■繋がる未来―賢者の石―

13:真夜中の語らい


 決闘の日の深夜、ハリエットが談話室へ降りていくと、やはりそこにはハリーとロンの姿があった。

「本当に行くの?」
「当たり前だ。ここで行かなかったら、怖気づいたと思われる。そんなのは我慢ならないね」
「だったら私も行くわ。心配だもの」

 ハリエットは毅然として言った。家庭教師であるリーマスのおかげか、理論がしっかりしているハリーは、魔法の腕前もなかなかのものだが、向こうにはクラッブがいる。介添人としてではなく、その腕力を見込まれて彼が選ばれたんじゃないかとすらハリエットは考えていて、流石に不安だったのだ。

「妹について来られるのはちょっと情けないけど……」

 ハリーは渋い顔だが、最終的には渋々納得してくれた。もう約束の時間が近づいていたからだ。

 肖像画の穴を出ると、ハーマイオニーと遭遇した。彼女は、決闘を止めようと今か今かと待ち受けていたのだ。

「まさか本当にやるとはね。ハリエットも、あなたなら止めてくれると思ってたのに」
「もう僕たちとは話さないんじゃなかったの?」

 通り過ぎようとするロンを、ハーマイオニーは毛を逆立てた猫のように睨んだ。

「ああ、そうでしたね。もうご自由にどうぞ! 退校処分になっても知らないから!」

 ツンと顎を突き上げ、ハーマイオニーは寮に戻ろうとしたが、それは叶わなかった。つい先ほどまでそこにいたグリフィンドール寮の番人、太った婦人がお出かけしてしまっていたのだ。

 結局、ハーマイオニーも引き連れて、ハリーたちはトロフィー室へ向かうことになった。今日の飛行訓練でまた怪我をしてしまった医務室帰りのネビルも一緒だった。彼は、寮に入るための合言葉を忘れてしまい、近くをウロウロしていたのだ。

 トロフィー室には、誰もいなかった。しばらく待ち、もしかして待ちぼうけを食らわせるつもりなんじゃないかとハリーとロンが相談していると、「彼」はやってきた。

「本当にここに生徒がいるのか? 罰則を食らわせてやる……うまく行けば退学だ」

 フィルチの声だった。ハリーの指示で、一行は忍び足で反対側のドアから出ていく。それに出遅れたのはハリエットだ。

 ハリエットは、飾られているトロフィーの一つに、父ジェームズの名が刻まれているのに気づいたのだ。

 ジェームズが学生時代クィディッチ・チームに入っていたのは知っていた。だが、思わぬ所でそれに触れることができて、ハリエットの足は感激で止まっていた。

 ホームシックとまではいかないが、父や母に会えないのは寂しく思っていた。だからこそ、そのトロフィーに釘付けになってもいた。

 ハリエットが我に返ったのは、ガラガラと何かがひっくり返るのを耳にしてからだ。ハッとしたときには、フィルチの声がしていて、バタバタと足音が遠ざかっていくところだった。

 ハリエットは大いに慌て、どこかへ隠れなければと思った。ハリーたちは上手く逃げたのだろうが、まだフィルチはこの辺りにいるはずだ。まだ入学して一月も経ってないのに寮の大量減点を言い渡されたら終わりだ――!

 誰かの足音が近づいてくるのが聞こえてくる。ハリエットは焦った。廊下に出て、手当たり次第に扉を引くが、どの扉も鍵が閉まっている。

 ハリエットは決心した。ジェームズには、ホグワーツで役立つだろう呪文をいくつか教えてもらっていた。実践するのは初めてだが――。

「アロホモーラ!」

 思い切って杖を振るうと、扉がガチャリと音をたてた。ハリエットはパッと喜色を浮かべ、勢いよく扉を開けた。扉を背にズルズルとその場に座り込む。

「だっ、誰だっ!」

 そして聞こえてきた鋭い声に、ハリエットは大きく肩を揺らした。

「ご、ごめんなさい……。まさか人がいるとは思わなくて――ま、マルフォイ?」

 ドラコの姿を認め、ハリエットは拍子抜けした。周りを見回すが、クラッブの姿はない。道に迷ったわけではあるまいし、こんな所で何をしているんだろう?

 それを口にすれば、ドラコは答えもせずに「お前こそ」と聞き返してきた。

「私はハリーたちの決闘についてきたの。心配だったから……。クラッブはどうしたの?」
「あいつは……寮で寝てる。一度寝たら起きないんだ」
「じゃあ一人で来たの?」

 介添人もいないのに一人で決闘だなんて、意外と男気があるのねとハリエットが見直しかけた矢先、外でフィルチがぶつぶつ言う声が聞こえた。

「最初はガセかとも思ったが……一体誰だ、夜中に寮を抜け出した奴は!」

 ハリエットは勢いよくドラコを振り返った。ドラコはサッと視線を逸らす。

「まさか、あなたがフィルチさんを呼んだの?」
「……ふん」
「ひどい! ハリーたちに罰則を与えるつもりだったのね!」
「騙される方が悪い。それに、君たちは一体何人でここへ来た? 五人? 五人だと? 笑わせてくれる。袋叩きにするつもりだったんだろう」
「ふ、不可抗力で大所帯になっただけで……」

 ハリエットはごにょごにょ言い訳した。傍から見れば、確かに数で圧倒しようとしているようにしか見えない。

「卑怯なポッター。そのずる賢さは父親譲りかな? 聞けば、闇の帝王をどうやって倒したかについても明らかにしていないそうじゃないか。大方、ダンブルドアの手柄を自分のものにしたんじゃないのか?」
「お父さんのことは今関係ないでしょう」

 またジェームズのことを持ち出され、ハリエットは不機嫌になった。父は父、ハリーはハリーなのに。

「お父さんのことが嫌いだったとしても、それを私たちにぶつけないでほしいの。私は、あなたと――」

 この辺りで、ハリエットは話の流れが変な方向に行っていることに気づいた。だが、一度話し出した口はもう止まらない。

「あなたと、仲良くなりたいと思ってて……」

 こんなことを言うつもりではなかったのだが、勢いでハリエットはそんなことを口走っていた。ドラコもポカンとしている。

 ハリエットは急に恥ずかしくなって下手な咳払いをする。

 ――とはいえ、ホグワーツに入学したらたくさん友達を作りたいと思っていたのは確かだ。ジェームズやシリウスはスリザリンが嫌いなようだが、ハリエットは、寮の垣根を越えた友達という存在に憧れを持っていたのだから。

 この妙な空気を吹き飛ばそうと、ハリエットは扉に耳を当てた。いつの間にか、外の物音は消えていた。ハリーたちを追ってフィルチはいなくなったのかもしれない。

「この後どうする? もう行く?」
「しばらく様子を見る。君はさっさと行けばいいよ。君がフィルチに捕まってる間、僕は悠々と寮に戻るけどね」
「……私もここに残るわ」

 かなり遠回しな危険勧告に、ハリエットはそう言わざるを得なかった。

 そうと決まれば、ハリエットは居心地が良いように座り直した。床に直に座っているので、大して変わりはないのだが、いつでも逃げられる準備をしておくというのは大切なことだ。ドラコは遠くの方の椅子に腰掛けていた。前を向いたままハリエットは尋ねる。

「マルフォイは、スネイプ先生と仲良いの?」
「贔屓だって言いたいのか?」

 突然の切り返しに、ハリエットは目を瞬かせた。そんなつもりは微塵もなかったのに、思いも寄らぬ捻くれた方向に話をとられてしまったらしい。

「え――ち、違うわ。スネイプ先生がファーストネームで呼ぶのはマルフォイだけだし……仲が良いのかなって思っただけよ」
「スネイプ先生は父上の知り合いだ。だから昔から良くしてもらってた」

 ちょっと刺々しいが、それでも答えてもらえた。ハリエットはふっと息をつく。

 ――ハリエットにとって、スネイプはとても怖い先生だった。ジェームズと仲が悪いからと言ってハリーに理不尽な嫌がらせをするし、いつも眉間に皺を寄せ、口答えは許さないとばかり威圧感を放っている。だが、彼にももちろん大切に思う人はいるのだ。血も涙もないように見えていたが、ちゃんと情もある人なのだろうと分かって、ハリエットは少しホッとしていた。

「ポッターがシーカーに選ばれたっていうのは本当か?」

 不意にドラコがハリエットの方を見た。ハリエットはうっと詰まる。

 ハリーがシーカーだというのは、まだ内緒だ。それなのに、一体どこから話が漏れたのだろう――そもそも、どうやってこの場を切り抜ければ――。

「本当なんだな」

 冷や汗を流すハリエットにドラコは事情を察したようだ。そして鼻で笑う。

「そっちこそ贔屓だな。ジェームズ・ポッターの息子だから」
「そんなことないわ!」

 思わずハリエットは言い返していた。もう内緒だなんだのどうだっていい。ハリーが誤解されることだけは我慢ならなかった。

「ハリーは、あの時のダイビングキャッチをマクゴナガル先生に見初められてシーカーになったの。贔屓じゃないわ。マクゴナガル先生はそんな人じゃないもの。つまり――そう、遺伝よ、遺伝!」
「君には遺伝しなかったみたいだな?」
「お、お母さん譲りなのよ……」

 ただただ自分が下手なだけなのに、ついリリーのせいにしてしまった。後ろめたさを振り切るようにしてハリエットは明るい声を出した。

「そういえば、腕はもう大丈夫?」
「見ての通り」

 ドラコは素っ気なく答えた。治りが遅いなと心配していたのに、つれない態度だ。

「でも良かった。なんともなくて」
「一週間も不自由を強いられたんだ。なんともなくない」

 この一週間何かとと人ををこき使っておいて、とついハリエットも声が刺々しくなる。

「でも、あなただって悪いのよ。人が一生懸命箒に乗ってるところに話しかけるから……」
「話しかけたくらいで集中力を欠くようじゃ箒に乗らない方がいい」

 売り言葉に買い言葉で、ハリエットもつい素直じゃないことを言ってしまい、後悔が押し寄せる。本当はこんなことを言いたいわけじゃないのに。怪我が治って良かったと言いたかっただけなのに。

 口を開けば喧嘩腰なことばかり言うドラコとこれ以上会話をすることは諦め、ハリエットは目を瞑った。きっともうフィルチもいないだろうし、外に出ても安全なはずだ。だが、その確証はない。ドラコも出る様子を見せないので、ハリエットも出ていく勇気がないままそうしていると、うとうと眠気が襲ってくるのはあっという間の出来事で――。

 ハリエットは、いつの間にか横になって眠り込んでいた。ちょうど扉を塞ぐようにして眠っていたので、ドラコに肩を揺さぶられて目を覚ました。

「こんな所で寝られちゃ出られないじゃないか。早く退け」
「もう朝……?」
「寝坊なくらいだ。間抜け面晒して随分熟睡してたみたいだな。涎も垂らして」

 パッと起き上がり、ハリエットは慌てて口元を抑えた。寝顔を見られたのも恥ずかしいし、涎なんてもってのほかだ……!

 だが、何度擦っても乾いた口元に涎の形跡はない。混乱してドラコを見上げると、意地悪そうに口角が上がっている。ハリエットの頭は目まぐるしく回転した。

「あなただって人のこと言えないわ。寝癖ついてる……」
「嘘だ。ついてない」
「そう思うんならそう思っていればいいわ。大広間に行って笑われても知らないから」

 ハリエットが真面目な顔を崩さないので、ドラコは言葉に詰まり、そろそろと手を動かして頭を確認した。信じたくないし、言いなりにはなりたくないが、笑われるのも嫌だ……という心境がありありと見て取れる。ハリエットはクスクス笑って扉を開けた。そして脱兎の如く逃げ出す。後からドラコが飛び出してきて叫ぶ。

「寝癖なんてないじゃないか!」
「あなただって嘘ついたじゃない!」

 幸か不幸か――ジェームズのおかげでハリエットは嘘が鍛えられた。その一方で、ジェームズやハリーを騙そうと何度頑張ってみても、騙されてくれた試しはなく、歯痒い思いをしてきたのだが――マルフォイ相手ならば、もしかしたらこれから先何度か騙せるかもしれないとちょっと思って、ハリエットは忍び笑いをした。

 そのままトイレで顔を洗い、ハリエットは大広間へ直行した。ついて早々、ハリーとロンに囲まれたる。

「今までどこにいたんだよ!」
「どうして寮に戻ってこなかったの?」
「フィルチさんに追われて、空き教室に隠れてたの。外に出るのも怖くて、ずっと……」
「じゃあやっぱり三頭犬も見てないんだね?」
「三頭……え?」
「ダンブルドアに禁止された四階の廊下だよ! その先に鍵のかかった部屋があって、三頭犬が仕掛け扉を守ってたんだ」
「ハリエットもこの前新聞で読んだでしょ? 『グリンゴッツ侵入さる』! ハグリッドが持ち出したあの小包は、四階のあの部屋に隠したんだよ――」

 謎解きに興奮した風の男の子二人は矢継ぎ早にハリエットにああだこうだと昨夜の出来事を語った。ただ、ハリエットとしてはもっと他に気になることがあったため、ほとんど耳に入ってこなかった。

 二人が言うことに相づちを打ちつつ、目だけでグリフィンドールの方を窺うと、ネビルと座っているハーマイオニーが見えた。ハーマイオニーもこちらを見ていたが、すぐに視線を逸らす。ハリエットは少したじろいだが、それでも彼女に近づいた。

「ハーマイオニー、おはよう。昨日は……」
「私とはもう話さない方がいいんじゃない?」

 ツンとしてハーマイオニーが言った。彼女の視線の先には顔を顰めたハリー、ロンがいる。

「あなたのお兄さんたちが気に入らなさそうだから」
「君が気に入らないんだろ」

 ぶっきらぼうにロンが言うと、ハーマイオニーはサッと立ち上がった。

「ええ、そうね。私が嫌なのよ!」

 そしてそのまま振り向きもせず行ってしまった。ネビルが慌ててその後を追おうとし、去り際、ハリエットに呟いた。

「ハーマイオニー、君のことすごく心配してたよ……」

 それを聞いて、ハリエットはますます罪悪感が押し寄せてくる。責任感の強い彼女が、ハリエットのことを心配してくれるのは分かりきっていたのに――。