君だけに見せる顔

ー 袖の君 ー






 グリフィンドールの蛙チョコカード交換会は、おそらくホグワーツ一活気があるはずだと、他の寮のことなどちっとも知らないが、グリフィンドール生は勝手にそう思っていた。実際、男女や年齢の別なく交換会はいつも賑わっている。ホグワーツに入学してまず始めに熱中してしまうのが蛙チョコだというのは通説だし、OWLを迎えるような年の寮生でもなかなかカード集めを止められないのは誰しもが通る道。七年生になって、いよいよホグワーツと共にカードを卒業しようと、下級生にカードを譲るために交換会に参加したは良いものの、逆に下級生達の熱気に感化され、コレクション魂が再熱してしまった、というのもよくある話だ。

 若干三年生のコリンも、カード集めに夢中になるうちの一人だった。彼の場合はマグル生まれだったということも拍車をかけた。魔法界の入り口であるホグワーツ特急に乗り、車内販売で初めて見る魔法界のお菓子――その中でも安価で敷居の低い蛙チョコを購入すれば、元気に飛び跳ねる蛙チョコに、動く写真が出てきて――。

 一番最初に触れた不可思議という刷り込みもあるのだろうが、コリンが蛙チョコに夢中になるのは早かった。その時に、魔法界の写真は動くということも知った。休暇中、未成年の間は許可なく魔法を使ってはいけないと知ったときは、マグルの家族に魔法を見せることができないことをひどく残念に思ったが、これなら――写真であれば、魔法界の不可思議をいとも容易く見せることができる。

 その時からだった。コリンが蛙チョコカードと写真を撮ることに夢中になったのは。

 コリンは時間さえあれば月に一度開かれる交換会に参加していた。クリスマス休暇明けのその日も、期限が明日に迫った宿題を放り出してでも参加した。休暇明けの交換会は、いつにもましてカード交換に熱が入るというのは、今までの経験からよく知り得ていた。なにせ、魔法界の子供達はクリスマスプレゼントで蛙チョコをもらう確率が高いのだから。

「コリン、この前言ってたやつ有効? ゴドリック・グリフィンドールとプトレマイオスを交換してくれるっていう」

 なかなか当たらないアグリッパのカードを引き当てたという二年生を一緒になってもてはやしていたコリンに話しかけてきたのはナイジェル・ウォルパートだ。一年生で、コリンの弟と同級生だ。年は違えど、同じ趣味を持つ者同士、その距離は近い。

「もちろんだよ! クリスマスじゃ当たらなかったの?」
「うん、プレゼントに蛙チョコたくさんもらったんだけど、一枚も当たらなかったんだ。グリンゴッツなんて三枚も当たったのに!」
「わーっ、僕グリンゴッツはまだ持ってないんだ! なら、キルケは持ってる? 交換しない?」
「キルケは持ってる……けど、良いよ、交換しよう! 一枚だけじゃ心許ないから」

 交渉成立だ。コリンはホクホク顔で傍らに置いていた大きな菓子箱を開いた。しかしコリンはすぐに間違いに気付いた。菓子箱に敷き詰められていたのはたくさんの写真ばかりだったからだ。

「あ、これじゃないや。もう一つの方だった」

 コリンは、魔法界で撮った写真やカードを、それぞれ菓子箱に収納していた。几帳面な性格ではないので、ファイリングはせず、探すときにはそのカードの山から手探りで探すのが主だった。そんなコリンを気にかけてか、今年のクリスマスプレゼントに、懇意にしている四年生のハリエット・ポッターからアルバムをもらったばかりだった。一ページ八枚ごとにカードを収納でき、更には杖で表紙を叩き、カードの名前を口にすればその該当カードが抜き取られて手元に現れるという優れものだ。一つ難点を挙げるとすれば、そのプレゼントに感激するあまり、コリンはどのページにどのカードを収納するべきか悩みあぐね、未だにアルバムを使えていないことだろうか。

 とにかく、今回コリンが間違えて持ってきたのは写真を収納している菓子箱の方だった。コリンはすぐに立ち上がった。

「カード持ってくるから、ちょっと待っててくれる?」
「良いよ。その間これ見てても良い?」
「うん」

 ナイジェルは菓子箱の写真に興味を引かれたようだ。上の方には最近撮ったばかりのダンスパーティーの時の写真ばかりだから、余計に気になったのだろう。

 ――四年生以上が参加資格を持っていたクリスマス・ダンスパーティー。上級生に誘われた場合にのみ参加できるパーティーだが、もちろんほとんどの下級生はパートナーに誘われず、後ろ髪引かれる思いで帰省した。ただ、コリンはその類に漏れず――パートナーに誘われたわけではないが――ホグワーツに残った。小さな写真家として、ダンスパーティーなんて心引かれるイベントごとを、ぜひとも魔法界のカメラで収めたいという一心だったからだ。

 聖夜のパーティーを収めた写真は、なかなか自信作ばかりだったので、コリンはできるだけゆっくり寝室へ行き、机の上にある菓子箱を意味もなく開けたり閉めたりして、その後でようやくのろのろと談話室に戻ってきた。早くカード交換をしたいという思いももちろんあるが、それ以上に自信作の写真を見て欲しいという気持ちも同じくらい強かった。

 ただ、ようやくコリンが談話室に戻ってきたとき、想像を超えた光景が目の前に広がっていたので拍子抜けした。自分の菓子箱の前に、生徒が複数群がっていたのだ。

「へえ、さすがホグワーツだ。パーティーも豪華だな」
「僕も参加したかったなあ。ダンスは自信ないけど」
「ご馳走もおいしそう!」
「あ、コリン」

 ナイジェルがコリンに気付き、人混みから這い出てきた。

「ごめんね。僕が写真見てたら、皆が興味を持ち始めたみたいで」
「いや、それは良いんだけど」
「これ、コリンが撮ったんだろう? やっぱり写真撮るの上手いよな」

 一度カードを交換したことのある男子生徒が言った。コリンの耳はポッと赤くなった。

「う、うん……」
「今度私も写真に撮ってくれない? パパとママもマグルだから、私がホグワーツでどうしてるのか心配みたいなの」
「俺も!」

 コリンは赤い顔のまま何度も頷いた。

 三年生になったコリンは、落ち着きが出てきた。さすがにもうハリーの尻を追い掛けるようなことはしなくなったが、後に残ったのは、写真を撮ることへの純粋な楽しさだった。魔法界のいろんな写真を撮り、それを家族に見せることがコリンの趣味の一つだったが、それがこんな形で日の目を見ることになるとは思いも寄らなかった。

 交換会に参加しているのが、三年生以下の下級生ばかりだったのが影響したのか、本来の目的である蛙チョコカードは一旦頭の隅に追いやられ、写真鑑賞の方が盛り上がってきた。

 聖夜の飾り付けに感嘆の息を漏らした後は、外国のご馳走に歓声を上げ、そして最後には――やはり、彼らも年頃ということで。

 少なくともこの場にいる者は全員十一歳以上だ。そんな中、つい目を引いてしまうのは異性の普段は見られない格好で。

 上級生のダンスをする姿は、とても色っぽく、優雅に見えた。自然と男女に分かれ、それぞれお目当ての異性について語り合う。

 そんな中、男子陣の中で目を引いたのは。

「ハリエット・ポッターの写真が多いな」

 誰かがそれに気づくのは早かった。何せ、写真の四分の一近くがハリエットを被写体にしているのだ。むしろ、声には出さないまでも不思議に思っている生徒はいたはずだ。

「コリンはハリエットの大ファンだからね!」
「うん。ハリエットは頼んだら被写体になってくれるんだ。だからよく撮らせてもらってるよ」

 全力で嫌がるハリーとは反対に、ハリエットは写真撮影を嫌がったことはない――というのはただのコリンの思い込みで、本当はただただ断るのが可哀想だからという理由でやむを得ず撮られているだけというのは、コリンは思ってもみなかった。

 写真の多くは談話室で撮られていた。ハリー、ハリエットを真ん中にロンとハーマイオニーと四人で笑っている写真や、ボロボロの袖を振るロンを見てちょっとだけ笑いをかみ殺しているハリエット、ハーマイオニーと腕を組み、楽しそうにこちらに手を振るハリエット。

 一人で写っている写真ももちろんあった。奥の方から取り出したのだろう、今より少し幼い顔つきのハリエットがこくり、こくりとソファで居眠りしている所や、クルックシャンクスと楽しそうに遊んでいる所、クッキーを食べている所もあった。

「これ、隠し撮りじゃないよな?」
「まさか! 撮った後はちゃんとハリエットに許可を貰ってるよ!」

 まさかの事後報告。

 だが、これらがきちんと菓子箱に収められているということは、少なくとも本人に没収はされなかったということ。ならば外野がとやかくいう問題でもないと皆は静まる。

「それにしても、写真撮るの本当に上手いな」
「そう!? 被写体が良いからだよ」

 照れっとして答えながら、コリンは菓子箱の中からとっておきの写真を何枚か取り出した。

「これなんかどう? 結構自信作なんだ」

 そこに写っていたのは、やはりハリエットだった。しかし、今までの写真とはどこか毛色が違う。ダンスパーティーの時の写真。淡いエメラルドグリーンのドレス姿は先ほどの写真でも何度も見た。だが、彼女の背面が映し出されたのは初めてのことだった。

 コリンが呼びかけたのか、きょとんとした顔で振り返り、そしてカメラを向けられていることに気づき、はにかんでまた前を向くハリエット。

 ざっくりと空いた背中は普段は見られない場所だ。真っ白な背中とエメラルドグリーンのドレス、そして赤い髪のコントラストは美しく、魅力的に映った。うなじに向かって垂れる後れ毛もまた何というか――そう、とても色っぽかった。

 このベストショットにはもちろんコリンの腕前も関係している。声をかける角度、タイミング、照明の明度、ハリエット以外の関係のない生徒をぼやかす技術等、挙げれば切りがない。図らずも、ハリーの後を追い掛けていた時からずっと写真を趣味にしていたおかげでコリンの写真の腕前はみるみる上達していたのだ。

「……可愛いな」

 思わずと誰かが呟いた声に、犯人捜しは行われず、むしろ追随する者が現れた。

「うん、可愛い」
「可愛いよね、ハリエット!」

 賛同が得られたことにコリンは嬉しくなり、また更に写真を取り出した。自分の迂闊な行動のせいでハリエットの中傷記事が出てしまい、コリンなりに申し訳なさと心配の念を抱いていたのだ。幸い、グリフィンドール生はハリエットに好意的ではあるが、もっともっと彼女に対しての印象が良くなれば良いと思って舌も回る。

「こっちもすごく良いと思うんだ。実はこれは失敗作で、この後撮った奴が本命なんだけど、でも、こんな顔をしてるハリエットを見るのは新鮮でさ」

 差し出された写真の中には、ハリエット一人しか写っていなかった。よくよく見ると、ハリエットは今にも見切れそうな誰かの袖口を引っ張って一緒にカメラに写ろうとしているようだ。だが、袖口の主は嫌がって画面の外へ行こうとして、結果、黒い袖口しか写っていない。

 今にも弾けたように笑い出しそうな、そんな表情。同じ寮生ともなれば、ハリエットが困ったように笑ったり、控えめに笑ったりする姿はよく見られた。だが、こんなにもおかしそうな顔をする彼女を見たことはあっただろうか。

 だからこそ余計に想像が膨らむ。ハリエットにこの表情をさせている相手は誰だろうと。見切れているこの袖の主は一体誰だろう。

 この人、誰だ――?

 誰かがそう聞く前に、ダンスパーティーの華やかな方の写真に気を取られていたジニー達女子陣がひょっこり顔を出した。

「そっちは何を見てるの?」
「エッ!」

 突然の乱入に、男子達は何となく後ろめたい気分になって、慌てて後ろ手に写真を隠した。別に悪いことは何一つしていない。だが、一人の女子生徒に対してああだこうだといろいろ言っていたことが咎められるのではないかと焦った。少なからず、ここいる者はほとんどお年頃というわけだ。

 ここからは、男女分かれていた写真鑑賞会も、何となく合同で行われ、至って健全・・な内容のまま解散することになった。

 ただ、最後にお開きの空気が流れ始めたとき、誰が言い出したことだっただろう――ある一人の「この写真、僕にくれないか?」を皮切りに、途端に僕も、俺もと続く人が増えたのだ。コリンはこの状況に困るどころか、大いに喜んだ。小さな写真家にとって、自分の撮った写真がこれほどまでに脚光を浴び、望まれるのは嬉しいことだ。対価などちっとも求めずに、「どうぞ!」と叫んだ。

「気に入ったの持って行ってよ」
「本当に良いの?」
「もちろん」

 わあっと皆は喜び、男子も女子も目当ての写真を取り合うようにもらっていった。コリンはにこやかに、幸せそうにこの状況を眺めていた。

 しばらくして人の波が去った後、コリンが覗き込んでみると、あれほどあった写真の山は跡形もなく姿を消していた。あまりの盛況ぶりに驚きはしたものの、全く気にも留めなかった。家族に見せる写真は確かに減ってしまったが、喜んでくれたことが何よりの幸せである。

 ただ、一山作れるくらいはあったハリエットの写真までなぜかほとんど姿を消していることにはコリンも首を傾げた。ハリエット本人だけでなく、ハリーやハーマイオニーもこの鑑賞会には参加していなかった。にもかかわらず、どうして彼女の写真がなくなっているのだろう?

 コリンには考えも及ばないことだったが――まさか、「自分や友達以外が写ってる写真を欲する人」がいるとは夢にも思わなかったのだ。

 そういえば、とコリンは更に悩む。

 ハリエットの次に多かったのが、ハリーのクィディッチをしている姿だったのだが、よくよく見ればその写真もなくなっている……。

「ハリーのファンの人が持って行ったのかな?」

 ただ、これに関してもコリンはさほど気にしなかった。むしろ、言ってくれればハリーの話で盛り上がれるのに、と残念に思ったくらいだ。

 その頃、寝室でジニーが耳を真っ赤にしながらハリーの写真を眺めているとも知らずに、コリンは満足そうな顔でお菓子箱の蓋を閉じた。


*****


 休暇明けの昼食時、ようやくと見つけた四つの空席に腰を下ろし、ハリー達はホッと息をついた。まさか休暇明けの一番始めの授業が魔法薬学だなんて、なんてツイてないのだろう。ようやくと人心地つけた気分だ。

「アー、次は何だっけ?」
「変身術よ」
「誰だよこんな時間割にしたの! ようやくスネイプの時間が終わったと思ったら、お次はマクゴナガル――あっ!」

 「そういえばレポート持ってきてなかった!」と慌てて大広間を出て行くロンと入れ替わりに、クスクス笑いながらラベンダーとパーバティが近づいてきた。二人はハリエットの前で立ち止まり、口を開いて言うことには。

「ハリエット、恋人ができたって本当? どうして私達に言ってくれなかったの?」

 ハリエットはポカンと口を開けてマジマジと二人を見つめ返した。隣のハリーもあんぐりと口を開けたままだ。その表情があまりにもそっくりなので、パーバティは我慢できずに噴き出した。

「ご、ごめんなさい。でも、相手は誰なの?」
「あ、でもハリーの前では話しにくいかしら。ちょっと向こうで話さない?」

 クイッとハリエットのローブを掴み、連れて行こうとするラベンダー。ハリエットは立ち上がりかけたが、すんでの所で我に返り、何とかその場に踏みとどまる。

「ちょ、ちょっと待って。何の話? 恋人? 私、恋人なんていないわ」
「隠さなくても良いのよ。だって皆話してるわ」
「誰が? 皆って? どうして?」
「グリフィンドールの男の子達よ。ハリエットには恋人がいるんだって話してたわ」
「たとえ――その、恋人がいたとして、相手は誰?」
「それを今から聞こうと思ってたのよ」

 ラベンダーの言うことはもっともだ。肝心なのは、その相手がいないということだけで。

「もしかして、ダンスパーティーの時のパートナー?」
「確か相手はジャスティンだったわよね?」
「違うわ!」

 思わず大きな声が出てしまって、ハリエットは慌てて口を押さえた。

「ああ……その、確かにパートナーはジャスティンだったけど、彼とはそういう関係ではないわ」
「じゃあ誰? ロン?」

 ハリエットは思わずハーマイオニーに目を向けそうになるのを堪えた。努めて冷静でいるよう気をつけながら首を振る。

「ロンも違うわ。本当に私、何のことか分からないのよ。たぶん誤解があるみたい」
「そう……?」

 ようやく二人は納得してくれたようだが、ひどく残念そうだ。そうして去り際、気になる一言を残して。

「でも、この噂、あっという間にホグワーツに広まってるみたい。早いうちに否定しておいた方が良いと思うわ」


*****


 スリザリンの談話室が小さな社交場になっているというのは有名な話だ。寮生のほとんどが良家の子女なので、それも当然かも知れないが。

 休暇明けには、その社交場はいつも以上に人で賑わう。普段はそれぞれのパーソナルスペースを守るものだが、休暇明け一週間ほどは、どこへ旅行へ行っただの、誰がどこのパーティーへ行っただの、誰が誰と結婚しただの、情報収集に時間が費やされるのだ。

「そういえばさっき信じられない話を耳にしたわ」

 今回もそういう路線になるとばかり思っていた所、スリザリンきっての情報通、パンジーがいの一番に口火を切った。

「ハリエット・ポッターに恋人ができたんですって」
「ハリエット・ポッター?」
「継承者の?」

 誰が誰と恋人だの、誰と別れただの、思春期の少年少女が寮生活を送るこのホグワーツでは日常茶飯事だ。わざわざこうして話題に上がるほどのものでもないが、しかし今回は相手が悪かった。スリザリンの元継承者である、ハリエット・ポッター――。

「さっきトイレでブラウンが話しているのを聞いたの。ダンスパーティーを機に付き合い始めたんですって」
「恋人? 誰だ?」
「それは知らないわ。パートナーじゃないの? フィンチ-フレッチリーだっけ?」
「――そいつじゃない」

 急に入ってきたドラコに、皆は彼に目を向けた。不機嫌そうにパンジーが唇を尖らせる。

「どうしてドラコが知ってるの?」
「別に――あいつが振られてるのを見かけただけだ」
「振られたの? ポッターに?」

 人の不幸がおかしいのか、パンジーは思わず噴き出した。

「じゃあなおのこと相手が気になるところね。誰かしら――」
「ウィーズリーじゃないのか? いつも一緒にいるし」
「でも、じゃあどうしてウィーズリーとパーティーに行かなかったのよ」
「ウィーズリーは、フラー・デラクールに大々的にパートナーに誘って、そのまま返事も聞かずに逃げ出したって噂だぜ」
「知ってるわ! デラクールが鼻で笑ってたらしいわよ! そういえば、ウィーズリーのあのボロボロのドレスローブ見た? どんな骨董品を掘り当てたのかしら!」
「それも女物の!」

 少しずつ話が逸れていく中で、ザビニはソファにふんぞり返りながらちらりと大人しいドラコを見る。

「――俺はてっきりお前のことかと思ったけど、その様子じゃどうも違うみたいだな」
「は?」
「ハリエット・ポッターの恋人」
「違う」

 ドラコはすぐに否定した。ザビニは愉快そうに口角を上げる。

「残念だったな」
「はあ?」
「好きなんじゃないのか?」
「誰が!」

 叫ぶようにして否定したドラコに皆の視線が向く。我に返り、また大人しくなった彼に、ザビニは慌てず騒がず、また話を元に戻した。

「だって――じゃあ、なんであの時助けに来たんだ? ハリー・ポッターの妹を?」
「…………」
「別に好きじゃないんなら、俺の好きにして良かっただろ。なんでわざわざ来たんだよ」
「……スリザリンの品位が落ちる」
「よく言うよ。普段は俺の好きにさせてるくせに」
「それは――相手も合意の上だから」
「やろうと思えば、合意の上でできたさ」

 ただ時間が迫ってたから急を要しただけで、と言い訳がましくもザビニは付け加える。ドラコは少し考えたが、やがてあり得ないと鼻で笑った。

「マクゴナガルに訴えられて終わりだぞ」
「俺のこと舐めてもらっちゃあ困るな」

 あーあ、と言いながらザビニはポケットから何かを取り出し、眺めた。

「クリスマスの空気に浮かれて、やることやったんだろうな。本当は俺が空き教室にしけ込む予定だったのに」
「お前じゃあるまいし」
「坊ちゃんはホグワーツのクリスマス事情をよく知らないらしいな? 空き教室然り、寝室然り、馬車の中然り……どんなに寒くてもやる時にはやるのが思春期盛りの生徒さ。頭の上にわざとらしくヤドリギが生えてきてみろ。そういう気がなくてもそういう雰囲気になるのが怖いところだよなあ」
「…………」
「こういうドレスを選ぶのも意外だったな。脱がしやすいし、男からしてみれはしけ込みやすくて有り難いけど」

 ザビニの手の中にあるのが写真だと気づいたとき、ドラコはパッと彼の手からそれを奪い取った。

「なんでお前がこんなもの持ってるんだ?」

 そこに映っていたのは、まさに今話題に挙げていたハリエット・ポッターだ。ちょっと俯きながら、ほつれてきた髪をまとめ直している。撮影されていることに気づくと、困ったように笑って後ろを向いた――どうやら、写さないでという意思表示らしかったが、撮影者にはその意図は伝わらなかったらしく、滑らかな赤毛がシニョンにまとめ上げられ、無防備な背中が露わになる様までバッチリ映されていた。

「――あっ、何するんだ!」

 気がつけば、ドラコは杖先から炎を出して写真を塵に変えていた。ザビニの声に我に返り、逆に開き直った。

「何だこの隠し撮りは! 恥ずかしくないのか? こんなものを持って!」
「知り合いからもらったんだよ。元はグリフィンドールから流れてきたらしいけど――でも、別にお前には関係ないだろう」

 ブツブツ言いながらローブのポケットからまたしても写真を数枚取り出すザビニ。その被写体がハリエットなのだとは聞かずとも分かった。一体何枚持っているんだという呆れと共に、全てそれらを燃やし尽くしたい衝動に駆られたが、なぜ自分がそんな気持ちになるのかが分からない。確かにザビニの言う通りだ。別に彼が誰の写真を持ってようが、自分には関係ないのに――。

 結局の所、それらの写真にはハリエットではなく他寮の女生徒らが写っていたようで、彼は他のスリザリン生を呼び集めて、どうスマートに彼女たちのドレスを脱がすかという下卑た話に移行し始めた。ドラコは怒りを通り越していっそ呆れが出てきて席を立った。


*****


 継承者騒ぎで、一時ハリエットは時の人となっていたが、ダンスパーティーが近づいてくる頃にはそれも収束し始めた――はずだったのだが。

 ハリエットは、今また大勢の生徒からの好奇の視線を一身に浴びていた。中には話しかけてくるものもいる。ラベンダー達のように開口一番『誰と付き合ってるの?』と揃いも揃って聞かれるのだ。

 まだ怖がられていた時期よりもよっぽど精神的には楽だったが、こういった話題はハリエットを別の意味で疲弊させた。休暇が明けてまだ一週間かそこらだというのに、それがどうしてこうなったのだろう?

「スキーターの記事が原因よ」

 ハーマイオニーはそう分析する。

「ほら、あの記事では、ハリエットはハリー大好きな妹っていうニュアンスで書かれていたでしょう? 継承者に兄離れさせることができた相手は誰だってことで余計興味が湧いちゃったみたい」
「兄離れ……」

 ハリエットは確かにハリーのことは好きだが、そこまで依存しているわけではない。何だか釈然としない気持ちだった。

「ようやくダンスパーティーで少しは落ち着いたかと思ったのにな」

 シリアルをつつきながらロンが言う。

「せめて休暇前だったら良かったのに」
「ごめんねハリエット……」

 食器がカチャカチャ言う音に今にもかき消えてしまいそうな程小さな声。コリン・クリービーは先ほどからハリエットの後ろで項垂れながら謝ってばかりだ。

「一度ならず二度までも……。本当に、本当にごめん……」
「さすがにもう許さないで良いと思う」

 ロンはスプーンでコリンを指した。行儀が悪いわとハーマイオニーがその脇腹を小突く。ハリエットは困った顔で何度言ったか分からない言葉を口にする。

「気にしないで。だって、まさかこんなことになるとは思わなかったんでしょう? コリンが写真を見てもらうの好きだって知ってるもの。それがたまたまこんなことになっちゃっただけで……コリンが悪いわけじゃないわ」
「でも……」

 事の次第はコリンからあらかた聞いていた。蛙チョコカードの交換会でハリエットの写真を見せてしまい、その時に映っていた男物の袖が話題に上がり、相手は誰だ――と噂や憶測に尾ひれがついてここまで大きな騒ぎになってしまったようだ。

「そもそも、ハリエットはあの日誰といたって? その問題の写真は誰なの?」
「それは……だから、たまたま一緒にいたの」

 兄の質問にハリエットはもごもご答える。もちろんこの件があってからコリンには再度口止めしている。あの日ドラコといたことは誰にも言わないで、と。彼に迷惑をかけたくないからと。

「たまたま一緒にいたところをコリンに撮ってもらったの?」
「私だけを撮ってもらおうとしたら、たまたま写ったの」

 その件の写真をハリー達三人は誰も目にしていないことが唯一の救いだった。もし目にしていれば、「やっぱり一緒に写ろうとしてるじゃないか!」と言われることは確実だったし、問い詰められ、白状してしまう未来も容易に想像がつく。

 別に、あの夜ドラコといたことが後ろめたいわけではない。だが、なぜドラコと一緒にいたかを話せば、必然とジャスティンのことも話さないといけなくなってくる。それはどうしても避けたかった――。

「五人で次の撮影会の話し合いでもしてるのか?」

 久しぶりにこの嫌味な声を聞いたかもしれない、とハリーはすぐに顔を上げた。ダンスパーティー前、彼がハリエットを侮辱して以降、めっきり姿を表さなかったというのに。

「わざわざこんな所まで来て何の用だよ」

 至極最もなことをロンが言った。

「生憎お前の相手なんてしてる暇はないんだよ」
「僕だってお前に用なんてない」

 ドラコとパチリと目が合い、ハリエットは困惑した。

「どうやら写真を配っていい気になってる奴がまた他にもいたらしい」
「私?」

 身に覚えのないことを言われてもハリエットにはさっぱり何がなんだか分からない。しかしドラコは構わず続ける。

「兄が兄なら妹も妹だな。今までポッターばかり日の目を浴びて、実は羨ましかったんだろう。ああ、良かったな。さぞ皆に注目されて」
「何言ってるんだ? ハリエットは写真なんて配ってない」
「よく言うよ。自分では配ってなくて向こうから欲しがられてるんだとでも? チヤホヤされて羨ましいことで。そんなに注目されたいなら、継承者って写真にサインでもしてやったらどうだい?」
「黙れよ!」

 ロンがドラコに杖を突きつけた。

「ナメクジ食らわしてやる!」
「やってみろよ。今度は逆噴射しないといいな?」
「ナメクジくらえ――」
「何してるんです!」

 ロンが杖を振ろうとした時、まさに間一髪マクゴナガルがロンの杖を取り上げた。

「ウィーズリー、私の見間違いでなければ今魔法を使おうとしていたように見えましたが?」
「でも先生! マルフォイがハリエットのことを馬鹿にしたから……」

 継承者って、ともごもご付け足すと、ピンとマクゴナガルの眉が吊り上がった。

「グリフィンドール、スリザリン共に十点減点!」
「手を出そうとしたのはあっちなのに――」 
「喧嘩両成敗です!」

 ドラコの文句をマクゴナガルは厳しい表情で一蹴した。

 二人が去ると、ロンは怒った顔で椅子に座った。その目は未だ憎々しげにドラコの後ろ姿を睨みつけている。

「気にすることないよ」

 ハリーは優しく言ったが、その割には彼もまたドラコの背中を睨みつけている。ハーマイオニーはため息混じりに言う。

「でも、一体どういうことかしら。ハリエットが写真を配ってるって……」
「写真といえば――コリン?」

 皆がコリンを振り返る。コリンは顔を真っ青にしていた。

「ぼ、僕、どうしよう……。ハリエットの写真、配っちゃったかも……」
「何だって?」
「どういうこと?」
「ハリエットの写真を見せた後、皆が僕の写真が欲しいって言ったから、好きなの持ってってって言っちゃったんだ……。僕、てっきり自分が写ってるのが欲しいのかと思ったけど、後でハリエットの写真がごっそりなくなってて……。間違って持ってっちゃったんだってその時は思ったんだけど――」
「そんなことあるわけないじゃないか!」

 思わずハリーが叫んだ。コリンはびくびくと縮こまる。まるでその姿は哀れな小動物のようで、ハリエットは声をかけずにはいられなかった。

「でも、変な写真じゃないんでしょう?」
「ハリエットが可愛く撮れた写真ばかりだよ……」

 あくまで純粋に、素直に言うコリンに、ハリエットは目を瞬かせた後、恥ずかしそうに笑った。

「あ、ありがとう……」
「絆されてる場合じゃないよ!」

 流されやすい妹にハリーが鋭く突っ込んだ。

「写真を回収しなきゃ!」
「でも、誰が持ってるかも分からないのにどうやって?」

 少し考えてハーマイオニーが言った。

「呼び寄せ呪文は?」
「それだ! 僕のアクシオが役に立つときだ!」
「第一の課題優勝者の実力を見せてやれ!」

 ロンが茶化した。

 それからはすぐに行動に移した。寝室に戻り、ハリーが集中して何度もアクシオを唱えた。そうすると、飛んでくるわ、舞い込んでくるわ、ハリエットの写真の数々……。

 無防備なハリエットが収められている数々の写真を見て、ハリーの顔はどんどん険しくなってくる。

「コリン、いくらなんでもこういう写真をハリエットの許可なしに撮るのは――」
「で、でも、ハリエットは良いって言ってくれたよ! ね? ね?」
「え、ええ……」

 縋るような目のコリンに絆され、ハリエットは頷くほかなかった。確かに、「写真撮ったけど良かった?」という報告に「大丈夫」と答えたのは事実だが、よくよく考えてみれば、その実際の写真を見たことはなかった。いざこうして改めて目にすると複雑な心境だ。ソファの上で船を漕いでる所なんか、まさか他の誰かに見られることを考えてもいなかったから消すことをお願いしなかったのに。

 ハリーの頑張りもあって、ハリエットの写真は余すことなく回収はできた。ハリーの強い希望もあって、写真は全て彼が預かることになった。普通本人が引き取るものではないかとハリエットは思ったが、何となくハリーの無言の圧力が怖かったので黙っていることにした。――そうしてゆくゆくはその写真は現在逃亡生活を行っているシリウスに届けられることをハリエットは予想だにしていなかった。

 一方のハーマイオニーは、ハリーの懐に大事そうに仕舞われる写真を見て、何となくその行く末の想像はついたが、かぶりを振って頭を切り替えた。

「このまま噂が収束するまで大人しくしていましょう。誰かに何か言われたら否定するの。もうこれしか方法はないわ」
「マルフォイの写真撮って配ってやろうぜ。あいつがサイン入り写真配ってるーって吹聴して回ったら噂なんて吹き飛ぶんじゃない?」
「マルフォイの写真なんて需要ないよ」

 ため息まじりにハリーが言った。これ以上良い案も思い浮かばず、一応問題の写真は全て集めたので、今のところしばらく様子見ということになった。

 だが、意外にもハリエット達の頭を悩ませたのは周囲の遠慮のない視線ではなかった。

「君の写真がある日消えたって噂になってるが、君達の仕業か? 勿体ぶってプレミアをつけるつもりなんだろう」

 ――やたらとドラコ・マルフォイが突っかかってくることだった。

 これまでも、ハリーを見かけるや否や突っかかってきたドラコだが、今回もまた非常にしつこい。しかも以前とは違ってところ構わず突っかかってくるので、周囲の視線を余計に集める。さすがに耐性がついてきてハリーやロンも私闘沙汰にまで発展させることはなかったものの、イラつかないというわけではなく、つい口論をしてしまうこともしばしば。だが、それ以上に冷静でなかったのはドラコの方だった。

「あいつ馬鹿だろ」

 よりにもよって変身術の教室の前で絡んできたドラコはマクゴナガルに罰則を言い渡されていた。あまりにも間抜けなドラコに対しロンが冷静に批評を下した。

「うん、本当に」
「でも、どうしちゃったのかしら。いくらマルフォイでもあそこまで考え無しじゃなかった気がするけど」

 心配そうにハリエットがドラコを見つめていれば、不意に彼がこちらを見た。すぐさまバッと視線が外される。

「ハリエット? 行きましょう」

 ハーマイオニーに声をかけられたが、ハリエットは生返事を返した。心を決める前に、咄嗟に口を突いて出たのは。

「――私、図書室に行ってくる!」
「えっ?」

 私も行くわ、とハーマイオニーが口にした頃には、ハリエットがあっという間に姿を消した後だった。


*****


 ドラコに言い渡された罰則は三階にある甲冑をマグル式で磨くことだった。悪態をつきながら磨くドラコの姿はすぐに見つかった。ここ最近ドラコの機嫌が悪いようだという噂は知れ渡っていたのか、生徒は皆遠回りして階段を上っているようだ。

「……ドラコ」
「何の用だ」

 ハリエットが近づいてくることは足音で分かったのか、ドラコはぶっきらぼうに尋ねた。

「さすが、有名人殿は罰則の物見遊山をする暇もおありで」
「私、写真なんて配ってないわ。コリンが写真を見せて、それが他の人の手に渡ったみたい」
「……でも、いい気になって写真を撮らせてたのは事実だろう」
「私は――私も、そんなに写真を撮られるのは良い気分じゃないわ。でも、コリンがあんまり楽しそうだから、少しくらい良いかなって思っただけよ」
「少しくらい?」

 振り向き、ドラコは力任せにバケツに雑巾を放り込んだ。

「ああいう写真で下劣な話題に名前が挙がっても良いかなって思えるのか?」
「ああいう写真って?」

 不安そうにハリエットは尋ねた。

「コリンは変な写真は撮ってないって言ってたわ。それに、私も少し見たけど、変な写真はなかったもの」
「だから――ドレスの写真とか――」
「ドレスの写真が駄目なの? でも、あの日はみんなドレスだったし、私、ハーマイオニーとも写真を撮ったわ」
「でも――男って言うのは何でも――」

 言葉を探しているようだが、ドラコの話はいまいち要領を得なかった。ただ、薄らと感じるのは。

「心配してくれてるの?」
「別に心配なんてしてない!」

 またしてもドラコは乱暴に雑巾を投げた。じゃあどうして怒ってるの、と思ってしまって、ハリエットは更に困惑する。

「だから――」

 言葉を呑み込み、ドラコはまた雑巾を拾って甲冑を磨き始めた。

 うまく話が噛み合わないので、もうハリエットのことを無視することにしたのだろうか。しかし、かといってこのままでは終われない。

「もしかして、私の恋人の噂を気にして?」

 恐る恐る尋ねれば、ドラコの動きが止まる。これが答えだったのかとハリエットはホッとして少し勢いを取り戻した。

「でも大丈夫よ。私、誰にも言ってないから。コリンにも口止めしてるし――」
「相手は誰なんだ?」

 思ったよりも低い声で返ってくる。ハリエットにはその質問の意味がよく分からない。

「誰って――」
「あの後誰とイチャついたって? 折角僕が送っていくって言ったのを断ったのだって、そいつと会うためだったんだろう」
「どういう――?」
「さぞ僕はお間抜けだったに違いない! ザビニの時だってフレッチリーの時だって、そいつに助けてもらえば良かったのに!」

 再び雑巾が床に叩き付けられる。ハリエットはポカンと彼を見つめ返した。

「ドラコまでその噂信じてるの? 私、恋人なんていないわ」
「ああ、有名人でもさすがにここまで噂が広がるのは良しとしないって? 残念ながら、ホグワーツ中に知れ渡ってるみたいだけどね!」
「だから何か勘違いしてるわ。私の恋人だって噂に上がってるの、たぶんあなたのことよ」

 ドラコは顔を顰めたまま黙り込んだ。ハリエットの言葉を咀嚼し、理解しようとしている顔だった。

「あなたと二人でコリンに写真を撮ってもらったでしょう? その時の――あなたの袖がちょっとだけ写っちゃった写真が、私の恋人だって噂になったみたいなの」
「…………」
「それに私、あの後すぐに寮へ戻ったわ。さすがにザビニのこともあって、寄り道できる気分じゃなかったから」

 ようやく彼の怒りの正体が分かってハリエットはホッとしていた。折角パートナーを置いて自分が助けに行ったのに、そのくせその当人は恋人とイチャついて、と思って怒っていたのだろう。彼の怒りはもっともだ。誤解だったわけではあるが。

 これまでドラコの理不尽な嫌味に悲しみと怒りさえ覚えていたハリエットだが、スーッとそれが消えていくのを感じた。何はともあれ、彼は心配してくれたんだし、恩を仇で返されたように感じてしまっただけなのだ。

 ハリエットは汚れた雑巾を拾い上げた。ドラコが怒る度に何度も投げられ、可哀想に、雑巾はすっかりクタクタになっていた。

「私も手伝うわ」

 そう言ってドラコの隣に並べば、ようやく我に返ったドラコにすぐ耳元で叫ばれる。

「いらない!」
「でも、二人でやった方が……」
「向こうに行けって!」

 まるで邪魔者のようにドラコは手で追い払う振りをする。遠くに行こうとするドラコに負けじとハリエットはついていった。

「いいじゃない。これまでのお礼」
「こんな安いお礼があるか!」

 ドラコは怒り、またいつものように嫌味や暴言やらをぶつけてきたが、不思議とハリエットは嫌な気持ちにはならなかった。彼のその言葉に本気はないと感じ取っていたからだ。

「分かってるわ。だから今年の誕生日プレゼントは楽しみにしていてね」
「二年生の時みたいに変なプレゼントを送りつけてきたら燃やしてやる」
「ドラコだって失礼な本送ってきたじゃない!」
「未だに箒下手の君にはピッタリな本じゃないか」
「もう人並みには乗れるわ!」

 三階の廊下に遠慮のない口喧嘩が響き渡っていたが、機嫌の悪いドラコ・マルフォイがいるぞという噂が早速立っていたホグワーツの生徒に抜かりはなく、その日は誰もそこを通ることはなかった。