■過去の旅

06:初めまして


「ふむ、逆転時計とな」

 ダンブルドアと対面したとき、ハリー達五人はすべてが解決すると思っていた。ヴォルデモートやシリウス・ブラックのことはさて置き、未来でハーマイオニーが使っていた逆転時計で事故を起こしたことを正直に告白した。ダンブルドアは鷹揚に頷き、ハリー達を順繰りに見た。

「すると、君たちは二十年近く先の未来からやってきた、ということじゃな?」
「そうです、ダンブルドア先生」

 代表してハーマイオニーが頷いた。さすが首席といったところか、彼女の説明は簡潔で、かつ要領を得ていたため非常にわかり易かった。

「逆転時計を直すことは可能でしょうか?」
「やってみないと分からんのう」
「そんな……」
「じゃが、時間をかければなんとかなるとは思う。過去にもこういった魔法事故は幾度となくあった」
「本当ですか!?」

 ハリー達は目をキラキラさせて尋ねた。ダンブルドアは軽く頷く。

「じゃが、問題は逆転時計が直るまでの君たちの処遇じゃ。今の時代、もちろん君たちのご両親は子供じゃし、君たちを預かってくれる場所はない」
「ホグワーツは……」
「迂闊にこの時代の者と接触を図れば、意図せずして未来のことを漏らし、それによって過去が変わってしまう恐れもある」
「でも、シリウスは僕たちと会ったとき、未来から僕らがやって来たってことを知りませんでした。それなら、僕たちが何をしたとしても、未来は変わらないんじゃないでしょうか」

 ハリーが異を唱えた。確かにそうだわ、とハーマイオニーも同調する。

「もしくは、この状態でもし未来に帰れば、シリウスは未来から私達が来たってことを知っている、ということになるんでしょうか?」
「難しい質問じゃな」

 ダンブルドアは口髭を撫でながら微笑んだ。

「もともと、生徒に渡すための逆転時計に、二十年もの月日を遡れる機能などないのじゃよ。しかし、不慮の事故によって、逆転時計は予期せぬ壊れ方をした。そして、そのせいで君たちは過去へと遡ってやってきた……。壊れた逆転時計が、どんな結果をもたらすかは現時点では分からんのじゃよ。未来では、君たちが来たことはなかったことにされるかもしれんし、されないかもしれん。未来へ帰ってみないと分からないことじゃ」

 ハリー達は顔を見合わせて黙り込んだ。自分たちの迂闊な行動で、未来が根底から覆されるかもしれないのだ。早く帰りたい思いはあれど、自分たちの行動がもたらした現実を直視するのが恐ろしい気もする。

「君達が絶対に守らなければならないのは、万が一のことを想定し、何一つ過去の住人たちに自分たちの抱える秘密や情報を与えてはならぬ、ということじゃ」

 ハリーの額の傷をちらりと見ながらダンブルドアは続ける。

「それを約束してもらえるのであれば、未来へ帰る間、君たちがホグワーツで生活することを許可しよう」

 あまりにもあっけらかんとダンブルドアが宣言したので、ハリー達はきょとんとなった。しかし、すぐにじわじわと喜びが胸に突き上げてくる。最初に歓声を上げたのはハリーとハリエットだ。期間が決められているとはいえ、まさか両親と一緒に過ごせるなんて!

「あの、あの――もちろん寮はグリフィンドールですよね!?」
「君たちの制服を見れば一目瞭然じゃからのう」
「やった!」

 少年らしくハリーはガッツポーズし、ハリエットはそわそわして髪を撫で付けた。

「僕はどうするんですか? 騒がしいのは嫌です」
「ドラコはスリザリンだったのじゃな? ならば、ここでもスリザリンが良かろう」
「でも、一人だと心細くない?」

 ハリエットはドラコに声をかけた。ドラコは馬鹿にしたようにふんと笑う。

「父親と手を繋ぐ君とは違う」
「――っ」

 ハリエットの頬にカーッと熱が集まった。弱々しい声で反論する。

「だから、誤解だって言ったじゃない……」
「何かあったの?」
「何もないわ」

 ハリーはもの言いたげにハリエットを見る。ハリエットは急いで首を振った。これ以上詮索されたくはなかった。

「それよりも僕、お腹空いたよ。朝から何も食べてないし」

 ロンがそんなことを言い出したために、その場はお開きになった。ダンブルドアからの忠告を胸に、皆は揃って大広間へ向かったが――校長室を出たすぐの所で、ジェームズ、シリウスと出会った。というよりも、二人はハリー達の事を待っていたようだった。

 ハリーは慌てて二人に駆け寄る。

「ま、待っててくれたの?」
「どうせなら、一緒に食べたいと思ってね。君たち、編入生なんだろう? いろいろ話も聞きたいしさ」
「も、もちろんだよ」

 ハリーとジェームズは、そっくりの顔で笑い合った。緊張のせいか、ハリーは口を開けばどもりっぱなしだった。ハリエットも始めの頃は彼と似たようなものだったので――それどころか、何度もドジを踏んだ――茶々を入れることなどできなかった。

 大広間への道中、ハリー達はいろいろと質問攻めにされたが、ハーマイオニーの機転で危なげなく窮地を切り抜けた。曰く、ドラコ以外マグル生まれだとか、保護者が魔法に理解がなかったのでホグワーツへの入学は諦めていたが、魔法を暴発させることがあったので、急遽編入することになったとか、ポンポンと軽快に彼女の口からが嘘が飛び出した。ハリーへの質問も、ハーマイオニーが横からかっさらっていくので、ジェームズ達はさぞ彼女が話し好きだと誤解したことだろう。

「でも、君も名字がポッターだなんて、ちょっとした運命を感じるね」
「ポッターはマグルに多い名字だもの、ね?」

 ハーマイオニーがハラハラしながらハリーに言った。

「う、うん。僕も驚いたよ。まさかこんなにそっくりだったなんて」
「むしろ、ジェームズとハリーが双子だって言われた方が納得するな」

 シリウスはニヤリと笑ってハリーとハリエットを見比べる。ハリーが嬉しそうに顔を赤らめたので、ハリエットは少し不満げだった。父親と似ていると言われて、そんなに嬉しいものなのか。実際に兄妹なのは自分の方なのに――。

「エバンズとハリエットだって、双子みたいだよ。二人ともマグル生まれなら、どこかで血が繋がっていても不思議じゃない」

 今度はハリエットが顔を赤くする番だった。

 二人揃って反応が素直で、それでいてどこか抜けているので、ジェームズとシリウスは内心おかしくて仕方がなかった。今まで出会ってきた中で随分と毛色が違う子達だと思った。

 時間が遅いこともあって、大広間にはほとんど人がいなかった。そのおかげで、あまり騒がれずに悠々と食事を取ることができた。

 男の子達は、夕食の短い間に、すっかり打ち解けたようだった。とはいえ、ドラコ以外は、である。彼は、ふて腐れたような、つまらなさそうな顔で言葉少なに機械的に食事をしていた。時折ハリエットが気遣って声をかけるも、ろくに返事も返ってこない。

「ドラコ、一人で大丈夫?」

 それは玄関ホールで別れるときになっても変わらず、どことなく落ち込んだ様子だったので、堪らずハリエットは超えを掛けた。

「当たり前だろう。寮くらい分かる」
「初めてホグワーツに来たのに、なんで分かるんだ?」

 シリウスが不審そうに尋ねた。すっかり皆の失言の尻拭い係と化したハーマイオニーが、さっと答えた。

「あなた達が授業を受けてる時に校内を案内してもらっていたのよ。それが終わった後で、各自自由に見て回ってたってわけ」
「ふーん」
「僕はもう行くぞ」

 疲れたように言い、ドラコはゆっくりと階段を降り始めた。怪我をしている足のせいで、その動作はぎこちない。やはりどうしても心配になったハリエットも、慌てて彼の後を追い始めた。

「皆は先に行ってて! 私も後で行くわ!」
「ハリエット! マルフォイなんか放っておけって」
「だって、怪我をしたのは私たちのせいだし、こうなったのも――」

 私達のせいだし、と続けようとして、ハリエットは鬼の形相をしたハーマイオニーに睨まれた。それ以上口を開けば、追求されること間違いなしよ、私でも尻拭いはもう無理よ、と言わんばかりの表情だった。

 ハリエットはきゅうっと口をつぐみ、そのまま曖昧な笑みを浮かべて手を降った。

「ドラコ!」

 ハリエットはあっという間にドラコと肩を並べ、彼を支えた。

「ごめんね。ドラコまで巻き込んじゃって」
「ウィーズリーのせいだろ」

 ドラコは素っ気なく返した。だが、ようやくそれらしいちゃんとした返答が返ってきて、ハリエットは嬉しくなった。

「足、本当に大丈夫? 明日は寮まで迎えに行く?」
「大丈夫だ」

 ドラコは首を振った。彼の息が切れているのを見て、ハリエットはそれ以上彼に何も話しかけなかった。

 スリザリン寮への階段を降りきると、寮へ続く扉と思われる前に、一人の男子生徒が立っていた。もちろん彼のネクタイはスリザリンカラーである緑だ。

 ドラコは、彼に気づくと思い切り顔を顰めた。向こうも同じような顔をしながらドラコに近づいた。立っていた彼は、ドラコと誰だ誰だの応酬を繰り広げたあの偉そうな男子生徒だった。

「スラグホーン先生から話は聞きました。新たに編入生が一人スリザリンに入ると」
「何が言いたい?」
「新参者はあなたの方だったようですね」

 どことなく彼は勝ち誇ったように見えた。ドラコは一層ぶすっとする。

「お前は何年だ?」
「三年です」
「ふん」

 咄嗟に今度はドラコが勝ち誇った顔をした。今は冬。ドラコ達が時間を巻き戻したのは、三年の終わり。自分の方が年上だと思った。――あまり大差がないことには目を瞑って。

「ですが、あなたも三年でしょう?」

 何をそんなに勝った気でいるのか、という言外の含みも込めてスリザリン生は言い返した。ドラコは素知らぬ顔で斜め上を見た。

「さあ?」

 シラッとしたその態度が癇に障り、スリザリン生もむっつり唇を結ぶ。ハリエットは二人を興味深げに見比べた。

「ドラコ、良かったわね。もう友達ができたの?」
「誰が友達だ!」

 反射的にドラコは言い返した。スリザリン生も似たような顔でハリエットを見る。息の合った二人に、ハリエットはクスクス笑いを零した。笑いを収めた後は、スリザリン生と向き直る。

「私はハリエット・ポッターよ。あなたは?」
「ポッター? ジェームズ・ポッターと何か関係が?」
「いいえ」

 ハリエットはハーマイオニーの言葉を思い出した。

「私、マグル生まれなの。ポッターはマグルに多い名字だから」
「なるほど」

 途端にレギュラスは冷めた顔になった。スッとハリエットから視線を外し、遠くの方を見る。

「レギュラス・ブラックです。ただ、スリザリンとグリフィンドールでは、今後も接点はないでしょうね」
「ブラック?」

 レギュラスの後半の言葉はサラッと聞き流し、ハリエットは目を瞬かせた。この一年、ハリエット達が一番よく聞いた名字だった。

「あなたの方は、シリウス・ブラックと何か関係があるの?」
「……兄です」

 ハリエットは一層目を丸めてレギュラスを見た。改めて彼を見ると、確かにどことなくシリウスに似ている。まだ若い頃のシリウスはそうマジマジと見てはいないが、外見的な特徴だけでもいくつか共通するものがある。

「言われてみれは、お兄さんとよく似ているのね。どうして気づかなかったのかしら」
「もういいですか? グリフィンドールに行った兄の話はされたくないので」
「あっ……」

 レギュラスはそう返し、さっさとスリザリン寮へと入っていった。

「僕ももう行く」

 ドラコも疲れたように呟き、彼の後に続いた。ハリエットは反射的に大きく手を振った。

「おやすみなさい。お大事に!」

 就寝時間も迫ってきていたので、ドラコを見送った後は、ハリエットは慌ててグリフィンドール塔へと歩みを進めた。


*****


 談話室に戻ると、ジェームズにそっくりなハリーは皆に囲まれていた。ただでさえ編入生は珍しいのに、それがジェームズそっくりの少年と来た。まるで昔ながらの級友のように、あっという間にハリーはグリフィンドール生に迎え入れられたようだ。

「あ、ハリエット」

 その彼に声をかけられたハリエットもまた、否が応でも注目を浴びることになった。まさかリリー・エバンズにもそっくりな編入生がいるなんて! と。

 こうなったら、ジェームズとハリー、リリーとハリエット、四人を並べて見てみたいという欲求を抑えきれないグリフィンドール生達。慌てて一人の女子生徒がリリーを呼びに行った。

「みんなグリフィンドール生になったのね」

 皆に見守られる中階段を降りてきたリリーは、ハリー達四人に目を留めると、嬉しそうに目を細めた。しかしすぐにハッとしてハリーを見た。

「さっきはひどい態度を取ってごめんなさい。私、あなたをそこのポッターと勘違いしてしまったの」

 視線だけでリリーはジェームズを指した。名前を呼ばれたジェームズはパッと喜色を浮かべた。

「私はリリー・エバンズ。あなたは?」
「ぼ、僕は……ハリー。ハリー・ポッター」
「――あなたもポッターなの?」

 リリーはパチパチと瞬きした。

 一方のジェームズは、リリーに名前を――というより家名だが――呼ばれるたび嬉しそうな顔をする。

「親戚か何か?」
「違うよ! ハリーはマグル生まれなんだ」
「あなたには聞いてないわ」

 リリーに冷たくあしらわれてもジェームズは気にしない。

「何か困ったことがあったらいつでも言って。私もマグル生まれなの」
「そうなんだ、ありがとう。……リリーって呼んでもいい?」
「もちろんよ。私もハリーって呼んで良いかしら? ポッターが二人だと、呼び辛くて」
「もちろんだよ」
「エバンズ、僕もジェームズって呼んで良いんだよ。君ならいつでも大歓迎だ」

 リリーはこれを無視した。

「さあ、あなた達の名前も知りたいわ。折角同じグリフィンドールになったんだもの」

 リリーはぐるりとロン、ハーマイオニー、そしてハリエットを見た。ロン達はハリエットに遠慮して自ら自己紹介を言い出さなかった。二人がハリエットに視線を向けるので、自然とリリーはハリエットを見た。

 真正面から母に見つめられ、ハリエットはドギマギした。

「わ、私、ハリエットよ。ハリエット・ポッター」
「……あなたもポッターなの?」

 リリーの顔は引きつっていた。ハリエットは困ったように笑う。

「私とハリーは双子なの。私もハリエットって呼んで」
「双子? そうなの?」

 リリーはマジマジとハリーとハリエットを見た。

「あの……あんまり似てないのね。驚いたわ。……でも不思議。あなたとは他人っていう気がしないわ。ねえ、どこに住んでるの? ロンドン?」
「プリ――あっ、えっと……」
「今は漏れ鍋よ」

 口ごもったハリエットの代わりに、ハーマイオニーが助け船を出した。そしてそのままリリーに右手を差し出す。

「ハーマイオニー・グレンジャーよ、よろしく」
「よろしく。ハーマイオニーって呼んでも良いかしら? 私のことはリリーって呼んで」
「分かったわ、ありがとう、リリー。それで、さっきの質問だけど、私達、こっちに越してきたばかりで、家がバタバタしてたから、ホグワーツに来るでは漏れ鍋に住んでたの」
「そうなの……だから荷物も少なかったのね? 何か必要なものがあったら言って。それで、あなたは……」

 リリーの視線は、最後の一人、ロンに向いた。ロンは気恥ずかしそうに右手を出した。

「ロン・ウィーズリー。ロンって呼んで」
「よろしく、ロン。私のことはリリーと」
「ちょっと!」

 さすがのジェームズももう黙ったままではいられなかった。笑顔で握手するリリーとロンとの間に割って入る。

「エバンズ! 初対面のこの子達には名前呼びを許して、どうして僕には名前を呼ばせてくれないんだい!?」
「普段の行いを鑑みれば分かることでしょう」
「シリウスみたいなこと言わないで!」
「もう、うるさいわね。ハリエット、ハーマイオニー、こっちへ来て。女子寮を案内するわ」

 うんざりした顔を見せて、リリーは階段を上り始めた。ハリエットはどうしたものかとハリーを振り返ったが、おやすみと彼が挨拶をしたので、そのままリリーについていくことにした。

 ジェームズは名残惜しげに階段までついてきた。

「ハリエット、ハーマイオニー! 明日は僕たちのルームメイトを紹介するよ。もう二人とも寝ちゃってるみたいでね。また明日!」
「楽しみにしてるわ。おやすみなさい」

 ハリエットは微笑んで女子寮の階段を上った。胸が一杯で、何だか今日は眠れなさそうだと思った。