■過去の旅
50:来る誕生日
ハリエットが退院する頃には、ハリー達も既に逆転時計のことを聞き及んでいたようだ。談話室で顔を合わせたとき、彼の表情を見てハリエットもそれを悟った。
気を利かせたのか、そのことについて話し合うとき、ロンとハーマイオニーは席を外していた。ハリー達の寝室で、ポツポツと二人は話した。
「いつ話すつもり?」
「分からない……。覚悟はしてたけど、いざ言われると頭が真っ白になって」
「……私ね、お父さんの誕生日までは待ってくれないかって話しに行ったの」
「えっ」
それは初耳だったのか、ハリーは驚いて顔を上げる。
「それは……ダンブルドア先生はなんて?」
「良いって、言ってくれた」
ハリーはホッと安堵の表情を浮かべたが、ハリエットは未だ俯いたままだ。
「絶対駄目だと思ってた。でも、許してもらえたわ。別れの時間も必要だからって、三月の最終日に未来へ戻れば良いって」
「良かった……」
リリーの誕生日は祝うことができた。それなら、ジェームズも。
その気持ちをダンブルドアは汲んでくれたのだ。
「だからね……湿っぽくなるのは嫌だから、お父さんの誕生日までは、黙っていたくて」
「……うん、僕もそれが良いと思う」
あまり会話は続かなかった。しばらくしてロン達が戻ってきて、二人の間で決めたことを話した。ハリー達の心情を察し、「どうしてホグワーツを去ることになったのか」という理由については私に任せて、とハーマイオニーが請け負った。
それからの日々は、表面上は粛々と過ごした。特にこれといった騒ぎもなく、静かに、穏やかな日々を送った。その分、ハリーとハリエットは、まるで過去に来たばかりの頃のようにジェームズやリリーにひっついていた。
まるでひな鳥みたいだとシリウスには笑われたが、二人は気にしなかった。もちろん、勉強や、悪戯仕掛人だけの活動の時はちゃんと自粛していたのだ。ただ、それ以外のちょっとした時間を、二人と一緒に過ごしたかっただけで。
欲を言えば、ジェームズとリリーが仲睦まじげに話している所も見てみたかったが、未来へ戻る日までにはそれが叶うことがなさそうだ。ただそれだけが心残りだった。
*****
そうして、あっという間にジェームズの誕生日がやって来た。ハリーとは、その翌日に皆でホグワーツを去ることを話す、ということに決めていた。だからこそ、今日が何も考えずに皆と過ごせる最終日なのだ。
ダンブルドアから話を聞かされる前からも、ハリエットはずっとジェームズの誕生日を楽しみにしていた。そもそも準備を始めたのだって三ヶ月以上も前だと言えば、ハリエットが一体どれだけその日を待ちわびていたかが分かるだろう。
当日は、いつもより時間をかけて身支度をした。そのせいで、朝大広間に向かうのは遅れてしまったが致し方ない。今日は運の良いことに土曜日で、まだまだ時間はたくさんあるのだから、そう焦ることもないだろう。
大広間につくと、ハリエットは一番に目的の人物を探したが、すぐには見つからない。グリフィンドールのテーブルの前方に人だかりができているので、もしかしたらその中心に彼はいるのかもしれない。
人混みを割ってまで入る勇気はなく、ハリエットは仕方なしにハリー達とその近くに腰を下ろすことにした。
もくもくと朝食を食べているうちに、やがて人の第一波は去り、中から姿を現したのはジェームズだ。
「やあ、やあ。ありがとう。まさかこんなに祝ってもらえるとは思わなかった」
眼鏡の奥の瞳を細め、素直に感謝を口にするジェームズ。誰が用意したのか、その頭にはくるくる回るパーティーハットが鎮座していた。
学年首席かつクィディッチ・チームの得点王かつ悪戯仕掛人の一人である彼は、ホグワーツでも有数の有名人だ。その分交友関係も広く、誕生日の祝いの言葉を言いに彼の周りには人が集まる。このような光景は例年なのだろう。誰も驚いた様子はない。加えて、ふくろう便の時間も大騒ぎだった。他寮の友達からか、バレンタインのシリウスほどではないものの、それでも大量のプレゼントが降ってくる。
これ幸いと、バレンタインの時の仕返しをしようとシリウスがさり気なくからかったりするものの、気づいているのか気づいていないのか、ジェームズは主役の浮かれた気持ちのままふわりと受け流していた。
今日ばかりは、ハリー達はジェームズの近くに寄ることすら叶わなかった。下手したら本人よりもこの日を楽しみにしていたのに、とんだ大誤算だ。ハリエットはちょっと拗ねかけたが、遠目から見えるジェームズの顔があんまり幸せそうなので毒気を抜かれ、まあ良いかと思い直すことにした。
朝食を終え、寮に戻ると、ジェームズ達は談話室でダラダラしていた。ハリーが一足先にプレゼントを渡しているのを見て、ハリエットもその流れに便乗しようと慌てて寝室からプレゼントを持ってきた。
一人で渡すのは、少々気恥ずかしかった。あまり注目を浴びたくないし、できることなら二人きりがいい。この状況で、そんな我が儘は言えないが。
「お誕生日おめでとう、ジェームズ」
ハリーのプレゼントを開封し終え、談笑を決め込んでいる所に、ハリエットはそろり、そろりと近づいてプレゼントを差し出した。
「ありがとう! 開けてもいい?」
ニッコリ微笑まれて、誰が断ることができようか。
ハリエットはこくりと頷き、ジェームズは包装紙を破き始める。中から現れたのは、色とりどりの靴下だ。
この日のために、ハリエットは何ヶ月も前から編み物を練習していたが、あれから、結局手袋のチョイスは止めてしまっていた。なかなか上手に編めるようになったのだが、恋人でもなし、ただの下級生が異性に手編みの手袋をプレゼントするのは、少々やりすぎではないかと思ったのだ。何より、これ以上リリーにジェームズが好きだと勘違いされても困る。靴下であれば、毎日履けるし、そんなに目立たない。すぐに擦り切れてしまうので、それほど重荷にも感じないだろうと思ってのことだ。
もちろん、手袋だろうと靴下だろうと、ハリエットのジェームズへの愛情は変わらない。難易度は変わるだろうが、その代わり編み方やデザインにはとことんこだわった。数多くの中から選び抜かれた三足の靴下が、ハリエットの努力と厳正な審査の末の代物だとは、傍目にはちっとも分からないだろう。
「うわあ、これはすごい! ハリエットが編んだんだよね?」
「ええ。最近編み物にハマってるの。私、お金もそんなに持ってないし、こんなもので申し訳ないけど……」
「そんなことないよ! とっても嬉しい」
彼の素直な言葉にハリエットがホッとしたのも束の間、ジェームズは、徐に靴を脱ぎ始めた。挙げ句の果てには、ポイポイっと靴下まで放り投げる。自分の膝に靴下が飛んできたシリウスは「こっちにやるなよ」と呆れた顔をした。
「どう? 似合う?」
ハリエットの靴下を履き、得意そうに見上げるジェームズ。彼の足の大きさが分からなかったので、本に書かれていた一般男性のサイズを参考に作ってみたのだが、見たところ、ちょっときつそうにも見える。だが、自寮のカラーである深紅と金のポイントが入った靴下は、勇気と自信に溢れているジェームズにピッタリで。
加えて、ジェームズの満面の笑みだ。
ハリエットはその光景があまりにも眩しくて見ていられなかった。必死に顔を伏せ、何度も頷く。
「でももう春だし、来シーズンまで持ち越しだね」
悪気なく言ったロンの言葉などは聞こえなかった。
その後も、ジェームズはしばらく談話室で祝いの言葉を受け、ついでにリリーに曰くありげな視線を投げ――もちろん無視された――その後、やることがあるからと悪戯仕掛人の三人を集めて寝室へ戻っていった。
一緒に遊べないのは残念だが、ハリエットは、ジェームズのズボンの裾からチラチラ見える靴下を見られるだけでも大満足だった。