■過去の旅

04:漫才のような


 エスコート――という名の、ただの歩行補助は、ハリエットの胸を時折むず痒くさせた。

 父親と手を繋げていることは、正直嬉しい――長年の夢だったのだ――しかし、今の自分の歳を考えると、そう簡単に感動もばかりしていられない。ハリーならまだしも、ロンやハーマイオニー、ドラコに見られたら恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだ。ハリエットは油断なくあちこちに視線を這わせていた。

 だが、手を繋ぐというジェームズの判断は正しかった。恥ずかしがってハリエットが下ばかり向くので――そのくせ、その目は地面は映ってない――頻繁にハリエットが転びそうになるからだ。そのたびにジェームズは苦笑してハリエットを助けてやっていた。

「君、結構ドジなんだね」
「あ、そっ、そんなこと……私、普段はこうじゃ」

 しどろもどろになってハリエットは説明する。そうだ、今はただ緊張しているだけであって、普段は決してここまでドジは踏まない。それどころか、ハリーよりも優等生で堅実な方だ。

 誤解されたくなくて、ハリエットが尚も言い訳を続けようとすると、ジェームズはケラケラと笑い出した。

「うん、見た目はエバンズそっくりだけど、中身は全然違うね! 君の方が素直で大人しい」
「……エバンズって人と、仲良いの?」

 ハリエットは、ようやくジェームズが隙あらば口にしている『エバンズ』が、もしかしたら母のことではないかと思い始めていた。母リリーの旧姓がエバンズだというのはどこかで耳にした情報だし、ハリエットがリリーにそっくりだというのは、リリーを知る人ならば皆が口を揃えて言っていたことだ。

「うーん、残念ながら今はそれほど仲良くないけど、いずれそうなるつもりさ。そのうちきっとエバンズも僕に心を開いてくれる」
「そうなるといいわね。でも、あの、大丈夫だと思うわ。あなた……じぇ、ジェームズ、見ず知らずの私にも優しくしてくれるし……」
「困ってる人がいたら助けるのは当然さ。グリフィンドール生としてね。でも、そう言ってもらえて嬉しいよ。エバンズそっくりの君がそう言うんなら、僕に振り向いてくれるのもそう遠くはないかな」

 ハリエットは微笑んでジェームズを盗み見た。今が非常事態だというのは重々承知済みだが、願わくば、ジェームズとリリーが仲良くしているところを見てみたいと思った。

「ジェームズ!」

 ハリエットがもっと話を聞こうとしたとき、ホグワーツ城から誰かが走ってきた。夕日が逆光になっていて、人物までは判別できない。

「あ」

 ジェームズは、小さく漏らすと、悪戯っぽい笑みでハリエットに囁いた。

「ねえ、しばらくの間だけ、エバンズのフリをしてくれない? あれ、僕の友達なんだ。ちょっとからかってやりたくてさ」
「え――えっ」

 ハリエットが返事をする間もなく、その友人とやらはハリエットたちの前で足を止めた。彼の顔を見たとき、ハリエットはまたしてもピシリと固まった。

「おい、どこに行くつもりだ? 大王イカのスミをちょっと戴きに行く予定だったろ」
「君が遅れるのが悪いんだよ、パッドフット。その間に気が変わったんだ。僕は今からエバンズと大広間に行く約束をしてね」
「何だって?」

 ずいっとハリエットの前に突き出されたその顔は、黒髪で、端正で、若くて。

 紛れもなく、学生時代のシリウス・ブラックだった。

「一体どんな奇跡が起こったんだ? 随分とエバンズと仲良しみたいじゃないか」

 手まで繋いで、とからかうような口調でシリウスは付け足した。ハリエットは途端に手を離そうとしたが、ジェームズの力には敵わなかった。

「羨ましいかい? ついにエバンズも僕の魅力に気づいてくれたみたいでね」

 『ね?』とジェームズはハリエットにウインクした。ハリエットはどうしていいものかオロオロした。

「むしろ罰ゲームだって言われた方が納得するな」

 シリウスはニヤニヤと返した。ジェームズはそれにムッとした顔をする。

「失礼なことを言ってくれるね。エバンズはただ照れてるだけだよ。僕に対して素直になれないだけなんだ」

 愛の鞭さ、とジェームズはのたまった。歯の浮くようなその台詞に、シリウスはわざとらしく身震いする。そして肩をすくめてハリエットを見た。

「だとよ」
「えっ」
「エバンズとしては、これに一言物申したいんじゃないか?」
「あ……えっと……」

 ハリエットはきゅっと縮こまり、地面に下を向けた。

「じぇ、ジェームズは、良い人だと思うわ」

 もごもご口の中でそう言うと、シンと辺りは静まり返った。不審に思って顔を上げれば、あんぐりと口を開けたままのシリウスと目が合う。端正な顔立ちをしているため、そんな表情ですら絵になる。

 固まっていた時間が動き出したのは、それからしばらくしてのことだった。

「プロングズ、ついに愛の妙薬に手を出したか」
「失礼な!」

 とんでもないことを言い出した親友に、ジェームズは火がついたように怒り出した。

「この僕がエバンズにそんなことするわけ無いだろう!」
「普段のお前の行いを鑑みた結果、そうとしか思えないから言ったんだろう! それか、エバンズに錯乱の呪文をかけたんだ!」
「君! 失礼にも程があるよ!」

 ぎゃあぎゃあ二人は口喧嘩をしだす。

 見たところ、ジェームズ達はハリエットよりも二、三歳年上のようだが、精神年齢はそれほど変わらないように見えた。少なくとも、今の所は。

「プロングズ、俺は親友として忠告してるんだ。早いところエバンズを医務室に連れて行かないと大変なことになる。エバンズじゃなくて、お前が。エバンズが正気に戻ったとき、お前、このままだと半殺しの目に遭うぞ」
「君、本当に失礼なことしか言わないね。大丈夫だって言ってるじゃないか」
「何を根拠にそんな楽観的なことを言ってるんだ! 俺はお前の死体処理なんかしたくないぞ」
「そんなことにはならないのでどうぞご安心を! もしそうなったとしても、僕はリーマスに処理をお願いしたいね! 君は僕の死体を雑に扱いそうだから!」
「雑に扱うに決まってるだろ! 惚れ薬なんかに手を出したやつは!」
「だから違うって言ってるじゃないか!」

 口喧嘩は全く終わりを見せなかった。ハリエットが途方に暮れていたとき、ようやくジェームズがハリエットの存在を思い出してくれた。

「ああ、待たせてごめんね、エバンズ! パッドフットなんか置いて、早く夕食を食べに行こう」
「勝手にすればいいさ。俺は忠告したからな」
「いいとも。全ては大広間で明らかになるんだからね。君の驚いた顔が見物だよ」
「あーはいはい。そうなるといいな。……行くぞエバンズ。こいつに付き合ってたら日が暮れる」

 そう締めると、シリウスは仕方ないなとため息をついた。一時はどうなることかと思ったが、つい先ほどの険悪な雰囲気はどこへやら、シリウスの後を追ってジェームズが駆け出し、それに釣られるようにしてハリエットも彼の隣に並んだ。

 三人が並ぶと、ジェームズとシリウスはすっかり砕けた様子で次の悪戯の計画やら、授業の愚痴やらを零し始めた。ハリエットは拍子抜けするとと共に、二人の会話に耳を傾けていた。

 ジェームズとシリウスは、本当に仲が良いようで――というよりも、相手のことをよく理解していると言うべきか――ポンポンと軽快に言葉を交わし、すぐさま相手の言いたいことを理解していく。双子であるハリーとハリエットでもこうはいかないだろう。二人は、もしかしたらフレッドとジョージのようなものかもしれない。

「エバンズ、本当に大丈夫か?」

 隣で悪戯の計画をしていても、監督生であるリリーが全く怒らないので、シリウスは逆に不気味に思ってハリエットに問いかけた。

「ジェームズに薬を盛られたんじゃないのか?」
「君もいい加減しつこいね。違うって言ってるじゃないか。この・・エバンズのことは今は気にしないで。大広間に行ったら種明かししてあげるから。君の驚く顔が見たいんだ」
「全く……この俺を驚かせるなんて、どれだけ大きい仕掛けをしていることやら」
「あっと驚くような事実だから楽しみにしていてくれ」

 ジェームズは上機嫌でそうのたまった。