とっておきのクィディッチ専門店があるんだ」
「私も興味はあるわ」

 ハリエットがハーマイオニーの方を窺い見れば、彼女もまた頷いた。

「寒いからどこかに入りたいわ。その店はここから近いの?」
「すぐつくよ」

 ジェームズの言うことは本当だったらしく、五分も経たないうちにハリエット達は暖かい空気を胸いっぱいに吸い込むことができた。

 ハイストリートから離れた位置にあるこの店はハリー達も来たことがないらしく、興味深げにグローブやゴーグルを眺めている。どこの会社のデザインが格好いいだとか、この種類の方が使いやすいとか、これは限定もので希少価値だとか、ハリエットは、留まることを知らないジェームズの話を特に注意深く聞いていた――もちろん、彼の誕生日に向けて、プレゼントをリサーチするためだ。ハーマイオニーは早々に飽きて、リーマスと授業の話をしていた。

 クィディッチ専門店でしばらく時間を潰すと、店を出る頃には西日が地平線に近づいていた。そろそろお腹も空いてきた頃合いだったため、帰路につくことにした。

 だが、タイミングが良いのか悪いのか、帰るときになって、軽く雪が降ってきた。吹雪になる前に、ハリー達は足早にホグワーツ城へ向かう。ただ、幸いなことに、雪は本格的に降り出すことなく、やがて止んだ。とはいえ、城にたどり着いた頃にはすっかり全身雪まみれで、身体は冷え切っていた。パタパタとローブから雪をはたき落とす。

「このままじゃ風邪引くな……。談話室で温まるか、ちょっと厨房に寄ってバタービールでも引っかけるか。どっちが良い?」
「厨房!」

 お腹の空いてるロンは一番に声を上げた。ハリー、ハリエット、ハーマイオニーも、それに続くように頷いた。暖炉も魅力的だが、できれば芯から温まるものがいい。

 ぞろぞろと地下一階を歩いていると、向かいからドラコが一人歩いてくるのが見えた。彼も丁度こちらに気づいたようで、嫌な面々に遭遇した、とその顔は語っている。ドラコはそのまま通り過ぎようとしたが、ハリエットはその隙にサッと辺りを見回す。

 まだ他の生徒はホグズミードにいるのか、近くにスリザリン生の姿はない。ハリエットはこっそりドラコに近づいた。

「ホグズミードに行かなかったの?」
「スネイプ先生も僕も、そんな所に興味はないね」
「……前は楽しそうにホグズミード見て回ってたじゃない」

 てっきりスネイプと行くものと思っていたために、自分だけが楽しんだようで、何だか後ろめたさがある。本当のところ、ハリエットはドラコを一緒にホグズミードに誘うのはどうかとも思っていたのだが、そうすれば彼のスリザリン寮での立場が悪くなるかもしれないと、結局誘わなかったのだ。

 少し先から、ハリー達の視線を感じる。ハリエットは押しつけるように紙袋を差し出した。

「なんだ?」
「お土産。おいしそうなお菓子がたくさんあったから。スネイプ先生と一緒に食べて」

 ドラコの口がパカッと開く。いらないなんて言葉が出てくるのだろうと思ったハリエットは、無理矢理ドラコの手に紙袋を握らせた。

 駆け足でハリエットが追いつくと、ロンが嫌そうな表情を隠そうともせずに言った。

「あいつにプレゼントか?」
「お土産よ。ホグズミードには行かなかったみたいだから……」
「そんなことしなくていいのに」
「君も、スリザリンが友達だって言うのかい?」

 ロンと同じ、ジェームズも面白くなさそうだ。最近こういったことに敏感なハリエットは思わず言い返した。

「それのどこがおかしいの? スリザリンに属してる人は、全員が悪いって言いたいの?」
「そういう訳じゃないけど……」
「グリフィンドールだからって、全員がいい人な訳じゃないよ」

 突然ハリーが割って入った。そして小さく付け足す。

「別にマルフォイを庇う訳じゃないけど」

 丁度ハリーが視線を上げた先には、ピーター。故意か偶然か。

 ピーターはハリーの暗い瞳にビクリと身体を揺らした。二人の目が合っていたのはほんの一瞬だった。ロンは気づかずに肩をすくめた。

「良かった。てっきりハリーまでマルフォイの肩を持つのかと思った」
「少なくともあの子は良い奴には見えないよ」
「さすがジェームズ、その通りだよ。あいつは嫌な奴だ。ハリエットが仲良くしようとする気持ちが全く分からないね」
「でも、ドラコは前に――」
「ハリエット」

 宥めるようにハーマイオニーが呼んだ。ハリエットはもどかしい思いで口を噤む。ジェームズ達の前で、ドラコについて詳しく話をすればするほど、自分達の身の上が明らかになってしまう。それだけは避けなければならない。

「……何でもない」

 結局、ハリエットは渋々そう言うしかなかった。ドラコと友達関係にあることを、何となく後ろめたく思って今まで口に出せずにいたが、そのことを今この時ほど後悔したことはなかった。